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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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40/238

35 20倍

 35


 案内されたのは学園から30分ほど歩いた位置にある邸宅だった。

 貴族の住まいだけあって定期的に管理の手は入っているようで奇麗な外観だった。少なくとも空き家といわれていなければ気づかない。

 そして大きい。邸宅は3階建てで3つの棟がある。

 前庭には庭園。聞いたところ邸宅の周囲は小さな林になっているのだとか。

 校庭ほどの広さの敷地だった。個人の所有する家とは思えないけど、そこは貴族の見栄とか対面が関係しているのだろう。


 グラフトは家の前で帰らせた。

 学園は辞めて実家に帰るよう勧めておいた。脅しのつもりはなかった。この程度で心が折れる人間が貴族の陰謀渦巻く王都で生きていけるとは思えない。

 彼がどう判断するかは彼次第だ。


 屋敷の窓はカーテンが閉められていて中の様子は見えなかった。

 中にいるのは交渉役と護衛だけという話だったけど、それはグラフト自身も信じていなかった。

 伏兵がどこにいるか見破ることはできないけど、どこかにいるのは間違いない。

 中で待ち受けているのは鋭角目だろうか。他の貴族だろうか。

 護衛は連中の派閥でもかなりの有力者が用意されていそうだ。


 さて、僕は戦えるだろうか。

 思えば人間を相手にする真剣な戦いは経験がない。

 ラクヒエの裏山で狩りの手伝いをした経験と、学園に来てから何度か学外実習で魔物との戦った経験ぐらいだ。

 それと人間との戦いは全く別物だと思った方がいい。

 もちろん、リエナとの組手とも違う。


 落ちつけ。

 心臓の鼓動を聞くんだ。

 命の音が生きている実感をくれる。

 生きるために戦うんだと決意を改めてくれる。


 ま、戦わないけどね?


「じゃあ、いくよ。『縛鎖界――断崖郷』」


 通常魔力の法則魔法。

 結界といえばわかりやすいか。範囲内に様々な条件付けをできるのが法則魔法だ。

 魔法陣を奇麗に描けないとすぐに効果も切れてしまう魔法なので、最初は苦手な部類だったけど、クレアから円の書き方のコツを習ってから苦手意識はなくなった。

 紙の方を回すとかすごいと感心したものだ。なんというコペルニクス的発想の転換。手は添えるだけですよ。


 あー。ドキドキする。


 この魔法はよくある内外の行き来を封じる魔法で、より上回る魔法でないと破れない。

 僕の普通の結界程度なら腕のいい人ならすぐに破ってしまうだろう。


 魔法の発動に気づいて邸宅の内外から人が飛び出してくる。

 ああ。鋭角目がいる。でも、もう少し偉そうなのもいるな。あれは貴族だろうか。交渉役だったのかもしれない。

 声も結界が遮断しているので何と言っているのかわからない。

 聞く気もないけど。


「続けて、いくよ。『力・烈砲』」


 20倍魔力の巨大力場が結界の障壁をぶち破り、邸宅の3階部分の大半を吹き飛ばした。

 屋根が消滅し、壁が崩れ、柱が折れたのか邸宅が崩れ始める。結界全体が破られたわけではないので、僕の前に穴が開いただけ。なので外には逃げられない。

 こんな崩落寸前の邸宅内に敵戦力は隠れてないだろう。

 見える範囲にはざっと10人。

 1番えらそうな奴が僕を指差して叫んでいた。

 人質はどうなってもいいのか、とか。

 今の閃光は王都の外にまで届いたことだろう。これを合図に師匠が救出を実行しているはずだ。

 その成否を疑う気持ちはひとかけらもなかった。

 なので、無視。ルネは無事で確定。


 バインダーから20枚、魔造紙を取り出す。

 全て『力・進弾』の魔造紙。

 何気に僕が使った初めての魔法だった。

 小さな玉がひゅんと飛んでいくだけの魔法。当たったら痛いなあ、ぐらいの基礎魔法。

 それに20倍の魔力を込めるとどうなるのか。


 答え、疑似レーザー兵器。


 こちらに近づこうとしていた男の足元に向けて1枚を放つ。


 ぃぃぃぃぃぃんんんん!


