表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/238

29 シズとリエナ

今回はちょっと普段とは違う感じ。

29


 師匠の実験はかなり危険だ。

 なにせ合成魔法なんて物を求めている以上、失敗=術式崩壊なので慎重にことを運ばないといけない。

 だから、注入する魔力は常に最低限。

 幸い専用に少量の魔力しか入らない筆が用意されているので調整でしくじることはない。

 例の空き地の中心に下書き済みの魔造紙が置かれ、僕はそれにインクで術式を筆記していく。見ているしかない師匠だけど必ず僕の横に並んで見てくる。

 最初はミスするなとプレッシャーでもかけてきているのかと思ったけど、後から気づいた。術式暴走から逃げる時に僕が遅れたら引っ掴んで退避するための配置だ。僕側の手はいつも空けている。

 或いは自分だけ最初から安全な場所にいることを良しとしていないのかもしれない。


 今日も師匠は定位置についた。

 僕は指示のままに筆を走らせる。

 作業の合間に考えるのは先程のこと。どうして師匠は拳骨を振るったのか。


「ダメか。逃げるぞ」

「はい」


 書き切った魔造紙が赤い光を放ち始めた。もう見慣れてきた術式暴走の兆候だ。

 雑木林の中まで退避したところで赤い柱が空に突き立った。

 最初の頃は毎日のように立ち昇る術式崩壊の不吉な光景に、色んな人が文句を言いに来たりもしたけど最近は完全に放置されていた。

 周辺の貴族から文句が来てたりもするのだろうか。

 その矢面に立たされる学長先生には申し訳ない。


「次、行くぞ」

「師匠。その前にいいですか?」

「俺はわかってる奴に安心をくれてやるほど甘くねえぞ」


 ぴしゃりと言い切られてしまった。

 けど、僕はわからないから立ち尽くしてしまう。

 師匠は肩越しに僕を見て大きく舌打ちした。


「これはまた根が深いと見えるな」

「なにを……」

「お前はわかってないんじゃねえ。わかってはいる。ただ足りないだけだ」


 師匠の言葉がわからない。

 香木の煙を吐き出しながら師匠は空を仰いだ。


「お前、あの猫とちゃんと向き合ってねえだろ」

「そんなことないですよ。毎日、会ってますし。話もします。故郷を含めても誰より、それこそ肉親以上にお互いのことを知っているぐらいですよ」

「途端に流暢で結構。まるで普段から用意してるみたいな文句だな」


 言葉が返せなかった。それは肯定を意味している。


「ちゃんと向き合え」

「向き合えって」

「誤魔化すなと言ってんだよ。それこそお互いを知り尽くしてるっていうならわかってるに決まってるだろう?」


 そんなこと、わからない。

 わかってしまったなら、答えを出さないといけない。

 自分のことなのにわからない。

 自分のことだからわからない。

 それはすごい怖い。

 目を向けていられないぐらい、怖い。


 俯いたところに拳骨をくらった。


「へたれんじゃねえよ。答えを急ぐな。普段はとろいくせしてこんな時ばかり性急とはな。難儀な生き方だよ、お前は」

「……答えを急ぐなって」

「慌てて用意した答えなんて誰も幸せにならんだろうが。確信がないならそれをそう言え。ただ誤魔化すな。それはどっちも幸せにならん」


 意外な意見だった。はっきりしろと怒られると思ったのに。


「師匠はリエナを応援しないんですか?」

「俺が味方するとすりゃあ弟子のお前だ」


 涙が零れかけた。

 師匠は嘘なんてつかない。

 厳しいけど、間違った時しか叱らない。

 この人は僕の師匠なんだ。


 師匠はまた舌打ちをすると空き地に背を向けた。


