62 第8始祖
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魔神との戦いを終えて、僕は色々と考えた。
どうすればあんなことにならないですんだのか。
もちろん、僕が最初から始祖の力を自覚して魔神を一蹴していればよかった。
師匠が僕に最後まで伝えないでいたのは、その正体が不明だったからだ。今でも悩んでいるぐらいなのだから、以前の僕なら確実に戸惑い暴走していた。誰かに利用されていたかもしれない。
だから、師匠は強引にでも研究を凍結して、僕がどういう所以で始祖の力を持ったのか調べてくれていた。それが判明してから教えてくれるつもりだったのだろう。
結局、僕の未熟が原因である。
だけど、全ての原因ではない。それ以外の原因も確かにあった。
ケンドレット家が魔の森を刺激したこと。
魔の森を魔神が生まれるまで放置していたこと。
初代学長の原書をブランに奪われていたこと。
その根幹にあったのがスレイアの武力不足。
ケンドレット家がスレイアを見限ってブランに与したのも、魔の森の深部を放置していたのも、ブランの圧力に負けたのも。
騎士団と軍に力がなかったからだ。
この国の問題に師匠なら気づいていたはずだ。
それでも放置していたのは単純に興味がなかったからだろうか。
師匠が関与するのは大恩ある初代学長の所縁ある学園までで、スレイアの内情は気にしない。国が亡ぶなら受け入れて故郷に帰っていそうだ。
もし、魔神の襲来があと1年遅ければ、違った結果になっていたかもしれない。
もう1年あれば、僕が住むスレイアの内患に師匠は関わっていたかもしれないから。そうなればあらゆる問題を解決していたに違いない。
僕にだって手段はあった。おじいちゃんの伝手を使って騎士団に20倍の魔造紙を提供していれば十分な戦力になっていた。
まあ、誰を信用していいかわからないまま人手に渡すようなことをしたくなかったし、その判断が間違っていたとも思わないけど、やりようはあったはずだ。
でも、それは『たられば』の話で、現実にもう師匠はいない。
確実なのはこのまま放っておけばまた同じようなことは起きる、という現実。
魔神襲撃の直後でさえ、王族襲撃事件が起きたのだ。
悠長に構えているわけにはいかない。
次はリエナが。ルネが。クレアが。誰かが、或いは皆が命を落とすかもしれない。
そんなもの許せるはずがない。
今まではケンドレット家やガンドール家から干渉されても降りかかる火の粉を払うだけだった。
そのたびに僕は権力なんて興味ないんだって何度も言った。
そうやって関わりを断とうとしても向こうは無視してくれないのだ。
じゃあ、気に食わない貴族を皆殺しにでもするのか?
それも解決のひとつだろう。
2度と関わろうと思わなくなるほどの惨状でも見せてやればいい。後に続く連中も出なくなるはずだ。
だけど、一部の貴族を退けたところで国という中で生きていけば必ず外敵からの侵略に巻き込まれる。
上の連中が決めればいいことだからと無視はできない。
あの魔神やブラン国が王族も貴族も平民も、騎士も軍も一般人も区別してくれるはずもない。
なら、根本的なところから改革するしかないだろう。
戦力を立て直し、腐敗貴族を撃退し、この国の歪みを正す。
それには色んなものが必要になるから準備した。
有力貴族の後ろ盾にルミナス家。
即興の戦力に合成魔法2500枚。
ケンドレット家やブランに関する情報収集。
