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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編
6/238

5 追跡者

 5


 僕の奇行目撃者3人目、ゲットだぜ!


 脳内に響いた宣言を蹴り飛ばした。被虐してる場合じゃない。どうして僕は息を吸うように痛い歴史を更新していくのか。仕事してよ、理性。


「あ、あー、その。うん。こんにちは?」


 言葉を選んだけど挨拶ぐらいしか思いつかなかった。

 反応はない。

 無視ですか?そうですか。いえ、慣れてますよ?中学3年分ぐらい。

 どうすればいいのか。

 ……始末するか?

 ごめんなさい。1度だけ言ってみたかっただけです。そんな度胸ありません。こんなこと考えられる人ってどれだけ血も涙もないんだろう。

 まあ、苦笑いと愛想笑いの混合物で誤魔化しつつ乗り切ろう。

 ふふ。接客業13年の作り笑いを舐めるなよ。


「えっと、今のは見なかったということで、どうかひとつお願いします」

「………」


 うわ。無言っすか。

 でも、よく見たら無視じゃないんだよなあ。というとガッツリ見てる。

 背は僕と同じぐらい。相手はローブのようなものを着ていて体格がわかりづらいので性別も判断がつかない。見える手足の細さからして子供だと思う。フードを深々とかぶっているので顔はよく見えなかった。

 面識はない、よね。

 うん。訓練ばかりで子供から距離を置かれてるけど没交渉ってわけじゃないからわかる。勉強の日に顔を合わせれば話ぐらいするよ。「やあ」「おう」「元気してた?」「まあ」「僕も」「うん」「あー、じゃあ」「じゃあ」とかね。いや、子供のレベルに合わせるのが難しくってさあっ!コミュ障じゃないんだよ!距離感がわからないだけ!

 それでも、狭い村のことだから子供の顔ぐらいは分かるし、8年も接していれば歳の近い子供なら顔が見えなくても見た感じとかで予想ができる。

 けど、この子は心当たりがないなあ。誰だろ?

 村の外の子ではない。隣の町まで徒歩で3日。馬で1日。山脈を背にしているので旅の途中で訪れる者もいない辺境だから旅人という線も薄い。というか村の外から来たならすぐに村中で話が広がってるだろうから耳に入ってくる。

 だけど、8年も面識がないなんてあるんだろうか?

 僅かに露出している肌の白さを見るにあまり外出しない子かもしれないけど、それならそれで話題ぐらいにはなるだろうしなあ。


「……ねえ」

「まさか僕だけ噂から取り残されてる?疎外の第1段階が来てる?」

「ねえ」

「大人の知能を持ちながらはぶられるとか。あり得ない。やっぱり、訓練のペースを見直すべきかなあ」

「………」


 グイッと手を引かれて思考から戻った。

 いつの間にか手を握られている。ひやりとした感覚に驚く。違うよ?家族以外に触られて焦ったとかじゃないから。レジでお釣り渡す時に手が当たっても動揺なんてしないし?意識してないってポーカーフェイスが逆に不自然になったりしないし?

 クールだ。KOOLになるんだ、シズ。

 あ、ダメなパターンだ、これ。


「な、ななにゃに?」


 噛みましたけど、それが?

 ……ちゃうねん。びっくりしただけや。

 おかしいなあ。『なに』って2文字のハードルがやたら高い。


「なに、してたの?」


 今度は聞き逃さなかった。噛んだことから目をそむけたかったからね。

 どうも声からすると女の子っぽい。ぐう。だから、動揺するな。

 見た目は同い年ぐらいだけど、こちとら精神年齢43歳だ。小っちゃい子に話しかけられて慌てるわけがない。やましいところがなければな。

 ないよ?迷子の子だってちゃんと応対できたからね?たまに泣き喚きながら逃げられたけど。あれ。パートのおばちゃんまで誘導しただけだから。作戦だから。

 ほんと、逃げないでよ。パートさんに指差して笑われたなあ。いや、あれは笑い話にしてくれたのか?

