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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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33/238

28 関係

 28


「誰だ、こいつ」

「誰、この人」


 研究室の中央でリエナと師匠が対峙している。

 リエナは耳としっぽが不機嫌そうに揺れていて、師匠もいつも以上に鋭い目で睨み返している。


 え?なんでこの2人ケンカ腰なの?

 ともあれ、紹介しないことには始まらない。

 軽く火花が散っている間に立った。


「師匠、彼女は同郷の幼馴染でリエナです。リエナ、この人が僕の師匠のレグルスさん」

『………』


 なんで無言なの!?

 挨拶ぐらいしようよ!


 睨み合いがどれだけ続いたのか。そろそろ僕の胃に深刻なダメージが入りそうな気がしてきたところでリエナが僕の後ろに隠れてきた。

 師匠が香木の煙を吐き出して告げる。


「来るのは自由だが指示されたら従え」


 リエナは黙って頷いた。

 なんか野生の獣の縄張り争いみたいだな。


 僕はリエナを背中に張り付けたまま今日も複写作業に移る。

 既に弟子入りから2ヶ月。複写の作業もずいぶんと進んで、そろそろ師匠の所有する魔造紙はコンプリートだ。

 恐ろしいことに師匠はかなりの数の魔造紙を所有していた。

 属性魔法は全属性を網羅しているし、回復魔法も付与魔法も法則魔法も有名どころは確実に押さえている。

 召喚魔法は1枚だけ見せてもらったけど、あれは術式とは思えない代物だった。なんというか召喚魔法の習得を目指す人は大変だろうと同情してしまうような感じ。


 ひと通りの魔造紙を見せてもらったけど、始祖たちの性格の違いというか価値観の違いというか、そういうものが感じられる内容だった。

 属性魔法や付与魔法はかなり几帳面というか法則性を感じる術式。ある程度、基本の型に内容ごとの違いが出てくるようになっていた。

 回復魔法は術式というより詩か歌のような文言で、物語性は見えてくるけどとても術式らしい体裁ではなかった。

 法則魔法は術式よりも魔法陣が重視されている印象だった。術式と魔法陣の立場が逆転しているような。

 召喚魔法に至っては術式どころか前衛的な絵画にしか見えなかった。完全に理論ではなく直観の世界で生きている。

 こんな魔法を合成しようと考える師匠の発想はすごいなと感心してしまった。


 それだけではない。師匠の何がすごいかと言えば人脈だろう。どこかからか魔造紙を調達してくる。おかげで師匠のバインダーの50枚が終った後はそれらを見せてもらい、多くの魔法を模写できた。

 さすがに1度書いただけで覚えたりはできない。

 この中から厳選してバインダーに何を保持するか。自身で書けるようにするか決めていく必要がある。

 ちなみに20倍バージョンは試していない。

 師匠と相談した結果、製作するだけなら問題ないだろうけど、試す場所がないという結論だ。下手な場所で使えば災害クラスの破壊を起こす可能性が否定できない。

 師匠個人は興味深そうにしていたけど、その後の展開の面倒さを嫌って自重してくれた。でも、機会さえあれば試そうとするんだろうなあ。今は自重しよう。

 微妙なバランスの上に成り立っている平穏が崩れるのは勘弁してほしい。


 クレアとの和解で状況は少し落ち着いた。

 まずクラスでクレアの友人とは軽く話ができるようになった。今までは挨拶しても無視されていたので大きな進歩だ。

 リエナはクレアの積極的なアタックにタジタジになっている。悪意がないのはわかるのかどう対応していいのかわからないようだ。思い返してみればリエナは村では特訓ばかり。僕以外の友人はルネぐらいだ。同性の友達は初めてかもしれない。

 あとルネは男の子だからね?異性だよ?

 今日、リエナが僕について師匠の研究室に来たのもその影響だった。リエナは困ると1時撤退をするのだけど、クレアはそれについて来ようとする。結果、段々と逃げ場を失っていき今日はここになったという話だ。


 あの時、謝罪を人目のあるところでしたのは下心があった。

 僕とクレアが友好的な関係にあるとアピールしたかった。その意図はクレアにも通じている。さすがは貴族の娘だと思う。

 おかげで他の派閥が手を出しづらくなった。下手につついてルミナス家が出てくると大変だからね。


 おかげでこうして師匠の下、今日も模写に精を出せる。


「そういえば師匠はこの学園にどれぐらいいるんですか?」


 作業を終えて、師匠の実験の手伝い前に休憩する運びとなり、僕は肩の凝りをほぐしながら聞いてみた。

 リエナはぴったり後ろをついてくる。まるでRPGのパーティーみたいだ。師匠のタンスやツボを漁っても今なら許されるかもしれない。おしゃれなパンツとか出てきたらどうしよう。

 ダメですね。普通に鉄拳制裁ですね。


「なんだ、急に」

「いえ、師匠のことをあまり知らないな、と」


 聞いてみて本当に何も知らないことに気付く。


 名前はレグルス。

 600歳以上の樹妖精。

 学園で合成魔法を研究する異端の教師。


 それぐらいだ。

 師匠は皮肉に笑って香木をくわえる。


「人に興味を持てと言ったのは俺か。じゃあ、答えるしかねえな。俺が学園に来たのは500年前だ」


 500年って。人生のほとんどをこの学園で過ごしているってこと?

