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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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55 白木の杖

 55


 バインダーをそのまま叩きつける。


「属性3種、まとめて吹き飛ばせ!」


 水と雷と闇の属性魔法が同時に発動する。

 右手が高熱に曝されるが痛みなんか知らない。

 雷電を纏った渦巻く水流が赤い結界に襲い掛かり、それを暗い闇が強引に外から包み込んで押し潰しにかかる。

 無論、こんなもので死ぬわけがない。

 止まらずにバインダーから強化魔法を根こそぎ5枚掴み取る。


「いけ。『刻現・武神式・剛健』、5枚だ」


 強化の重ね掛け。

 煌々と赤く輝く鎧を纏って、1歩踏み込む。

 それだけで全身の筋肉が断裂したのではないかと思うほどの激痛に見舞われた。

 外装の強すぎる力に全身がついていけない。

 でも、知らない。いらない。痛みなんてどうでもいい。


 要るのは、こいつを殺す力だけだ!


 属性魔法が解けると同時に全力で殴りつける。

 ゴムの塊でも殴ったような感触だった。結界ごと魔神が断崖まで吹っ飛ぶ。


 足りない。全然、足りていない。

 ひと跳びで追随してもう1撃。

 ダメだ。もっと。もっとだ。

 壁に激突した瞬間にさらに1撃。

 こんなんじゃ話にならない!

 壁にめり込んでもお構いなしに拳をぶつける。

 全身が悲鳴を上げているけど聞かない。そんなものじゃこいつを殺せない。

 こいつを殺す以外のものなんていらないんだよ!


