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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
49/238

44 赤い世界

 44


 赤い風景だった。

 木々も、地面も、凍った魔物も、傲然と生えた魔王も、空も、雲も、空気さえも。

 全てが赤い濃淡に染め上げられている。

 夕暮れの情景に少しは近いか。

 でも、あちらのような影が存在しない。

 影でさえも濃厚な赤で埋め尽くされていた。

 世界中の赤い色を集めたらこうなるのだろうか。

 絶景なのは間違いない。

 情緒に疎い人間でも息を飲む情景。

 だけど、美しさに飲まれるよりも先に恐怖が立つ。

 僕は殴った勢いのまま転んで甲殻竜から転げ落ち、その光景を呆然と見ていた。


「なに、これ?」


 術式崩壊の魔力は僕が殴ったのと同時に大きく響き渡り、そのまま世界を赤に埋めた。

 既に目の前の球体は宙に溶けて消え去っている。

 或いは僕はあの球体に飲まれたのかもしれない。

 確かにあの中から見る風景を想像すればこんな感じになりそうだ。


「もういい!なにかあるならやってみろ!」


 自棄を起こしている自覚はある。

 正直、おじいちゃんの筆が壊れた衝撃で混乱していた。

 僕の魔法に関する記憶で最も古いものがあの筆だ。

 それが灰となって脆くも崩れ去ってしまい、手の中の僅かな残骸だけが名残りになってしまった。

 100倍魔力なんて無茶に耐えられなかったのか。

 あの状況では知っていても実行していただろうけど、簡単に割り切ることはできなかった。

 まして、それだけの代償を払って得たのが術式崩壊とか遣る瀬無いにも程がある。


 そして、変化が始まった。


 世界が溶ける。

 風景が霞んで、ぼやけて、解けて、赤い空気と一体化していく。

 生命の有無も関係なかった。

 魔王が全ての種子を飛散させるけど意味がない。

 飛び立つ先から全てが消えてしまう。

 魔王自身も例外ではない。

 花弁も、茎も、葉も。見えないけどおそらく地中の根までも。

 全てが赤に溶け込んでいってしまう。


 残るのは僕だけだった。


 僕だけが赤い風景に取り残されている。

 その段階になってようやく自分だけは赤に飲み込まれていないことに気が付いた。

 僕の手足も服も元のままだ。


 時間にして1分ほど。

 次第に赤い色が薄れていき、世界にあるべき色が戻ってくる。

 そのわずかな間に僕の周辺は一変してしまった。


 『流星雨』の時の地平線の計算を使えば、遠く微かに緑が見えるので効果範囲は約5キロ。


 その内側の全てが消滅している。


 初めから何もなかったかのように。

 残っているのは固い地面だけ。

 それも触れてみて違和感を覚えた。

 今の魔法の破壊で露出した地面は固い。

 まるで上に乗っていた物が奇麗になくなってしまったように。

 恐ろしく綺麗な平面状に地面が広がっている。


 単純な破壊の規模なら『流星雨』の方が上だ。

 効果範囲なんて比べ物にならないぐらい狭い。

 だけど、感じた恐ろしさは今の魔法の方が上だった。

 あの『流星雨』での破壊には現象と結果が結びつく。光の乱舞が何もかもを蒸発させて爆散させた。その結果の荒野だ。

 なのに、今のは何が起きたのか。

 結果はわかる。

 範囲内の僕以外のものが消滅した。

 だけど、理屈は分からない。

 ただ、消えた。


 何よりあそこには模造魔法の法則が何もない。

 どんなに間違っても『力・烈砲』の効果では有り得なかった。

 術式崩壊でなら純粋な爆発による破壊が起きているはずだった。


 僕はあんな魔法を知らない。


 属性魔法でも、回復魔法でも、召喚魔法でも、付与魔法でも、法則魔法でもない。

 基礎でもなければ、もちろん合成魔法でもない。

 なら、あれは遺失した第6魔法なのだろうか。

