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魔法書を作る人  作者: いくさや
王宮編

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63 葛藤

 63


 胃の中にあった物を全て吐き出していた。


 復讐を終えて、始祖と名乗り出て、立食会は中止となった後。

 ブランへの警戒。ケンドレット家の処分と調査。戦力の強化など。いくらでもやることのある王様たちに時間はない。それだけ始祖の言葉は重い。

 将軍に任命されたことで忙しくなるレイナードさんやクレアと別れ、外で待っていたリエナとルネと合流して、師匠の研究室に戻ってきた。

 ルネは寮の部屋に戻り、リエナも席を外してくれている。


 備え付けの小さな流しに嘔吐し続け、吐き出すものがなくなっても胃液を吐く。


 初めて、人を、殺した。


 今まで魔物であれば無数に、或いは狩りのために動物も殺している。

 生物を殺傷するのは初めてではない。


 それでも、人間を殺したという事実が僕の精神をじりじりと締め付けてきた。

 戻ってくるまで必死に考えないように、ショックを気づかれないように装っていたけれど、師匠の香木の香りが残るこの部屋に来た途端に緊張の糸が途切れてしまった。

 流しに駆け寄り、もう長いこと嘔吐している。


 ガインを殺したことに後悔はない。


 絶対に許せない相手だ。

 100度同じ選択に迫られても、いま感じている苦しみに苛まされるとわかっていても、僕は復讐を果たす道を選び続ける確信がある。


 それでも人殺しという事実は重い。


 正直、自分の手を汚さないでもいいとも思った。

 武装を無力化した段階で、後は王様に任せてしまえばいい。もうガインに救いの手を差し伸べる貴族もいないだろう。沈みゆく船に乗り込む人間なんていない。

 奴には確実な死が待っていた。

 刑が執行されるまで生き地獄そのものだろう。


 それでも、僕が望んだ死だ。

 他人に押しつけるのは間違っている。


 時間の経過がわからない。

 気が付けば流しの近くで倒れていた。ここ数日の疲労と精神的なダメージで気を失ったのか。

 額に当てられた冷たい感覚に気づく。

 こういう時の心当たりは一人だけだ。


「リエナ?」

「ん」


 すぐ隣にリエナが座っていた。

 やっぱり部屋の外にいたんだね。

 僕が倒れた時の音を聞いて来てくれたんだ。

 濡らしたタオルが気持ちいい。


「ごめん。面倒かけた」

「いい。シズは頑張った」


 頑張った、か。

 策略を巡らせて人間を破滅に追い込むのを頑張っても充実なんてない。

 こんなのを楽しめる人はどうかしているよ。

 作戦通りに進んでも快感なんてどこにもない。

 残ったのは空虚な達成感と、殺人の事実だけ。


「こんな時、師匠ならどう言うかな」


 馬鹿な真似しやがって、だろうか。

 生ぬるい、だろうか。

 よくやった、だろうか。


 わからない。


「レグルスはもういない」

「うん。そうだね」


 リエナは僕の手を握ってまっすぐに目を覗き込んでくる。


「でも、今のシズを見たら怒ってたと思う」

「どうしてそう思ったの?」

「シズ、楽しそうじゃないから」


 ああ。

 確かに楽しくない。

 むしろ、つらい。

 こんな顔してたら師匠から間違いなく拳骨だ。

 窓辺に立てかけた白木の杖が倒れてくるかもしれない。


「自分から面倒を起こしたんだからしっかりしろって?」

「嫌ならやるな、だと思う」


 つまり、覚悟が足りなかったということだろうか。

 足りていればもっと平然としていられたのかもしれない。


「僕はダメだな」

「ダメでいい。戻ってる時のシズの方が嫌」


 うわ。強がっていたのばれてるよ。

 でも、そうか。あれは嫌か。

 やっぱり、根本的に向いていないということなんだろうね。策略とか謀略とか。権力闘争は専門家に任せよう。

 少なくとも僕があれこれと口を出さない方がいいだろうし。

 レイナードさんが将軍になったことと合成魔法で確実に戦力は上がっていくだろうし、王様や有力貴族には始祖の言葉が効いているからね。


 馬鹿をした時は合成魔法の1撃で目を覚まさせるぐらいでいい。

 ブランがちょっかいかけて来るなら『流星雨』でも降らせてやる。

 適材適所だ。


 話している内にかなり気分が落ち着いてきていた。

 完全に胸の重みがなくなることはないのだろう。きっと、これは一生涯を通して抱えていかなければならない重さなのだ。

 1人でいたら今頃どうなっていたことか。まだまだ僕は人に頼るのがうまくない。

 責任と信頼のバランスが悪いんだろうな。


「リエナはすごいね。勝てないや」

「シズの方がすごい」


 本当、リエナは僕のどこをそんなに評価しているのか。

 いや、違うな。

 僕はリエナの評価にも見合う人間にならないといけない。

 自信を持てと師匠は言った。

 誰からも尊敬されるような人間にならないと師匠の言葉が嘘になってしまう。

 じゃあ、どんな人間だろう。

 そんなの決まってる。


(師匠を、目指す)


 誰かを導き、守れる人間に。

 そうしたらたとえ命を落とすことになっても、師匠みたいに笑って死ねるのだろうか。

 前世の最期では胸中にあったのは後悔だけだった。

 あんな死に方だけはしたくない。

 なんて、13歳で考えることじゃないか。


 ともあれ、今日をきっかけにスレイアもまともな道に進めるだろう。

 始祖を襲う馬鹿もそうそういないだろうし、少しは落ち着けるといいな。

 じゃあ、やりたいことをひとつひとつクリアしていこう。

 まずは、決まっている。


「リエナ、明日から手伝ってほしいことがあるんだけど?」

「なに?」

「第6始祖のことを調べたいんだ」

「ん」


 師匠は僕が始祖になった理由は第6始祖にあると考えていた。

 どういう帰結でそうなったのかはわからないけど、師匠が適当なことを言うとは思えない。

 僕もこの理不尽なまでの魔法の根本を知りたい。


「とはいえ、失伝の魔法使いだもんね。簡単に情報も集まらないんだろうなあ」

「シズ。わたし、頑張る」


 おお。耳がびんびんだ。やる気が伝わってくるね。僕もテンションあがっちゃう!


「うん。僕も頑張るよ」


 さて、今日はもう遅いし寝るとしよう。

 最近の寝床と化していたソファーに移動するとリエナもついてくる。


「……リエナさん?」

「今日はいっしょ」

「すぐに、寮へ、帰りなさい」


 明確に区切って言ってもリエナは猫耳をぺたんと伏せて聞こえないアピール。

 ぐう。弱っているから心配しているのだろうけど、こっちも男の子だ。色々と悩んだり落ち込んだりしていても別の事情がある。

 とはいえ、リエナもまるで聞く耳がなさそうだ。


「僕は床で寝るからリエナはソファー。これ以上は譲歩しないよ」

「一緒にソファーでもいいよ?」


 僕が血の海に沈むから!鼻血のな!

 ある意味、前世以上の死に様だ。幸せなのか不幸せなのかは判断したくない。

 とりあえず、歴代の始祖の中でも最低の死に方なのは確実。


 黙ってソファーを指差すとリエナは素直に従ってくれた。

 なんか、どんどん外堀も内堀も埋められていく感じがするなあ。



 翌朝、始祖に護衛もなしなどとんでもないと学長先生が警備員を配備していたことが判明。

 2人で部屋を出たところをばっちり目撃されて、何とも言えない顔をされた。

 やめて。これ以上、僕の変な伝説は要らないから!


 ……ダメなんだろうなあ。

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