番外9 猫の見るもの⑤
番外9
黒い人はすごかった。
今まで以上に短剣を振るってきて、見たこともない技を持っていた。
光と闇の属性魔法はもっとすごい。
大通りはボロボロで、いくつかのお屋敷がなくなっちゃった。
でも、大丈夫。
ちゃんと誰もいないのはわかっていたから。
魔法を使う前に平気な方に移動して、それから躱せば問題ないもん。
黒い人はどんどん下がっていく。
そうなるように動いたから当たり前。
下がって、下がって、そうして最後にやってきたのは王都の真ん中に出来た大穴。
「ここなら、誰も巻き込まない」
耳もしっぽもピクピクしていい感じ。
ちょっと血が足りなくてくらくらするけど気分はいい。
だから、負けない。
黒い人が閉じたままの原書の1冊に黒い短剣の柄を当てる。
空からたくさんの光が降ってくる魔法が発動したのがわかった。
でも、光はまとめて一緒には落ちてこない。それに隙間だってある。
なら、そこにそっと滑り込んで、光線を全て躱すだけでいい。シズの魔法じゃないから余裕。ちょっと踊ってるみたいで楽しかった。
あ、今度は闇の属性魔法だ。
あっちこっちから手みたいに影が伸びて来るけど、さっきよりずっと隙間があるから平気。
手が追っかけてきたけど後ろで手と手がぶつかっていた。
「ん」
驚いている間に間合いを詰めた。
黒い短剣を振ってくるけど、もう全然怖くない。
うん。慌てたらダメってよくわかる。
槍の先で短剣を薙ぎ払うと黒い人の手から跳ねていった。
続けて原書を固定しているベルトを斬り落とす。
反射的に目が追って俯いたから、カウンターに石突で顎を跳ね上げる。
黒い人が膝を折って、座り込んだ。
その眼前に穂先を突きつけて、
「ん」
いつもみたいに視線を送ると黒い人は立ち上がるのを諦めて、体から力を抜いた。
わたしの、勝ち。
すぐに騎士と兵士さんが来た。
あんなに激しく魔法を使えば気づいて当たり前。
黒い人は任せて帰ろうとしたら手当をすると言われた。自分でできるからいいと断ろうとしていたら、北の方から何かがすごい速さでやってくるのに気付く。
「リエナ!!」
シズだった。
真っ赤な強化の魔法を帯びて一直線に飛んでくる。
両脇にはクレアとルネが抱えられていたけど、すごい勢いのせいで気を失っているみたい。
地響きと一緒に地面を大きく沈めて着地したシズが2人を抱えたままやってきた。
真っ青な顔でわたしの前に立って、安心したように笑ったと思ったけど、すぐに怖い顔になっちゃった。
「誰だ、リエナに怪我させたのは?」
聞いたこともないぐらい低いシズの声。
誰も言葉に出来なくて、自然と黒い人に視線だけ集まる。
「お前か?」
ギギギ、と壊れた人形みたいにシズが黒い人に目を向ける。
1歩ごとに本当に地面を沈めながらシズが近づいていく。
両脇の2人を下ろすのも忘れているぐらいだ。
あ、このままはダメ。
「……シズ、もう平気」
「だけど、こいつが」
「わたしの勝負。わたしの勝ち負けだから。大丈夫、ちゃんと勝った」
ん、と胸を張るとシズはようやく大きく息を吐いて強化魔法を解除して、回復魔法を掛けてくれた。
あっという間に傷が治って元気になる。
そうしている間にクレアとルネが目を覚ました。
クレアは辺りを見回して、わたしを見つけると駆け寄ってくる。
無言のまま頬を叩かれた。パシンと大きな音がして驚く。避けられたはずなのに何故か避けようと思えなかった。
だって、クレアはわたしを睨んだままポロポロと涙を零しているから。
「心配、しましたのよ!」
「リエナ。クレアはね、リエナがいなくなってるって知らせを聞いて僕の所に来たんだ。相手は原書を持っているかもしれないから僕じゃないと勝てないって。男子寮に1人で駆けこんできたんだよ。もちろん、僕も心配した」
