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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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54 自信

 54


「師匠!」


 麻痺が残る体を無視して走った。

 何度も躓いて、転んで、師匠の近くに。

 でも、手を伸ばせば届く位置に着いた途端に足が動かなくなった。


 怖い。


 こんなに近くまで来たのに師匠は微塵も動かない。

 最悪の想像に竦んでしまった。


「師匠……」

「情けねえ声出すんじゃねえよ。あほう」


 こつんと頭を叩かれた。


「師匠!」

「うっせえ。たく。本当に面倒な弟子だよ、お前は」


 師匠は振り向かないまま深く息を吐いた。


「とんでもねえ魔造紙は作って、ふざけた魔力を持ってるくせして中身はてんでなってねえ。知らねえうちに厄介ごとばかり持ってくる。苦労ばかりだ」

「……すいません」

「退屈するよりはましだ。ああ。本当に退屈しない毎日だったな」


 師匠。

 なんで、そんなことを急に。


「そうだ。500年。シエラが逝って。あの人も逝って。ただ復讐だ、力だと研究に没頭して、取り残されて、大層なこと言っておきながら行き場を失ってたんだ」


 まるで、それは。


「それを気まぐれで拾ったガキが引っ掻き回してくれやがって」


 懐かしむように小さく笑う。


「根性はあるくせに性根がひねくれてやがるからついつい口を出しちまってよ。ついでに手まで出したからもう来ねえかと思えばコロッと部屋にまたやってきやがって。なついてんじゃねえよ。捨て犬かよ。ったく。俺とシエラにもガキがいりゃあこんな感じだったかもな。ああ。俺はいい父親にはなれなかったろうなあ」

「師匠……」

「そんなあほうが500年も失敗続きの合成魔法を完成させやがった」

「師匠?」


 なにを言っているんだ。

 合成魔法は師匠の研究の成果だ。僕は師匠に言われるまま術式を書いてただけの助手にしか過ぎない。


「またわかってねえ。てめえの重大さが微塵も理解できねえんだから始末に負えねえ」

「さっきから、何を」

「聞け。合成魔法はお前のだ。お前の魔法だ。お前がこれからいくらでも生み出していける魔法だ」


 違う。

 師匠の魔法だ。

 師匠こそ第7の始祖にふさわしい人だ。

 僕なんかじゃない。


「生まれつきなのか、何かきっかけがあるのかは結局、調べきれなかったが、ヒントだけは残してやる。第6始祖を調べとけ。おそらく、そいつが全ての始まりだ」


 第6始祖。

 伝承から失われた始祖。

 失伝の魔法使い。


「あー、後はなんかあったか?ああ。あれだな。ちっ。めんどくせえ」


 本当に。

 本当に疲れ切った声で。

 重い荷物を置くように。

 僅かに顔を向ける。

 静かな眼差しだった。


「おい」


 師匠が手を上げる。

 反射的に目を瞑ったけど、衝撃は来なかった。

 代わりに声が降ってきた。


「いつか言ったな。お前は足りてねえだけだと。お前に足りねえのはな、自信だよ」

「自信?」


 そんなのないに決まってる。

 僕は前世で失敗し続けて、生まれ変わっても間違ってばかりで。

 上手にできたことなんてほとんどない。家族やリエナや師匠がいてくれたから何とかここまで来れただけだ。

 それなのに自信なんてどこから出てくるっていうんだ。


「だから、くれてやる」


 ポンと頭に優しく手が乗せられる。


「シズ」


 背筋が震えた。

 師匠が僕の名前を呼んだ。

 お前とか。チビとかじゃなくて。

 名前で。

 初めて。


「シズは手間がかかって面倒で出来が悪くて」


 不器用に頭を撫でた。


「人のためにばかり本気になるあほうだが」


 微かに振り返った顔は笑っていた。


「俺の自慢の弟子だ」


 だから、自信を持て。


 そんな声にならない言葉を唇が残す。

 そして、老木が長い生を全うしたようにゆっくりと倒れた。


 ようやく体が動くことを思い出してくれた、


「師匠!」


 抱き起こす。

 軽い。乾いた枯れ木みたいだ。

 師匠は目を閉じたまま。

 眠っていた。

 深い。

 深い。

 二度と、目覚めない。

 眠りに。


「なに、やってるんですか。冗談、きつい、ですよ。師匠、そんな悪ふざけ、嫌いでしょ。弟子が、弟子が真似したら、どうするんですか。起きてくださいよ。魔神殺しの英雄じゃないですか。式典とか、勲章とかもらったり、忙しくなるでしょうから。寝てる暇なんて、ないですって。合成魔法のことも、みんなに、広めないと。師匠は興味ないかもだけど、ちゃんと発表しないと、ねえ。師匠。ねえ……師匠。起きて、くださいよ」


 どんなに揺すっても、声をかけても、僕がこんなに。こんなに不安で、苦しんでいるのに、いつもみたいにお説教をしてくれない。

 師匠は、どこか、満足そうに笑ったまま。


「……シズ、やめなさい。レグルス殿は旅立たれた」

「学長、先生?」

「知らされていなかったか。樹妖精の種族特性は使用者の寿命を削る。一般的な樹妖精の寿命は300年。レグルス殿は種族特性をほとんど使わなんだから600年も生きられていたが、あれほどの規模の大樹を生み出せば……」


 なにを言ってるのかわからない。

 いや、わかってる。だけど、理解したくない。


 この手に師匠の温かさが残っているのに。

 そんなこと認められない。

 あの声が。

 あの手が。

 もう、どんなに望んでも僕を導いてくれないなんて!


「ごっ!」


 唐突に学長先生が吹き飛んだ。

 ぼんやりした頭で振り返る。

 そこには茶色の塊が立っていた。


 ああ。魔神の下半身か。

 そういえば木とスライムが元なら脳も内蔵もないのか。

 真っ白の思考で見ていると、学長先生が落とした原書を魔神が踏みつけた。いや、塊がいくつもの枝や根に分かれて原書を飲み込んだ。


 塊が膨れ上がり、球状に転がった。

 表面を紫がかった粘体で覆っていく。

 そして、深紅の結界が張り巡らされた。


 ああ。

 そうだね。

 原書は魔力がなくても勝手に充填するから人でなくても使える。

 樹妖精でも、魔神でも。


 これで手が付けられなくなったな。


 うん。でもさ。

 そんなことはどうでもいいんだ。

 僕がお前に言いたいことはひとつだけ。

 ひとつだけなんだ。


 僕の喉。

 いつまで痙攣しているんだよ。

 ここは叫ぶべき場面だろ?

 あの人なら叫んでいるところだろ?

 あの人の自慢の弟子が茫然としている場面じゃねえだろうが!


「空気読めや、くそ魔神が!てめえは師匠に殺されたんだよ、出てくんじゃねえよ!!」


 ああ。

 今なら師匠の憎悪も理解できる。

 殺す。

 こいつだけは殺す。

師匠のことに関しては色々と悩みましたがこのような結果になりました。

レグルスという男の生き方を少しでも伝わるよう描けていれば幸いです。

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