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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
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31 お誘い

 31


 合成魔法の研究は捗った。

 慣れている僕が師匠の用意する術式をどんどん書き起こしていき、魔造紙として完成させていく。

 ルネは既に完成した魔法の再実験として筆記。

 それらをリエナが次々に使用していく。


 この体制になってから既に1週間。

 既に50を超える数の魔法が誕生していた。

 ルネが再現した魔法も問題なく起動する。

 これは完全に第7の魔法として成立したと言っていいだろう。

 しかし、師匠の表情は難しいものだった。


「師匠、どうしたんですか?」

「気になることがある。おい、チビ。お前は明日買い出しだ」


 なんで?

 普段はこの研究室の消耗品は師匠がどこかから調達してくるので、今まで弟子といいながら備品の管理もしたことがなかった。


「……知らん奴を行かせたくねえんだ。お前が行って来い」


 師匠がそういうなら従う他ない。

 正直、今は実験が楽しくて仕方ないから研究室を離れたくないのだけれど、師匠に信頼されているからこその役目と思えば納得できた。

 明日の実験はリエナとルネにお願いしよう。

 その日、帰る際に見た師匠の厳しい顔つきが気にかかった。


 買い出し先は第3区画の裏路地だった。

 四方の大通りから1本ぐらい奥に入ってもまだ問題ないけど、そこから更に奥へ入り込んでいくと途端に道が複雑になって迷いやすくなる。

 王都に来てから半年近く経って、何度か街にも来たけどここまで奥へ来たのは初めてだった。

 いかにも厄介そうな事情の人たちばかりで怖い。

 いざとなれば魔法があるとはいえ、気休めぐらいにしかならなかった。

 素人がナイフや銃を持ったからといってヤクザに絡まれたら怖いのと同じだ。ナイフを出す前に財布を出すに決まっている。

 まあ、僕の基礎魔法の場合はナイフとか銃じゃなくて戦車砲のレベルなんだけどね。


 色々と1人でビクビクしていたもののトラブルもなく買い物は終わった。

 指定された店に師匠の手紙を届けたら無言で箱を渡されて終了。これって買い物じゃないような気がするんだけど。取引とかじゃないの?

 まあ、お店が明らかに酒場で。しかもイリーガルな香りが漂っていたり、マスターが傷だらけの顔だったりと普通の酒場ではなかったけどね。

 一体、うちの師匠はどういう伝手を使ってるんだ。

 箱の中身が気になって仕方ないんですけど。

 いつも吸ってる香木ってただの香木ですよね?危ない成分とか入ってませんよね?信じてますからね、師匠!

 今日は制服を着ていないとはいえ、僕みたいな子供がいるのは明らかに場違いなのでそっと出口に向かう。

 というところで綺麗にUターン。

 ドアから離れて無人のテーブルについて預かった箱を盾にして隠れた。

 丁度入ってきた人たちを知っていた。

 初日に僕を脅した人たちじゃん!5人勢揃いで仲良しさんだよ!ずっと見ないと思ってたけどこんなところでエンカウントするなんてどうなってるんだよ!はぐれた金属みたいに喜ばれないんだから隠れてろよ!というか同じ学生なのにあっちは違和感ないですね?

 ともかく見つかれば面倒なのは間違いない。

 回避できるならそれが1番だ。


(ってお隣にキター!)


 向こうも焦った様子でこちらには気づかなかったけど、心臓に悪すぎる。隙を見計らって脱出するしかない。マスターが超睨んでるしね!何か頼めって?平民舐めんなよ!金なんてないんだよ!というか僕が食べれるものあるの?お水もらえません?


 ああ、テンパってるな。懐かしい感覚だ。特にこの苦手な人から隠れるのとか。中学3年の間はまったからね。必要に駆られてだけど!


「どうすんだよ」

「どうもこうもあるか。ガンドールには捨てられたんだ。ケンドレットについてくしかねえだろうがよ」

「鞍替えなんてできんのか?」

「ああ。誘いは受けてる」

「大丈夫か?あいつらケンドレットの中でもやばい奴らだろ?」

「やばい橋ひとつで安泰が買えるなら安いだろうが。あの黒い悪魔に見つからないようこのままこそこそ生きてくのかよ!」

「それは……」

「嫌だな」

「目に入らないようにするために監視するってわけわかんねよう」

「なら、逆転の目に張るしかねえだろ。俺はやる」

「わかった。俺も乗った」

「ああ」「そうだな」「やるか」

「詳細は合流した後だ。よし、景気づけに1杯やるぞ!酒、持って来い!」


 何の話だろう?

 ともかく、チャンス!

 女給のお姉さんが死角になっている内に大回りして酒場から脱出した。

 外に出てからまずは離れる。道も確認しないで全力疾走。


 学園に来てからも早朝のランニングは続けているんだ。追いつけると思うなよ!


