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魔法書を作る人  作者: いくさや
王宮編

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60 返せ

 60


「原書を貸していただきたい」


 一瞬の静寂の後に怒号が渦巻いた。

 いや、素人でもわかりますよ。王様もこの国も、完全に馬鹿にされてますって。


 前に貸した原書は返ってきていないのにもう1冊も貸してくれとはありえない。

 そもそも国王への礼儀がない。突然、押しかけて無礼な振る舞いの上での発言だ。

 本来なら武装を見せることにも意味があったのだろう。そちらは泥のせいでいまいち緊迫感がなかったけど。


 成り行きを静かに見ているのは僕とレイナードさん、王様とガインぐらいか。アランなんかは血管が切れるのではないかと心配してしまうほど顔を真っ赤にして怒鳴っている。

 ほとんどの貴族が無礼だと、ふざけていると口々に騒いでいた。


 そこに油を注いだのは使者の一喝だった。


「黙れ!我々に守られなければ魔物と戦えん国が原書を持っていてなんとなる!我らが有効に活用してこそ原書も意味があるのだ!」


 傲慢な言葉だった。

 倍する怒号が返ってきても使者はうっすらと笑うだけ。

 まったくの余裕である。

 アランが使者に指を突きつけて叫んだ。


「今すぐ消えろ!貴様らに貸す物などひとつもないわ!」

「つまり、断ると?」

「無論だ!まずは貸してある原書を返せ!」

「ならば、仕方ありません。我らは貴国への防御網から兵を引かせましょう」


 これだ。

 魔族の支配地と接しているブランはスレイアへの防衛線でもある。

 それが意図的に断たれれば大量の魔物が押し寄せてくるだろうが、スレイアには駆逐するだけの戦力がない。その結果、ブランはスレイアに対して強気の外交を仕掛けてくる。

 だけど、アランも簡単に引きはしない。


「我らが送る魔造紙はいらんのだな?」


 前線を支えるブランにスレイアは定期的に魔造紙などの物資を送ることで対等の位置を保ってきている。

 だけど、そのぐらいの返しは予想しているらしく使者は歓迎とばかりに手を広げた。


「構いませんとも!戦時にこそ技術は育まれる!我々の研究はスレイアに頼らずとも良い域に達しておりますからな!」

「ならば、物資はどうする!」


 ひときわ強烈な笑みを浮かべて決定的な発言をする。


「簡単ではありませんか。奪えばいい。すぐ隣によく肥えた国があるのですから」


 宣戦布告。

 実力主義のブランの考え方はシンプルだ。

 弱者は強者に従うもの。

 外敵に対する独自の戦力が弱体化しているスレイアなどは絶好の餌にしかならない。

 だからこその、使者のこの態度。


「さあ。スレイア国王、返答は如何に?」


 原書を差し出すか。戦争か。

 先代の王もこうやって原書を奪われたのだろう。

 特に今は魔神の事件でただでさえ弱い武力が更に低下している。魔物の襲撃だけでも危険極まりないのに、ブランとの戦争にでもなれば一方的に打ち負かされるのが見えていた。

 負ければ原書どころか全てを奪われる。


 王様の表情は苦渋に満ちていた。

 あーあ。やっぱり王様に向いてないと思うよ?

 いや、僕なんかが言うことじゃないけどね。

 だから、僕が言うのはもっと別のことだ。


「渡すわけないだろ」


 全員の視線が僕に集まる。

 ははは。なんでお前が答えるんだよって?それはその通り。でも、ここは勢いで主導権を取らせてもらおう。

 うーん。それにしてもやっぱりこういうのは慣れないな。レイナードさんに代わってもらいたいところだけど、自分が始めたことなんだから責任を持って先頭に立たないとね。

 ちゃんと言葉の意味が浸透しているか不安なので明言しておこう。


「魔物も戦争も上等だよ。どうぞ、ご自由に」

「小僧、貴様!」


 ガインが掴みかかってくるのを簡単に躱す。ついでに足を引っかけて転ばせて踏みつけた。

 そんなに驚かないでよ。リエナには負けるけど、誰に鍛えられたと思っているの?


「なんで、あんたが怒るんだか。不思議だね。断られると困るの?」

「……国の大事を平民ごときが易々と口にするからだ!」

「おう。意外に正論。咄嗟の機転はなかなか。まあ、国に巣食う寄生虫よりはいいと思うけど?」


 怒りのあまりに言葉もなくなったけど起き上がることもできないでいる。

 ふふふ。不思議だろ。師匠直伝、重心を押さえると立てなくなる技。何度、これで地面を転がされたものか。

 ……馬鹿。感傷に飲まれるな。


「ガイン殿に同意するのは癪だが、言うことは尤もだ。今のはなんのつもりだ?」


 アランが少しだけ冷静さを取り戻したのか、静かな口調で追及してくる。


「勝手に発言した件については申し訳ありません。ですが、問題はスレイアの軍と騎士団が魔物に対しても、ブランに対しても無力なことでしょう?それを解決できるとしたらどうですか?」