「チビ、その酷いつらがましになるまで研究室には来るな。今日も帰れ」

「はい」

「次も同じようなつらをしてたら許さんぞ。お前に書かせたい術式はいくらでもあるんだからな」

「はい」


 だから、しっかりして来いと背中を押してもらった僕は師匠の背中に頭を下げた。



 寮に戻りながら考える。

 師匠の言う通り、わかっている。わからないわけがない。

 僕が前世でどれだけ孤独で異性と付き合ったことのない非モテの鈍感野郎でも、リエナの気持ちに気づかないわけがない。

 いや、正直に言えば確信と言えるほどになったのは最近だ。

 小さい頃は本当に最初の友達、命の恩人、という要素で懐かれているのだと思っていた。

 でも、それだけで故郷を出て2人だけ学園までついてきてくれるだろうか。そんな疑問から少しずつ考えるようになった。

 リエナの言葉、仕草、反応。

 僕がいると嬉しそうで、寂しくなると近くにやってくる。

 僕が危険だと何も言わずに守ってくれて、僕が否定されると誰にでも怒る。

 他の人には見せない細やかな笑顔を見せてくれる。


 気づかないふりはもうできない。

 いや、本当は最初からしてはいけなかったんだ。

 それなのに、彼女はそれさえも許してくれてそばにいてくれた。


 リエナは僕に好意を抱いてくれている。


 それが本当にわからない。

 どうして僕なのか。

 僕なんかの何が良いというのか。

 きっと彼女は僕を誤解している。

 僕は大した人間ではない。

 元いじめられっこで。

 決意もすぐに揺らいで。

 寂しいくせに人と距離を取って。

 臆病で。卑屈で。チビで。リエナととても釣り合わない。

 調子に乗って付き合ってもすぐにメッキがはがれる。

 彼女に幻滅されたら僕はどうすればいい?

 今まで5年もずっと一緒にいたんだ。

 リエナがいない生活を想像できない。

 だから、気づかないようにしていた。気づけば進まないといけない。


 師匠の言う通り。

 わかっていたんだ。

 じゃあ、何が足りないのだろう。

 それがあればこの悩みはなくなるの?


「……でも、向き合わないとダメなんだよな」


 僕は暗くなり始めた空を見上げて寮へ戻った。



 夜半過ぎ。

 忍び足で歩く。

 廊下を抜け、4階と5階を過ぎて、屋上への扉を開ける。

 満月の明かりが夜の屋上を照らしてくれていた。


「リエナはここが好きだね」

「シズは?」

「うーん。高いところはあまり得意じゃないかも」


 高所恐怖症というほどではないけど高所から見下ろす景色は理由もなく心を揺さぶるものがある。

 リエナは石造りの縁に腰掛けてしっぽを揺らしていた。

 表情はわからない。

 僕はその後ろにそっと近寄った。まるで突き落そうとする犯罪者みたいだと場違いなことを考えて嫌になる。向き合おうと決めてもすぐに話をそらそうとする。

 大きく息を吸って、吐く。


「リエナ、話があるんだ」

「シズ、わたしはシズが好き」


 ボクシングで最初に拳を合わせようとしたところにクロスカウンターを決められたらこんな気分になるんだろうか?

 こちらの動揺に気づくこともなくリエナは続ける。


「昔は変な人だって思った」


 変って、まあ自覚はあるけど。


「でも、裏山にシズが助けに来てくれた時、思った。この人と一緒にいたいって」

「どうしてそうなるかな。助けられたのなんてほとんど偶然だよ?」

「そっちはどうでもいい」


 いいんだ。まあ、助けてもらった分以上にこっちも助けてもらってるんだから僕も気にならない。


「わたしが甲殻竜の上で寝てる時、シズは怖がってた」


 え、ええ?あれ、起きてたの?