 名状しがたい異音を伴って赤い軌跡が夜陰を焼いた。

 空気が焼ける臭いと共に残ったのは細く小さな地面の穴だった。


 これでは分かりづらかっただろうかと反省してもう1度放つ。

 今度は鋭角目と交渉役(仮)の間を通すよう邸宅に向けて。

 先程と同じ現象が空間を貫いて、邸宅の残骸に穴ができる。角度を間違えなければ反対側の風景が覗けるだろう。


 戦慄が場を支配する。

 あんなものが当たればどうなるか。

 想像したくなくても簡単すぎて強制的に光景が脳内に浮かんでしまうのではなかろうか。

 逃げようにも周囲は結界で閉ざされている。

 唯一の脱出口は最も危険な発射位置。

 他の場所を破壊しようとしたところで、そんな暇を与えるつもりはない。


「伏せた方がいいと思いますよ?」


 基本的に射線は水平に。

 たまに少しずれて地面に穴を作ってしまったりもしたけど、幸い人には当たらなかった。

 人間を殺す覚悟はできていない。

 殺されそうになったのなら殺し返す権利はあるという理屈はわかる。

 それを否定するつもりもないけど。全て理屈通りで動けないから人間なんだ。

 まあ、果たして彼らはここで生き残った方が幸せなのかはわからないけどね。


 赤い閃光の乱舞の中、仁王立ちするような剛毅を持つ者はいなかった。

 10人ほどの大人たちが頭を抱えて地面に伏せている。

 僕は攻撃の手を止めたけど誰も反撃に出ようとはしなかった。彼らが駆け寄るよりも僕の魔法の方が早い。

 こういう時、模造魔法は便利だ。弾数さえあれば速射性・連射性ともに優秀だから。


「えー。まだ今のと同じぐらいのストックはありますし、最初の魔法の方も持っています。それがどういう意味かご理解いただけると助かります」


 聞こえてるのかな?

 何人かは恐怖のあまり気絶してそうなんだけど、まあ後で伝えておいてね。


「今回は脅迫されたのでこちらも脅迫で返しました。無視してくれるならこちらも無視します。だから、これ以上をするというのならこれ以上で返しますので」


 えーと、師匠の派手にやれって指令はこれぐらいでいいのかな?

 んー、いや。師匠ならまだ甘いと追撃しそうな気がする。


 試してみるかな?

 うーん。まあ、付与魔法なら大丈夫だよね?


 バインダーから1枚取り出す。

 作ってはみたものの効果を確かめていない魔法。

 20倍魔力の通常魔法。


 付与魔法は人や物に特別な効果を与える魔法で、武器に属性を持たせたりできる。属性魔法との違いは持続性と威力だ。

 今回、僕が用意していたのは身体強化の魔法。

 筋力を強化するという類ではなくて、魔法のパワードスーツを纏うと言えばイメージしやすいのかな。

 これなら20倍で威力が洒落にならなくても制御ができると思うんだよ。


「具体的にはこんな感じになりますので。いくよ。『刻現・武神式・剛健』」


 おおう。

 自分ではわかりづらいけど、きっと赤い全身鎧を装備したような感じだろう。感覚的には特に変化を感じられない。

 こんな状況なのにテンションが上がってしまう。意味もなく3倍で動けそうだ。

 と、遊んでいる場合ではない。目標は半壊した邸宅にしよう。


 殴っても大丈夫だよね?ちゃんと機能してなかったら拳が壊れる。というか反撃されるかもしれない。


 そうして一歩踏み込んだ瞬間、僕は意識を失った。


 ただ一歩の蹴り足で大地が砕け、

 景色が後方に置き去りにされ、

 いま僕は一瞬の風になっている。


 後から聞いた話だけれど、その時、帝都が揺れたらしい。



 短い失神から僕は意識を取り戻し、辺りを見回して唖然とした。

 人も木も物も吹き飛んでいて無残に転がっている。

 邸宅は半壊から全壊を通り越して消失している。

 そう、消失。

 これは語弊でも過剰でもない。


 なにせ、敷地がまるごと更地と化しているのだから。

 邸宅のあった辺りには大きなクレーターが出来上がっている。

 これを消失と呼ばずになんと呼ぶ。


 なにをしたかって?

 難しいことは何もしてないよ。

 速さに意識がついて行けずに転んで頭から突っ込んだだけさ!


 よく見れば周辺の建物のガラスが割れたり、倒木が転がっていたりと悲惨な有様だった。

 遠くから少しずつ人が集まってくる様子だった。

 このままでは騒然となるのも時間の問題だ。


 僕は迷わず撤退を選んだ。

戦いじゃないよ。蹂躙だよ。

はじめての20倍通常魔法。

攻撃魔法じゃないのに大破壊。

シズ君の新ひっさつわざ『ロケット頭突き』です。

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