41 深部へ
シズ君の現時点での全力が披露されます。
41
朝日が眩しい。
長い夜だった。
いやあ、魔物の多いこと多いこと。
昨晩の戦いを思い出して苦い笑みをこぼした。
最初に強化魔法が切れるまでで1000以上は倒したはずなんだけどね。
イメージは無双系ゲームそのままだった。
魔物の海を一直線に突き進んで撃破する。
別に武術は必要ない。ただ走るだけで吹き飛んでいくのだから。文字通りの一騎当千。
縦横無尽に群れの中を駆け抜けて、1時間はそれで乗り切った。
効果が切れてからは森の中を走り回りながら、魔物が集まっている辺りに20倍魔法を叩き込んで数を削った。
使ったのは属性魔法。
20倍の属性魔法は森の地形を変えるレベルで破壊した。
高いところから見下ろすと東京ドームほどの土地の惨状が見て取れた。
硝子化した大地。
底の見えない地割れ。
氷に覆われた凍土。
水没した森。
針山の如く隆起した地表。
数時間が過ぎても帯電したままの焦土。
無数の小さな穴が空いた死骸の群。
大量の血痕だけが残った死の空間。
僕は地獄でも創るつもりだったのだろうか?
8枚の属性魔法の後遺症は魔の森にどれぐらい残るか想像もできない。直撃を受けた魔物の数は数千を超えているはずだった。
これで属性魔法が尽きた。
既に夜も半ばを過ぎたところで体力の限界を感じ、魔物たちの目の前で休憩にした。
法則魔法の防御陣。
なにせ魔物の狙いをこちらに集中させなければ結界が破られてしまう。
果たして全景が魔物の牙や爪や針や尾や骨やの中で休めるかという疑問はあったけど、ちゃんと休めた。僕の眠りに関する寝つきと寝起きの良さは神秘だと自分でも思う。
この時に回復魔法を使っておいた。細かい傷を負っていたし、なにより体力の消耗が激しい。いくら6年近くランニングを続けていたとはいえ人間の体力には限界がある。疲労回復の魔法で休息をとった。
1時間の休憩後、召喚魔法でクリスタルの狼を呼んだ。
体長にして5メートルを超える水晶の狼が魔物の群れに飛び出して、僕はその混乱を突いて再び基礎魔法を連打。囲いを突破した。
狼は牙や爪どころか毛皮に至るまでが鋭利な水晶なので、ただの突撃で無数の魔物が蹂躙された。
30分ほどで魔法は切れてしまうのだけど、最後は全身の水晶を爆裂四散させて多くの魔物を道連れにしてくれた。
そこからは基礎魔法で牽制しながら移動。
残す魔造紙は15枚。うち10枚が基礎魔法の烈砲と進弾。2枚が回復と解毒。1枚が防御、そして召喚魔法が1枚となっている。
攻撃手段が乏しい。
鍵は残りの1枚だ。
これは使う場面を間違えられない。
そうして朝を迎えたわけなのだけど。
僕はいまだに魔物の群れに囲まれたままだった。
途中から異常には気づいていた。
明らかにおかしい。
僕が討伐した魔物は既に10000近い。
確実に初期の魔物は一掃している。
なのに、ちっとも数が減っているような気がしない。
大規模の魔法で一時的に減らしても気が付けばすぐに後続が補ってしまう。
確かに魔の森は広大だ。
それこそ東京都よりも広い。
だからといってこれだけの魔物が生息できるわけがない。餌も住処も不足してしまうだろう。
10000ですら多すぎるぐらいだ。ゲームでもあるまいし自動的にポップされて補充されるわけがない。
なので、途中から僕は方針を変えた。
群れの撹乱から中枢への突撃へ。
魔物の増援は必ず深部から送られてきていた。
こちらの魔造紙が残っている内に元を断たなければ打つ手がなくなる。
(また囲まれた)
深部に入ってから1時間は経過したか。
3人が放った極大魔法の痕跡を超えてからは特に襲撃が激しい。前後から次々と襲いかかってくる。
僕は最後の召喚魔法を放った。
水晶の狼が無音の咆哮とともに付近の魔物たちは尻尾の一振りで薙ぎ払う。
止まっている余裕はない。
一気に狼を従えて深部深くへと切り込む。
しばらくすると進行方向から何かが這いずるような不気味な音が聞こえてきた。
そうしてそろそろ召喚時間の限界が近づいた頃、鬱蒼とした森の中でわずかに開けた空き地へ辿り着き、そこで僕はその光景を目の当たりにした。
最初は岩山かと思った。
けど、直後に気づく。
朝日に照らされた灰色の塊がゆっくりと蠕動していることに。
小山ほどもあるそれは遅々とした速度ながらも前進していた。
小規模のショッピングモールほどの巨体を持つ蝸牛。
無論、異世界であろうとこんな生物が自然界に存在するわけがない。
魔物。いや、このサイズならこう呼ぶべきだ。
「……魔王」
甲殻竜なんて話にもならない。
高さにして30メートル。全長にして100メートル。
頭部には眼も鼻も耳もなく、ただ無数の触手が蠢く口があるのみの異形。
