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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編
7/238

6 くる

 6


 なんでいるの、この人。


 翌朝、朝食とお手伝いを終えてランニングを始めようと家を出たら昨日の女の子がいた。

 いや、ローブで顔が見えないのは相変わらずだから同一人物とは限らないけど、こんな風体の人は他に見かけないからきっと同じ人、だよね?入れ替わりのアリバイトリックじゃないよね?

 うー。怖い。家の前で待ち伏せてるとか。ストーカーなの?ストーカーでも恋したい。いや、無理。したくない。嬉しいよりやっぱり怖い。

 無言で見つめあっていても仕方ないので話しかける。


「どう、したのかな?」

「走る」


 返答は端的で明確だった。

 今日もランニングについてくるつもり?

 どういうことだろう。2日続けて罰ゲーム?いや、それは最早いじめではなかろうか。この子は何者かにいじめられている?それなら許せない。

 いや、でも昨日の様子からするとこの子にとってランニングはいじめにならないんじゃないかな。あれならいい運動だろう。

 まさか、これは。


(僕への嫌がらせ、なの?)


 ちょっと訓練した8歳児が調子に乗ってるから運動の得意な子をぶつけて凹ませてやる、みたいな?

 なんでだよ。迷惑かけてないじゃん。ああ、でも、いじめってそういうものだもんな。目についただけで狙われるんだよな。前世でだって別に僕がキモオタだったからいじめられたんじゃないよね?目立っただけでしょ?

 ……違うだろうなあ。きもかったんだろうなあ。


 いやさ、早合点はいけない。もしかしたら僕と走るのが面白かったから来たのかもしれないじゃないか。というかそうだと嬉しい。

 うん。大切なのは報連相だ、社会人になって学んだ。

 最近のアニメの戦争も大体、原因は報連相が足りないからだ。偉い人たちはもう少しビジネススキルを学んだ方がいい。


「ここには来たのは誰かに言われたから?」

「ん」


 ですよねー。自主的に僕に会いに来るとかないですよねー。調子に乗ってすいませんでした。

 あー。じゃあ、やっぱり嫌がらせか。いじめの前段階ぐらいだ。僕の中では『からかう、嫌がらせ、いじめ』という段階があるんだ。経験豊富だからね。我ながら嫌すぎる経験だよ。

 なら、付き合うこともないよね。

 でも、この子を無視したりしたら今度はこの子がいじめを受けちゃったりするのかな。


(それは嫌かも)


 誰かを生贄に差し出して助かるとか屑すぎる。

 自業自得とは思うけど、そうしたところで問題の根絶には至らないからここは少し考える必要がある。


対応1 始末する。

 完全犯罪とは巧妙なトリックを用いたものではなくそもそも犯罪が起きたと周囲に認識されないことこそが究極である。この少女を抹殺し、死体を山に埋めてしまえば後は野生の獣と虫たちが奇麗にしてくれ……ないよ。無理だって。ここは雛〇沢じゃないよ?ラクヒエだよ?ひぐ〇し鳴かないから。

 却下。

対応2 背後関係を探って関わらないようにさせる。

 この少女から聞き出すなり尾行するなりすれば背後関係はつかめるだろう。後は黒幕と話をつければ完璧だね。はい。ダウト。黒幕ってどこの謎の組織なの?黒服の男でもいるの?確かに僕はどこかの探偵さんと似た状況だけどさ。そんなレベルで狙われてないから。それに話し合いなんてできないだろうし。良くてタイマン。普通に袋叩き。話し合いで意気投合とか無理。そんなことできるなら前世でいじめられたりしない。

 これも却下。

対応3 諦めて受け入れる。

 この少女たちが飽きるまで付き合って、そのままフェードアウト。子供の興味なんてすぐに移り変わっていく。相手がつまらない反応なら尚更だ。最初は面白がっても僕と少女がひたすらランニングしてるのなんて見てても面白くもなんともない。

 おお。いいじゃないか。

 この子も言われた通りしているだけだから責められない。僕は今までどおり訓練できる。まさにウィンウィンの関係。


「じゃあ、行くよ」

「ん」


 昨日と同じスタート。

 もう少女の運動性能は理解しているから昨日みたいに手を抜いたりはしないし、躍起になって全力疾走もしない。ペースを乱しては面白がられるだけ。淡々と自分のペースで走る。

 向き合うのは常に自分自身。

 他人も世界も意識の外に置け。

 ただ心臓の鼓動と骨肉の躍動を感じろ。

 踏み出す一歩。

 続く蹴り足。

 呼吸の音を共に走れ。

 悟りにも至りそうな疾走。


 まあ、2週目で先に行かれた時に吹き飛びましたけどね?え、全力で勝ちに行きましたけど、それが何か?

