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魔法書を作る人  作者: いくさや
王宮編
68/238

58 パーティ

 58


 謁見。


 とはいっても城とは呼べない屋敷でのことである。

 僕は正しい礼儀作法なんてできない。加えて療養中ということになっているので長時間の儀礼は難しいという話にしてもらった。

 堅苦しい席を用意するのは誰も幸せにならないだろうと、屋敷の中庭での立食会に呼ばれるという形になり、僕はレイナードさんとクレアに連れられて仮の王宮にやってきた。


 会場は王宮として考えると手狭に思えるけど、ただのお屋敷としてはかなり広い中庭だった。


 身なりの良い服装の男たちが大勢いる。皆、貴族だ。

 いくつかの集まりがあり、注意してみていれば誰が中心人物かわかってくる。彼らが大貴族と呼ばれる人たちなのだろう。

 同じく大貴族のルミナス家であるレイナードさんとクレアについて歩く僕にも注目が集まっていた。なにせ今回の主役だから当然チェックは入る。


「シズ、あちらがガンドール家の御当主、アラン様ですわ」


 クレアがそれとなく有名な名前を教えてくれる。

 ルネの誘拐の時などにもちょっかいを出してきたのでガンドール家にはいい印象がない。

 それでも王家への忠誠心だけは信用できるという話で、あくまで力を集めようとするのもケンドレット家の台頭を阻むためだという。

 レイナードさんから詳しく聞けば聞くほど、近年のケンドレット家の権力欲は凄まじい。有力貴族を従え、逆らう者は排除し、軍を半ば私物化しながらも私兵まで擁し、まるで王位の簒奪でも狙っているのではと危惧するほどだ。

 ガンドール家が対抗して過激になっているのも少し理解できる。とはいえ、害を及ぼしたことを笑って許すつもりもないけど。


 アランは痩せた背の低い男だった。不健康な白い肌に周囲へ送られる鋭い視線。歳は40ぐらいだろうかと思えば、まだ30代だという。

 警戒心の強い人、というのが率直な感想だ。


「そして、あれがケンドレット家のガイン」


 僕たちを挟んでアランと対極の位置にいる集団へレイナードさんが視線を送る。

 ひときわ背の高い男がこちらを見ていた。

 筋肉質の長身の男。かなりの偉丈夫で2メートルはありそうだ。

 武門の一族というだけある。けど、強そうだとは思えなかった。

 ただ、野心に満ちた目には尋常ではない迫力がある。


「あいつが、ガイン」


 魔の森での出来事を僕は学長先生に報告している。

 だけど、訴え出るのは控えた方がよいと諭されてしまった。

 王都の混乱もあるけど、大貴族がそう易々と尻尾を捕まえられるようなミスをするとは思えないという。

 これはレイナードさんも同意見だった。

 実際に魔の森で助けておいた貴族たちに取引に交わした誓約書を見せてもらったら、それは白紙になってしまっていた。

 ケンドレット家が使う手のひとつらしい。特殊なインクが使われており、一定の時間が経過するとインクが消えてしまうのだとか。

 確かに物証がなくては訴え出ても決定打にならない。


 だから、あれから既に1ヶ月近くが経過しているのに、変わらずケンドレット家は軍の頂点として君臨している。

 射殺さんばかりの執念じみた視線を真っ向から睨み返す。


(そんなの認めない)


 勧善懲悪とかじゃない。

 権力とかにも興味はない。

 それに師匠の敵討ちでもない。とはいえないけど。

 単純に、これから僕がやりたいことに邪魔だから退場してもらう。


(ついでに酷い目にもあってもらうよ)


 睨み返すとガインがこちらに大股でやってくる。

 背後には大勢の手下を連れてどこのガキ大将だよ。

 僕はレイナードさんの後ろに隠れておく。虎の威を借って何が悪い、という感じだろうか。


「レイナード殿、お久しぶりですなあ」

「ガイン殿、健勝なご様子で何より」

「この度は王都の危機にいち早く駆け参じて王からの覚えもますますよくなりましょう!まったくうまく動かれたものだ!あまりにも素早いものですからまさかそのまま王都を占領でもされるのではないかと焦りましたぞ!」


 どの口が言いやがる。

 レイナードさんは論じるのも無駄と無言を貫いているけど、ガインが合図すると背後の取り巻きたちが口々に同意の声を上げた。

 クレアは無表情でいるけど拳を握りしめている。

 僕は我慢するつもりもなかった。


「軍があまりにも惰弱だからレイナード様がいらしたのにケンドレットの方は面の皮が厚くいらっしゃるようで」

「ふむ。レイナード殿。小姓の教育がなっていないようですなあ。よろしければ儂が一手指南して差し上げましょう」


 言い捨てるなりガインが殴りかかってくる。

 おっと。王の客に暴行とは。

 さすがに他の貴族たちも驚きの声を上げていた。


 僕は抵抗せずに殴られた。鳩尾を殴られて咽る。さらなる追撃に入ろうとするガインだけど、それはレイナードさんが止めてくれた。


「彼は小姓などではありません。王の客人、そのぐらいにされた方がよいのでは?」


 わざとらしく肩をすくめて見せる。

 そうしながらも目はレイナードさんを厳しく観察していた。僕とレイナードさんの関係を計っているのかな?