 ともあれ、今は目の前の子だ。何をしていたと問われれば。


「トレーニングだよ」

「とれえにんぐ?」

「あー。訓練のこと。走って、鍛えるの」


 わかってもらえたかな?

 子供の語彙力っていまいちわからない。この世界の子供は模造魔法の影響で識字率も高いから前世と同じに考えられないから尚更判断に困る。

 幸い理解は得られたようだった。


「なんで?」

「なんで訓練しているか、かな?僕は魔法使いになりたいからだよ」


 魔法使いなのに走り込みって不思議。吹奏楽部が陸上部以上にランニングするみたいな。


「楽しい?」

「慣れると楽しいよ。それにちゃんと身についてると思うと嬉しくなるし」


 それにしても拙い話し方の子だ。人と話すのに慣れてないみたい。あ、すごい親近感。

 というかそろそろ手を放してくれないかな。緊張で手汗が、ね。ぬるっとして嫌な顔されたら自殺志願度が上昇しちゃうから。

 いや、中年はアウトでも児童の手汗ならセーフ。つまり、対面的にはOKだから大丈夫。僕の心情的にはダメだけどね!

 ほら。そろそろ自意識過剰な童貞が勘違いしちゃうよ。この子、僕のこと好きなんじゃない?ってさあ。空気読むのって難しいよ。思春期ってわりかしサバイバルだと思うんだけど。


「わたしも、やる」

「は?」

「走る」


 えー。なんでー。ぶっちゃけ、ありえない。

 これ、中学時代に似たようなことあったよなあ。

 体育の授業でペアになれって理不尽な指示があった時にいつも一人でストレッチするか教師と組んでたんだけど、何故か女子が声をかけて来るんだ。しかも潤んだ目で。びっくりしたよ。いじめで心の柱なんてボッキボキに折れてたから。女神かってね。まあ、ご想像のとおり罰ゲームでしたよ。柔軟で触った手、後で石鹸で超洗ってた。手が赤くなるほど洗わなくたって四十万菌なんて付着してないから。

 過去の経験から推察するに、彼女も罰ゲームだ。まさか村の子供からここまで嫌われてしまったとは。

 現世では目の敵にされない程度には距離感を保っていたと思ってたのになあ。まったく、小学生は残酷だぜ。

 この子も僕なんかに話しかけて、ランニングしないといけないなんてかわいそうに。次からは無謀な賭けに乗っちゃだめだぞ。

 気は乗らないけど断っても無駄かな。見当たらないけどどこかで様子を覗いてる仲間が納得しないもんな。


「いいよ。村を1周するんだけど……ついてこれるか?」


 こくん、と頷いた。

 てめえの方こそ、ついてきやがれ!とは言わないよねえ。

 悪ふざけはこれぐらいにして。

 こちらは既に2週走ってるから手加減しないぐらいでちょうどいいかな。置き去りにしちゃっても走るのは村の中だから帰れなくなることもないし。完走しなくても罰ゲームなら成立だろう。

 罰ゲーム扱いされてるこちらとしては気遣う理由もないんだけどね。とはいえ、相手は子供なんだから怪我しないようにしないと。


「じゃ、行くよ」

「ん」


 走り始めると少女が隣で並走する。

 へえ。色白だから引き籠りかと思ったけど奇麗な走り方するなあ。

 って、あれ?なかなか、どうして。速い。こっちのペースに余裕でついてくる。むしろ、窮屈そうな感じ。のろいから走りづらそう?

 へ、へえ。やるじゃん。1年間走り続けた僕のペースについてくるなんて。ま、まあ?あれでしょ。マラソン大会とかでスタートだけ全速力する奴。

 すぐに息が乱れて走れなくなるに決まってるのにさ。脇腹が痛くなっても介抱しないぞ?


 なんて考えは折り返し地点で吹き飛びました。


 なに、この子。全然、疲れてなさそうなんだけど。淡々と並走してるんだけど。ちょっと怖いんですけど。実はターボばあちゃんなの?

