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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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番外6 猫の見るもの②

 番外6


 同じような時間に同じ手口。

 ケンドレット家派の貴族当主が襲われた。

 襲撃を警戒していたにも関わらず、1人も残らず消されてしまった。

 たまたま、巡回中の騎士が現場に居合わせたおかげですぐにわかったけど、本当だったら気づくまでもっと時間が掛かっていたかもしれない。


 騎士たちは追跡したけど捕まえられなかった。

 どころか途中でたまたま遭遇したガンドール家の長女が襲われた。

 こちらも護衛含めて全滅。

 騎士たちは確かに1人だったと証言している。


 話し終えたクレアが困った顔でわたしを見てくる。


「リエナさん、そんなに興奮しないでくださいな」

「……シズが疑われてるなんて許せない」


 しっぽがタシーン、タシーンと椅子を打っちゃう。

 犯人が1人とわかったせいでシズがもっと疑われるようになったらしい。

 確かにたくさんの人を1度で消してしまうなんてシズぐらいしかできないかもしれないけど、それでも絶対にシズはしないのに。


「ちょっと実験してみよっか?」


 そう言ってルネは訓練場に向かった。

 わたしとクレアもついていく。何人かの魔法士が訓練していたけど、ルネがお願いしたらすぐに端っこの方を貸してくれた。

 言ってもないのに目標代わりの人形まで用意してくれる。

 皆、いい人?でも、目が怖いよ?

 ルネはバインダーから魔造紙を取り出した。


「はい。『闇・影沈・千殺刑』」


 訓練場の一部に突如、影が広がる。

 あらかじめ用意されていた訓練用の人形が50体ほど範囲に収めると、底なし沼にでも飲み込まれるように影へ沈めていく。

 それでも全てが沈没することはなかった。途中で沈下が止まると同時に影が消えて、胴の辺りで切断された人形が転がるだけ。


「完全に消すのはやっぱり難しいね」

「範囲はなかなか」

「ありがとう。でも、そっちも襲撃犯と同じぐらいにはならないね」


 威力と範囲のどちらも及ばない。

 ルネの魔造紙は格別優れていたわけではないけど、平均値は超えていたと思う。

 闇属性は広範囲の制圧に向いているけど、威力を求めようとすると急に難しくなる。

 ううん。普通は求める必要がない。だって、あの人形を完全に消したところでほとんど意味がない。あそこまで消してしまえば普通は生きていられないから。


「やはり、襲撃者の闇属性はかなりの魔造紙と思われますわね」

「でも、見られたのが1人だからって本当に1人とは限らないよね?」

「ええ。ですが、多くの騎士に気づかれずに並走して、隠れて魔法行使となるとなかなか難しいのも事実ですわ」

「闇の属性魔法の原書は上級も下級も行方不明だっけ?」

「市井に価値も知られず出回っているか、どこかの貴族が隠し持っているか、他の大陸に流れたか、色々と噂だけなら聞きますわね」


 うん、とルネは頷いた。


「現場を押さえるしかないみたいだね。ボク、明日から見回りする」

「リエナさんが言い出すかと思いましたわ……」


 わたしも言おうと思ってたのに。先を越されてしまった。


「だって、許せないよ。あんなに傷ついたシズに疑いをかけるようにするなんて」

「ルネさんもそう思われます?」

「うん。いくらなんでもおかしいもん。そんな腕のいい人が騎士に簡単に見つかって、追手も振りきれないで、出会い頭で他の貴族も襲撃するなんて。まるで見てほしいみたいだよ」

「わたくしもそう思いますわ」


 2人とも頭がいい。わたしはこういうのちょっと苦手。

 だから、得意なことをわたしはするんだ。


「行くのはわたし。ルネはシズを見てて」

「でも!」

「男子寮にわたしは入れないから。シズがいたって証言できない」

「……それは、そうだけど」

「大丈夫。ぜったい、捕まえる」

「本来なら騎士の仕事と止めるべきなのでしょうけど、その騎士よりリエナさんの方が強いですものね。危ないと思ったらすぐに逃げてくださいな。約束ですわよ?」

「ん」



 そうしてわたしは夜の貴族街に忍び込んだ。

 いつもは夜でも灯りがついている家が多いけど、今日は特別明るくなっていた。

 大きな通りは何ヶ所かで騎士が集まっていて何組かで見回りをしている。


 わたしも建物の上や壁の内側を伝っておかしいところがないか探していく。

 騎士以外でも傭兵とかがいて、こっちはお屋敷の中でピリピリしていた。

 そうして1時間も移動して、南側まで来た時になにか嫌な感じがして立ち止まる。


(すごい気持ち悪い感じ)