 待機していたクレアに合図を送る。

 クレアが大量の本を持ったルミナス家の使用人と共に中庭に入ってきた。

 そう。僕が書き上げた合成魔法の魔造紙で作られたバインダー、50冊を。


 唖然としている王様に仰々しく見せつける。

 ぐう。演劇部にでも入っていればもう少し様になったのかな?恥ずかしい。


「こちらは我が師の残した合成魔法の魔造紙2500枚でございます。叶うならこの場で実演したいところなのですが、この場は杖も持ち込めませんのでご容赦ください」


 合成魔法という言葉に場が騒然となる。

 今までは噂ばかりで実物を目にしたのは僕の近しい人ぐらいしかいない。

 多くの人が実在を疑っていたに決まっている。見間違い。勘違い。なにかのトリックではないか、と。

 このガインみたいに。

 僕の魔力凝縮という技術だけでも既存の書記士は受け入れられなかったのだ。第7の魔法なんて完全に夢物語の領域。

 研究室に侵入しようとしていた連中は魔造紙を奪う以前に、噂の真偽を確かめるためのものだった。

 それが突如として現物が目の前に現れたのだから驚くのも当然か。


 王様がクレアから1冊を受け取り、中に目を通す。


「確かに見たことのない術式だな」

「偽物だ!」

「適当な術式であれば術式崩壊が起きていますでしょう。効果についても後程、ご審議ください。不満があれば私の首を落としていただいて結構」


 ガインの言葉を命で封じる。


「これらを私はルミナス家に譲ることにしました」

「ルミナス家に?」


 王様の視線がレイナードさんに向く。

 レイナードさんは泰然と視線を受け止めた。


「レイナード様はブランから今回のような申し出が来るのではないかと予見していらっしゃいました」


 これは本当。

 ケンドレット家のことを相談した時に教えてもらった。

 前回も魔の森で騎士団と軍が消耗したところに脅迫されたのだと。ならば、より酷い被害の出た今こそブランからの干渉が再びあるのではないかと危惧していた。


「本来であれば軍に献上するべきところではありますが、この通り私はケンドレット家に不信感を抱いております」


 ガインが暴れなくなったので足をどかした。

 ブランの使者も口を開けたまま我を失っている。

 突然の展開についていけていない。そりゃあ、そうだ。そちらの思惑から外れたのだから脚本家としては驚くぐらいしかあるまい。


「ならば、皆からの信頼も篤く公平で、この度の事態にも対処なさろうとしていたルミナス家こそ合成魔法を正しく使えると判断しました」


 あとクレアの筆を壊したお詫びもついでに。1冊進呈しておいた。


「しかし、それでは」


 アランが口を挟んでくる。うん。わかるよね。

 ルミナス家は大貴族で広大な所領も持っているけど、王都では重役についていない。持っている武力はすべて私兵だ。

 それでは貴重な戦力を持っていても国家として対処したとは言えなくなる。

 寧ろ、ルミナス家が王権を望むのではないかと危ぶまれるだけだ。この状況で内部分裂なんて悪夢以外のなにものでもない。


「これを機にルミナス家が軍を主導すればよいではありませんか」


 アランが驚き顔からすぐに悪い笑顔になる。

 貪欲で権力欲に溺れたケンドレット家と、自他に厳格で王家にも実直なルミナス家。

 王家側として、どちらが軍を掌握するべきか。考えるまでもない。


「陛下、シズ殿の提案も致し方ないかもしれませんな」


 殿ってあんた。掌返すのが早いな。本当に手段を選ばない。


 合成魔法という大戦力を持ったルミナス家が軍を指揮すれば多少の魔物など敵ではない。

 ブランとて容易に戦争などできなくなる。鎧袖一触できる程度でなければ、魔物と挟み撃ちにされて逼迫するのだから。


 これに慌てるのはガインだ。

 なにせ、この場でただ1人だけそうなっては困る人間なのだから。


「ま、待て!ケンドレット家が将軍を担うのは軍の伝統だぞ!」

「国の大事に伝統が足を引っ張っては先祖に笑われましょう」

「軍が混乱する!合成魔法を儂に寄越せ!それでいいではないか!」

「いえいえ。我が師の研究は全て私が継ぎました。これは学園も正式に認めたこと。どう扱うかは私に権限がありますので。それに良くも悪くも軍は上の命に従うもの、頭がすげ替わっても問題ありますまい」

「儂以上に軍を指揮できるものなど!」

「その結果が壊滅ではありませんか。誰もが納得できるような実績をお見せください」

「悪かった!今までの非礼は全て謝罪する!望むもの全てを与えよう!だから、儂に合成魔法を!」

「師匠を返せ」


 縋ってくるガインの顔面を掴んで言い捨てた。


「師匠を返してくれるならいくらでも魔造紙ぐらいくれてやるよ。なあ、なんでもくれるんだろ?僕に師匠を返してくれよ!!」


 この半月、溜まりに溜まっていた激情を叩きつけた。

 無論、死んだ人が返ってくるわけがない。誰にも叶えられない願いだ。


 それでも感情に任せて泣き言をいうのは違うと言い聞かせて、深呼吸ひとつで切り替える。

 色を失うガインを突き飛ばして、王様に向き直った。


「失礼いたしました。この通り、ガイン殿も納得されたご様子です」


 座り込んだガインを助ける者は誰もいなかった。

 取り巻きの貴族も目を合わせないように庭の端に逃げている。

 権力で集まった人間なんて簡単に離れていく。惨めなものだ。


「陛下、ご決断を」

「……ガイン。ケンドレット家の働き、感謝している」


 一縷の希望に縋ってガインが王様に手を伸ばしかけて、無慈悲な決断に切り捨てられた。


「これからは別の形で王国に貢献してくれ」


 権力に妄執した男が、その権力を失った瞬間だった。

さすがに50冊のバインダーを自分用には作らないですね。

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