4 訓練
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日課を決めた。
まずはランニング。
朝ごはんが終ったら家のお手伝いで腹ごなししてから、村の中を走り回る。
そんなに大きな村じゃないけど7歳児にはなかなかハードだった。なにせ村の後ろは山脈なんて立地だから坂道だらけでしんどい。
前世の僕なら3日で音を上げる自信がある。
いや、1日目で張り切りすぎて翌日に筋肉痛でダウン。そのままフェードアウトだな。間違いない。スポーツアニメに影響されていきなり走り込みをした時がそうなったもん。
しかし、そこは7歳の健康優良児。
動き回るのが仕事みたいな子供だけあって結構走れる。
最初は1周するだけでお昼になっていたけど段々と早く終わらせられるようになった。
余った時間はお姉ちゃんのお手伝いをする。
水汲みとか10歳の女の子の仕事じゃないって。
7歳の子供の仕事でもないけど。
実際は近所のおばさんとかが監督しつつ手伝ってくれるので不可能ではなかった。児童虐待、ダメ絶対。
お姉ちゃん一人で持つよりは隣で支えるだけでも違う。
他には薪拾いとかもする。料理の手伝いは最初の一回目で台所への立ち入りを禁止されてしまった。自分、不器用ですから。
肉体労働も慣れてくると段々清々しい気持ちになってきた。
うん。健全な魂は健全な肉体に宿る。
オタクだからって不健全だって決めつけないでほしい。体感的には42年以上も清い体なんだからね。
……ダメだ。これ以上、このことを考えてはいけない。
溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
大丈夫。健全な魂だもん。負けない。
パソコンの中には不健全なゲームが潜んでいたけど健全……うちの親、あのパソコンの中、見たりしてないよね?
待て。いや、待て。さすがに息子のプライバシーを考えるよね。けど、会社の仕事も色々と入っていたから確認する必要はあるのか?となると親族の立ち合いが必要?待て。ほんと、まじで、待って。うあ、うわあああああ!デスクトップにショートカット表示されてるうううううううっ!
……ああ、『姉は弟のペット~やめて、しつけないで。お姉ちゃん発情しちゃうぅ!~』が(前世の)お姉ちゃんに見られたかもしれない……。うん。両親ともパソコンとか苦手な人だから兄か姉が頼まれるに違いない。加えて兄は非常に忙しい人だから比較的余裕のある姉が担当になる可能性がとても高い。実姉に姉物の軽度SM系エロゲを見られる、か。
はは、ははは、あはははははははははっ!
ふう。
「殺せえええええええええっ!殺してくれええええええええええええっ!」
いや、もう死んだけど。
死人に鞭を打つ現実。転生を超えて死が迫ってくる感覚だ。
「死んでやる!俺は死んでやるぞおおおおおお!じょ〇じょうううううううう!」
「きゃあ!シズ!どうしちゃったの!?やだ!壁に頭をぶつけちゃダメよ!って、ジョウジョウさんって誰!?」
ごめんなさい。錯乱しました。本当に何を口走ってるんだ。
必死に羽交い絞めして止めてくれたお姉ちゃん、ごめん。ありがとう。前世のお姉ちゃんの分までごめんなさいさせて。ありがとうは言わないけど。 いや、このシチュエーションでお礼を言うと変態度が増すと思うんだ。
かなり蒼白な顔で心配してくるお姉ちゃんを落ち着かせるのにはかなり時間がかかった。
それでもたまに部屋の入り口でこちらを心配そうに覗いてくる。
この前の高熱から弟の言動がおかしくなっているので心配になっているようだ。本当に申し訳ありません。
お母さんの次はお姉ちゃんか。
僕の黒歴史はそのまま地雷原みたいだな。周りを巻き込むからなお始末が悪い。
話が本当に有り得ない方に逸れてしまった。
まったく、オタクとは何とも業の深い生き方なんだ。まさか、次元を超えて殺しにかかってくるとは。
現世ではちゃんとエンディングノートを残そう。
とにかく午前中は魔法士としての肉体の鍛錬。
午後は書記士の訓練に充てる。
おじいちゃんからもらった筆に魔力を充填して筆記。
紙とかインクなんて貴重なものはないから平らに磨いた石の板に水で書く。
こちらの世界の言語は日本語に似ている。
主語・修飾語・述語という基本形式。
50音のような音節文字と漢字のような表語文字の組み合わせ。
まあ、日本語となじみやすいと思ってくれればわかりやすい。
この日本語でいうところの『50音表』にあたるものを書くのが訓練内容。
これはランニング以上に上達が実感できて面白かった。
最初は数十文字程度書いただけで魔力切れしてしまったのが、次の日には少しだけ文字数が増えている。
増えた文字数=増えた魔力量。さすが異世界。わっかりやすい。
その後の経験で(体感で)1時間ほど休むと数文字ぶん回復することがわかった。
けど、こまめに書いて休んでを繰り返しても成長を実感できないのでここは素直に昼寝することにした。小休憩と違ってまとまって寝ると完全に回復するらしい。
なので、午後は筆記~昼寝~筆記のサイクル。
