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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
62/238

番外5 猫の見るもの①

 番外5


『師匠。

 元気?わたしは元気。

 だけど、シズが元気ない。

 レグルスが死んじゃって、落ち込んでる。

 わたしはシズを守ってあげられなかった。

 大変な時にそばにいられなかった。

 気づくこともできなかった。

 すごい、嫌な感じ。

 師匠、わたしはどうすればいいのかな?』


 あの手紙はもうラクヒエ村についているかな?


 シズが落ち込んでいる。

 寮から出てこない。

 わたしとルネが話しかけても上の空。

 今日も屋根を伝って部屋に行ったけど、うんうんと頷くだけ。


「……ご飯は食べてるの?」

「うん。食堂まで連れて行って、用意すればちゃんと食べてくれるけど」


 放っておけばずっとベッドで座り込んでいるらしい。

 ルネがシズのお世話をしてくれなかったらもっと酷いことになってると思う。本当はわたしがしてあげたいけど、男子寮には勝手に入れないからお願いするしかない。

 元気になってほしい。


 シズはあの日から何もしなくなった。

 授業にも出ない。

 研究もしない。

 白い杖を握ったまま。

 ただ座っている。


「レグルスさんのこと、だよね」

「……ん」


 あの日、何があったのか学長から聞いた。

 魔神なんてお話でしか聞いたことなかったすごいのが出てきて、シズたちがやられそうになったのをレグルスが命懸けで助けてくれたって。


 シズはレグルスをすごい尊敬していた。

 たぶん村の人よりも、誰よりも、1番に。

 だから、悲しくて動けないんだ。

 わたしもシズがいなくなったらなんて考えたら怖くてたまらない。


「元気づけてあげたいけど……」


 ルネは力のない微笑みで悲しげに溜息をついた。

 何もしてあげられない。

 そばにいて、お世話してあげるぐらい。


 わたしたちは、無力だ。

 魔王を倒したからほめてもらえるかななんて考えていた自分が嫌になる。

 シズが大変な時にそばにいることもできなかった。気づくこともできなかった。

 人と違う耳を持っているのに。肝心な時に役に立たないなんて。


「リエナさん!ルネさん!」


 知っている声がした。

 クレアだ。

 魔の森から帰ってきたばかりでまだ旅装のままだった。

 すごい急いできたみたいで肩で息をして苦しそう。


「大丈夫?」

「そちらこそ。聞きましたわ。魔王を倒したと」

「ん」


 すごいことだってわかるけど、喜ぶ気持ちにはなれない。


「あまり無茶をなさらないでくださいまし。無事とは聞きましたけど、こうして姿を見るまでは心配でたまりませんでしたわ」

「ん。ごめん。ありがと」


 クレアは人の世話や心配ばかり。そういうのちょっとシズに似ている。

 だから、色々とうるさいけどクレアは嫌いじゃない。


「シズは……」

「今は寮に」

「レグルスさんが亡くなられたと聞きましたが、本当でしたのね」


 クレアもシズを心配して顔を曇らせる。

 けど、ひとつ首を振って表情を改めた。


「わたくしたちまで沈んでいてはいけませんわね。シズを元気づけてあげましょう」

「……ん。クレアの言う通り」


 ルネも頑張るぞと両手を握りしめている。

 レグルスがいなくなったのは色々、嫌な感じだけどこのままじゃダメ。

 わたしは2人と一緒に寮へ向かった。



 1週間が過ぎた日。

 シズはまだ落ち込んでいる。

 でも、何か考えている感じになった。

 見ただけだとわかりづらいけど、少しだけ目の雰囲気が違う。


「ちょっと、よくなった」

「僕には違いがわからないけど……」


 わたしはずっとシズを見てきたからわかる。

 ちょっとルネが悔しそうだけど、シズのことで負けるわけにはいかない。


「まあ、それは良いこととして、2人とも聞いてくださいな」


 クレアが本題に入ろうとする。

 わたしとルネはクレアに外へ連れ出されていた。

 それも第2区画、貴族街の方に。

 クレアとルネは貴族だから何もないけど、平民のわたしは校門で少し手続きがいるし、嫌な感じの人が多いからあまり行きたくない。

 今日は特に街がざわざわしていて嫌。


 学園の外に用意されていた馬車に乗ったところで話が始まった。

 最初はシズのこと。近頃、クレアは王都に来ているお父さんのお手伝いで忙しくて学園にほとんどいない。

