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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
55/238

50 腐蝕

 50


「そしてさらに『流星雨』!」


 僕は第1陣が終了した直後にもう1枚の合成魔法を抜き出した。

 破壊の余波で辺りの様子は全くわからない。


 融解して赤熱する土砂。

 轟々と唸りを上げる気流。


 魔神がどうなったのかも不明。

 でも、僕は最初から連打と決めていた。

 出し惜しみはなしだ。


「シズ、ちょ、待て。待たんか!」

「学長先生、念のためもう1枚ぐらい防御お願いします」


 無視して『流星雨』を発動させる。

 高空から光爆が降り注いだ。

 密集した閃光は隙間なく立て続けに落ちる。

 防御結界がぐらんぐらんと盛大に揺れた。いくら防壁が頑丈でも足元がなくなるのだから仕方ない。

 最早、流星の滝のような有様になっている。地盤がどんどん捲れ上がって焼失していくので空が遠くなっていそうだった。

 ようやく揺れが収まったところで、


「いくよ。『氷・静峡・終結界』」


 外を強制的に凍結させた。さすがに自然に熱が治まるの待っていられない。

 学長先生が防御魔法を解除して、僕たちは外に出た。

 辺りの惨状に学長先生は言葉を失っている。


 白亜の城は残骸すらなくなっていた。

 原書の結界の内部は全てが焼け焦げた土へと変わり果て、それさえも今は氷の底に沈んでしまっている。

 結界の外に風景はなく全てが土の壁。

 見上げた頭上はなかなかの高さだ。ざっと10メートルはある。

 魔の森の時もそうだったけど、ここを見て元の風景を思い浮かべるのは不可能だろう。


 そんな氷結の焦土の中に緑の魔神がいた。


 両手を掲げた姿のまま氷中で固まっている。

 緑の鎧は所々が融解して内部が露出していた。

 中身は茶色の硬質な物体だ。炭化したように黒く染まっている場所も見えるけど、氷の下に沈んだ今は観察するのも難しい。

 面甲のスリットから覗く眼球と目が合った。


「あの中で形が残っているだけでも凄まじいな」


 学長先生の言うとおりだ。

 2発もの『流星雨』に耐えきれるものが存在するとは思いもしなかった。

 前の時と同じように腐蝕が多くの光線を無効化し、それでも止めきれなかった光も今度は鎧が遮断していたのだろう。

 だけど、今回は数が多すぎた。鎧の防御性能でも耐えきれずに赤熱化して、内部の生身も直撃したようだ。

 直撃して尚、形を保てているのは脅威の一言だ。

 魔王とは根本的に別の存在と考えるべきだろう。


「さて、念には念を入れて砕いておきましょう」


 召喚魔法の魔造紙を取り出す。

 魔の森でも助けられた水晶の狼を召喚した。10倍なので少し小柄だけどそれでも僕の数倍の位置に頭がある。


「シズの魔法はどれも凄まじいな。そういえばさっきの光の魔法はなんだ?儂は見たこともない魔法だったのだが」

「まあ、それは追々。噛み砕いちゃって」


 僕の軽い言葉とは裏腹に晶狼が氷漬けの魔神に喰らいつく。

 氷と水晶が激突する音に続けて、ぐちゃりと何かが潰れる音がした。

 魔神の手が片方だけで下りている。

 いつからと問われれば晶狼が仕掛けた時と同時だ。

 鼻先を掴まれた晶狼の水晶がドロドロに溶けていく。腐蝕は見る間に全身へ達して、その巨体が形を失ってしまった。


「嘘、でしょ」

「……あれに、耐えたのか」


 氷の戒めまでもが溶けて流れる。

 無傷ではない。

 鎧の半分近くが融解してその下の茶色い体に付着しているし、鎧の穴の下は黒く炭化していて動くたびにボロボロと破片が崩れる。

 それでも、その単眼は僕らを狙い定めていた。

 牛歩の歩みで、一歩ごとに周囲を腐らせて、凍えた地下を蹂躙する。


「シズ、あの魔法は?」

「打ち止めですよ。2枚だってやりすぎだって思ってたのに」


 攻撃に使えそうなのは水・雷・闇の属性魔法。晶狼の召喚魔法。基礎魔法では足止めにもならない。

 今から作るか?