 ははは。うん。僕はちょっと疲れてるし?手加減してるし?ついてこれてもおかしくないよ。でも、そろそろ体もあったまってきたしちゃんと走ろっかなあ。手を抜いたりするのって失礼かもしれないしさ。


 ……魔導士志望、シズ。参る!


 ドン!

 心の中で効果音をつけつつ疾走。さっきがジョギングなら今はランニング。流れ去っていく景色の速さがまるで違う。はっきり言って子供のペースじゃない。大人には負けても村の子供の中でなら1番の自信がある。

 ふはは!ちょうっと大人げなかったかなあ!早すぎて追いつけないよねえ!いやあ、ごめんごめん!ま、落ち込まないでよ!こっちは鍛えてますから!追いつけなくても……あ、こんにちは。普通についてきてますね。

 隣では少女が軽快なステップで走っている。ああ、丁度走りやすいペースですか。そうですか。ようございましたな。


(負けるかっ!)


 闘志に火が点いた。

 残るは4分の1。もはや先はいらぬ。今、ここで勝てるなら未来など捨てよう!

 姿勢は前傾に倒せ。

 足の指で大地を掴め。

 膝を曲げ、伸ばす力を推進力に変えろ。

 腕をふれ。

 前だけを見据えろ。


「征くぞ」


 全速力。最早気分はグラップラー。

 村の中を一陣の風となって通過する。

 少女はついてくる。速い。まるで野生の獣のようなしなやかなフォーム。はためくローブで風を切って走る姿は美しかった。

 だけど、負けない。

 渾身の力でリードを守りきる。少女の猛追を許さない。どれだけ迫られても隣に並ばせない。向こうが野生ならこちらは最新科学の結晶。平坦な道なら陸上走法がわずかに勝る。

 ゴールの家が見えた。

 くそ。まだ速くなるのか。ええい。連邦のモ〇ルスーツは化け物か!


 いっけえええええええええええええええ!


 タイムリープしそうな勢いで飛び込んだ。

 僅かに僕の方が先にゴールを通過する。勝利だ。

 と、気が緩んだのがいけなかったのか。思いっきりこけた。奇麗に宙を1回転して顔面から着地する。


「いってえええええ!痛い!痛いってば!痛いってばよ!ああああああああああ!鼻、鼻取れてないよね!?」


 うう。痛いよ。勝手に涙が出てくるぅ。おかあさーん。おねえちゃーん。

 痛すぎて幼児退行してしまった。ぐう。大丈夫。痛いの痛いの飛んでけ。ほら。僕はイタいのなんて慣れっこじゃないか。


 地面でのた打ち回ってる僕を少女は荒い息で見おろしてくる。おかしい。勝ったのに負けたみたいだ。


「はな」

「へ?」

「鼻、取れてない」

「あ、あー、うん。ありがと。安心した」


 唐突な台詞に痛いのが少し飛んでった。

 僕が呆気にとられている間に、少女は一人だけ満足そうに頷くとそのまま踵を返して去って行ってしまった。

 ああ。罰ゲームは終了なんだね。

 それにしても驚いた。あんなに速く走れる子がいたなんて。どこの子だったんだろう。


「ダメだな。僕は」


 狭い村の中でもあんな子がいるんだから、世界にはもっとすごい人が沢山いるんだ。僕は少し慢心していた。子供のうちからこれだけやってるんだから大丈夫だろうと。伸びた鼻を折られた。いや、折ってくれたと思おう。僕はもっと頑張らないといけないんだな。

 心機一転、午後の書記士の訓練を頑張ろう。


 意気込んで家に帰った僕は傷だらけなのを忘れていたせいでお姉ちゃんに泣かれてしまった。

 本当、心配させてごめんなさい。ケンカじゃないです。いじめじゃないです。転んだんです。本当に転んだんです。

 ぐう。いじめを証明するのも大変だけど、いじめじゃないのを証明するのも大変なんだな。ひとつ僕は賢くなった。

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