番外7 猫の見るもの③
番外7
「リエナさん!」
血相を変えたクレアが部屋に駆け込んできた。
ノックも挨拶もなしなんて初めて。
クレアはわたしが驚いている間にベッドまでやってきた。
頭から足の先までじっと視線を巡らせて、何もないと理解したらしく大きく息を吐き出した。
「夜、帰らなかったと聞いて心配しましたのよ」
「ごめん」
昨日はあの後、絶対に追いつかれてないって思えるまで走り続けたから遅くなった。
戻ってこれたのは日付も変わった後で、その時にはルームメイトがクレアに連絡したみたい。
朝1番に無事を伝えに行こうと思っていたけど、それよりずっと早くクレアは来た。
「昨日も襲撃事件がありましたから、巻き込まれたんじゃないかと気が気じゃなくて。でも、もう遅くて外出の許しは出してもらえませんし……」
「そこ、いた」
クレアが面白い顔をしている。
あ、違う。怖い顔になった。笑ってるのに怒ってる。
「詳しく、お話し、聞かせてもらえますわね?」
1時間、お説教された。
クレアは怒りん坊だ。だけど、心配かけちゃったわたしが悪い。反省。
お説教が終わってからルネが呼び出された。
何故かビクビクした様子で辺りを見回している。顔も真っ赤になっていた。風邪でも引いちゃったのかな?
「あの、ここ、女子寮なんだけど」
「? それがどうかしましたの?」
「男子禁制、だよね」
「前、シズが入ってボコボコ」
見られちゃったのも思い出して恥ずかしくなる。
「ボク、入っても怒られなかったんだけど?」
「ルネだから」「ルネですから」
「…………」
ルネが悩みだしてしまった。どうしたんだろ?お腹、痛い?
5分ぐらいしたらルネが復活した。何かを吹っ切った大人の顔をしていた。
飲み物を準備して、3人で輪になる。知ってる。シズが教えてくれた。これ、女子会って言うんだよね?
改めて昨日のことを2人に話す。
「黒ずくめの服に、黒塗りの短剣。リエナさんが驚くぐらいの腕となると傭兵の『黒刃』かもしれませんわね」
「暗殺を生業にしている傭兵だっけ。もう何人も有力貴族を暗殺したっていう」
黒い人は貴族の間では有名らしい。
「でも、そんなに魔法を使うという話は聞きませんわ」
「情報が少ないからじゃないかな?」
「いいえ。手口は主に魔法ではなく武器を使うというのは有名ですわ。だからこそ、『黒刃』なんて呼ばれているのですから。魔法は独学なのであまり強力なものは書けないとか」
「……偽物?」
「なんとも言えませんわ。どこからか強力な魔造紙を手に入れる伝手ができたのかもしれませんし。噂も意図して流した嘘かもしれませんし」
「……でも、普通じゃなかった。あの魔法」
「シズの魔法を見てると感覚が狂ってきちゃうけどね。でも、すごい魔法だよね」
「光と闇の属性魔法ですわね。けれど、それより」
3人で頷き合う。
「「「認識阻害」」」
声が揃った。
1番の問題がその魔法。
数ある魔法の中でも、最も癖が強いと言える法則魔法の中でも扱いに困る魔法。
法則魔法には結界系しかないと呼ばれたりもするぐらい。
「間違いないでしょうね」
「結界・方向強制・認識阻害・特性無効。色々あるけど……やっぱり、あれだよね」
「うん。シズのよりは良かったけど、気持ち悪かった」
法則魔法の認識阻害はそのままの意味。
効果範囲内の生物の五感を狂わせるという魔法。
この中に入ると立っていることも難しくなっちゃう。
これだけ聞くとすごい魔法だと思うよね?でも、ダメ。この魔法はダメ。
「少しでも術式のバランスが乱れると敵味方全てを巻き込んでしまいますものね……」
「シズの魔力で威力だけ倍増した時はすごかったよね。ボク、10秒ぐらいしか覚えてないけど……」
「わたしは3秒で倒れた。あれ、ダメ。絶対、ダメ」
思い出すだけでしっぽがきゅっとなる。
シズの魔造紙、威力とか範囲は魔力ですごくなるけど、他はイマイチだから大変だった。シズも含めた全員が気絶したんだから。
レグルスが遠くから発動中の魔造紙を打ち抜いて助けてくれたけど、ずっとあのままだったら頭が変になってた。きっと。ううん、絶対。
以来、シズは絶対に認識阻害魔法は使わないって決めている。魔造紙も作ろうとしない。
他の方向強制とか特性無効も同じような特色があるから使い勝手がすごく悪い。だから、みんな法則魔法は結界系しか使わない。
原書でもないとちゃんと使えないんだと思う。
「でも、先程のお話ですと『黒刃』は認識阻害を受けていなかったようですわね」
「ん。気づいたらお屋敷、光に包まれてた。後じゃない」
「認識阻害中にあてずっぽう、ではないよね?」
「プロのすることではありませんわ。無差別ならともかく……いえ、自分が巻き込まれる危険がありますわ。絶対に使わないでしょうね」
多分、みんな同じことを考えている。
認識阻害を実用的に使える方法はひとつだけ。
「原書?」
「考えたくありませんが、その可能性を考慮しないとなりませんわね」
「ん。あの黒い人、3冊、本を持ってた」
ローブの下に隠していた3冊の本。
あれが、原書?
