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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
38/238

33 人質

33


 後先なんて考えもしなかった。

 女子寮に乗り込み、一直線にリエナの部屋に向かう。

 悲鳴も罵声も無視だ。そんなもの関わっていられるほど悠長な時間はない。

 階段を2段飛ばしで駆け上がり、廊下も一息で駆け抜けて、最上階のリエナの部屋にそのまま飛び込む。


「リエナ!」


 果たしてリエナはいた。

 下着姿で。

 驚いて耳としっぽはピンと立っていた。ぶわっと毛が膨らんでいるので相当の驚きようだ。


 ああ。奇遇だね。僕も驚いている。


「シズ……だいたん」


 しっぽで体を隠そうとするリエナの言葉でようやく理性が再起動してくれた。

 途端に顔面に熱が集中してくる。慌てて振り返ろうとしたけど、それよりも先に天誅が下された。


「ご、ごめ、ぶごあっ!?」

「不潔ですわ!」


 フルスイングで振るわれた杖の1撃を顔面に受けて僕は廊下へと打ち返されたのだった。

 なんでいるのさ、クレアさん。

 その後、不埒者撃退のため魔法士志望の女性陣が大挙して押し寄せてきて、僕はぼこぼこにされる運命に抗うことはできなかった。


 リエナの取り計らいで女子寮から解放された。

 男女兼用の玄関、兼、学園の内外の通用門で正座のまま晒されること1時間後のことである。

 殴られる経験には自信のある僕をして死を覚悟するレベルの制裁だった。

 全面的に僕が悪いので何も言い訳できない。


「どうしてこうなった……」


 残っているのは僕とリエナとクレアだけ。

 全身が痛い。女子の攻撃は痛覚を的確に攻めてくるからなあ。

 この段になってようやく僕は2人に事情を説明できた。

 ちなみにクレアがいたのは寮に遊びに来ていたためらしい。


「そんなことが……」

「クレアさん、ケンドレットが実際にそういうことを実行する可能性はありますか?」


 結果的にだけどクレアがいてくれたのはありがたい。こういうことに関しては知り合いの中では最も詳しいのは彼女だ。


「あります。脅迫や誘拐は彼らにとっては選択肢のひとつにすぎませんわ。邪魔者を殺すことさえも辞さないのだから」

「じゃあ、今回の件は警告?」

「……それにしては対応が過激ですわね。シズが受けたのは間違いなく脅迫ですわ。そうまでするなら人質の確保は絶対のはずですが」


 実際、こうしてリエナは無事だった。

 考えられるのは命令と報告の行き違いだろうか。向こうは1枚岩ではない。

 鋭角目が偽の情報に踊らされた可能性もある。


「リエナ、心当たりはある?」

「ない。あったら言う。そう約束した」


 だよね。

 ……それにしてもリエナさん、どうして上機嫌なんです?しっぽがビンビンですよ?