 それにしたって理屈が通らない。

 僕が書いたのは確かに基礎魔法だったのだ。どこに第6の要素がある。


「ダメだ。頭から湯気が出そうだ」


 思考を放棄した。

 とても答えを導き出せるように思えない。


 というか実際に熱が出てきていた。

 左腕の腫れが酷い。やはり骨が折れているようだ。

 それに術式の起動で叩きつけた右腕もまずい。

 動かない。

 酷い火傷で直視に耐えない有様だ。


 これは、ちょっとまずいなあ。


 両手は動かず、杖は消え、筆は壊れ、魔力も常人以下。

 度重なる戦いで大小の傷を負って、体力はほとんど残っていない。

 だけど、まだここは魔の森の外縁部。

 外まであともう5キロほどはありそうだ。

 さすがに魔王クラスはいないと信じたいけど、普通の魔物ならいるだろう。

 この満身創痍の有様で切り抜けられるだろうか。


「無理じゃん」


 と、簡単に諦めてしまうと師匠に拳骨だ。

 生きている限りはやってみよう。

 両手を使わずに起きるのも、歩くのも酷く苦労した。

 まったく、これで1人でも大丈夫だと考えていた自分自身に呆れ返るばかりだ。

 魔の森という場所を甘く見ていたつもりはなかったけど、完全に戦力を見誤っていた。

 魔王の1体ぐらいならなんて考えていたら雑魚は増産されるし、魔王ごと元から断ったと思ったらもう1匹出て来るし、というか全体的に戦略的過ぎるだろ。

 もっと野生に任せて襲い掛かってくるものじゃないの?

 やっぱり魔王がいたからなのかな?

 あんな波状攻撃とかなかったら属性魔法も節約できたのに。


 反省しながら歩いていると意外にすぐ外縁部の森まで着いてしまった。

 平面の道のおかげだろう。出来た経緯は正直、薄気味悪いけど、このボロボロの体にはありがたかった。

 けど、その恩恵もここまで。

 また魔の森だ。

 どこから魔物が襲い掛かってくるかわからない死地だ。


(って、思った先から来た!)


 今度は魔物にしては小さい。

 精々、成犬ぐらいの大きさの栗鼠だ。

 鋭い前歯で噛みついてくる。


「簡単にやられてやるか!」


 俺の師匠を誰だと思ってやがる!

 王都に雷名轟く『虐殺樹海』・『蒼の絶望』だぞ!


 カウンターの蹴りは当たったものの、身軽に飛び跳ねるそいつに大したダメージは与えられなかった。毛皮が衝撃を吸収しているらしい。

 再度の跳びかかりに正面から突き蹴りで対抗する。

 狙うは口内。

 前歯をへし折って、爪先が喉の奥をらえた。

 容赦なくそのまま踏み潰して絶命させる。


(ああ。くそ)


 引き抜いた足は牙に切られて血だらけだった。痛い。まともに体重をかけられない。

 今ので右足までダメになったか。完全に立往生だ。

 なのに、同じ栗鼠の魔物が奥から3匹も現れてくる。


「左足で1体。頭突きでもう1体。噛みつきで最後かな」


 まあ、気概だけは貫こう。

 諦めとは違う達観で決意した。

 それを待ってくれたわけでもないだろうけど、一斉に栗鼠たちが襲い掛かってくる。

 その頭上を一陣の影が駆け抜けた。


「ん。『雷・閃華』」


 雷を纏った槍の一閃が3匹の魔物を打ち倒した。 

 びゅっと雷の残滓を振るい取って、その人は僕をじっと見つめてくる。

 長い黒髪に猫耳としっぽ。

 いつもの無表情が荒い息で乱れている。

 涙を溜めた瞳に動揺してしまう。


「……リエナ?」

「シズの、ばかあっ!」


 強烈なビンタが炸裂して僕の意識は遠い世界に旅立った。

 ああ。そりゃあ、怒るよねえ?

 ごめんね。リエナ。

 あと、ありがとう。

 後ですごい謝るから今はちょっとだけ休ませて?


 ラクヒエ村のシズ。

 学外実習、戦果。

 魔王:2体。

 魔物:推定15000体。

 備考:魔の森の6割以上を壊滅。

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