そして、最大の特徴は背負った螺旋状の甲殻に張り付いた繭だ。至る所にぎっしりと白い繭が甲殻一面に広がっている。
こうして観察している間にも繭が裂ける。
そこから生まれたのは牛ほどもある巨体の猿。
猿は生まれたばかりとは思えない俊敏さで襲いかかってくる。すぐに水晶の狼が迎撃して踏み潰したけど驚きは収まらない。
魔物を生む魔王。
いくら倒してもきりがないはずだ。
こんな種族特性を持った魔王がいれば物量で押し切られるに決まっている。
驚いている間にも召喚の限界がやってきた。
水晶の狼が全身の鋭いクリスタルを吹き散らして大量の魔物を道連れに姿を消す。
これで僕を守るものは何もない。
場所は魔の森の最奥。
前後左右上空に至るまでが魔の領域。
残る魔造紙は14枚。
それでも僕は勝機を失ってはいない。
怒りに任せたとはいえ最初から勝算はあったのだ。
何度も言うけど、誰も一緒に連れてこなかったのは巻き込みたくなかったから。独りよがりの決断だったのは否定しないけどね。
リエナにも師匠にも秘密の奥の手。
それをバインダーから抜き出した。
使いどころはここ以外にない。迷いも躊躇もなかった。
20倍魔力の合成魔法。
師匠は研究を止めてしまったけど、僕は何枚も成功例を書いている。
記憶を頼って再現するのは難しくなかった。
これは完全に切り札中の切り札。
まず使う機会もないと思っていた。
というか試したことすらない。属性魔法ですら2・3発で王都を消滅させてしまえる威力なのだ。
魔の森ということで今回は8属性全てを用意していたけど、これだって普通なら過剰火力もいいところだ。
この1枚は確実にその上をいく。
使えば何が起きるか想像がつかない。
それでも魔王を打ち滅ぼすならこれだ。
魔物たちも僕の手の中の魔造紙に何か感じるものがあるのか。一定距離を取ったまま近づいてこない。
核兵器の発射ボタンを押す心境はこんな感じなのかもしれないなど不謹慎なことを思った。
「いくよ。『流星雨』」
魔造紙を空に向けて突き上げた。
赤い閃光が天空へと昇っていく。
一瞬の静寂。
暁光の紫がかった空に無数の光点が浮かぶ。
どれだけの数か把握すらできない。
満天の星空なんて生易しいものではなかった。
天を埋め尽くす光の乱舞。
全天の光爆。
(これ、やばくない?)
基本となったのは数十発の光弾を撃ち出す光の属性魔法。
これを付与魔法で威力にブーストをかけて威力増強。
さらに途中で無数の水晶を召喚することで光線を乱反射させて拡散。
結果、無数の光が辺りに降り注ぐ魔法と化す。
通常魔力で試した時は訓練所に数千にも及ぶ穴ができてしまった。僕の20倍『力・進弾』の強力かつ拡散したバージョンだと思ったものだ。
それが20倍で発揮するとどうなるのか。
僕は予感に突き動かされるまま残っていた最後の防御魔法を展開して頭を抱えて伏せた。
発動したのは直後だった。
星が落ちた。
流星の雨というのは比喩でも誇張でもない。
光の雨が魔物も森も関係なく全てを貫いていく。
木は弾け、土は捲り上がり、魔物は血も肉も消失し、魔王は全身を幾重にも光に貫かれて貫かれて貫かれていった。
術者を巻き込む不手際は起きなかったけど、余波を受けて防御結界が幾度も揺れた。
結界も20倍だというのに余波だけで壊されそうだ。直撃でもしようものなら3撃ともたずに吹き飛ばされかねなかった。
視界は完全に圧倒的な光量で押し潰されて目も開けていられない。
どれぐらいの時間が経過したのか。
あまりの衝撃に途中から気を失っていたようだ。
瞼の向こうから突き刺さってくる光が治まっているのを感じてゆっくりと目を開く。
そこには荒野があった。
地は焦土。
草木は灰。
熱を帯びた大気。
水蒸気の霧。
痕跡さえも滅ぼされていた。
もう元の森を連想することも出来ない。
生命の痕跡なんてどこを探しても見つからなかった。
残っているのは僕がいた猫の額の土地だけ。
地平線の向こう側まで。
その全ての大地が沈み込んでいる。
仮に天罰というものが実在するならこれのことを指すのだろう。
無尽蔵とさえいえた魔物が潜む深部。
もうどこにもない。
幾万の魔物の群も。
魔王の強大な姿も。
深部、そのものさえも。
「……やっちゃった。てへ」
色んな意味で痛々しい。
はじめての20倍の合成魔法。
結果、地図から魔の森の中央がなくなっちゃいました。
魔の森で生計を立てていた狩人の皆さんすいません。失業だよなあ、とか。
ああ。来年からの学外実習はどこでやればいいんだろうなあ、とか。
魔物以外の生き物も巻き込んじゃったのは本当に申し訳ないなあ、とか。
色々と思うことはあるけど、とりあえず口に出したのは。
「うん。師匠の指示通り魔王は倒したから叱られないですんだね」
そんな現実逃避だった。