 1時間近く無我夢中で走って、途中から迷子になっていたけど走り続けて、ようやく大通りまで戻ってきた頃には日が沈みかけていた。

 へとへとになって研究室に戻る。


「たらいま、もどひ、まひた」

「おせえ!どこで道草くって……大丈夫か?」


 師匠が素直に心配してしまう程度に大丈夫だ。

 ふふ。ちょっと本気出しすぎちまったようだな。僕も大人げなかったね。

……ちょっと運動量は減ってたもんなあ。準備なしで王都迷走マラソンはきついか。


「これ。頼まれた、ものです」

「汗でべとべとじゃねえかよ。そこらへんに置いとけ」


 わざわざ師匠が水を汲んできてくれた。

 コップの水を一気に飲み干して、ようやく落ち着いてきた。


「なんかあったのか?」

「はい。初めて学園に来た時に絡んできた人と鉢合わせしそうになりました」

「前に聞いた連中か。本当に間の悪い奴だな。さすがは『災厄』だ」


 否定できない。

 星の巡り会わせが悪すぎる。


「なんかガンドールからケンドレットに鞍替えするとか誘われたとか言っていましたね」

「そういうこともあるだろうよ。大概はいいように利用されるのがオチだがな」


 確かにそういう空気はあった。さすがに同情はできないかな。自業自得だし。


「因縁があるんだ。一応は気を付けとけ。そろそろ何かあってもおかしくねえ空気だしよ」

「不穏なこと言わないでくださいよ」

「ふん。平和ボケしてっと後悔するぞ」


 師匠が念を押すのだから注意はしておくべきか。

 現代日本人としても平民としても貴族の抗争というものには実感が持てていない。心構えぐらいしておかないと気づいたら手遅れという事態もある。

リエナに相談しておこう。

 ルネやクレアは貴族だからそうそう手は出せないだろうけど、僕たち平民は簡単に利用されてもおかしくない。


「わかりました」

「ああ。それから合成魔法はしばらく研究中止にした。明日からは来なくていい」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 師匠の言葉を頭の中で5度ほど繰り返して、ようやく脳が理解する。


「師匠、ぼけましたか!?」

「お前ほどじゃねえよ!誰に口きいてやがる!」


 咄嗟に無礼な口をきいてしまったけど拳骨は落ちなかった。

 代わりに強い言葉が返ってくる。


「いいから中止といったら中止だ!詮索もすんな!模写したい魔法があるなら見せてもやるからお前も文句はねえだろうが!」

「大ありですよ!師匠の夢が叶いそうなところなのに!なんで目の前で足踏みなんてするんですか!」


 師匠は噛みついてきそうな形相で何かに耐えるように天を仰いだ。


「生意気いいやがって」

「理由ぐらい教えてくれてもいいでしょう?」

「……ダメだ。お前には言えねえ。こっちにも色々あんだよ。別に諦めたわけじゃねえんだ。とにかく今は続けるわけにいかねえ。それだけだ。納得できなくても従え」


 わからない。

 わからないけど。

 師匠がこんな言い方するなんて余程のことだというのはわかる。それと決めたら曲げないだろうというのも。

 弟子なんだから。それぐらいはわかる。


「諦めてないんですよね?」

「当たり前だ。こちとら500年続けてんだ。そう易々と折れたりはしねえんだよ」


 いつもの不敵な笑顔に不安な気持ちが解けていく。

 大きく息を吸って胸の内の感情と一緒に吐き出した。


「……わかりました。でも、ここには来ますからね」

「そりゃあ構わんが、たまには猫でも遊びに誘ったらどうだよ」

「デ、デートとか!ままま、まだ付き合ってもないのにダメですよっ!」

「……変なところで固いというか初心だよな、お前」


 素で呆れられてしまった。

 くそう。経験値が欲しい。

 結局、そのまま師匠に追い出されてしまった。


 寮への帰り道。

 なんか、この流れだとリエナを誘う流れになってるよなあ。

 いや、今後のこととか話し合いたいから会うつもりだけどさ。

 うわ。なんて言えばいいんだろ!今までだって街に遊びに行ったことぐらいあるのに意識すると頭が回らなくなるぞ、これ!

 そうだ。ちょっと練習してみよう。


「あ、明日、いい一緒に。ごほん。んん。あーあー。ワンスモア。明日一緒に遊びにひこう。い、い、いー、いー。行こう。ん。リトライ。明日、一緒に遊びに行こう」


 よし。いける。続けて反復練習だ。

 さあ、落ちついて。そこにリエナがいると想像して。


「明日、一緒に遊びに行こう」

「え!?」


 知らない男子生徒がいた。

 なんとなく上級生のような気がする。

 散歩だろうか。いい月夜ですもんね。


 完全に硬直して信じられないものを見るように僕を見ている。

 変質者を見るようなそれだ。つまり、僕だ。

 いや、誰もいないと思ってノリノリで歌っていたところを人に見られていたみたいな?


「噂は本当だったのか……」


 やめて!そのいつでも逃げられるような姿勢、やめて!

 というか噂ってなに!?どんな噂が流れてるの!?


「ん。ごほん。あー、シズ君でいいよね?」


 かなりの労力を伴っていそうな作り笑いで声をかけらえた。

 名指しで話しかけられて思い出そうとするけど、やはり知らない人だ。


「少し時間をもらえないかな?」

「すいません。さっきのは予行練習なので本気にされてしまうと……」

「違うから。僕にはそんな趣味はないから」


 僕に「は」ってなんだよ。僕に「も」だろ?

 ともかく、真面目な話のようだ。ふざけた雰囲気ではない。


「そろそろ寮の門限ですよ」

「大丈夫。問題にならないから」


 つまり、寮の規則程度はどうとでもできる人からのお呼び出しか。

 避けても無駄、かな。何度でもやってくるだろうし。


 僕が小さく頷くと男子生徒は訓練場の方へと歩き出した。

 ひとつ意識的に深く息を吸って、それをゆっくりと吐き出す。

 行こう。

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