61 足掻き
61
「このような場ですまんな、レイナード」
「いえ」
王様の前で膝をついたレイナードさん。
いつでも泰然自若としているよね。
「略式ではあるが、この時よりレイナード・E・ルミナスをスレイア軍の将軍として任命する。また、ルミナスの私兵は軍に組み込み、遊撃の任を与える。職務に励めよ」
「はっ!」
うわ、本当に簡単。
まあ、危急の時に長々と儀式を執り行うわけにもいかない。
王様はレイナードさんを隣に立たせて、ブランの使者に向き直った。
「この通りだ。我らに貴国の要請に従う義理はない。また、この度の不作法は正式にブラン王へ抗議する。使者殿、帰られよ」
「……よいので?」
「くどい」
驚きから復帰した使者は小さく笑うと身をひるがえして去ろうとした。
だけど、その前に立ちはだかる男がいる。
ガインだ。
「待て!儂もつれて行かんか!」
「ガイン殿。見苦しいですな。今なら原書が手に入るというからわざわざ来たというのに。なんの成果もなく我が国に来れるとでも?」
あ、ブランに切られた。裏取引も暴露されてるよ。
薄々予想できていただろうけど、確かな言質にざわめく。
冷たい目と言葉で返されてもガインは引かなかった。
ここで置いていかれれば逆賊として打ち首確実なのだから必死にもなる。
「ケンドレットの所有する魔造紙をくれてやる」
「ふむ。見合う内容ですか?」
「極大魔法のひとつだ。原書には劣るが不足はあるまい」
あー、王様の前で自国の研究成果を売ろうとしているよ、この人。
追い詰められた人間ってどうしてこう周りとか、後先が見えなくなるかな。それとも対面なんて気にしないでもいいだけの準備をしているのか。
湯沸かし器みたく熱くなりかけるアランに片手を上げて制しておく。
「だが、軍には侮辱された借りがある。それだけとはいかんな」
「侮辱?なんのことだ?」
「とぼけるな。出迎えの兵にこうもやられたのだぞ、私は」
あ、それリエナとルネ。
うん。使者さんには頭に血が昇ってもらった方が中庭に突入してくれるかなってケンカを売ってもらったんだよね。軍人の装いで。
クレアは怒り心頭の使者から屋敷の使用人を遠ざけて応対させないようにしてもらった。
ここでも無視されたと思った使者は怒りに任せて中庭に特攻してきてくれたわけだ。騎士もわざとすぐに駆けつけられない様に離れた場所に待機するよういじらせてもらった。
ついでのつもりだった離間の計もうまくいっている。
最初からこの立食会はガインを徹底的に破滅させるための罠だ。
「知らん。儂は知らんぞ!」
「そうであればガイン殿が部下も満足に従えられない証左。我が国に迎える必要はない」
「……わかった。そちらも謝罪しよう。どうすればいい?」
「なに。簡単なことだ。そこの小僧を殺せ」
おっと、いきなり火花が飛んできましたよ?
まあ、原書の入手を邪魔されたのだから今後のためにも排除しようと思うよね。合成魔法を信じているかどうかはわからないけど、本当であっても嘘であっても生かしておく理由はない、か。
剣をガインに握らせる。ガインは剣と僕を交互に視線を巡らせて、やがて暗い笑みを浮かべた。
まあ、無手ですし。杖もバインダーも預けてあるから不利だね。
「我が国の民を徒に害されるのを黙って見ていると思うな」
王様の指示で近衛隊長が僕の前で抜剣する。
屋敷内に待機している騎士もやってくるだろうけど、すぐには来れない。
今この場で武器を持っているのはこの近衛隊長と使者だけだ。相手が剣を抜けば対応できるのもこの人しかいない。
「やれ」
「「おう!」」
使者の声に2人が同時に反応する。
突如、振り返った近衛隊長が豪剣を振り下ろし、ガインが隙を埋めるように突きを放ってきた。
「わあ、びっくりした」
遅すぎだけどね。
だから、師匠と比べたら話にならないんだって。
サイドステップふたつで回避余裕です。
や、近衛隊長の造反は想定外だったけど。師匠の攻撃に対応するのと比べたら隙が多すぎだ。驚いてからでも躱せる。
「ちょっと、近衛兵はガンドール家の管轄じゃなかったですっけ?」
アランは顔を赤から青にしながら動転している。
「ジレット!なにをしている!スレイアを裏切るのか!?」
「アラン様、誇りだけで国に仕えるには現実ってのは重過ぎるんですよ」
なんか重い発言だな。
ジレットという人にも色々と思うことや事情がありそうだ。
「このようなことをしでかして逃げられると思っているのか!すぐに騎士が来るぞ!」
「儂の私兵が既に屋敷を囲んでおる!逃げられんのは貴様らもだぞ、アラン!」
「ふん。スレイアの弱兵など私の敵ではありませんな」
使者は短い杖とバインダーを取り出した。
魔物との実戦経験の豊富なブランの兵か。
でも、リエナにボコられたんだよね?スレイアを舐めすぎでしょ。
それでも自分だけは逃げられると思っているのかな。
宣戦布告のような役割を与えられる兵には2種類いる。
圧倒的な強さでいざという時に自力で脱出できる剛の者。
或いは失っても痛くないと思われているのに勘違いしている者。
さて、この人はどっちかな?後者にしか見えないんだけど。
「あ、レイナードさん。外の手配は?」
「うむ。無論、想定通りだ」
だから、ブランが強硬策に出るのも、ケンドレット家が通じているのも読んでたんだって。
当然、ルミナス家の私兵も外を警戒しているにきまってるだろ?
