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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
35/238

30 合成魔法

 30


 僕はいつも後から気づく。

 身の回りのことも、リエナのことも。

 思い込んで殻に籠るから周りの目にも声にも気づかない。


「シズってもっと怖いやつだと思ってた」

「な。近づいてくんなーって感じだったもん」

「話しかけるとあからさまに一歩引くよね?」

「俺、睨まれたことある」

「あたし嫌な顔された」


 自覚がないとは怖い。

 これで僕は普通に応対しているつもりだったのだから。

 言い訳をさせていただけるなら前世の記憶に刻まれた反射なのだ。

 この世代の子供に植え付けられた痛みと恐怖を僕の本能が忘れていないので、咄嗟の行動に反映される。それが拒絶に映ってしまうのだ。

 はい。言い訳ですね。わかってるよ。


 今まで自分のクラスしか見えていなかったけど、最近になって他クラスの生徒と話すようになった。

 リエナやルネが午後の模写などで知り合った生徒たち。ほとんどが平民出身の生徒だった。

 彼らからすれば同じ平民でありながらSクラスにいる僕とリエナは興味深い存在だったらしい。人付き合いが得意とは言えないリエナでも知り合いができるぐらいなのだから相当だったのだろう。

 なのに、接触がなかった原因は僕に大きい。


 午前はクラスが別。

 午後は師匠の研究所。

 寮は食事以外部屋ばかりで、出てきてもいつもルネと一緒。


 こんな生活態度をしていれば拒絶していると誤解されても仕方ない。

 近頃はリエナと向き合うと決心した影響か、彼らとも自然と接することができるようになってきた。

 曰く、雰囲気が変わったとか。

 今では午後の模写の前の時間や寮での自由時間などに雑談できる関係になってきた。

 以前より教師からの警戒が和らいでいるのも大きい。

 これは師匠のおかげだ。どんなに拒否したところで師匠が模写を許している上に、誰も許可を出している師匠を止めることができないのだから諦めたようだった。

 加えて模写をした僕がおとなしいのもよい方向に働いたようだ。自分たちの研究を否定するような存在ではないと認識してくれたのなら助かる。


 最近、すっかり忘れていたけど僕は魔法を趣味にして、それを語り合える友達が欲しかったのだった。

 いったい、今まで何をしに来ていたのか。

 初志貫徹どころか初志忘却とは我が事ながら呆れるしかない。

 でも、おかげですごい充実した日々を過ごしている実感がある。

 リエナへの返事や。

 貴族の権力闘争や。

 師匠の実験とか。

 色々と考えないといけないことは多いけどね。



 季節が夏を終えて秋に差し掛かってきた頃。

 師匠の研究に変化があった。


 というか成功した。


 ある日、何の前触れもなく。

 いつもの場所でいつものように。

 慣れた作業工程のまま。

 術式崩壊の光が上がらず、1枚の魔造紙が完成した。

 術式が不適切なら完成せずに術式崩壊するのだから、それが起きないならそれは魔造紙として成立したという意味に他ならない。


 この時ばかりは僕も師匠も顔を見合わせて驚いた。

 いつものように退避準備も万全でいつでもどうぞと待ち構えていたのだから当然だ。

 最近はどの魔法を組み合わせたか判別できるようになっていたから、完成したらこんな感じになるんだろうなあとのんびり考えていたぐらいだ。


 師匠はかなり慎重に魔造紙に近づく。

 これがバラエティ番組なら時間差を狙っているとしか思えないけど、これは現実だ。ここで師匠の背中を押せばお茶の間の皆さんにお笑いを届けられるかもしれないけど、僕は師匠にぼこぼこにされるので自粛する。

