57 準備
新章突入ですが大幅な時間経過はしておりません。
57
僕が腑抜けている間に色々と事件が起きていたけど、それもリエナたちが解決してくれた。
それはひとつのきっかけとなって決意に繋がる。
まずは僕がダメになっていた間のことを話そう。
復興は順調だった。
鷲の魔王は騎士団の支援を受けたリエナとルネに討伐された。
ルネの土属性の魔法で動きを止めて、リエナの雷属性の魔法でダメージを与え、最後はカウンター気味に10倍魔法をぶつけたそうだ。
これで2人も魔王殺しの称号を得たわけだけど、ちっとも嬉しそうではなかった。
僕のことをチラチラ見て来るばかりでこっちまで変な気分になる。
魔神との戦いで壊滅した王宮はさすがに再建に時間が掛かる。
とりあえずは貴族街の大きな屋敷を仮の城とすることになった。
近衛を含めた騎士団の被害も甚大で立て直しは大変そうだ。
西の主要道路辺りも被害が大きかったけど、元から襲撃の狙いではなかったことと、騎士団の迅速な対応のおかげで壊滅には至らなかった。
逃げおおせた人たちが毎日、懸命に残骸をどかしている。
クレアたちが帰ってきたのは事件から10日後だった。
学園に被害はほとんどなかったので、既に日常に戻ろうとしている。
まあ、王宮や第1城壁が景色から失われているので問題なく日常に復帰できるわけではないけど、いつまでも戸惑っていられないのだから、必死に取り戻そうとしているというのが正確だろう。
クレアは集落からルミナス家に早馬を出していた。
報せを受けた当主自らが自領から多くの私兵を引き連れ、物資を用立ててくれたというのだから手が速い。
ただでさえ人手が足りずに軍も騎士団も通常業務さえ回すのに苦労していたのに、余計な事件まで起きたのだから増援は素直にありがたかっただろう。
物資の方はいくらあっても足りないぐらいなのでこれも助かる。
いくつかの貴族なんかが『ルミナス家が権力拡大に乗り出してきた』などと揶揄したりもしたようだけど、これまでのルミナス家の実直な在り方に対して説得力はなく、ただのやっかみにしかならなかった。
ルミナス家当主――レイナードさん。つまりクレアのお父さんにはご挨拶させてもらった時に相談に乗ってもらった。色々と考えていることがあるのだけど、実現するには貴族社会に詳しい人のアドバイスが欲しかったからだ。
大貴族で評判の良いルミナス家が最も信頼できた。
『蒼のエレミア』の当主は厳格な人だった。
堂々と巌のような体躯で立つ姿はまさに武人。やり手の魔法士だと思う。
レイナードさんも今回の事件には思うことがあるらしく、僕の提案に全面的に協力してくれた。
クレアもかなり僕のことを心配して様子を見に来てくれるのはありがたいけど、何かと忙しいのだから無理しないように伝えておいた。
あと、筆に関しては深く陳謝しました。
うん。怒りに任せてとんでもないことをしてしまった。同じ物は用意できないまでも償いはしないといけない。
僕はずっと師匠の研究室にいる。
色々と理由はあるけど寮にいると色んな人が訪ねてきて大変なのだ。
最初の数週間はよかった。
だけど、しばらくすると色んな話が学生の間から広まっていき、魔の森と王宮の件ですっかり有名になってしまって、アドバイスをくれ、魔造紙を作ってくれ、組手をしてくれ、本当かどうか実際に見せてくれと押しかけてくる。
ルネにも迷惑になってしまうのでこちらに避難した。
さすがに研究棟で騒ぎを起こせば教師に怒られるので激減してくれた。
それに師匠の合成魔法を狙う馬鹿が大勢いる。
どこから聞きつけたのか知らないけど、新しい魔法が発見されて、それを管理していた脅威がいなくなったからと侵入者が後を絶たなかった。
考えてみれば王都の中心で極大魔法なんて規模では片づけられない魔法現象が連発したのだ。目撃者があまりにも多すぎるので隠し通そうとする方に無理がある。
だけど、学長先生にも頼んでその件については不要に広めないでもらっている。魔神を倒した手段についても。意図的に伏せておく。
もちろん王様とか知る人は知っているけどね。
大多数の貴族は半信半疑だ。
今は、まだそれでいい。
まあ、不逞の輩はリエナが全部撃退したけどね。
相変わらずリエナの索敵能力は群を抜いている。昼でも夜でも正面からでも窓からでも壁からでも襲撃者を感じ取れるらしい。
フラッと槍を片手に出て行ったかと思うと外が騒がしくなって、静かになると戻ってくる。息ひとつ乱れないところが頼もしすぎる。
そうして何をしているかと言えば魔造紙の作成だ。
師匠の残した合成魔法のリストを片っ端から魔造紙に起こしている。
足りないバインダーは学長先生が用立ててくれた。やはり僕が魔力を込めると漆黒のバインダーになってしまうのだけど、保存能力はしっかり働いているので問題ない。
リエナとルネに手伝ってもらって、2人にはそれらを大体の分類に分けて整理してもらっている。