これも慣れてくると筆に込める魔力量を調整できることに気づいた。
意識しないと薄い桃色ぐらいの赤みだけど、集中している時は鮮やかな赤色になる。実験的に集中を増してみると予想通り色が濃くなっていくのがわかった。全力で集中した時はかなり濃厚な赤色になった。呪いでも掛かってるのではと疑ってしまうレベルの禍々しさにビビったりもしたけど体に異常はない。
異常はないけどこれも想像通り魔力の消費が激しくなった。
既に50音を5巡ぐらいできたのがほんの数文字で魔力が尽きてしまい、その日の練習はそこまでになってしまった。
これはまだ封印していた方がよさそうだ。
書記士の訓練は魔力の操作だけじゃない。単純に字のうまさも意味がある。どうせなら字と魔力の練習は同時にしていた方がいいと思うので短期集中では偏ってしまう。
短くて速ければいいものじゃないんだ。
深読みするなよ。僕のことじゃないからな。一般論。そう、一般論だよ。
とにかく、魔力集中は今後、午後を使っても魔力切れしなくなった時に使うことにする。
勉強の日はおじいちゃんに色々と教えてもらう。
勉強会は簡単な計算と文字の書き取りをみんなでして、それが終ると10歳以上で魔力を持っている子供はおじいちゃんの筆を使った魔力訓練になる。
どうも魔力の成長はほとんどの人が1・2年で止まってしまうらしい。
5年も続けば立派な魔法使いとして生きていけるらしいので、この訓練には子供のうちに適性を確かめるという意味がある。
ここで成長が続くようならしかるべき場所で勉強するか、進路を決める助けにするという。
魔法使いというだけで勝ち組といえるほど優遇されるので普通なら魔法使いを目指すのだろう。
といってもこの村で最近魔法使いとして勉強するため村を出たのはおじいちゃんだけというからかなりのレアケースなのだと思う。
是非とも僕もその後に続きたい。血縁が魔力に関わるなら可能性はある、と信じたい。
皆が帰った後は個人レッスン。やっぱり魔法書は見せてくれないけど、色々な知識だけは教えてもらえた。
魔法書のページはただの紙では意味がなくて、魔造紙という専門の用紙に記入しないといけない、とか。魔造紙の保管方法というのがバインダーと呼ばれる収納具だ、とか。そのバインダーは王都の学園で入学する際にもらえる、とか。魔法使いを目指すなら王都の学園にいかなくてはいけない、とか。
いいね。魔法学園。
というか、まるで僕のために用意された舞台だよね!
趣味の魔法を勉強できて、同好の士と出会えるなんて夢のみたいだ。
よし。決めた。僕は魔法学園に行く。
魔法学園の入学資格は12歳というので、それまで訓練を続けよう。
千里の道も一歩から。というか、僕みたいな意志薄弱な人間は一度でも怠けてしまうと次からも手を抜いてしまうんだ。
どんな理由があっても日課は果たす。継続は力なり、というよりここまで続けてるんだから記録が止まるのはもったいないと考えよう。オタクだからね。記録とかレベル上げとかは得意なんだ。
それに伊達に過労で死んでしまうほど働いてないよ?無茶ぶりなんていつものことじゃないか。睡眠時間が確保されてるんだからそれだけで十分生き残れる!
あれ?このノリで生きてると同じ展開が待ってるのか?
……うん。無茶はしても無理はしない。そのラインで。
1年が過ぎて8歳になった。
訓練は休まず続けている。
運動も魔力も飛躍的に進歩した。
村を1周しても胸は苦しくならなくなった。物足りなくなったので今では2周することにしている。
魔力の成長も止まっていない。けど、安心はできない。普通の人の平均だとこれぐらいなのだから油断できない。人並み以下の魔力だった場合、夢が途絶えるかもしれないと思うと心配だった。
僅かな不安はあるものの順調な1年だったと思える。
ただでさえ子供っぽい日常から乖離しているので家族からはかなり心配されたけど。
特にお母さんとお姉ちゃん。僕の奇行を何度も目撃してるからなあ。物陰からそっと窺っているのに気付くと申し訳なくて仕方なくなる。
……そりゃあ、黒歴史を思い出して身悶えたりする僕が悪いんだけどね。
いや、テンションが上がりすぎて家の裏で『破邪転生シズ、推参!我が前に立ちはだかるならば覚悟せよ!今宵の魔剣は血に飢えているぞ!退かぬか……ならば、推して参る!』なんて台詞とポージングを見られたりもしたんだけどね。
推参と推して参るがかぶっているとか指摘は勘弁してください。破邪なのに魔剣なの?とか聞かれたら爆発するよ?僕が。
ぐう。順調に心の傷が増えていくなあ。
……よし。忘れた。もう忘れた。そんなことなかったもんね。
いつものランニングを終えて家の前でクールダウンする。
村を2周してもまだ余裕があった。これなら3周目もいけるかもしれない。それか平坦な道じゃなくてアスレチックみたいに道以外を走るか。迷うなあ。
それにしても子供の成長率と成人の理性って組み合わせはそれだけでチートだよ。
ここはひとつあの名言を引用させていただこう。
「小学生は最高だぜ!」
がさ、と背後で音がした。
お母さん!?お姉ちゃん!?また、見られた!?
振り返ると知らない人が立ち尽くしていた。