 師匠の拳骨が日常茶飯事みたいになっていても、痛いものは痛いのだ。僕にリアクション芸を求めないでほしい。


 そっと魔造紙を拾う。

 淡く輝く赤い文字の術式と魔法陣。

 術式は完全に既存のものを離れているけれど、確かに魔造紙だった。

 それでも油断せずに師匠は自分のバインダーに魔造紙を収納した。

 やはり、何もない。


「師匠?」

「……実験に行くぞ」


 さすがの師匠も声が緊張している。

 無理もない。師匠は500年もこの研究をしたいのだから。その胸中は僕なんかには想像もつかない。わかったつもりになるだけで不敬な気さえするほどだ。

 僕も自分で浮足立っているのがわかる。

 単純に未知へ踏み出した好奇心と、師匠の悲願が達成するかもしれない喜びが混ざって興奮していた。


 日が落ちるのは早くなってきていた。

 おかげで夕日に沈む訓練場に人影はない。

 師匠はバインダー開き、愛用の白木の杖を当てる。


 おそらく今回合成させようとしたのは属性魔法と召喚魔法。

 属性魔法は『火・豪煉』という周囲に炎の鎧を構成する魔法。

 召喚魔法は『命名:晶狼』というクリスタル製の狼を呼び出す魔法。

 完成イメージは炎を纏った水晶の狼だろうか。


「いけ、『烈火狼』」


 宙を滑るように落ちた魔造紙を師匠が打つ。

 空中で魔造紙が縫い止められたように静止し、そこから大きな魔法陣が展開する。赤い魔力光が五芒星を描きだした。

 ここまで『命名:晶狼』と同じ流れだ。普通はこの後、五芒星から水晶の狼が出てくる。

 しかし、魔法陣から吹き出したのは赤い炎の柱だった。 

 師匠が大きく後ろに下がってきて僕の前で杖を構える。失敗した場合、何が起きるかわからないのだ。術式暴走以上の災厄が起きる可能性も師匠は考えているようだ。

 いつも以上に真剣な顔つきに僕も気を引き締めなおす。


 その警戒も杞憂に終わった。

 膨れ上がった炎がすぐに治まっていき、その中から照り返しの煌めきに輝く美しい獣が姿を現した。紅蓮の炎が獣の周囲で燃え盛っている。


「師匠!」

「あほう。慌てんな。チビ」


 拳骨は落ちてこなかった。

 僕というよりも自分自身に言い聞かせている雰囲気に僕はゆっくり息を吐き出す。

 そうだった。まだ、実験は終わっていない。

 師匠は一歩だけ前に出て炎の狼と向き合う。


「伏せろ」


 師匠の命令に従って炎の獣が伏せの姿勢を取る。砂が焼ける臭いが漂った。

 続けて師匠がいくつもの命令を出していっても狼は忠実に従う。

 最後に魔法の終了を告げると火の粉と共に狼は空気へ溶け込むように姿を消して行った。


 制御にも問題なし。

 効果も1+1=1ではなく、2以上になっている。

 これなら文句のつけようがないだろう。


 師匠は散っていく炎で香木に火をつけると、それを大きく吸い込んで、長い時間をかけて吐き出した。

 そして、宣言する。


「成功だ」

「師匠!」


 思わず飛びついてしまった。

 普段なら乱暴に振り払われそうなものだけど、今日ばかりは師匠も口の端で笑みを浮かべて僕の頭を撫でつけてくる。

 慣れない乱暴な手つきが師匠らしくて嬉しかった。


「すぐに発表しましょうよ!」

「あほう。検証も再現も終わってねえのにはしゃぎすぎだ」


 あほうの言葉と一緒に拳骨が来ないのは師匠も見た目ほど冷静じゃないからだろうか。この人は自分ができていないことを叱ったりしないから。

 師匠はぶつぶつとこれからの予定を考えている。横で聞いているだけでも色々と大変そうだった。

 これから忙しくなるなあ。人手が足りないかもしれない。


「師匠、僕の友人にも手伝ってもらいましょうか?」

「はっ、チビの口から友達なんて言葉が出て来るとはな」


 師匠に『友達欲しい』とか愚痴った自分をフルぼっこにしてやりたい。

 皮肉な台詞とは裏腹に師匠も手が足りないとは考えたのだろう。


「そうだな。お前が絶対の信頼を置ける奴ならいいぞ」


 未発表の発見なのだから慎重になるのは当然か。

 それなら決まってる。リエナとルネに頼もう。

 クレアは色々と忙しいから難しいかな。


 明日からが楽しみだ。

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