 まだ用紙のストックはある。筆とインクもあるから時間さえあれば可能だ。

 幸い、魔神の攻撃と防御は凄まじいものの移動速度は遅い。

 10倍合成魔法ならダメージが通る。後は量だけだ。


「学長先生。原書の防御はまだありますか?」

「止められるかはわからんが。使えそうなのはいくらかある」

「僕が魔造紙を書いている間、止められると思います?」

「……やるしかあるまい」


 だよね。

 この状況で心の折れない学長先生に感謝だ。

 そうと決まれば時間が惜しい。

 バインダーの最終ページに挟んでおいた無地の用紙を抜き取り、10倍の魔力を込めて『流星雨』の術式を書き込む。

 学長先生が原書から防御の結界を展開する。


 途端、魔神が走り始めた。


 強化していない僕と比べても遅い。

 でも、時間を稼ぎたいこちらの思惑が狂うには十分な速度だった。

 学長先生の結界に頭から突っ込んでくる。


 ゴオオオン


 重い衝突音が響いた。

 魔神の兜が結界に阻まれる。ただの結界ではないのか斥力があるらしく魔神は徐々に後ろへ押し返されていった。

 それも魔神が両手を使うまでの間だった。

 壁に魔神の両手がゆっくりと突き刺さる。指先から埋まっていき、やがて掌を超えて手首までが入ってきた。原書の防壁であっても腐蝕の力には屈してしまうのか。

 楔となった両手が一気に開かれ、結界が無残に破られる。

 魔神から僕らを守るものがもう何もない。

 術式を書いている場合じゃなくなった。咄嗟にバインダーから基礎魔法をありったけ片手で抜き取り、魔神の前に放り投げた。


「学長先生!」

「ぬっ!」


 事前の取り決めもなかったのに学長先生はそれらを斬りつけるような杖さばきで発動させていく。

 無差別に赤い閃光と砲撃が炸裂して魔神の視界を奪った。いくら至近でも基礎魔法ではダメージまで期待できない。

 土煙の向こうから緑色のガントレットが飛び出した。

 僕の顔に向かって掌が……


「シズ!」


 襟首を引っ張られて後ろに下がる。

 書き掛けの魔造紙が手から離れて落ちた。


「術式崩壊が!」


 書き途中の魔造紙は放っておけば危険だ。しかも僕の10倍魔力なら尚更だ。

 最悪なことに魔造紙は魔神の足元に落ちた。避けてくれればいいものを狙ったように踏み潰しやがった!

 そんなことすればすぐにでも!

 反射的に手を伸ばしかけたところを上から抑え込まれた。


「伏せんか!」


 魔神の目の前。

 魔造紙から赤い球体が浮き上がった。放射された熱が辺りの氷を溶かしていき、光の柱となって立ち昇ると同時に爆発を起こす。

 魔神が真っ先に爆発に飲み込まれる。

 拡散した衝撃波に度重なる大魔法にも耐えていた結界が砕け散った。


 僕も学長先生も為す術なく吹き飛ばされる。

 氷だらけの地面に叩きつけられる激痛に声も出ない。

 痛みを我慢して顔を上げると、隣では学長先生が歯を食いしばって爆発地点を睨んでいた。


 術式崩壊を直近で受けたというのに魔神は平然と立っていた。

 両手の腐蝕が熱も爆発も無効化しているのか。自然の法則を捻じ曲げた現象に頭がおかしくなりそうだ。


「化け物め!」


 甘すぎた。

 合成魔法を書き直している時間なんかない。

 魔神がそんな悠長なことを許すはずもなかった。

 そして原書であってもあの攻撃力を防ぎきることは叶わなかった。


 なら、後はどうする?

 蒲公英の魔王が脳裏を過ぎった。

 100倍基礎魔法を試すのか?

 危険すぎる。あの赤い世界は未知数だ。何よりクレアの筆では100倍の魔力に耐えきれないだろう。


 魔神の歩みが再開する。

 爆発で距離が開いたと言ってもほんの数メートルだ。

 あの腐蝕の手に触れられようものならただの人間なんて即死だ。

 軍や騎士団の無惨な最期を思い出して胸が痛くなる。


「シズ、身体強化の魔法は残っているか?」

「学長先生?」


 震える僕に学長先生が視線を魔神に向けたまま話しかけてくる。


「儂がわずかでも時間を稼ぐ。その間に原書を持って逃げろ」

「そんなこと!」

「誰かがせねばならん!ならば、老い先短い儂より若く才ある君が生きろ!」


 迫力に押されて言葉が出ない。

 不器用そうな笑みを浮かべて学長先生は続ける。


「なに。セズに救われた命よ。奴の孫のために使うのが筋であろう」


 ダメだ。

 学長先生は学園に必要な人だ。

 僕なんかのために死なせてはいけない。

 諦める前に出来ることをやり尽くせよ。


(やっぱり100倍の基礎魔法を!)


 覚悟を決めようとしたところだった。

 魔神が唐突に両手を地面に突き刺す。

 途端、土が腐って沈み込んだ。まるで底なし沼にでも沈み込んだみたいだ。


「逃がす気もない、か」


 それでも学長先生は自身のバインダーに手を伸ばして最後の抵抗を試みようとしている。

 僕も筆に魔力を込めようとした。


 そこに空から巨大な樹が落ちてきた。


 前世で縄文杉という古木を見たことがある。

 人間の歴史に匹敵する年代を生きた大樹。

 ビルほども高く、太い幹を持った1000年を超える樹木。


 それほどの大樹が天地逆さに魔神の頭上へ落ちる。

 不意打ちに両手を掲げることもできずに押し潰された。


 その根の塊の上に彼はいた。


 青髪の樹妖精。

 上下する肩で、

 汗に濡れた額を拭い、

 白木の杖を強く握りしめ。

 押し潰された魔神を睥睨していた。


「……師匠」


 師匠は僕をチラリとみて、低い声で吼えた。


「誰の弟子に手え出してやがんだ。ぶっ殺すぞ!」

もう師匠が主人公でいいような気がしました。

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