 そうしてやっと連れ出された理由を聞かせてくれた。


「第2王子と第1王女の暗殺事件?」

「ええ。昨夜、この貴族街で。復興作業の慰問の帰りだったそうです」

「王子様と王女様は?」

「王子は護衛たちと一緒に……。王女は保護されたものの辱めを受けていたようで恥をさらせないと自ら命を絶たれましたわ」


 嫌な感じ。

 暗い気持ちが胸の奥でグルグルする。

 ルネは悲しげに目を伏せながらも疑問を口にした。


「どうしてクレアさんがその話をボクたちに?」

「率直に申し上げますわ。容疑者にシズの名前が上がっていますの」


 耳としっぽがピンと立った。

 クレアをじっと見つめる。


「そんなに見つめないでくださいまし。わたくしだってシズを疑ったりしていませんわ」

「でも、どうしてシズが?まだ一般には知らされてないけど、このスレイアを救った英雄だよ。それを疑うなんて」

「シズという力を嫌う人間はいますわ。特に今回の件で完全に敵対したケンドレット家は声を大きくしていますわ」


 ケンドレット。確か森で変なことするように命令した人だ。

 ルネは少し考えてから反論した。


「そんなの信じられるの?そのケンドレット家が1番の容疑者だよね?」

「ええ。どうしてこんな時に、そんな事件を起こすのか意図はさっぱりわかりませんけど。以前から権力への固執は目に余りましたし、王家への忠誠も見られませんから。もしも、そんなことをするとすれば、ケンドレット家の名前は真っ先に出てくるでしょうね」

「なのに、シズが疑われるの?」

「そもそも、ただの暗殺であればシズが疑われることなんてありませんでしたわ」

「ただの?」


 暗殺なんてもうそれだけで普通じゃないと思う。

 村で育ったわたしには少しも実感が持てないけど、2人はそういうのも考えられるんだ。

 普段とは違うクレアとルネに驚いている内に馬車が止まった。


「着きましたわ」


 クレアに促されて馬車から下りる。

 騎士たちが封鎖した道の手前で足を止めて、ここが昨晩の惨劇の現場だという。


 ただの道に見えた。

 石畳の綺麗な道。

 だけど、何か違う。

 あまりにも綺麗だった。綺麗すぎるぐらい。

 よく見れば道の上にはほとんど砂も埃もない。丁寧、というより執念深く雑巾がけでもした後みたい。


「使われたのは属性魔法の闇系統ですわ」

「……上級魔法で闇に対象を沈み込ませるものがあったっけ?」

「姫様の話では王子も騎士も馬車も何もかも、全て暗い影に沈んで消えてしまったと」


 属性魔法の上級には危ないのが多い。

 シズのと比べるとそうでもないけど。

 ひと1人を跡形もなく消してしまうこともできる。


「闇の属性魔法が得意な人がたくさん集められたみたいだね。でも、それなら特定も簡単なんじゃないかな?」


 魔法士も書記士も国で力量とか所在地は確認されてる。

 隠す人もいるけど全部は無理だし、どこにいたか完璧に隠すのも難しい。


「それが襲撃者は1人だったと」

「……隠れて使っていたとかじゃなくて?」

「そこはなんとも。姫様に判別できるものではなかったでしょうから」


 亡くなった人はもう話すこともできない。


「1人でこれは……」


 ここは大通りじゃないけど、馬車が余裕を持ってすれ違えるよう幅は10メートルぐらいある。封鎖されている長さもかなりあった。貴族の邸宅の門が5個ぐらい。

 どんなに上手に魔造紙を書いても難しそう。


「個人でこれを実現できる人となると原書か」

「シズぐらいだって?そんなの信じる人がいるの?第一、昨日はずっとボク、一緒の部屋にいたからね!」


 珍しくルネが怒ってる。

 わたしもしっぽが勝手に揺れてしまう。シズがそんなことするわけない。


「でなくても、容疑者に名前は出ていますの。実力と、あと動機で」


 動機?

 王子様と王女様を殺してしまう理由。


「今回の騒動の発端は貴族の権力争いにあったのだから、と」

「それで王族を狙うなんておかしいよ!」

「ええ。ですから、あくまで名前が出ているだけ。わたくしの気にし過ぎとも思いますけど、お2人にはより気を付けてシズを見ててあげてもらいたくてお話ししましたの」


 クレアの心配もわかる。

 今のシズは少しあぶない。

 きっかけひとつで爆発しそうでハラハラする。

 ルネと頷き合って、わたしたちは学園に戻った。



 新たな犠牲者が出たのはその次の日だった。

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