「シズ、わたしが心配で、怒ってくれた?」

「……あ、あああ、当たり前だろ!」


 あの時は微塵も疑問に思わなかったけど、こうなってしまうと自分の言動の全てが恥ずかしくなってくる。

 クールなリエナが珍しく笑顔まで見せているから尚更だ。

 先ほどの艶姿を思い出さないよう話を戻す。


「ともかく、警戒はしておきましょう。わたくしも気を付けておきますわ」


 立場上、クレアが露骨に味方すると僕の立場が完全にルミナス家の傘下になってしまう。

 それ自体はもう構わないような気もするけど、それでガンドール家まで刺激してしまって、2対1の構図になってしまっては目も当てられない。

 僕らは頷いて部屋に戻った。


 痛む体に鞭を打ちながら3階まで登る。

 女子寮特攻は既に噂になっていて皆の目がイタい。新たな伝説を作ってしまった。せめて、ふたつ名にならないことを祈ろう。


「ただいま、ルネ。ちょっと聞いてよ……」


 いつもの「シズ、おかえり」という声は返ってこなかった。

 部屋は無人で明かりも点いていない。秋の冷えた空気が漂っているだけだった。

 名札を確認する。裏になっていた。

 明かりをつけて部屋に入って机を見るけどメモの類はない。

 時刻は既に就寝時刻に近い。ルネがこんな時間まで外出していた記憶はないし、何の連絡も残さないとは思えなかった。


「おい。まさか」

「よう。『災厄』さんよ。久しぶりだな?」


 開けたままのドアの向こうから声が飛んでくる。

 見覚えのある顔だった。今日の午後に見ている5人組の1人。用具室で僕を殴った男。


「恋人は預かってるぜ?」


 そうですか。

 ケンドレット家の連中にとって僕の恋人はルネですか。


 あまりに間抜けな事態に呆れ返るしかないけど事態は深刻だ。

 ルネは誘拐され、僕は脅迫を受けているのだから。

 リエナが無事だからルネはどうでもいいなんて考えは浮かびもしない。


「言っておくが頼りになる亜人も樹妖精も呼ぶんじゃねえぞ?そうなったら恋人がどうなるかわかって……」


 聞く気なんてなかった。

 主導権を取らないといけない。

 幸い相手は1人で来ている。不用意だ。

 以前、僕が黙って殴られていたから十分だと思ったのだろうか。


 無言で投げ飛ばした。

 体格差はあってもこっちは毎日走り込んで鍛えているのだ。魔法士の卵ならともかく書記士志望の貴族に後れを取ったりはしない。

 素早くドアを閉じた。

 倒れたところを馬乗りになり、口を押さえつけて淡々と殴りつける。

 ひたすら掌打の連続。

 反応が弱くなるまで無言のまま。

 既定の作業を繰り返す機械のように。

 頃合いかと手をどかした途端に何か言いそうになったのでまた掌打。

 その後もしゃべろうとする度に殴っていると段々と反応が弱くなってきた。なんか泣き始めている。

 まったく、こと相手の心を折る手段について僕に勝てるとでも?

 こっちはありとあらゆるいじめを経験しているんだから。

 どうやれば人の心が折れるか痛いほど・・・・知っている。

 痛みを知っている身としては、それを人に振るうつもりなんて毛頭なかったけど、気遣う必要のない相手なら容赦なく実行できる。


「僕の質問に答える以外で一言でも話したら殴ります。3度、失敗したら……」


 バインダーから魔造紙を取り出して、胸の上に置いた。


「使えない口はいりませんので。悪しからず」


 僕は優しくなんかない。

 少なくとも自分の大切なものを守るためなら人ひとり殴れる程度には優しくない。


「わかりました?」

「……は、はい」

「まずお名前は?」

「グラフト・テンダー、です」

「同級生じゃないですよね?2年次生ですか?」

「はい」

「ルネを攫ったのはグラフト先輩ですか?」

「それは……」


 容赦なく殴る。


「あと2回。もしかして僕の魔法知りません?」

「や、やだ!許して!」


 もう1発。


「あと1回。質問に答えるのでも、辞世の句を残すのでもお好きな方を選んでくださいね?」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で必死に首を振っている。


「ルネを攫ったのはグラフト先輩ですか?」

「はい……」

「ルネが今どこにいるかわかりますか?」

「知りません。本当です。信じてください!」

「いいですよ。信じますよ。嘘だったらもっと酷いようになるだけですから」


 ああ。そんな蒼白になって。嫌だなあ。こんなの何が気持ちいいんだろう。

 殴った感触も、苦悶の声も、歯の根が合わないカチカチ鳴る音も、ぜんぶ気持ち悪いだけだ。


「どういう指示を受けてますか?」

「シズ、さんを、連れて来いって」

「どこへ?」

「第2区画にある空き屋敷です」


 そこにケンドレット家の当主は現れる?ないよなあ。

 僕が自爆覚悟で命を狙える状況だ。出てくるわけがない。

 ルネの居場所がわからないのは痛い。


「当然、1人で、ですか?」

「はい。すいません。すいません。許して」


 きつい。

 ルネの安全を確保できないと従うしかない。

 少なくとも反撃はできない。

 そうなれば暴力を振るわれる可能性もある。

 向こうからすれば配下に入れられれば上々。ダメなら消してしまえばいいのだから。


 それでもルネを見捨てるという選択だけはない。


「お困りですかな?」


 打つ手を失っていた僕に、知っている声がかけられた。

 部屋に勝手に入ってきたのは見覚えのある教師だった。


(ここで偽笑顔か)


 思わず漏れそうになる溜息を噛み殺して、僕は信用できない教師を睨みつけた。

誰これ?


はじめてシズ君が明確な敵に対応していますね。

シズ君は基本的におとなしいし事なかれ主義の性格ですけど、ある一線を超えると別人のようです。滅多に怒らないから加減ができません。

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