 通りから少し奥に行ったところにあるお屋敷だった。周りと比べると小さめ。

 その家の前に真っ黒の服を着た人がいる。上も下も靴もグローブも黒一色。フードつきのローブまで全部が黒。


 あれだ。

 やな感じはあそこから。

 静かに後ろから近づこうとしたけど、気づかれてしまった。

 いきなり振り返ってわたしを睨んでくる。


「……なに、してるの?」


 黒い人は無言のまま刃も柄も真っ黒の短剣を抜いて構えた。

 わたしも油断なく槍を握り直そうとしたところに襲い掛かってくる。

 無駄のない動作で繰り出される短剣。暗いのも平気なわたしじゃなかったら大変だった。

 槍で受けて、弾いて、その次からは見切って躱す。

 10回連続で回避したところで離れていった。


 そろそろ反撃しようと思ってたのに。

 なんて思っていたら背筋が凍える感覚がした。わたしは自分の感覚を疑ったりしない。だから、今も全速力で壁の上に飛び乗った。


 見下ろせばさっきまでいたところに夜の闇よりも濃い影が落ちている。

 目に見えて何かが起きたわけじゃないけど、耳もしっぽも毛が膨らんでしまった。


(闇の属性魔法)


 ルネが見せてくれたのよりずっと広い。

 上に逃げてなかったら危なかった。

 でも、変。影がずっと残ってて消えない。ただの闇属性魔法と違う。


 黒い人がローブの下で何かしている。

 また、嫌な寒気がしてわたしは塀の上を走った。

 すぐ後ろを黒い何かが通過していく。多分、あれも闇の属性魔法。

 段々と逃げきれなくなって数発を槍で弾き返した。まるでナイフでも投げられているみたいな感触がする。

 ダメ。このまま弾き返していると手がしびれちゃう。

 バインダーから使い慣れた1枚を抜く。


「ん。『雷・閃華』」


 夜の町に雷の光が弾けた。

 飛んでくる何かを完全に止めることはできないけど、威力が落ちたからちゃんと避けられる。塀の端まで走り抜けてそのまま木を伝って隣の家の屋上まで逃げ切った。

 屋上に伏せて黒い刃物が打ち止めになるまで待つ。


 やっぱりあの黒い人、すごい闇属性の使い手みたい。

 魔法の威力だと勝てない。


(だから、ここから倒す)


 思い浮かべるのは初めて魔法を見た裏山でのししょーの姿。

 雷・轟鳴。

 槍に魔造紙を巻きつけて、起き上りながら投擲姿勢に入る。

 どこに相手がいるかはちゃんと耳が教えてくれるから大丈夫。


「ん!」


 振りかぶろうとした瞬間、世界が歪んだ。


 目が回る。

 耳がキンキンする。

 立っていられない、じゃない。

 いま立っているのか座っているのかもわからない。

 景色がグルグル溶けて混ざって気持ち悪い。


 あんなに手に馴染んだ槍の感触もなくなった。

 もうなにがなんだかわからない。

 声も出ない。もしかしたら叫んでいるのかもしれないけど、その音を耳が聞き取ってくれなかった。


「……あれ?」


 復帰は唐突だった。

 どれだけ時間が過ぎたのか。

 ううん。そんなに時間は過ぎてない。月の場所がほとんど変わってないから。たぶん、5分ぐらい?

 気がついたら元に戻っていた。

 屋上の端っこで座り込んで、槍も握ったまま。

 ちゃんと見えるし、ちゃんと聞こえる。

 お屋敷が真っ白な光に包まれている光景も、すごい熱風で木が折れる音も、見えているし聞こえている。


「あ……」


 あの家に誰がいたのかわたしは知らない。

 だけど、あの中でその誰かが生きていられるとは思えなかった。


 わたしはきっとひどい人。

 誰かが悲しくなるのは嫌だけど、それが身内じゃなくて良かったと思ってしまう。

 今だってあそこにいたのがシズじゃなくて良かったと思っている。


 それでも。

 それでも。

 あそこにいた誰かを助けられたかもしれないのに。

 失敗してしまった自分が苦しくて、胸が痛くなったりはする。


 見渡せば黒い人がこっちに来ようとしている。

 風にまくれたローブの下に3冊の本が見えた。

 バインダーとは違う。


 悔しい気持ち。つらい気持ち。悲しい気持ち。

 そんな色々を塗り潰してしまうほどの本能による警戒心が沸き立つ。

 ダメ。

 あれと戦ってはダメ。

 あれに勝てるのはきっとシズだけ。

 わたしじゃ勝てない。


 気が付けば大きく後ろに跳んでいた。

 1度下がってしまえばもう戻れない。

 来た時以上の速さで屋根と壁を伝って走り去る。


 紛れもない、誤魔化しようもない、敗走だった。

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