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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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39 嚇怒

 39


 野営の空気は重苦しかった。

 幸い死者は出ることはなかったし、負傷した者も魔法で治療を終えているけど、死地にあったという恐怖までは拭えない。

 第2陣からは戦闘を得意とする教師が1班に2人つくという体制に変更したおかげで重傷者はでなくなったものの、それでも怪我人が続出した。

 野営地では回復魔法を書ける者が予備の魔造紙を作って対応する事態になってしまった。


 夜になり今は全員が野営地に戻って明日に備えている。


「シズ。起きてる?」

「うん。眠れない人も多いみたいだね」


 え?ルネ?

 僕の腕の中で静かに寝息を立てているよ。

 嘘です。ごめんなさい。言ってみたかっただけです。隣の寝袋で眠っています。ルネも寝入りはいい方なんだよね。この状況で熟睡できるのだから度胸がある。

 ルネとは逆側のサイドで寝袋にはいったリエナに視線を向けた。


「なんか、やな感じ」


 リエナの直感は僕以上に当たる。

 僕の場合は眠ろうと思えば眠れるけど、なんだか今晩はこのまま眠っていいとは思えなかった。

 教師と有志の生徒で夜番を立てているのに不安がどうしても拭えない。


「少し夜風に当たってくる」

「……わたしも行く」


 じゃあ、ルネには悪いけど起こさせてもらおう。

 たぶん、根拠はないけど今晩は休んでいてはダメだ。


「ボクも行っていい?」

「ごめん。何かあったら知らせてほしいから待っていてほしいんだ」


 怒られるのを覚悟で起こしたけどルネは笑顔で寝袋から出てくれた。

 一緒に行きたいのはやまやまだけど、急報が入った時に受け手がいないのはまずい。

 念のため装備は完全に整えておく。バインダーの補充も済ませてあった。

 小さく手を振るルネに見送られてテントから出た。


 月の明るい夜だ。

 前世では見たことのない満天の星空も白光が塗り潰そうとしているようだ。

 星明りを頼りに野営地を見回る。

 狩りの野営地なので囲いも何もない。見張りは一定の間隔で辺りを見ているだけだった。


「ん。誰か外に行こうとしてる」


 僕には何も聞こえないけどリエナの猫耳なら疑う余地はない。


「どっち?」

「森の方。3人ぐらい?」

「行こう」


 駆け足で声の方向に向かうけど、その前に見張りの生徒たちが立ち塞がった。

 バインダーと杖を構えて明らかに戦闘態勢だ。

 しかし、向けるべき相手が違う。

 魔物と誤認した?

 そんなわけがない。確実に彼らは僕たちの行く手を阻んでいる。


「この向こうに森へ向かってる人たちがいる。早く止めないと大変なことになるよ」

「…………」


 無言、か。

 いや、暗くてよく見えないけど。


「どうして怖がってるの?」


 リエナが首を傾げた。やっぱり震えていたのか。

 彼らは誰もが震えていた。顔色が青白いのは月の明かりでも寒さのせいでもないのだろう。


「時間がないんだ。早くどいてくれ。じゃないと」


 バインダーに手をかける。

 全員が身構えた。しかし、それは的確に対処するための動きではなく、目の前の恐怖から少しでも距離を取るための反射的な動きだった。

 僕の魔法は目撃者も増えて箝口令も意味を為さなくなってきている。

 ここで使えばどうなるか想像は容易い。


「最後だ。どいてくれ」


 ……ダメか。

 本当に魔法を使うつもりはない。今の僕とリエナなら肉弾戦でも余裕だ。人数差なんて関係ない。こいつらが100人集まったところで師匠の方がずっと怖い。

 踏み込もうとしたところでリエナに肩を掴まれた。


「……泣いてる?」


 動揺が生まれた。

 もうひと押しだけしてみようか?


「お願いだから話してよ。僕たちなら何かできるかもしれない」

「…………森に、行った」

「誰が?」

「仲間が」

「何をしに?」

「深部に……」


 息が詰まって言葉が続かないようだ。

 少しだけ待つ。


「深部に、極大魔法で攻撃しに行ったんだよ!」


 叫び声よりも内容の方が衝撃を与えてきた。

 魔の森の深部に魔法攻撃?

