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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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27 和解

 27


「ええ!?知らなかったの!?」


 ルネに本気で驚かれた。

 うう。一般常識レベルだったとは。師匠が呆れるのも頷ける。

 寮にいたルネに学園における貴族の関係について尋ねたところ、帰ってきた反応がこれだった。

 ああ、ルネさん。そんな心配そうな上目使いとかやめてくださいね?心臓がドキドキしちゃうから。なに、その鎖骨。フェロモン出てるの?なんか、甘そうなんだけど。舐めてもいい?いえ、冗談です。本気で受け止めないでください。


「ごめん。シズはいつも堂々としてたからそういう噂と人間関係は気にならないんだって思い込んでた。そうだよね。貴族の権力抗争なんて知らないのが普通だよ。ボクの注意不足だ。そのせいでシズに嫌な思いをさせちゃった。本当に、ごめん」


 いやいやいや!ここはルネが謝る必要皆無だから!

 我がことのように心を痛めてくれるのは嬉しいような申し訳ないような気持ちだけど、師匠の言う通り悪いのは僕なのは間違いない。


「じゃあ、簡単に説明するよ。魔法学園、というか王都では大きく3つの派閥があると思って」


1、国王の忠臣で、騎士団を指揮する大貴族ガンドール家。

2、上昇志向の強い、軍を指揮する大貴族ケンドレット家。

3、誇り高い貴族の良心とも呼ばれる中立派、大貴族ルミナス家。


 え?ルミナス家が中立?


「じゃあ、クレアさんって……」

「中堅や弱小の貴族を権力抗争から庇護してくれる人だよ。他の2家が表だって動けないのはクレアさんの存在が大きいね」


 死にたい。

 クレア、いい人だったんじゃん!

 誰だよ、力を誇示したい貴族だなんて決めつけたの!

 勝手に言葉の裏を作り上げて疑ってかかったりするからこんなことになるんだ!


 はい。ぜんぶ僕です。本当に、本当に申し訳ありませんでした!


 じゃあ、初日の人たちは他の2家の奴らだったの?

 なんで、絡んできたんだよ。いや、これもルネに相談しよう。


「そんなことあったの!?」

「うん」

「ひどいよ。シズは何もしてないのに。脅したり暴力を振るったり。大丈夫なの?お腹痛くない?」


 いや、もう1ヶ月以上前のことだから!

 だいぶルネが混乱している。大丈夫だからとお腹もなんともないと見せて安心させた。


「それで、どういう意図かわかる?」

「うーん。もしかしたら、シズのおじいさんが関係してるかも?」


 ここで『風神』のセズですか!?


「うん。シズは知らないみたいだけど、『風神』のセズと言ったら近年最大の英雄だよ。もう40年以上前の話なんだけど、騎士団と軍の合同演習で魔の森で魔物狩りをしたんだって」


 魔の森というのは王都から馬車で西に10日ほどの位置にある広大な森だ。

 1000年前、まだ始祖が現れるよりも前の時代。アルトリーア大陸における魔物たちの拠点だったらしく、かなりの数の魔物が生息している危険地帯として知られている。


「そこで想定以上の魔物の大群に襲われて撤退戦になった時、『風神』のセズが単騎で殿を務めて、数日にも及ぶ追撃を防ぎきって反撃までしたんだって。おかげで騎士団も軍もほとんど損耗がなかったから、そのまま陣容を整えて魔物を森の奥地に押し返せた、ていう話なんだ」


 うおおお。おじいちゃん。そんな凄い人だったんだ。


「それで平民の出身では異例の抜擢で準騎士になれたみたいなんだけど……」


 言葉を濁すルネの続きは想像がつく。

 そういう平民を貴族は気に入らない。おじいちゃんは怪我で引退したなんて言ってたけど、その裏には貴族の暗躍が透けてみえる。

 恩を仇で返すとかありえん。

 でも、学長先生みたいに感謝している人もいるんだよな。


「だから、1部の貴族はまだ『風神』セズの報復を恐れているんだ」

「……ちなみに、うちのお母さんの話も知ってる?」

「確か、セズのひとり娘で辺境最強の魔法士だっけ?ほとんど故郷から出ない人だから噂ばかりなんだけど……」


 以前、老兵さんたちの物騒な呼び名は聞いた。


「魔王を単独撃破したって」


 ……おい。

 魔王ってあれだぞ?魔物が100年以上戦い続けて、種族の限界を突破して独自進化した超巨大魔獣だぞ?討伐するのに1軍が全滅覚悟するって怪獣だよ?本で読んだけど王都の城壁の高さぐらいあるんだよ?

 それを単独撃破って。

 ああ。だから『魔王殺し』なんだ。わかりやすくていいね!


 そんな人が肉親なら警戒するのも当然じゃないか。

 これも知ろうとしなかったせいだ。知るのが怖いなんてビビっていたせいでとんでもない回り道をしていた。


「それで脅されたのかな?」

「うーん。かもしれないけど、絶対とは言えない、かも?」


 ルネも自信なさそうだ。


「それ、知ってる」


 窓からリエナが飛び込んできた。

 ちょ、ここ3階!というかどうして聞いてた!?


「下を通りかかったら知ってる話が聞こえたから」


 耳いいからねえ。

 色々と思うことはあるけど今は流しておく。リエナが知ってる?


「嫌な笑い方する教師が命令してて、けど、あの人たちが先走った?みたいで、見捨てられて、傭兵っぽい人と一緒にシズを襲うみたいだった」

「なに、その物騒すぎる情報!」

「大丈夫。倒した」

「……あ、処理済みですか。ありがとうございます」


 ああ。そういえば初めて寮に入った時、リエナが僕のベッドで寝ていたことがあった。あれってその襲撃と関係あったのかな?