僕が言えたことではないけどね、とシズは苦笑する。
いつもシズが1人で戦う時、どんなに心配しているかわたしは誰よりも知っているのに。
その気持ちをシズとクレアにさせてしまった。
「ごめんなさい」
「次は許しませんわ!」
クレアが泣いたまま抱きしめてきた。
んむ。クレアのおっぱい、苦しい。
でも、今だけはしかたない。
冷たい涙が耳に落ちてくるのを黙って受け入れた。
後日、クレアから色々と話を聞いた。
黒い人は依頼者とか全部話したんだって。
オーズベルグ公爵の次男、シムート伯爵。
手に入れた原書を暗殺者に渡して、他の王族を殺して王様になろうとしてたんだって。
でも、クレアもルネも納得してないみたい。
「そんなことしても誰もついていきませんわ」
「うん。すぐにばれるだろうし。自分がやったことはそのまま自分に返ってくるよ」
「何よりあの人は王の器じゃありませんわ」
「そうだね。ボクも、ちょっとあの人は……」
結局、シムート伯爵は捕まって処刑されたんだって。
びっくりするぐらい簡単に。
まるで決まっていたみたいに。
「最後まで自分こそ王に相応しいと叫んでいたそうですわ。踊らされていた、という感じですわね。あの人が原書を手に入れられるとは思えませんし。都合のいい言葉を聞かされて、都合の良いように、誰かの手によって。そもそもプロの暗殺者が依頼人を話すなんてありえませんわ」
「やっぱり、ケンドレット家なのかな?」
「……結局、証拠になりそうなものは見つからなかったようですわ。そういうところだけは優秀なのが腹立たしいですわ」
なんか、難しい話をしていた。
シズも難しい顔をしている。
あれから部屋に籠らなくなった。
代わりにレグルスの研究室に行ったままになった。
学長先生に頼んで、そのまま使えるようにしたんだって。
まあ、レグルスもシズが後を継ぐならいいと言うと思う。
それからクレアと色々相談しているみたい。
わたしとルネも協力するよう頼まれた。
シズは何かやるって決めたみたい。
なら、わたしも手伝うのは当たり前。そんなこといちいち聞かないでいいのに。
いつもの屋上に立つ。
明日からしばらく研究室に籠るんだって。
だから、ここの景色も少しお別れ。
今までより辺りの様子はわかりづらくなっていた。
普通の人よりは見えるし、聞こえる。
だけど、前が10なら、今は5か6ぐらい。
うん。それは仕方ない。
ほとんどの動物系妖精の種族特性は感知能力みたいなんだけど、今までのはまだ完全じゃなかった。
誰か1人、或いはひとつと決めたもののためだけに働く感知。
それがわたしたちの種族特性。
今までそういうことは考えないで使っていたけど、あの時にわたしはシズのためにだけと決めたから能力が開花した。
どんな感覚なのかは口で説明できないと思う。
なんていうか、そう。
最初から答えが見えているみたい、というか。
シズに関することならどんなに離れていても通じるというか。
そんな感じ。
「ちゃんと隣にいるからね」
シズはちょっと変わった。
レグルスがいなくなって、今まで以上に周りの人を守ろうとするようになった。
嬉しいと思う反面、心配にも思う。
すごい疲れているんじゃないかって、気になる
だから、そばにいて見ていよう。
シズを守れるように。
助けられるように。
今も研究室に知らない人が近づいているのがわかる。
最近、レグルスの研究を調べようとしている人がいる。
あれは全部、シズのもの。
レグルスだって他の人にはきっと許さない。
「ん」
槍をひと回しして屋上から飛び降りた。
今日も耳としっぽは元気。
頑張るよ。シズ。
猫が足りなくてつい……。
多少、王宮編も手直しを入れます。