でも、まだだ。
救国の英雄でも僕は未だにただの平民でしかない。
或いはこの会の最後に王様は褒美として何かしらの地位を用意していてくれたかもしれない。
けど、それでは遅いし、足りないのだ。
だから、最高の肩書を僕は名乗る。
表に出たくないとか。ほっといてくれとか。
泣き言は言わない。
もう、覚悟は決めている。
「崩壊魔法」
師匠は合成魔法が僕の魔法だと言った。
けど、師匠にも見せる機会のなかった魔法が僕にはある。
魔の森で現出した赤い世界。
魔神の結界を消滅させた緋色。
あれも僕の魔法だ。
どう考えても合成魔法とは違う。むしろ対極にある効果。
対象に魔力を浸透させ、そのまま塵も残らず世界に溶かす。
名づけるなら崩壊魔法。
「全ては夕暮れに消えていく。
形は解け、影は溶け、大気に霞む。
霧に沈んだものは万象に還れ」
広がった緋色の魔力に術式が浸透した。そして、狙った対象に染みついていく。
ガインも使者も唖然としたまま立ち尽くすだけ。
「常世の猛毒」
必要はないけどパフォーマンスとして手を振り下ろす。
途端にガインの剣が、使者の杖とバインダーが、景色に溶けて消失した。
そして、ガインも。
手足の先から。
肌も肉も骨も神経も。
髪の毛の1本に至るまで。
何もかもが溶けだし、風景の赤と混じり合い、同化して失われていく。
ガインは絶叫と表現するのも生温い声を上げている。
汗と涙と涎で汚れた顔は見るに堪えない。
一矢報いたかったのか、救いを求めたのか、こちらに一歩だけ向かって来ようとして、その踏み出すはずの足が既に失われていて、宙を泳いだまま地面に落ちた。
使者はあまりの恐怖に声も出ないのか、ひきつった蒼白の顔でガインの消失を見ている。
途中からは調子の狂った笑い声を上げ始めた。
ガインという男の全てが世界から消え去るのを確認して魔法を解除する。
これでガインは逆徒として命まで失った。
色んな感情も拳をきつく、きつく握りしめて封殺した。
今だけは考えるな。思い浮かべるな。目先だけに集中しろ。普段の自分を取り繕え。
魔法の発動前と変わらないパーティの光景。
ただ、そこから1人の人間の痕跡がなくなっている。
王様も、貴族たちも、クレアやレイナードさんでさえ声を出せない。
おそらく、理解しているのだろう。
今の魔法は緋色の空間全てを消失させることも可能だったことを。
僕の気持ちひとつで自分もあの2人と同じ末路を辿っていた可能性を。
万物を解体する崩壊魔法。
おそらく、僕独自の魔法というのは存在の構成を操る魔法なのだろう。
合成と崩壊を操る暴虐なまでの魔法。
構成魔法。
きっと、それが僕の魔法の名前だ。
さて、次は。
立ち尽くしているクレアのところに行って、予め持ち込んでもらっていたバインダーを渡してもらった。
白木の杖は僕以外の人間が触ると棘が生えて持てなくなるので、杖もクレアから貸してもらおう。
「いけ。『封絶界――積鎧陣』と『刻現・武神式・剛健』」
100倍の防御結界をブランの使者に。同じく100倍の強化魔法を自分にかける。
準備完了。
「あ、皆さん。伏せてください」
のろのろと動き出す人たちがやっと指示に従ってくれたところで行動開始。
助走は危険だ。一歩でも踏み込んだだけで軽度の地震が起きるのだから。走ったりすれば屋敷が吹き飛ぶ。
その場に片足でバランスを取りながら、使者を包んだ結界を蹴り飛ばした。
「ボールは友達!でも蹴っ飛ばす!」
ぎゅうううぅぅぅぅぅぅん!
