64 来訪
64
「シズ!」
「ふご!」
出会い頭に抱きしめられた。
胸に僕の頭を掻き抱いて離してくれない。
思っていたよりも力強い腕にしっかり頭を押さえられていて逃げられなかった。
や、おじいちゃんなんだけどね?
おじいちゃんの情熱的な抱擁から何とか抜け出して、正面から向かい合う。
「久しぶり、おじいちゃん」
「……おお。おお!シズや、こんなに立派になって」
泣かないでよ。
泣いたふりとかじゃなくてマジ泣きだった。
もちろん僕も嬉しいけど、どうしても苦笑いになってしまう。
うん。村では定期的に会ってたし、それこそ会いたければいつでもお互いの家に行けばよかったから寂しかったのはわかるけど。
そういえばもう1年なのか。濃密な1年だったのでずいぶん長い間、会っていなかったような気がする。
「手紙でも書いたけど、筆、ありがとう。大事に使わせてもらってる」
「シズの役にたっているなら何よりだよ」
「あと、最初にもらった筆を壊してごめんなさい」
「……詳しくは聞いておらんがシズが意味もなく壊したりはしないだろう?理由があるならいいんだよ。あれはちゃんと役に立ったかい?」
「役に立つどころか何度も命を助けられたよ」
実際、魔の森での100倍魔法に最後まで耐えてくれなかったら僕はあそこで死んでいた。
「なら、本望だろう」
「おじいちゃん……」
「というか、よくあれが壊れたものだのう。さる大貴族様から頂いた品での。なんでも300年生きた古竜の牙を使った1品だったのだが」
粉末になっちゃったとは言えない。
というか古竜の牙って。おじいちゃん、そんなものを7歳児に渡してたの?感謝しているけどね。
「っと、ここで話し込んじゃまずい。おじいちゃん、行こう」
段々と周辺が騒がしくなり始めていることに気づいて僕はローブのフードを目深に被った。
僕がおじいちゃんと再会したのは第3城壁の北門で、昼中なので当然多くの人が行きかっている。
フードで顔を隠していたけどおじいちゃんに抱き着かれた拍子に外れていたので、注目を集めてしまっていた。
もう少しあそこにいたら暴動じみた人垣ができるところだよ。
おじいちゃんの手を引き早歩きで学園に向かう。
ねえ、おじいちゃん?孫と手を繋いで歩くのが嬉しいのかもしれないけど、ちょっと急ごうね?
なにせ、今の僕は、
『貴族の災厄』『王都の救世主』『天災』『魔王狩り』『森喰い』『星降り』『天変地異』『第7始祖の愛弟子』『第8始祖』『黄昏の消滅』『崩壊御子』『愛猫』『色狂い』『夜の帝王』
なんて有名人ですからね!
ふたつ名が2ケタの大台に乗っちゃいましたよ!
ちくしょう!事実混じりの噂が元になったふたつ名が忌々しい!
いや、他の仰々しいのもやめてほしいけど!
おかげで素顔のままでは街も歩けなくなってしまった。
見知らぬ人に拝まれるとかちょっとしたホラーだから。芸能人はよくこんなのに耐えらえるな。
始祖詐欺とかも起こっているのだから性質が悪い。この前、リエナが組織ごと壊滅したとかさらっと言っていたからもう心配ないけど。
「久々の王都だがなんだか騒がしいの。何かあったのかい?」
「あー、後でまとめて説明するよ。今は学園に」
僕の主な活動地帯は学園に限定されている。
あそこなら魔法に関する資料に事欠かないし、不足すれば申請して集めてもらえばいい。
元から貴族子弟が多いので警備しやすい構造も助かるし、元から関係者以外立ち入り禁止なので妙な人に絡まれずに済む。
本当なら今日もリエナに代わりに出迎えてもらうべきだったのだろうけど、あまりの引き籠り生活に頭がおかしくなりそうだったのと、なにより少しでも早くおじいちゃんに会いたかったので無理に出てきた。
ちなみに今はリエナも警備の人もいない。
いや、美人で猫耳なリエナは普通に目立つので確実に捕捉されちゃうから。いつも一緒にいるって思われてるからリエナが1人で街に出ると一緒に歩く人がいないか探されるという話だ。
あと警備の人がいたら有名人がいると喧伝しているようなものなので却下した。
警備とか言っても今の僕をどうこうしようという方に無理がある。
師匠に鍛えられた体技に、理不尽なまでの崩壊魔法、加えてバインダー内には20倍から100倍の合成魔法だ。
今なら1人で国ひとつ滅ぼせるよ?
