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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
42/238

37 学外実習

1年次生編最終章です。

一気に駆け抜けていきます。

 37


 年度末学外実習。

 冬が過ぎて春の季節に行われる魔法学園1年次生の行事。

 騎士団と軍の共同で実施される魔の森での定期掃討の後、経験の浅い学園生のために行われる実戦授業である。

 実習で教官の立ち合いの元、魔物を撃破できれば一年次生は進級できる。


 成果を上げられなければ退学だ。主に貴族の融資で運営されている学園は研究や消耗品に関しては潤沢な資金を工面してくれるものの、成果が上がらなければ簡単に切られる。

 この1年を無駄にしていなければ難しい課題ではない。

 学園では定期的に王都郊外で魔物との戦闘実習も希望者に行っている。

 僕もリエナもルネも参加したことがあり、その実習で単独撃破は成し遂げていた。


(そういう意味では既に内定が出ているようなものだよなあ)


 だからといって試験は変わらない。それに魔の森での実戦というのもいい経験になると思うので文句もなかった。

 実習を明日に控えて、僕とルネは部屋で荷物の最終チェックをしている。

 旅程に必要な食料や野営具なんかは学園側が用意してくれるけど、身の回りのものは個人で調達しないといけない。各人に配られたバックパックに収まる量と決まっているので計画はご利用的に、だ。


 僕たちは最終確認を終えて、実習用の服に着替えた。

 服は学園指定された厚手の旅装。男女ともにジャケットとズボンと頑丈なブーツ、という基本のアウトドアファッション。

 それに加えて丈の短いコート。今年は例年よりもやや早い時期の実習になっているので外套が配られていた。なんでも定期掃討が早く終わったのでこちらも予定を繰り上げたのだとか。

 

 ……ルネが『男物の服を着てぶかぶか』のシチュエーションにしか見えないんだけど、僕はどうすればいいんだろう?

 や、無心で丈合わせの作業を手伝いましたよ?


 王都から馬車で10日にも及ぶ旅程だ。途中小さな町や村にも寄るけど、さすがに200人という集団の移動なので基本は野営になる。

 準備は万端にしておかないと痛い目を見るに決まっている。


「魔造紙をどれだけ持っていこうか?」

「森の中ではあまり落ち着いて書けないんじゃないかな?」

「あー、机もないからね。森に入ったら補給はあまり期待できないか。馬車の中でなら止まってる時に書けるだろうけど」


 紙とインクは持ちすぎても使えないなら最低限でいいか。バインダーの中身はそのぶん厳選しよう。

 ルネと互いの役割を確認し合う。

 森では3人組での行動が基本となる。

 前衛・中衛・後衛。

 僕たちの班は前衛のリエナ。中衛のルネ。後衛の僕だ。

 この班に引率の教師がついて森に侵入し、それぞれが魔物を倒せれば試験終了。後は脱出して森の外で全員の帰還を待つだけ。

 といっても1度に入るのは10班ずつなので試験だけで2日は掛かるだろう。


 行程を含めれば実に1ヶ月近い大がかりな行事なのだ。


「シズ」


 窓からリエナが入ってきた。

 もう僕もルネも驚かない。寮則を説くのは諦めた。いつも女子寮から屋上を伝って入ってくるので止めようがない。

 いや、窓に鍵をかけてしまえばいいのだけど想像してほしい。

 窓の外で切なそうな顔をしたリエナが戸板をカリカリとかきながらニャーニャー鳴いている所を!

 できるわけないじゃん!


「どうしたの?明日の準備のこと?」

「準備は終わった。こっち」


 そういって差し出されたのは1通の手紙だった。


「おじいちゃんから?」


 故郷から送られてくる手紙は送料が高いのでどちらかにまとめて送られてくるのでリエナが持ってくるのは不思議ではない。

 受け取って、さっそく読んでみる。


 おー。お兄ちゃんに子供が生まれたって!僕もおじさんかあ。1年近く帰ってないのでラクヒエ村が懐かしいなあ。お母さん、あの外見でおばあちゃんなのはどうなんだろう?実は樹妖精だったりするのではなかろうか。

 ああ。お姉ちゃんもお目出度だって。なんだろう……色々と複雑な心境。意味もなく泣けてくるんだけど。

 おじいちゃんもそろそろ長老を引退するつもりなんだ……。次の長老は村長さん?ああ、そちらも次代に交代なんだね。もうおじさんのことは代理じゃなくて村長って呼ばないとな。

 あれ?