 予想外の答えに瞬きしていると師匠は肩をすくめた。


「意外か?」

「はい。もっと最近のことだと思っていました」


 でも、それなら広い人脈もわかる。師匠以上にこの学園に関わっている人はいないのだから。

 あれ?500年って確か。


「もしかして学園の創設からですか?」

「そうだ。そもそも俺が学園に来たのは初代学長がいたからだ」


 初代学長とか知ってるんだ。完全に歴史上の人物じゃん。

 師匠は遠くを見るように視線を天井に送った。


「あの人には大きな借りがあってな。恩を返すつもりが逆に世話になっちまった。結局、あの人が生きてる間には何も返せなかったよ」


 師匠がこんな話をするなんて思いもしなかった。

 自然、興味が湧いた。


「初代学長はどんな人だったんですか?」

「とぼけたおっさんだったぞ。ひょろいくせして貴族を手玉に取ったり、腕っぷしはからっきしのくせして魔法の腕前は抜群。後はまあ、平和なことばかり言ってたっけな」


 貴賤を問わない。魔力の赤は血のように誰もが同じだから。

 学を問わない。それを学ぶための学園なのだから。

 才を問わない。才とは有無ではなく磨くものだから。


 学園に残された初代学長の言葉を師匠は諳んじた。

 正直、聞く限り師匠と話の合う人には聞こえないのだけど、彼の話をする師匠はどこか楽しそうだ。いい思い出なのだろう。


「どんな縁だったんです?」

「復讐を手伝ってもらったのが縁だな」


 いきなり物騒な単語が飛び出してきた。さすがは師匠。


「復讐って、それはまた穏やかじゃないですね」

「当たり前だ。穏やかな復讐なんてあってたまるか」


 窓辺に立てかけた白木の杖を手に取りながら師匠はあっさりと言い切る。

 ずいぶんと踏み込んでいる気がする。これ以上、師匠の過去に立ち入っていいのか、迷いはしたけど僕は前に出た。

 ダメならダメだという人だ。そこで無理に追及しなければ大丈夫だ。


「なにがあったんですか?」


 師匠は数秒の沈黙を挟んだ。

 リエナが僕の腕にしっぽを絡ませてくる。ああ。怯えてる。今のほんの少しの間、師匠から尋常ではない殺意が噴き出ていた。

 聞いたのを後悔した。それでも口に出した以上、ちゃんと受け止めなければならない。


「……性根が腐ってるわりに根性だけはあるな。チビ」


 そう口にした時にはいつもの師匠の雰囲気に戻っていた。

 あー、怖かった。

 立っていたなら床に尻餅をついていた自信があるね。


「それとも今日は恋人の前で意地でも張ったか?」

「師匠までからかわないで下さい。リエナは幼馴染ですよ」


 瞬間、いくつものことが起きた。


 師匠が瞬間移動じみた歩法で僕まで距離を詰め、拳骨を振り下ろした。

 リエナが拳骨を防ごうと前に出た。

 リエナが拳骨を受け止めた一秒後、腕を取られたと思ったら手品みたいに宙を舞った。

 障害物を排除した師匠が改めて僕に拳骨を落とした。

 僕は何もできないまま拳骨をくらった。


 この間、3秒。


 なんで日常から一瞬でバイオレンスに入るんだよ!しかも達人級の!

 今までよりも若干強めの拳に涙がジワリと滲んでくる。


「あー。今のでわかった。おい、猫。お前はこいつのなんだ?」


 足から着地したリエナが師匠の一瞥にも臆さず答える。


「わたしはシズを守る」


 猫って師匠。適確だけど。

 それとリエナさん、答えになってませんよ。

 それでも師匠には通じたのか。向こうに拳骨は落ちなかった。


「お前はこいつの母親か?」

「……」

「大方、『雷帝』の真似でもしてんだろ。歳にしてはまあまあの戦い方も『雷帝』に習ったんだろうしな。違うか?」


 よくわかるものだ。

 リエナは何も言い返さない。

 師匠はいつもより真剣な目でリエナを見る。


「お前はこいつのなんになりたい」

「……」

「間違えんじゃねえ。わかったなら猫はもう帰れ」


 ぞんざいに手を振って部屋からリエナを追いだしてしまった。

 リエナも逆らわずに退室してしまう。落ち込んでいたので心配だ。


「次、チビ。お前はついて来い。実験に行くぞ」


 振り返ることなく師匠が研究室を出ていく。

 まったく話についていけない。

 でも、師匠が何も言わずに拳骨をしたことは今までなかった。

 だから、ついていく。

シズ君のダメなところにはことごとく師匠が拳骨を落としていってくれます。

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