 ……違うんだよ。男の子の意地なんだよ。得意なことでは負けたくないんだよ。相手が女の子だとさ、ほら、ね。いいところ見せたいし。

 いや、みっともないだけなのは自覚してます。

 あ、ちゃんと勝ちましたよ。鼻差で。勝ったもん勝ちや。あれえ、僕が言うとかなりかっこ悪い。不思議。


 お互いに息を整え終えても少女は立ち去らない。

 座り込んだままこちらをじっと見てくる。


「どうしたの?」

「次は?」

「次って、まだやるの?」


 コクンと頷かれた。

 おいおい。本気で僕を追い込みに来てるよ。午後までついてこられるのか。

 でも、中途半端に付き合っても仕方ないしなあ。邪魔にはならないからいいや。


「次は書記士の訓練。魔力を鍛えるんだ」

「?」

「あー。やってみせるよ。とりあえず、僕の家に入ろう」


 あ、女の子を自分の家に誘うの初めてだ。

 うわあああああああああ!部屋、掃除してないよ。窓開けて空気入れ替えないと。見られて困るものは、よし。ない。異世界の田舎暮らしで助かった。前世なら玄関でUターンされていたよ。

 はい。すいません。うざい反応をお見せしてしまいました。

 でも、わかってほしい。思春期なら仕方ないんだ。うん。前世から続いてる思春期だけど。いつ終わるんだろ、僕の思春期。

 内心の動揺を押し殺して部屋に案内する。

 戻ってきたときのお姉ちゃんの反応が気になったとけど、口に手を当てて外に飛び出して行ってしまったので追及できないのが悔やまれる。

 なに、今晩はお赤飯?

 それとも拉致監禁だと思われた?

 家族からの信頼が怖い。日ごろの行いの重要さが身に沁みますね。奇行はほどほどにね?

 深く考えたら負けだと思ったので考えるのをやめた。


「こうやって筆に魔力をこめるの。やってごらん」

「ん。んー。ん」


 女の子は苦労しながらも筆に魔力を宿らせた。

 ああ。魔力は持ってるんだね。良かったね。

 って、あぶない。おじいちゃんと同じことしてたよ。この子が魔力を持っていて本当によかった。我ながら先に一言いっておけって。期待させて後から突き落とすってどんだけ悪質なんだよ。女の子から『!?』なんて雰囲気で睨まれたら溶けるぞ。塩を浴びせたナメクジみたいに。


「で、字は書ける?なんでもいいからそのまま書いてごらん」


 心の内とは裏腹に何事もなかったふうに訓練続行。

 ランニングにはついてこれるほど身体能力は高くても魔力は生のままか。すぐに魔力を切らしてしまった。

 魔力のことを簡単に説明して筆を返してもらって僕も訓練開始。女の子は隣でずっと僕の手元を見ていた。

 運動が得意だから座学は苦手かなと想像していたけど意外に退屈していないようだ。

 い、意識なんてしてないんだからね!?汗の香りとかわけわかんない。違うよ。変態じゃないよ。変態紳士でもないよ。

 ダメだ。集中集中。

 心を無にして日課を終えた。今日はちょっと字が歪んじゃった。疲れてるからかな。とってもミステリー。


「で、次はお昼寝して魔力を回復させるんだけど」

「ん」


 帰ってほしいという意図は酌んでもらえないかあ。

 今さらだけどこの子、室内でもフードを取らない。日光に弱いのかと思ってたけど違うのかな。

 いたずら心を刺激されるけど我慢我慢。女の子に無理やりとか心臓止まっちゃう。


 さすがに子供の嫌がらせで寝込みを襲うとかはないよね。今は誰もいないけど僕の家だし。

 二人っきりの自宅。とか意識する8歳児いないからな?自重しろ、僕。

 ダメだ。頭がおかしな方向にばかり行ってしまう。いや、いつものことだけどね。今日は本当に疲れてる。ランニングで全力疾走なんてしたから普通に眠い。

 いいや、開き直って寝てしまおう。


「じゃあ、僕は1時間ぐらい寝るから。好きにしてて」

「ん」


 帰るつもりはないですか。そうですか。

 なんか、ベッドの横に座ってじっと見つめて来るんですけど。安眠妨害までしてくるなんて。

 あ、ダメだ。横になった途端に眠気が押し寄せてきた。

 んー?なんか袖を引っ張られてる。

 ああ。女の子が袖を指で摘まんでる。そっすか。触るのも最小限にしたい、みたいな?


「……水」

「水なら台所にあるよ。たくさん使うなら井戸に行ってね……」


 雰囲気的にコクンと頷いたんだと思うけど、確認する前に意識が睡魔に飲まれてしまった。

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