でも、光と闇の属性魔法も、認識阻害の法則魔法も原書はどこにあるかわからないんじゃなかった?
「どこかの大貴族が隠し持っていたのかもしれませんわ」
「……それ、いいの?」
「良いわけがありませんわ。原書は魔神への唯一といってよい対抗手段。国が正当に管理しなくては。個人の思惑で使うなんてとんでもありませんわ」
でも、実際に使ってる人がいる。
魔神が来た時には使わなかったのに。
こんな嫌なことに使う人がいる。
それをわたしは止められなかった。
シズが疑われているのに。
シズじゃないとダメなんて思って逃げた。
守りたいのに。
そばにいたいのに。
なにも、できなかった。
「依頼主はわかるかな?」
「……『黒刃』をよく雇うのはケンドレットの派閥の貴族ですわね。でも、専属でもありませんし」
「被害にもあってるよね。でも、疑いを逸らすためかも」
「やりそうですわね。ですが、王族を最初に襲った理由はなんなのでしょう。今回の被害者もオーズベルク公爵の御長男。陛下の甥にあたる方でしたわ。王族を滅ぼしつくしたとしてもケンドレットが王位につけるわけではありませんわ」
「……有力王族の後見にはなれるんじゃないかな?」
「そうなると何名か候補者もいますわね。まずはオーズベルグ公爵の御次男であるシムート伯爵は……」
原書を持っているような相手に挑むのは危険すぎる。
なら、依頼主を押さえれば傭兵の『黒刃』は手を引くはず。
2人は難しい顔で話し合っている。そういう貴族の派閥とか力関係はわたしにはわからない。
邪魔になるのは嫌だから少し外に出ていよう。
一言、断ってからいつもの屋上にわたしは上がった。
一晩過ぎてわたしは後悔していた。
どうしてあそこで逃げてしまったんだろう。
シズを守りたいなら。シズを助けたいなら。
あそこは戦わないといけなかったのに。
わかってる。
シズは強い。
わたしが守らなくても大丈夫。
それどころかわたしが危なくなれば助けようとしてくれる。
そうして、危険な目に遭うのはシズだ。
「わたし、邪魔になってるかな……」
魔法なしなら勝てる。
でも、魔法士は魔法を使って戦うんだから『魔法なし』なんて条件に意味がない。
せめて、シズの目とか耳になれば役に立てると思っていたのに、それだって失敗した。
魔神に気づけなくて、レグルスが死んじゃったのにも気づけなくて、昨日は戦いにも役に立てなくって。
悔しい。
ずっとシズといたいのに。
シズについていきたいのに。
「えっと、リエナ?いい?」
「……ん」
目元をぬぐってから振り返るとルームメイトの子がいた。
屋上に上がってくる足音は聞こえていたから不思議じゃないけど、何か持ってる?
「クレア様からここだって聞いたから。はい、これ。お手紙届いてたよ」
「ありがと」
泣いてたのに気づかれちゃったからか、すぐに戻っていっちゃった。
手紙はししょー……シズの母さんからだった。あ、お返事来たんだ。
簡単なあいさつの後に書かれた文章に目を奪われる。
『リエナちゃん、大変だったみたいね。
いつもシズのことを気にかけてくれてありがとう。
大変な時にそばにいてあげられないダメな師匠でごめんなさい。
でも、甘えてはダメ。リエナは強い子よ。自信を持って。
ヒントをあげるわ。
あなたの武器は槍でも魔法でもないの。その感覚。妖精族の種族特性が1番の武器なの。ちゃんと自覚なさい。
そうしたらきっと私だってリエナちゃんに勝てなくなっちゃうかも。
本当はすぐにでもそちらに行きたいけど、最近は裏山に魔物が出ることが多くて離れられないの。
でも、いつだってあなたたちのことを思っているわ。
頑張ってね』
……種族、特性?
あれって魔族とか、竜とか、妖精が使うやつだよね。
わたしも持ってるの?
それがあればシズについていけるの?
わからない。
だけど、ここで泣いているよりずっといい。
クレアとルネに聞いてみよう。
シズ。
わたし、頑張る。