衝撃にテーブルがなぎ倒されていた。
使者を包んだ赤い結界が屋根を掠めて北の空に消えていった。
ちょっとドライブ回転がかかったけどブランまで届くかな?狙いが外れて関係ないところに落ちないといいんだけど。生憎、ツバサでもイナズマでもないので保証できない。
強化を解除して中庭を見回す。
料理はテーブルごと吹き飛び、植木は葉を散らして、人々は転がり、嵐でも吹き荒れたような有様になっていた。
僕は恐怖に凍りついた中庭の中央で座り込んだままの王様の前に跪いた。
「陛下、無法者とはいえ私の一存で処分した咎は甘んじてお受けいたします」
「いや、よくやってくれた。いや、いえ、違う。それより、今のは」
混乱から立ち直れないよね。
基本的にいい人な王様を怯えさせるのは心苦しいのだけど、必要なことだからこのままいかせてもらおう。
「改めてこの場で名乗らせていただいてもよろしいでしょうか」
「名乗り?」
今さらと思うのも無理はない。
僕は今までただの学園の生徒としてしか言ってこなかった。
でも、ここからは違う。
堂々と王様の前に立ち、胸を張って、声を皆に響かせる。
「崩壊魔法の使い手、第8始祖のシズです」
合成魔法は師匠に贈った。
だから、僕が名乗るのはもう一方でいい。
「し、そ?」
「杖も魔造紙も持たずに新しい魔法を使って見せましたが、証明には足りませんか?」
実際、杖と魔造紙の不携帯はトリックでどうにかできる範囲だ。
どこかに隠し持っていれば高等技術の連続でカバーできるし、魔法士を潜ませておいてタイミングを合わせることも可能である。
でも、既存の魔法にない現象は誰にも再現できない。
そこまで理解が追いついてからの王様の行動は早かった。
その場で跪いて頭を下げる。僅かに遅れて他の貴族たちも主に続いた。中庭は僕を中心に平伏した王族と貴族で満たされた。
うわあ。これ、人にされるのって圧迫感が半端ない。王様ってこれを快感に思えないときついだろうなあ。
誰も見ていないのをいいことにちょっとだけ気を抜いてしまった。
真剣に頭を下げている人たちに悪いな。よし。もうちょっと気張れ、僕。
「王よ、顔を上げなさい」
なんだ、このしゃべり方。自分で気持ち悪い。
けど、威厳みたいなの出さないといけないし、我慢だ。我慢しろ。
……丁寧語ぐらいでもいいかな?
「内患は取り除きました。後はあなた方の努力次第です。軍と騎士団の一層の努力を期待します」
「はっ!必ず!」
「師の合成魔法はルミナス家を通して、この国に預けました。もしも師の名を汚すような行いをすれば誰であっても許しません」
「心しております!」
必死の受け答えだ。
許さない、の一言が重すぎだよね。
直前に人間1人が為す術もなく消滅しているから。
「ガインの調査と後始末は任せますが、わかっていますね?」
「必ずや全容を解明し!ケンドレット家は厳罰に処します!」
はい。これでガインは過去の所業も明らかにされると。
ついでに僕が始祖を名乗ったことで、始祖の敵対者として人類史が続く限り愚物として語られるわけだ。
師匠の仇として狙うなら、ただ命を奪うだけじゃ足りない。
過去も現在も未来も全て失わせないと納得できない。
後は個人的なお願い。
「王宮の跡はどうするつもりですか?」
「……途方に暮れております。申し訳ありません」
ですよねー。
あんな大穴、埋めようとしたら小さな山ひとつ潰さないといけないし。城を建て直すなら別の場所にした方が遥かにいい。費用的にも労力的にも。
その点に関しては謝るのはこっちの方だよ。
「じゃあ、この木の種を植えてもらえませんか?」
「……これは?」
いや、そんな恭しく受け取らないでいいんだけど。
王様の手にそっとポケットに入れていた種を置いた。
「我が師の故郷に生えている木の種です。とても長い時間をかけて、やがて空まで届くほどの高さに育つのだとか」
いつも師匠がくわえていた香木の種だ。
師匠の体は白木の杖になってしまい、お墓を作ることもできないでいた。
だから、この国の誰もが目にする場所に代わりを用意できたらな、なんてね。
「謹んでお受けいたします!」
まるで天の至宝でも授かったように王様が平伏した。
大事にしてもらえたら嬉しいけどやりすぎだってば。
王様でもこれだもんな。
この世界の人にとって始祖が如何に重大な存在か身に染みる。
はっきり言って勘弁してほしい。
普通でいいのだ。
けど、わかっていた上で踏み出した道だ。
受け入れていこう。
こうして僕の復讐は終わり、始祖としての道が始まった。
ガイン、完殺。
怒らせたらいけない人を怒らせると大変なことになります。
シズが手を汚すことには色々と悩みましたが、そのままいきました。次回辺りで書けるといいのですが。