僕はひたすら術式を書く。
100倍の魔力で、だ。
魔の森から帰った時も思ったけど、初めて合成魔法を意識的に作成してから魔力が切れなくなった。100倍の筆記でさえも不足することがない。
おかげで1日に何枚でも魔造紙を作れた。まあ、術式はもちろん魔法陣や配置まで神経を張り巡らせて書くのでそこまでハイペースにはならないのだけど。
それでも全ての作業を終えるまで2週間も掛かった。バインダー50冊分とか。師匠の研究の重さを実感した。
ようやく作業を終えて腕をマッサージしているとノックの音がした。
リエナが撃退に出ていないので悪意ある来客ではないのだろう。
「どうぞー」
「失礼しますわ」
クレアか。
ビシッと姿勢よく歩く姿はいつも通りに見えるけど、いつもはしていない化粧を薄っすらとしている辺り、疲労を隠しきれなくなっているのだろう。
リエナもクレアの顔を覗き込んで耳をぴくぴく心配そうに揺らしている。
クレアに椅子を勧めて僕たちは輪になって座った。
「だいぶ、面倒をかけているみたいだね」
「あなたと比べれば造作もありませんわ。それにわたくしたち貴族の為すべきことでもありますのよ。シズは気になさらないでくださいな」
「そう言ってもらえると助かるよ」
なんて会話を交わしているとクレアはじっとこちらを見つめてくる。
何かおかしなことでもあるだろうか。
「シズ。大丈夫です?」
「まあ、体の具合はもう良くなったよ」
最後の最後に無茶をしたせいで皆にはずいぶんと心配させてしまった。
回復魔法でも処置が遅くなれば傷跡が残ったりもする。大体の傷は綺麗に治ったけど両手の火傷は少しだけ痕になってしまった。
いや、うん。みんなの心配は主にそっちじゃないのはわかってるけどね。
「……シズがそういうのでしたら、何も申しませんわ」
「うん。ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「ええ。では、本題に入らせていただきますわ」
クレアの表情が引き締まる。こちらも居住まいを正した。
「こちらの準備は整いましたわ」
「無理を言ってごめん。あと、手伝ってくれてありがとう」
「気にしないよう言いましてよ?そちらの首尾はいかが?」
「うん。こっちも万全。ご覧の通りだよ」
机に並べた50冊のバインダーを示した。
全てに合成魔法の魔造紙が入っていて、開けば赤い燐光が輝いているのがわかる。
いや、万全とか言いながら質は二流もいいところなんだけどね。実は。
「よくこれだけの魔造紙を短時間で」
「色々と周りに助けられてなんとか、だよ」
「それが人の正しい姿ですわ。どこに恥じ入ることがありますの」
リエナとルネは言うに及ばず、クレアもレイナードさんの手伝いとして別方面で準備を進めてくれている。学長先生もバインダーの用意だけでなく師匠の研究室に関してなど融通してくれた。
研究室は代表者が死亡した場合、次代が引き継ぐか、解散となる。
師匠の意思で研究成果は全て僕が継ぐことになった。まだ1年次生でありながら研究室持ちという異例の扱いになってしまった。
それでも師匠の業績を継承するのは僕だ。
誰にも譲るつもりはない。
「その筆、以前にもまして凄まじい強度ですわね」
「あー、おじいちゃんからの贈り物なんだ。本当なら壊した筆の代わりにこれを渡した方がいいのかもしれないけど」
「シズ、見損わないでくださいまし。わたくし、人のプレゼントを奪うようにして手に入れた物で喜ぶ趣味はございませんわ」
ああ。確かに失礼な発言だった。
それにお礼を含めた贈り物は決めているのだ。
この新しい筆はおじいちゃんが僕のために用意してくれた1品物の筆だ。
5年前の裏山で術式崩壊で倒した甲殻竜を素材に、おじいちゃんの知り合いの腕の良い筆作りの職人に長年をかけて作ってもらったそうだ。
甲殻竜がいくら優れた素材でもそれだけでは僕の魔力には耐えきれない。それが100倍の魔力にも耐えられるのはおそらく僕の魔力がかなり浸透しているからだと思う。事、僕が使うならこれ以上の親和性はないのではないかというぐらいだ。
本当は学園の入学祝に渡すつもりだったそうだけど、あまりの硬度に作成が間に合わず、1年遅れになってしまったそうだ。
どちらにしろおじいちゃんへの感謝は計り知れない。
話を戻そう。
「あとはタイミングなんだけど」
「そちらはわたくしの方に心当たりがありますわ。色々とまとめて解決いたしましょう?」
「色々?」
「ブランから使者が来るそうですわ」
「ああ」
うん。
レイナードさんの危惧した通りだ。
「いつ?」
「もう数日中でしょう」
「じゃあ、それに合わせて僕も復帰するよ」
王家からの召喚は怪我を理由に辞退していたけど、そろそろ拒否も限界だろう。
主に役人から追及されている学長先生的に。
まあ、怪我が治っているのは目撃者多数だしね。
嘘とわかりきっているんだから当然だ。
さあ、始めようか?