 ともあれ、まず僕がするべきことは決まってる。

 僕は居住まいを正してリエナに頭を下げた。


「リエナ。危ないところを助けてくれてありがとう」

「ん。当然」


 耳としっぽを立てて誇らしげだった。

 けど、言いたいことはそれだけじゃないんだ。


「でも、次からそういうことは僕にも教えて。間に合わないときは後からでもいいから」

「……うん。わかった」


 知らないまま守られていたくせにどの口でいうのかと自分でも思う。

 危ないことはやめてほしい気持ちもある。

 だけど、きっとリエナは言ってもやめない。

 なら、せめて手の届くところにいてほしい。

 何も知らないところで全てが終わってしまうのは嫌だった。


「ところで、ルネの家ってガンドールとかケンドレットと関係あったりする?」


 ルネに対して配慮のない質問だけど必要なことだ。

 師匠は学園の立場と絡めて『灰のエルサス』の名前を出したんだ。学園の抗争に少なからず関わっているとみるべきだろう。

 ルネはいつもの柔らかな笑顔で頷いた。


「うん。うちが没落したのはケンドレット家に負けたからだってお爺様が言ってたよ」


 笑顔で言うことじゃないと思うんだけど。もう拘りがないということなのかな?

 とにかく、僕とルネの関係を邪推しているのはケンドレットか。いや、敵対しているガンドールも手駒として利用できると考えるかもしれない。やはり、どちらも油断ならないな。

 ルネの様子を見るにケンドレット家に対する遺恨はなさそうなのに。それがわかるなら戦争なんて起きないか。ままならない。


 それにしても、これ本当に混沌としてるんだけど。

 把握してみればどれだけ自分が危険な場所にいたのかと背筋が冷たくなる。

 正直、厄介者以外の何物でもない。そりゃあ『災厄』とか呼ばれるよ。

 寧ろ、リエナが撃退したような暗殺者とかがもっと来ていてもおかしくないんじゃないの?そこはおじいちゃんとお母さんの勇名でカバーされているのかもしれない。

 2人ともありがとうございます。


「リエナ。その、襲撃とかって他にもあったりしないよね?」

「わたしは知らない」


 だけど、今後もないとは限らない。

 それなら、まずは正すべきところを正していかないと。

 いや、それだけが目的じゃないけど。



「クレアさん、すいませんでした!」


 90度の角度で頭を下げた。

 朝の校舎の入口。

 衆目の中で謝罪する。うう。注目されてるなあ。

 頭を下げられたクレアさんもかなり驚いている。

 そうだよねえ。基礎魔法の1件からお互いに距離を置いてたからびっくりして当然だ。


「シズ?わたくし話が見えないのですけど……」

「正直に申し上げます。僕はクレアさんのことを誤解していました」


 もう包み隠さずに話してしまう。

 全てを聞き終えたクレアの反応はあっさりしていた。


「お話を聞いて色々と納得できましたわ」

「本当にすいませんでした!」

「シズ、もう顔を上げてください。間違えるのは仕方がありませんわ。それを正せればいいのです。シズはこうしてわたくしに謝罪してくださいました。わたくしはそれを受け入れますわ」


 クレアさん、器でけえ。

 どうしてこんな人を誤解してたんだよ。

 軽く感動を覚えながら顔を上げると、今度はクレアが僕に頭を下げてきた。


「こちらにも誤解されるような言動がありましたわ。気遣いが足らずすいません」

「そんなことは!」

「ありますわ。わたくしの友人方が勝負をよく申し込んでいた件が誤解の温床になっていたのでしょう?」


 それは、そうだ。

 平民を調子に乗せないための一手だと思った。


「あれにも理由はありますのよ。わたくしのルミネス家はともかく、友人方は貴族といえど男爵や子爵。わたくしが力を示さなければ大貴族に利用される可能性があるのです」


 そのために僕と上下関係をはっきりさせたかったのか。大貴族に対抗しなくてはいけない中で、すぐ隣に不発弾じみた僕がいるのは危険だから。


「なので、わたくしにはシズに謝罪する必要があります」

「わかりました。その謝罪を受け入れます」

「ありがとうございますわ」


 クレアがにこりと笑って僕たちの和解は成立した。


「でも、わたくし負けたままなのは嫌ですの。いずれあなたの魔法に勝ってみせますわ」

「いや、僕の魔法って完全に反則ですから」

「そうでしたの?」

「魔力に任せた力技ですから」

「あら。興味深いですわ。よろしければ教えていただけません?」


 いや、いいのかなあ?

 今の魔法がおかしくなったりしたら大変だよ?

 でも、他の人ならともかくクレアなら練習次第で魔力の凝縮とかできそうな気もする。


「では、今度教えます」

「楽しみにしていますわ。あ、それと」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに頬を赤くしてクレアは僕に耳打ちしてくる。


「リエナとお友達になってもいいかしら?」


 どうやら貴族の立場に縛られない友人に憧れているらしい。

 あれも『気に入ったから奪って部下にしてやる』なんて曲解したんだよなあ。

 クレアは彼女との時間を奪われたくない男の嫉妬心からの敵対と受け止めていたそうだ。

 そりゃあ、笑われもするよ。ああ。恥ずかしい。これ絶対、耳が赤くなってる。


「リエナは難しい子ですよ?」

「あら。ますます楽しみですわ」


 クレアさん。まじかっけえ。

 幼馴染としてもリエナに友人が増えるのは大歓迎だ。

 クレアには頑張ってもらいたい。

今までルネにさえ相談していなかったというシズの個人主義。

誰でも彼でも信じるのは愚かだけど、誰でも彼でも疑うのも同じことなのです。

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