「シズ、どうかしたの?」


 ルネが目ざとく僕の疑問に気付いて尋ねてくる。


「いや、小包も一緒に送ったって書いてあるから」

「手紙だけだった」

「誤送、かな?」

「うん。ちょっと受付まで確認してくるよ」


 ルネに戸締りをしっかりするよう言い置いて部屋を出た。当たり前みたいにリエナもついてくる。

 あれから季節がひとつ過ぎているけどケンドレット家の干渉は受けていない。

 寧ろ周辺から影が消えた。鋭角目と一緒に数名の教師が学園を去っている。クレアの話だと学生の内でもケンドレット派の生徒はおとなしくなったとか。

 失態を取り戻すのが大変なのは間違いないようで、この機にガンドール家が一気に勢力を伸ばしているのだとか。

 あんな真似をしたとはいえガンドール家の王族への忠信は絶対らしい。これはルネもクレアも師匠も保証してくれた。

 問題はそのためなら如何なる手段も辞さないという点だった。

 僕が王族に弓引くようなことをしなければいいというものじゃない。僕の存在が結果として王族に不利益になるなら狙われるという。

 会ったこともない王様には良いも悪いもない。

 正直、それぐらいの感想しか持てないのでうまく立ち回ろうと思う。


「はあ、小包は途中の仕分けで後回しに?」

「たぶんな。小包はかさばるから」


 ああ。手紙だけなら多くなっても鞄ひとつですむけど、小包とかだと馬車でまとめて運ぶからね。それで先に手紙が届いたらしい。

 しかし、困った。

 遅れるといっても1週間ぐらいだとみて、その時は学外実習中だ。

 この寮の受付も以前よりは僕に対して当たりがよくなったけど、貴族から圧力を受ければ従ってしまうだろう。

 そんなところに荷物を預けたくない。


「じゃあ、荷物が届いたら研究棟のレグルス師匠に届けてもらえませんか?」

「それは、いいけど」


 師匠に預かってもらえば安心だ。

 受付に念を押してそのまま師匠の所へ向かう。

 研究室に入ると師匠は難しい顔でバインダーを見つめていた。


「チビと猫か。どうした?」


 事情を説明すると師匠はあっさり了解してくれた。研究室に荷物を置くだけなのでどうでもいいのだとか。


「なにを見ていたんですか?」

「お前が書いた合成魔法の魔造紙だよ」


 師匠が合成魔法の話を出したのは久しぶりだった。

 あれから1度も合成魔法を作成することはなかったのだ。研究に使っていた時間は全て僕の訓練に充てられていた。

 600年を生きる樹妖精の戦闘技術と経験は凄まじいの一言で。

 僕は何度もぼこぼこにされた。

 肉体言語というわけではないけど、師匠の教えに言葉はない。

 訓練は徹底的に繰り返される組手の連続だった。何度も挑みかかっては攻撃の手を封殺されて、一撃のもとに撃沈させられる。

 何度も心が折れかけたけど、僕は師匠が悪意で拳を振るうことはないと知っている。

 ついていって後悔することはないとわかっている。

 後から気づいたけど、師匠は僕が上達するに合わせて手加減の度合いを調節していた。

 いつもと同じ結果しか出せていないように見えて、実は以前とは比べ物にならないほどの腕前まで引き上げてくれていた。

 久しぶりにリエナと組手した時に驚いた。

 僕がリエナに勝ったのだ。

 搦め手も使わない純粋な武技のみで。

 以来、リエナも師匠の訓練に参加するようになった。


 うん。ご想像のとおりです。あっという間に抜き返されましたよ?


 最近の2人の組手を見ると寒気がするんだよね。人間ってあんなに動けるものなの?というか師匠がゲラゲラ笑いながらリエナを追い詰めていくんだけど、どんなスイッチが入っちゃったのか怖くてたまらない。

 だって、僕も強くなったらあんな師匠と対峙するわけだ。勘弁してほしい。

 あのスイッチだけは押しちゃいけない。いや、フリじゃないから。


 話が随分と逸れてしまった。今は合成魔法の話だ。


「研究を再開するんですか?」

「その前に色々と準備がいるんだ。まだ、その時じゃねえ」


 何を考えているのだろう。

 わからない。

 師匠はバインダーを閉じると僕たちを睨みつけてくる。


「お前ら。学外実習でつまんねえ獲物なんて獲ってくんじゃねえぞ?」

「当然」

「善処します」

「そうだな。魔王ぐらいはぶっ殺してこい」


 魔の森の最奥には魔王がいるという噂がある。

 無論、学外実習でそんな奥まで侵入することはない。

 ないんだけど、僕の運勢上、何もないとは思えないんだよなあ。


 師匠にしばしの暇を告げて、翌日、僕たちは王都を旅立った。

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