 亀裂のできた崖が崩れてくるのも無視して数十発の拳を叩き込んだ。

 やがて、その強化も切れる。無理な重複に効果時間が犠牲になったか。

 原書の結界。面倒だな。


「いけ。『命名:晶狼』」


 晶狼に結界の破壊を命じる。

 威力が足りないけど時間がもったいない。

 1秒だって早くこいつを消さなければ我慢ならなかった。


 その間に倒れていた場所に戻る。

 歩くたびに痛む体が疎ましい。

 散らばっている7枚の魔造紙を拾った。


「いけ。『火・炎獄・炬穿塔』3枚、『雷・閃凜・熔顎峰』4枚」


 両手に握った7枚の魔造紙が一斉に発動した。

 炎と雷の乱舞が晶狼ごと魔神を飲み込む。

 圧倒的な熱量に大地が炭化して、硝子化して、それもまた溶解して。

 それでもまだ結界は破れない。

 赤い結界が厳然と遮断している。

 これが完全状態の原書の全頁解放。


「足りない。まだ、まだだ」


 転がっていたクレアの筆を取る。

 ありったけの魔力を凝縮しようとして、筆が粉々になってしまった。

 ああ。くそ。いつもの筆があれば……。

 ふと小さな包みに目が行く。

 師匠が戦う前に渡してくれたおじいちゃんからの贈り物。


 予感に突き動かされて包装を破いた。

 中から出てきたのは漆黒の筆だった。

 手紙もあるけど読んでいる時間はない。

 でも、なんとなくわかる。

 これは大丈夫。

 僕の魔力が不思議と馴染む。

 試しに20倍の魔力を集中させてみたけど壊れない。


 迷わず用紙に術式を書き込んだ。

 火傷で覆われた両手がうまく動かないけど関係ない。

 字が書ければそれでいい。

 20倍、いや50倍の『流星雨』だ。

 いつもみたいに広範囲にばら撒いては勿体ない。あらゆる光が一点に集中してこそ破壊力が増す。

 1文だけ書き換えた。

 完成するなり両手を叩きつける。


「いけ。『流星雨・集束鏡』」


 拡散させるはずの水晶を虫眼鏡のように加工するイメージ。

 相手が亀みたいに縮こまっているなら範囲なんていらない。


 天球を幾億の光が覆い尽くす。

 これが落ちれば何もかもが高熱で融解するだろう。


「シズ!」


 声を掛けられて気づいた。

 ああ。師匠と学長先生を忘れていた。

 見回すと叫んでいた学長先生はいつの間にか師匠の所まで戻ってきている。

 ちょうどいい。

 僕はそちらに合流して急ぎで防御結界の術式を書き上げる。

 所々、歪んだ術式になってしまったけど大丈夫だろう。50倍の魔力なら多少の減退は補って余りある。

 即座に発動。僕たちは結界の内に入った。

 僕は天を睨み、拳を突き上げる。


「いいぞ。ぶちぬけ」


 世界が白色で塗り潰された。

 音も衝撃もない。

 灼熱が空気を炙る。

 細い光が何もかもを貫く。

 大気を貫き、地表を貫き、地殻までも届く。

 穿った穴から溶解した土が溶岩となって噴きあがった。

 熱した空気が急速に膨張して竜巻じみた上昇気流になる。


 結界の半分と魔神の半身が根こそぎ消失していた。

 粘性の膜も蒸発して、黒炭と化した断面が見えるけど、相手は一定以上まで消滅させないと殺し切れない。

 あれではダメだ。


 光を収束しすぎたのか。

 それに狙いも甘かった。照射の直前に魔神が結界ごと転がったのだろう。


 後ろで学長先生が何か言っているけど意味が頭に入ってこない。

 今はあいつを殺すこと以外、考えられないんだ。


 とどめの術式を書こうとしたところで地面が大きく揺れた。

 地震だ。

 度重なる大魔法の影響だろうか。

 くそ。さすがに結界でも地面の揺れまでは影響を阻害できない。

 こうも揺れていては魔造紙を作れないじゃないか。


 かなりの震度で立っていられなくなる。

 魔神を逃がすのではないかという焦燥に駆られながらも、なんとか筆を握りしめて魔力を集中させようとしたところで気が付いた。

 師匠の体が薄く光っている。

 魔法の暴力的な閃光ではない。

 温かい目に優しい輝き。


 不意にパッと光が散って、同時に結界を埋めるような大量の花弁が舞い上がった。

 その中を地震の揺れか、花の散華かわからないけど、なにかによって跳ねた1本の棒が飛び出てきた。

 ガツンと僕の頭に当たって手の中に落ちてくる。

 そんなに勢いがついていたわけじゃないのに不思議と強い衝撃を受けた。


 それは師匠の白木の杖だった。

 いや、違う。

 師匠の愛用の杖は魔神との戦いの最後に半ばで折れてしまっていた。

 これは傷なんてどこにもないし、汚れひとつない白の光沢を放っている。


「シズ!聞かんか!」


 ようやく耳元で怒鳴る学長先生の声が意味となって脳に入ってきた。

 学長先生は青ざめた顔で僕を見ている。

 何か問題があっただろうか?


「回復魔法を使うぞ。動くな」


 自分もどこか痛めているようなぎこちない動きなのに僕の治療をしようとする。

 ああ。今まで全然気づかなかったけど体が痛い。

 全身が打撲と裂傷と火傷で凄惨な有様になっていた。

 魔造紙の直接発動と魔法の余波でボロボロじゃないか。我ながらよく動いていたものだと思う。

 学長先生のおかげで少しだけ痛みが和らぐ。


「無茶をするな。それがレグルス殿の教えではあるまい」


 ハンマーでガツンと殴られた気分だった。

 怒りに任せて僕は何をしていた。

 手当たり次第の魔法を連発して叩き込むだけ。戦術もなにもない。

 こんな戦い方が師匠の教えだなんて喧伝するつもりなのか、僕は。


 学長先生は呆然となる僕の手にある白木の杖に視線を向けた。


「樹妖精の杖か。レグルス殿自身だ。大切にせねばならんぞ」

「師匠、自身?」

「樹妖精は死した後に1本の杖へと姿を変える。レグルス殿も亡くなられた思い人の杖を持っておられただろう」


 あの杖がシエラさんだった?

 師匠は魔神を倒すために恋人の形見を犠牲にしていたの?

 そして、杖に姿を変えて尚、馬鹿をしでかした僕を叱ってくれたの?


「…………もう、大丈夫です」


 傷は完治には程遠いけど少しだけ痛みが引いている。

 意識的に大きく息を吸って吐いた。


 怒りに飲まれちゃダメだ。

 怒りは原動力にして冷静な思考で動くんだ。

 師匠はそうやって僕に教えてくれたじゃないか。


 僕は師匠が自慢だと思ってくれるような弟子なんだ。

 それに見合った行動をしないと師匠に顔向けできない。


 ギュッと白木の杖を握りしめる。


「魔神を倒してきます」


 20倍の氷の属性魔法を作り、白木の杖で発動した。

 大穴の中が再び氷結に閉ざされる。

 結界を解除して魔神の姿を探すとすぐに見つかった。

 防壁ごと氷漬けになって動けずにいる。

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