や、以前から『流星雨』ひとつで都市は破壊できたんだけどね。
でも、油断はダメだ。餅をのどに詰まらせて死ぬ可能性だってあるぐらいだ。何が起きるかなんてわからない。
「ずいぶん人が多いような……」
「時間帯のせいじゃないかな!」
もしかしてとついてくる人たちを見て不思議そうにしているおじいちゃんを勢いで誤魔化す。
もうお気づきの方もいるかと思いますが、僕は手紙に始祖とかの近況は書いてない。
いや、考えてみてもらいたい。遠く都で勉強している息子からの手紙で『僕は始祖になって毎日、王都の人に崇められています』とか書かれているのを読んだら。
絶対、最初の感想は『シズがやばい!』だ。
僕の正気を疑うか、まずい宗教に入ったと思われるだろう。
心配したおじいちゃんとお母さんが完全武装で王都に特攻したらどうするんだ。ようやく強化の目途も立ってきた騎士団と軍が壊滅するよ。
それを止めるために僕が出陣して血族で激闘でも繰り広げるのか?勘弁して。
出身地のことは知られているので何かとラクヒエ村にも影響は出ていると思うんだけど、国の端っこに位置する田舎村だから届くうわさなんて頼りにならないんだろうね。
王様にうちの家族のことは放っておくよう頼んでいるのも大きいと思う。
いまいち危機感の伝わらないおじいちゃんを引きずるように僕は学園に駆け込んだ。
後からゾロゾロついてきた人が学園に入るのを見て確信したのか、「シズ様だ」「始祖様」なんて叫びながら押し寄せてきたのですごい怖かった。
警備兵の皆さん、本当に申し訳ありません。お仕事ご苦労様です。警備いらないとかとんでもなかった。僕にはあの人波をどうにかするスキルなんてない。
精々、根こそぎ吹き飛ばすぐらいだ。
師匠の研究室まで戻ってようやく一息つけた。
旅装を解いたおじいちゃんは部屋をきょろきょろと見回している。
「シズ、生徒は寮に住んでいるんじゃないのか?それと部屋の外の警備は?かなりの手練れみたいだが……」
「ちょっと事情があってね」
ナチュラルに警備の腕を見抜くね。さすがふたつ名持ち。
少し待っているとリエナもやってきた。
「リエナか。久しいの」
「ん。長老も元気そう」
「いや、もう長老ではないよ。今はただのセズだ」
今の長老はリエナのおじいちゃんだ。
無事に引き継ぎは終わったという手紙をもらったので、今回の王都来訪が発案されたのだ。
手紙で『おじいちゃんに会いたいな』と書いたら返事の手紙の翌日に王都に来てくれたよ。さすがは『風神』だね。素早い。
リエナが部屋にいなかったのは人を呼んでもらっていたから。
「セズ、か?」
「……グラシエン様、ですか?」
学長先生が研究室に入ってきて2人がゆっくりと近寄っていく。
互いに手を差し伸べて、手が届く距離になったところで拳を握った。
「せいやああああああああああっ!」
「ふんんんぬうううおおおおおおおおお!」
裂帛の気合と共に拳が交わされた。
両者ともに一歩も動かず完全に足を止めてノーガード。おじいちゃんの鋭い一撃と学長先生の重い一撃が交差している。
なに、これ?
ここは抱擁を交わすところじゃないのですか?拳を交わすところではないでしょ。
肉体言語とかやめて。歳を考えてください。
このまま命尽き果てるまで拳の応酬が始まるのかとハラハラしていると、2人はニヤリと笑い合って肩を叩きあった。
「衰えておりませんな!」
「セズこそ退役してなおこの一打!危なく意識を刈られるところだったぞ!」
「グラシエン様こそますます筋力に磨きをかけられて!」
「まだまだ若いもんに負けておれん!」
うわあ。通じ合ったんだ。あれで。
何だかおじいちゃんと学長先生が遠くに行ってしまった気分だ。
それともこの世界の男同士なら常識なの?今度、僕もルネと夕日の河原で殴り合った方がいいのかな?
……いや、どう考えても河原に呼び出しかけて暴力を振るう僕という絵にしかならない。というかルネを殴るという発想自体があり得ないよ。
リエナも冷めた目で2人を見ているから肉体言語は常識じゃないようだ。
絶対に真似はしないぞ。
「あー、お2人とも、そろそろいいですか?」
「お、おお。すまんな、シズ。懐かしいお顔を見て興奮してしまった」
2人に座ってもらって場を整える。
さて、どこから話したものか。やっぱり始めからかな。
「おじいちゃん、長い話になるけど聞いてもらえる?」




