56 シズの魔法
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師匠の言葉を思い出す。
合成魔法は僕の魔法だと。
どういう意味なのかわからない。
わからないけど僕が師匠の言葉を疑うことはない。
それで間違って死ぬことになっても後悔はしないだろう。
人を信じるということはそういうことなのだと思う。
だから、信じる。
僕は合成魔法を作れると。
つまり、第7の始祖だと。
以前に師匠は言っていた。
始祖に魔造紙は要らなかったのではないかと。
その時は何を言っているのだと思ったけど、考えてみれば不思議なことではなかった。
今でこそ模造魔法しか魔法がないので、誰もが魔法=模造魔法と思い込んでしまっているけど、そもそも模造魔法は始祖の魔法を再現するための手段に過ぎない。
始祖の魔法が模造魔法であるとは誰も言っていないのだ。
なら、根本的なところから違ってくる。
始祖であれば魔造紙は要らない。
「僕も魔造紙なしで魔法が使える?」
いや、使える。
信じろ。
じゃあ、どうやって使うのか。
術式が変換式だというなら、何かしらの方法で魔力を魔法に変換しなければならない。
方法はどうすればいいだろうか。
やはり、魔法と言えば詠唱だろう。
「始祖の名の元に示す。
飛べ、
従え万象。
其は一時の幻なり。
力・進弾」
手に魔力を集めて術式を唱えてみた。
何も起きない。
注目を集めておいて恥ずかしいけど平然として誤魔化す。
何がいけなかったかなんて唱えている途中でわかっていたよ。
これは基礎魔法だ。僕の魔法が合成魔法なら使えなくて当然じゃないか。
唱えるなら合成魔法の術式に決まっている。
しかし、合成魔法となるとチョイスが難しい。
間違ってもお試しで『流星雨』とか使えない。
僅かなミスでも王都壊滅とか普通に有り得る。それに3つも魔法を合成しているから術式がとてつもなく長いし。
(ああ。あれでいこう)
魔力を込めて詠唱に入る。
「シズの名の元に示す。
始源の火、
水晶谷の主、
燎原に咆哮響く孤狼の王、
我が呼び声に応え現界せよ、
烈火狼、
二祖の夢幻を万象で示せ。
其は新たなる世界の希望なり」
初めて成功した合成魔法。
これならどうだ?
けど、結果は失敗。
何が足りないのか。
同じ詠唱を、今度は杖に魔力を集めて使ってみたけどうまくいかなかった。
「……うまくいかないときはとりあえず魔力を高めてみよう」
僕はそうやって解決させてきた。
決して褒められたやり方ではないかもしれないけど、持っているものは有効活用させるべきだろう。
20倍の魔力を集めてみる。
うまくいかない。
なら、段階をどんどんあげてみよう。
30倍。40倍。50倍。60倍。70倍。80倍。90倍。
10刻みで上昇させていくけど一向に成功しない。
でも、少しずつ手応えというか予感みたいなものも感じる。
方向性は間違えていないような気がするのだ。今はその感覚に従ってみよう。
「100倍……」
あの赤い世界を思い出す。
そして、確信する。
あれを思い出して色々と納得いってしまうことがあった。
全てが理解できたわけではないけど、これでうまくいくはずだ。
だから、準備する。
魔神を倒し切るならもう難しくない。
先程の『流星雨・集束鏡』を少し規模を抑えて使えば終わるだろう。
あんな半壊した結界では到底、防ぎきれるわけがない。
それでも合成魔法に拘る理由がある。
いや、全部、僕のわがままというか願望なんだけどね。
まずは第1段階。
100倍の魔力を左手に込めて、強くイメージする。
あの赤い景色を。
そうだな。こんな感じだった。
「全ては夕暮れに消えていく。
形は解け、影は溶け、大気に霞む。
霧に沈んだ欠片は万象に還れ」
名前を付けるならこうか?
「常世の猛毒」
左手が深紅の領域に包まれた。
そのまま原書の結界に触れる。
結界の赤色に緋色が浸透していき、そのまま結界は音もなく消失した。
成功だ。
魔法を解除して魔神の体に手を突き込む。
枝や根に絡まっている原書を掴んで強引に抜き取った。
あれほどの硬度を誇っていた魔神だけど、もう抵抗の余力もないのか簡単に枝が折れていく。
なんて油断を突かれたりはしない。
まるで大型肉食獣が喰らいついてくるように枝が襲い掛かってくる。
それでも警戒さえしていれば魔神の動きはそこまで早くない。
少なくとも師匠の打突と比べれば十分に余裕を持って対処できた。
足さばきで回避し、杖で受け流し、攻撃の届かない位置まで距離を取る。
さあ、イメージしろ。
失敗はできない。今のでわかったけどこれはとんでもない魔力を消費する。
もう1回ぐらいで魔力が枯渇してしまいそうだ。
でも、大丈夫。
僕が忘れるわけがない。
胸に刻まれた想いは絶対に色褪せることなく残り続ける。
あの姿を。
生き方を。
僕の中の最強を描け。
「牢獄よ来たれ。
其は法により守られ、
其は傷つけど癒される。
檻を八元は相克しながら蹂躙する。
彼の祝福が皆を導くだろう」
魔力は既に形となっている。
5つの魔法を合成したオリジナルの魔法。
僕が作る合成魔法はこれだけでいい。
後は全部、師匠が作ったものだ。
到底、言葉になんかできない思いを込めて、この新たに生まれる魔法に名前を付けよう。
最も強く、厳しく、そして優しかった人の名前を。
「レグルス」
強固にして自動修復の能力を持った結界が魔神を捕える。
どんなに魔神が枝を振るおうとも傷ひとつ負うこともない。
そして、威力を増強した8属性の破壊の渦が発生した。
反対属性との対消滅なんて現象は起こらないけど、純粋な破壊のエネルギーが吹き荒れる。
瀕死の魔神は抵抗の間もなく消滅した。
対象の消失と同時に魔法も解ける。
あまりにあっけない最期に復活を警戒するけど、跡地にはひとかけらも残っていない。それこそ細胞のひとつまで消えていた。
「うん。これで魔神を倒したのは師匠だ」
わがままを果たして、僕はそのまま座り込む。
いや、師匠が喜ぶとは思えないけどさ。僕の意地というか。師匠がやり残したままなんて認めたくないというか、ね?
こんなこと考えていたらまた怒られるよ。
うん。つまらないことに拘ってねえでさっさと倒せよとか、さ。
でも、もうあの怒鳴り声も、拳骨もやってこない。
白木の杖を強く、強く握りしめる。
ダメ、だなあ。
師匠の自慢の弟子なのに、みっともないところとか見せられないのに。
もう師匠がいないことを実感した途端に涙が溢れて止まらなくなる。
ねえ、師匠。
僕、こんな情けないですよ。
いつもみたいに拳骨してくださいよ。
うじうじするなって雷落としてくださいよ。
こんなふうにすぐに立ち止まる僕の背中を押してくださいよ。
なんで、なんで、師匠がここにいないんですか。
叱って、くれないんですか……。
「師匠……」
嗚咽が、あふれる。
「っ、ふ、う、うあ……ぁぁ、ぁああ、くっ、あああ!うああああ!くうっ!」
こんなに悲しいことなんて知らない。我慢なんてできなかった。
「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
悲しくて悲しくて。
それでも師匠の拳骨が来ないのが、もっと悲しくて。
この日、僕は最高の師匠を失った。
長い戦いが終わりました。




