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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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34 反撃

 34


「知っている顔が何やら不穏な動きをしていましたのでな。我々も耳を澄ましておりましてな」


 聞いてもいないのに話してくる。

 やはり、主導権は取られたくない。

 素早くバインダーから新たな魔造紙を取り出した。


「用があるなら手短にお願いします」

「焦りは禁物というものですがねえ。ここで私を邪険にするのは悪手では?」

「そんなに余裕があるように見えます?」


 相変わらずの作り笑い。

 向こうは無理に留まる必要はないのだ。

 どうしたところで損をしないのだから、怪我をするぐらいなら引いてしまう。

 そうなれば後悔するのは僕だということか。

 少なくとも後悔するような情報は持っていると考えていい。


 けど、単純に頼っていいとも思えない。


 リエナの話からするとこいつはガンドール家の息が掛かっている。

 敵の敵は味方と安直に受け止める気はない。僕の下で泣いているグラフトをけしかけた前科がある。

 根っこのところではケンドレット家と同じだ。


 結局、折れるしかないのか。

 時間がないのは僕だ。睨み合いで無駄にはできない。


 魔造紙をバインダーに戻した。


「……わかりました。お聞きしましょう」

「結構。ルネウス・E・グランドーラの居場所に興味は?」


 直球を投げ込んできやがった。

 ないはずがない。


「確度は?」

「主に誓いましょう」


 ここで始祖とか神とか言わないのが自信の表れだ。

 これで間違っていた場合、主が汚名を受けると断言したのと同義になる。主の名を傷つければただでは済まない。

 あやふやな情報ではこうも誓えはしない。


「……見返りは?」

「話が早くて結構ですな。なに、貸しをひとつとしておきましょう」

「断る。持ってけ」


 バインダーから適当に20枚ほど魔造紙を取り出す。

 20倍の基礎魔法。実験に使うにしろ、武器として使うにしろ、有用だろう。

 貴族に渡すことへの抵抗は計り知れないけど、ここで清算しておかないと後々にまで響いてくるに決まっている。


 意外にも偽笑顔は魔造紙を受け取り、バインダーに収納した。

 バインダーに収納余地がある辺り、準備万端だとわかる。


「グランドーラの御子息は郊外の軍訓練所ですな」


 遠い。

 全力で走っても30分はかかる。そう易々と助けに行ける距離ではない。

 偽笑顔が笑みを濃くして囁いてくる。


「あちらには手練れの兵が10人もおりますな。ケンドレットが金に飽かせて集めた高位の魔造紙を持っているようで」


 下手な救援では返り討ち必至。

 リエナでも厳しいか。

 ルミナス家が気付けば或いは……ダメだ。撃破するだけの戦力を集めている間に僕の方が時間切れ。それに下手に刺激してはルネが危ない。

 ここまで思考が進んだところで偽笑顔が顔を寄せてくる。


「我々ならすぐに鎮圧できるでしょうなあ」


 さっきはやけにあっさり了解したと思ったら他にも恩を売る機会を用意していたのか。

 今度の見返りはもっと大きくなるだろう。唇を噛む僕に醜悪な笑みが返答を催促してくる。

 時間はない。

 グラフトが僕を呼びに来て結構な時間が過ぎている。

 他の仲間は寮などで見張りをしているだろうけど、不自然に思って様子を見に来るかもしれない。

 そちらも捕まえられるかもしれないけど人数差は倍以上。騒ぎになるのは必至だ。そうなれば取引が破綻する。連中の良識にルネの安全を任せることはできない。


「…………見返りは」

「なに、難しいことではありません。定期的に我々にあなたの魔造紙を提供してほしいだけですよ。もちろん、先程のような強力な魔造紙です。魔法はこちらで指定します」


 基礎魔法の20倍であの威力。通常魔法のそれとなれば僕と師匠でも扱いに慎重になるというのに。

 しかし、だけど、ルネが。


「さあ、ご返答を。時間もそろそろ限界なのでは?」

「っ、わか」

「あほう。わかってんじゃねえ」


 頭頂部に重い一撃が落ちてきた。

 軽く舌も噛んで涙が出てくる。


「貴族連中の要求なんざ軽々しく受けんな。骨の髄まで搾られんぞ」


 この声。

 間違いない。


「師匠!」


 振り返ると緑色の実を付けた蔦植物がいた。

 童話のジャックの豆の木に出てきそうな太く絡まりあった緑の蔦の塊。

 その先は窓の外に消えていてどうなっているのかわからない。


 ええー?

 いつから師匠は人間を捨てたんだろう?


「ちっと目を離せばトラブル呼び込みやがって。呪われてんのか?お前ほど手間のかかる弟子なんざどこ探してもいねえぞ」


 だけど、この声も口ぶりも師匠に違いない。


「師匠。そのお姿は?」


 進化したのだろうか?

 今までは進化を抑制していたとか?いや、退化したようにしか見えないけど。


「これは俺じゃねえ。樹妖精の種族特性だ。あー、チビに見せたのは初めてか」


 種族特性。

 この世界の人間以外の高等生物は独自の特殊能力を持っている。

 妖精や竜や魔物の特権と呼ぶべき神秘。

 初めて見た。


「樹妖精は植物を操んだよ。面倒を片付けて様子を見たらこの有様とは恐れ入るぜ。おい。そこにいる奴、とっとと失せろ」


 偽笑顔から笑みが消えている。

 僕が師匠を心強く思っているのと同じぐらい、向こうは師匠を恐れていた。いや、いくらなんでも反応が激しすぎじゃないか?


「そんな、馬鹿な。あの人数を」

「ああ。大歓迎で結構なことだったよ。お前を見逃すのは情報代替わりだ。チビが渡した魔造紙を返して消えろ。3度は言わねえからな」


 小さな悲鳴を残して偽笑顔が魔造紙を放り出すと逃げ出していった。

 急展開すぎて頭がついていけない。

 などとふぬけていると拳骨が落ちてきた。というか緑の実だけど。


「呆けてんな。時間がねえぞ」

「は、はい!」

「攫われた姫さんは俺がどうにかしてやる。お前はそっちで始末つけろ。そうだな。命令する。派手にやれ。2度と手を出す気になれなくなる程度は派手にな」


 さすが師匠。対応が物騒の1択だ。

 あと姫呼ばわりされたルネに違和感がない。


 完全に蚊帳の外に置かれていたグラフトを立たせる。涙でボロボロの顔のままだと不自然なので水で拭わせた。

 顔が赤く腫れているのは僕が暴れたということで口裏を合わせさせる。

 その間に僕も準備を整えておいた。バインダーの魔造紙を確認する。


 大きく深呼吸する。

 師匠がいてくれるだけで先程までの感覚が遠くなっていた。

 理不尽に対して怒るのはいい。

 だけど、怒りに飲まれたらダメだろう。

 ただでさえ狭い視界なのにもっと見えなくなっていた。


 でも今なら心は熱く燃えながらも、しっかり頭は動いている。

 胸に溜めた空気を吐き出した。


「反撃だ。目にものみせてやれ」

「はい」


 あ、音頭は師匠が取るんですね。

 押忍、一生ついていきます!

師匠には心休まる時間がなかなかありません。

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