 そんなことすれば……


「大量の魔物が溢れ出るぞ!」


 攻撃を受けた魔物は外敵に襲い掛かる。

 魔法の中でも最高位に当たる極大魔法なら殲滅できる可能性もある。

 だけど、深部ともなれば生息する魔物の数は外周部とは桁が違う。倒した魔物以上の膨大な魔物が襲撃者に向かってくる。

 その先に待っているのはスタンピード現象だ、

 魔の森に生息するあらゆる魔物が攻撃者を飲み込み、それだけに留まらず森から外へと出てくるかもしれない。

 僕だって勉強している。

 同じ現象は過去にもあった。


(おじいちゃんが英雄になった事件)


 魔の森の撤退戦。

 その時と状況が似ている。

 調子よく進軍できて強気になった一団が深部に攻撃を仕掛けたのだ。

 反撃は痛烈で、押し寄せる魔物の津波だった。まるで魔物全体がひとつの生き物のようだったという。

 魔の森の黒い影が禍々しく見えた。


 激昂しそうになる意識を理性でねじ伏せた。


「なにを考えてるんだ?」

「だって、だってよう、そうしないと家族が。家が。ぜんぶ潰されちまうんだよ!?仕方ねえだろうが!」


 本当に嫌な予感ばかりする。

 彼と似た光景を僕は体験した。


「……ケンドレット家?」


 僕の呟きに少年の顔がくしゃりと歪んだ。


「ケンドレット家はいま落ち目だ。だから、それを吹き飛ばせるような手柄が欲しいんだよ。魔物が森から出れば軍が動かせる。そいつらを倒せば一躍英雄だ。そうすれば、俺たち、俺たちだって……くそ!ちくしょう!」


 背景が透けて見えた。

 ケンドレット家が手柄欲しさに自作自演で活躍の場を作ろうとしているんだ。

 そう考えると今年の定期掃討が早く終わったのも計画の1部か。早めに切り上げて魔物の数を増やしておけば現場は混乱する。実際、怪我人が続出している。

 加えて、ただ深部を刺激しては発覚するかもしれないので、タイミングは学園の学外実習を狙って。

 迂闊な生徒が深部を刺激したと吹聴するために。いや、誰かじゃない。僕が実行犯にされる可能性が高い。

 どうせスタンピードなんか起きれば居合わせた人間は皆殺しになる。死人に口なし。これを口実にラクヒエ村のおじいちゃんやお母さんに責任を取らせるとかまで考えていそうだ。

 ケンドレット家は軍を率いて魔物を討伐して英雄に成り上がる。

 邪魔者を消して、英雄の名誉と共に再起を狙うという策。


 なら、この少年たちは本人か親がケンドレット家派の家柄なのか。

 逆らえば家を取り潰すとでも脅されているのか?

 正直、最初は彼らの仲間が深部に辿り着けるとは思っていなかったけど、ケンドレット家が金に糸目もつけずに強力な魔造紙を集めれば片道ぐらい何とかなるのではないか。

 スタンピードが起きれば真っ先に自分が殺されるとわかっているのに。

 家のため、家族のために、向かったのか。


 大きく、本当に大きく息を吐き出す。


 夜に溶けた白い息は熱く、

 鼓動はまるで大砲みたいに響き、

 溶岩じみた血潮は全身を満たしていて、


 少しでも外に出してしまわないと爆発してしまいそうだ。


 隣のリエナが身を震わせて僕から1歩離れた。

 ごめん。怖がらせて。でも、今は無理だ。我慢できない。


「リエナはルネとクレアさんに伝えてきて。すぐにでもここから離れるんだ」

「シズ、は?」

「どうにかしてくるよ」


 ニコリと笑って見せたはずなのにリエナは怯えて耳を伏せてしまった。

 ダメだな。リエナに嫌な気持ちなんてさせたくないのに。


「大丈夫。パッと行ってパッと馬鹿を捕まえてパッと戻ってくるからさ」

「シズ……やだ。わたしも、行く」

「ごめん。たぶん、リエナを連れてはいけないんだ」


 これはリエナを危険から遠ざけるための嘘ではない。


「まあ、なんとかするって。おじいちゃんだって通った道だよ」


 いやあ。おじいちゃんはすごいなあ。

 この状況で単騎、殿とか。傾奇者みたいだ。

 同じところに立って改めておじいちゃんの業績に感動した。

 或いは僕と同じ気持ちだったのかも。

 筆舌に尽くしがたい嚇怒。


「君たちも行くんだ。友達は、まあ、なんとかできれば何とかするからさ」

「なにを……」


 ここに至って多くの言葉は要らない。


頼むよ・・・


 道ができた。

 変だ。普通に頼んだだけなのに。

 ちゃんと怒りを原動力に静かな思考で立ち向かっている。

 大丈夫。師匠の教え通りだ。

 だから、大丈夫。


「シズ、すぐに助けに戻る」

「あー。まあ、ほどほどにね」


 振り返らないまま僕はリエナに手を振った。


 目指すは眼前に広がる魔の森――深部。

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