「おっと。ではこれがあの英雄殿でしたか」


 知らないわけないだろうが。

 言い訳にしたって無理がある。

 やはり、色々と投げやりというか。杜撰な感じがするな。


「『災厄』だの『魔王狩り』だの『森喰い』だの大層な名前で呼ばれていても所詮は小僧ですな。噂はあてにならんものです。王も無駄な時間を過ごされることになりそうだ」


 なんかふたつ名が増えているなあ。お母さんのこと言えないぞ。

 さあ、こっからは僕も舞台に上がろうか。

 笑い声をあげるガインを睨み上げる。


「全部、貴様が仕組んだことだろう!深部に攻撃を仕掛け、魔物の暴走で邪魔者を消し、それを軍が制圧して手柄を得る!全て知っているんだぞ!」

「これはこれは妄想を語りだすとは師が死んだのが余程応えたのかな?たかが樹妖精ごときに師事する者は程度が低くていかんな」


 瞬間、赤熱した感情が爆発しかける。

 少し勘のいい魔法使いが僕から放射された膨大な魔力に戦慄して腰を抜かした。

 僕の魔力は既に人間が扱う量を遥かに凌駕している。

 それが感じ取れないのか、ガインはいぶかしげに僕を見ていた。


「シズ!」


 クレアが咄嗟に僕の頬を打ってくれなければ何もかもが終っていただろう。鋭い痛みが理性を取り戻してくれた。

 クレアは優雅な仕草で頭を下げる。


「ガイン様、我が友が失礼いたしましたわ。友人に代わり謝罪いたします」

「……クレア殿、友人を選ばれた方がよいのでは。儂が有能なものを幾人か紹介しましょう」

「お気持ちはありがたく」


 完璧な作り笑いで毒気が抜かれたのかガインが取り巻きを連れて去っていった。


 それにしても、やっぱりしらを切られるか。肝心の誓約書がないのでは証言しかなくなってしまう。そんなものでは握り潰されるのが目に見えていた。

 他の貴族たちも実情は把握しているだろうに、何も言わない。いや、言えない。

 いくら落ち目とはいえケンドレット家は軍の最高権力を握っているのだ。迂闊な言動は自身を含めた一族の窮地になり得る。

 ガンドール家のアランだけが忌々しそうにガインの背中を睨んでいた。

 確かに学長先生とレイナードさんの予見通りだ。


「クレア、ありがとう」

「無理もありませんわ。それよりぶたれたのは大丈夫かしら?」


 こっちは10000を超える魔物や魔王に魔神と死線を潜った後だよ。

 ちょっと鍛えている程度の打撃なんて効きもしない。

 むしろ痛みならクレアの平手の方が効いた。女性のビンタって痛覚と精神に響くような気がするのは僕だけだろうか。

 不意にクレアが何かに気づいて裾を引いて耳打ちしてきた。


「シズ、お父様を真似てください」


 気づけばレイナードさんが片膝をついて跪いて頭を垂れている。

 なんとなく察して僕も同じようなポーズを取った。

 横目で見れば中庭の誰もが同じような格好をしている。

 そして、静寂の満ちた空間に声が響いた。


「皆の者、楽にしてくれ」


 その言葉にレイナードさんが顔を上げた。

 中庭の中央にはひときわ豪奢な服と王冠を身に着けた美中年がいた。

 以前はゆっくりと観察していられる状況ではなかったけど、かなりの美形だった。若い頃はさぞかしもてたのだろう。それでも目元などに色濃い疲れが感じられる。

 無論、魔神の襲撃にまつわる対処が山積みな上に、先日の王族襲撃事件で身内を亡くしているのだから当然だろうけど、そんな昨日今日のものではない年季を感じた。

 王様というのは思いのほか苦労が多い職業みたいだ。


「今日は慰労の会だ。存分に飲み、食べ、この度の王都を襲った悪夢から立ち直るべく英気を養ってほしい」

「「「はっ!」」」


 全員が一斉に声を揃えた。こういう時の連帯感には未だに馴染めない。完全に取り残されていた。


 立食パーティが再開される。

 僕の所には多くの人が押し寄せてきた。

 正確にはレイナードさんの所にだけど。自領で政務に励むレイナードさんがこういう会に顔を出すのは非常に珍しいことで、日頃からお世話になっている人は是非にとも挨拶がしたいそうだ。

 貴族もピンキリなのはこういう時によくわかる。

 ルミナス家は厳格な家風だけど、どんな貴族にも平等に接する稀有な一族だ。

 中堅から弱小の貴族にとって頼れる存在なのだろう。権力で周囲を固める他の大貴族との人徳の差がよくわかる図だった。


 一緒にいる僕にも親しく話しかけてくれる。

 中には学園の同級生の親もいて、魔の森では息子を娘を助けてくれてありがとうと感謝されたりもした。涙ながらに手を握ってくる人もいて対応に困る。

 クレアに救いを求めてもくすくす笑って見ているだけだ。

 あくまで結果的に救えただけなので気まずい。

 時折、空気を読まずに合成魔法のことを聞き出そうとする人もいたけど、大半は好奇心に負けた人ばかりだったので言葉を濁すとすぐに話題を変えてくれた。

 本気な人はレイナードさんにじっと見つめられたり、クレアに冷ややかな微笑みを受けたりして離脱する羽目になったけどね。

 2人とも目力が半端じゃない。これが『蒼のエレミア』の秘奥義とかじゃないよね?


「楽しめているか?」


 声を掛けられて息を飲んだ。

 王様がそこにいた。

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