耳を澄ませば外も騒がしくなっていた。リエナとルネもそっちを手伝ってくれているはずだけど、怪我してなきゃいいんだけど。
……相手の心配した方がいいかな?
状況をようやく正しく認識できたのか、ガインが震えだした。
「貴様だけは殺してやる!」
ガインの目から正気が失いかけている。
なんか、僕のことしか見えていなさそう。そういう熱烈な視線は同性からもらっても嬉しくないんだけど。あ、ルネは性別を超えた存在だから。
屋敷の騎士が集まってくるまでどれぐらいかな?1分はあるかな?
「あー、まず、ジレットさん?」
悲壮な顔つきの近衛隊長に声をかける。
「何か事情でも?」
「この期に及んで語っても意味があるまい」
「意味がなくても別に語れるでしょ。どうぞ」
軽い調子にしたのがよかったのか、ジレットは語り始めた。
「娘の病に効く薬がブランでしか手に入らんのだ。騎士失格であろうと俺は娘を守る!」
「あ、それ治せますよ」
「……あれ?」
今度は軽すぎたみたいだ。ポカンとしてしまった。
いや、おかしいって。ブランでしか手に入らない薬ってところでひとつ。近衛隊長の娘がそんな病気にかかるってところでもうひとつ。策略の臭いしかしない。
どうせ毒でしょ。なら、僕の20倍解毒魔法で確実に治療できる。
予想が外れていても大体の病気は100倍まで凝縮した回復魔法でどうにでもできるのだ。
「はいはい。じゃあ、こっちに戻ってくださーい」
とはいえ、そう簡単に信じてはもらえないよね。
立ち尽くしたまま剣を誰に向ければいいかわからなくなっていた。
今は構わず話を続ける。
「陛下、ガインの処遇についてですが」
「……ブランと結託しておったのだな」
まあ、この状況ですからね。
いつから。どれぐらい。というのはわからないけど疑いようもない。
ガインは魔の森の策も、王族襲撃事件も、成功しても失敗しても構わなかった。究極的にはスレイアの権力を失ってもよかったのだ。
いざとなればブランに亡命する手はずなのだから。ここで原書を手に入れるのに協力して、それを手土産に亡命するつもりだろう。
もしかしたら外の私兵はこの場に集まった重臣を襲うため戦力だったのかな?
色々と余裕でいられるわけだよ。
(ブランには利用されているだけにしか見えないけどね)
「ケンドレット家は断絶とする」
「スレイアでの立場などいらん。儂はブランで栄光を掴む!」
夢を見るのも語るのも自由だけどね。
権力の次に貴族という地位も失ったわけだ。はい。第2目標、クリア。
「あちらの使者は?」
「同盟国でここまでのことをしたのだ。覚悟はできておろう」
「なら、この場は私に」
さて、色々と話を進めてしまおう。
うん。何事にも説得力は重要だ。
魔の森とか。魔神討伐とか。合成魔法とか。第7始祖とか。
夢物語を現実にするには証明がいる。
だから、魔力を解放した。
目視できるほどの緋色の魔力が庭の中を覆い尽くす。
昼間から夕暮れに置き換わった光景に誰もが息を飲んで動けない。
「崩壊魔法」
僕は手を振り上げた。