「強がっていたのばれてたんだ。うわあ。恥ずかしい」

「恥ずかしくない。怖かったのに、シズは来てくれた。それがわたしは本当に嬉しかった」


 ようやく振り返ったリエナの視線はまっすぐで目を背けられなかった。

 その大切な思い出を否定することは僕自身でも許さないという意思を感じてしまった。


「シズはシズが思ってるよりすごい。わたしはそんなシズが好き」

「僕はリエナが思っているほどすごくない」


 不満そうにしっぽを揺らすリエナにはっきり告げる。

 ああ。心臓がうるさい。ちょっと止まっててくれよ。


「僕はリエナを大切だと思ってる。でも、それが好きだから大切なのか。責任があるから大切なのかわからないんだ」

「……責任?」

「僕がいなかったらリエナはここに来ていなかった。魔法にも学園にも貴族とかにも関わることなんてなくて、きっとラクヒエ村で平和に生きられた」


 それを歪めたのは僕だ。

 僕の魔法を使いたいなんて幼稚な願いが回りまわってリエナを巻き込んでいる。

 なら、その責任を取らないといけない。

 それは偽りない本音だった。


 リエナは静かに立ち上がり、そっと僕の頭に手をまわして、その顔を肩に埋める。


 そして、噛みついた。


「いだあああ!」


 甘噛みじゃない!マジ噛み!犬歯、刺さってる!皮膚どころか肉に刺さってる。血も出てるって!痛い痛い痛い!切るとか叩くとかと根本的に違う痛みだよ!

 前世から含めても初めての感覚にもう声も出なくなる。


 けど、痛みとは違う冷たい刺激に気づいて、その衝撃に痛みを忘れた。


「リエナ……泣いてる?」


 リエナは何も言わなかった。ただ噛むのをやめてポロリポロリと涙をこぼしている。

 彼女が泣くのを見たのは初めてだった。その事実は僕を想像以上に動揺させた。僕はリエナが泣いたりするところを想像したこともなかった。

 どれぐらいそうしていたか。

 涙の感触がなくなって、ようやく僕は声を掛けられた。


「リエナ……」

「そんなこともう2度と言わないで。わたしはわたし。シズにだってわたしの気持ちは決められたくない」


 ずしんと胸の奥を突かれた気分だ。

 そうか。責任なんて言葉で勝手に人の気持ちを決めつけるなんてどうかしていた。

 確かにリエナの人生に僕は多大な影響を与えている。でも、そんなの誰だって同じだ。

 責任なんて持ち出したら誰も何もできなくなる。


「……そうだね。ごめん。僕が悪かった」

「許す。でも、今回だけ」

「うん。もう言わない。許してくれてありがとう」


 リエナが肩の噛み跡を舐めてきた。いや、止血のつもりかもしれないけど。

 顔が赤くなってくる。少し強引にリエナを離した。


「リエナ。情けないのは自覚してるけど、もう少し待っててほしい」

「待つ?」

「僕のリエナへの気持ちが幼馴染へのものなのか、異性へのものなのか。わからない」


 情けない限りの発言だと自分でも思う。

 前世の経験がなにも活かせない。いくら思春期をいじめで塗り潰されていてもこれは酷い。

 表面上の付き合いだけで社会人を気取っていた自分を絞め殺してやりたくなる。

 でも、自分のことだ。自分で解決するしかない。

 そして、現時点でリエナに言える言葉はこれぐらいしかなかった。

 はっきりしないままとりあえずで付き合うようなことだけはしたくないから。

 リエナが待てないというなら受け入れる。それぐらいの覚悟は当然だ。


「ちゃんと、考える?」

「約束する」

「破ったら、やだ」

「もちろん」

「もっと噛む」


 リエナの狩猟本能が目覚めたんじゃないよね?

 了解と頭をひとつ撫でて僕たちは小さく笑った。


「じゃあ、待つ」

「ありがとう」


 5年もかけてようやく僕はリエナとの関係を真剣に考える覚悟ができた。

まだそれかよ、と。

さっさとくっつけよ、と。

思う気持ちはよくわかりますが、シズ君のヘタレ具合から行くとこれでも偉大な1歩です。

思考放棄の膠着状態からようやく抜け出せました。


それにしてもこういう話は苦手です。

好きとか嫌いとかの感情を理屈で考えようとするシズ君のせいでまどろっこしい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