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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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25 レグルス

 25


「魔法ってなんだと思う?」


 有無を言わさず研究棟に連れてこられた。

レグルスは自分の研究室に入るなりバインダーを適当に机へ放り出し、杖を丁寧に窓辺に立て掛けると、ひとつしかない椅子に座ってしまう。

僕は入口の近くに立ちっぱなしだ。お茶とか出ないんですか?というか研究室なのに他の弟子はいないの?

 それにしても汚い部屋だなあ。床中に本や紙が散乱している。机の上なんて零れたインクの跡ばかりだった。装飾品の類は一切なく、実用一点張りなのはなんとなく納得してしまう。そんな中でやたら観葉植物が多いのが気になった。

 と、睨んでるよ、怖いなあ。えっと、魔法は何かだっけ?


「魔造紙に魔力を入れて色んなことを起こす技術、ですよね?」

「ちげえよ」


 えー。いきなり全否定ですか。


「そりゃあ模造魔法のことだ。本来の魔法っつうのはなんだって聞いてるんだ」


 本来の魔法?

 それは始祖の魔法ということだろうか?


「……魔力を魔造紙で色々と操作する技術?」

「ギリギリ及第点だ。いいか。本来の魔法は魔力を操作する技術だ。魔造紙なんてないならないでいいんだ」


 ちょ、現代魔法を全否定ですからね、それ!

 とても納得できない話なので不満が表情に出てしまった。レグルスは皮肉気な笑みを浮かべて持論を続ける。


「魔法現象の元となるのは魔力。それはいいな?」

「そうですね」

「なら、魔造紙は何のために必要になる」


 ぐう。いちいち答えさせる人だな。

 とはいえ待っていても答えを教えてくれるタイプには見えない。考えてみよう。

 魔力はあの赤い輝きだ。あれが力場になったり雷になったりしているんだから、その間にあるのは……、


「変換式?」

「ほう。あほうだがバカじゃないようだな。変換式、か。しっくりくる言葉だ」


 皮肉しか言えないのか、この人は。

 それでも少しだけ機嫌がよくなったのか前に身を乗り出してくる。


「そう。魔造紙は変換式。魔力を様々な現象に変換させるためのものだ。というか誰だって答えを言ってるだろ。魔造紙の『術式』とな」

「ああ。まあ、確かに」

「原書はその変換式の完全解答。最も効率のいい形だ。俺はそう考えている」


 効率。へえ、なるほど。

 もっとも正しい変換式の原書なら100の魔力で100の威力の魔法を出せる、

 対して不完全な模造魔法の魔造紙では100の魔力を使っても50の魔法にしかならないってことだよね。

 意外だ。ちゃんと納得できる。


「……こっから先はまあ、邪推かもしれんが、俺はそもそも始祖にとって魔法書なんざ必要なかったんじゃないかと考えている」


 って、感心した傍から暴論キター。

 まあ、これは本人も自覚があるのか断言はしないようだ。


「単に変換式を考案した連中が魔法書なんて使う必要あるのかって思っただけだ。こんな窮屈な形、まるで先達が後続を導くみたいな手引書、いるのか?形に残さにゃならん理由がわからん」


 おいおい。原書を手引書って。

 世界中の魔法使いを敵に回しかねないこと言ったよ。


「過激ですね」

「人間が悠長なんだよ。たかだか5・60年しか生きられないくせしてよ」


 あれ?


「人間?」

「あ?ああ、俺は妖精だ。樹妖精」


 初めての妖精はやさぐれていました。

 えー。イメージと違う。エルフみたいなの想像してたんだけど。


「ちなみに、おいくつで?」

「あー、大体600ぐらいじゃねえかな?」


 そりゃあ5年、10年が端数にもなるよ。

 スケールがでかい。600って長生きにもほどがあるだろ。

 ああ。言われてみれば耳がとがってる。エルフ耳だ。


「あー。はい。それで人間が悠長ってお話でしたっけ?」

「そう、それだ。原書を目指してチマチマと同じところをグルグル回りやがって。寿命が短いんだから生き急げって話だよ。原書、原書とありがたがってばかり。狭い世界で閉じこもりやがって。もっと先に、上に、前に行くって気概がねえ。それが人間の最大の武器だっていうのにな」


 原書より先を目指す?

 またとんでもないことを言い始めたぞ、この人。

 こんなことを言うからにはレグルスの研究テーマはそういう類なのだろう。


「レグルスさんはどんな研究を?」

「合成魔法だ」


 メ〇ローアですか!?


 おっと。基礎魔法の時の印象が残っていた。戻れ戻れ。色んなアニメやゲームで出てきた胸アツワードだけど自重しろ。


「術式が変換式ならそれをうまく組み合わせれば新しい魔法ができるんじゃないか。そういうことだよ」


 これはさすがに暴論だね。

 ああ。でも色々とわかってきた。この研究室にレグルスしかいないのも。あの空き地で何があったのかも。


「その結果が術式崩壊ですか?」

「そういうことだ」


 うん。術式崩壊だって起きるよ。火と水の術式を混ぜれば無のエネルギーが生まれる?そう都合よくはいかない。少なくともこの世界では術式が混線するだけだ。そんなところに魔力を通せば暴発するに決まっている。


「成功例はないんですね」

「あったら今頃、俺は第7の始祖だろうな」


 平然としているなあ。


「そもそも術式が変換式っていうのが正しいのかもわからないのに、そんな研究しているんですか?」

「いや、そっちは最近、解決した。術式は変換式だ」


 そんな学説が証明されていたの!?初耳なんですけど!

 教師にしか伝わっていないのだろうか?


「なに惚けた顔してんだ。お前だよ、チビ。お前が証明したんだ」

「はい?僕?」

「基礎魔法で大破壊起こしたんだろ?」


 訓練場の方を顎で指された。心当たりがありすぎる。

 もしかしなくても20倍『力・烈砲』のことですね。


「その時と同じ魔造紙はあるのか?」

「はい。これですけど」

「ふん。きったねえ字だな。これ、エレメンタルを真似たつもりなのか?円も歪んでるし、そもそも全体が左隅に偏りすぎだ」


 渡した魔造紙を一瞥するなり批評が始まった。

 的確すぎる指摘にぐうの音も出ない。


「だが、努力の跡は見えるな。下手だが。馬鹿げた魔力量になるまで筆記訓練をしたんだ、上達は微々たるものでも根気だけは認められる」


 それ、褒めてます?褒めたふりして罵倒してない?

 複雑な心境で戸惑っているうちにレグルスはバインダーから魔造紙を1枚抜き取ってしまった。手癖悪いなあ。


「これ、使うぞ?」

「使うって……」

「いけ、『力・烈砲』」


 窓を開けるなり外に向かって魔法を繰り出した。

 慌てて手を翳して直視を避ける。窓の外から天空に向かって深紅の力場が突き上がった。とんでもない轟音に研究棟が騒然となる。

 騒ぎの中、レグルスは杖を手に獰猛な笑みを浮かべて満足そうだ。


「これはこれは。実物を前にすると笑いが止まらんな。見ろ。これこそが証明じゃないか。たとえ変換式が劣っていても魔力が莫大なら威力で勝る。なにが模造魔法を根幹から覆す存在だ。大層に『災厄』だなんぞ呼び回って現実を直視しないだけじゃないか」


 そういうことなの?

 いや、レグルスの自論が正しいとは限らないけど、その理論なら僕の魔法も説明はできるし、受け入れやすいのは事実なんだ。


「さて。話を最初に戻そうか」

「魔法とは何か、でしたっけ?」

「違う。もうひとつ前だ。チビ、お前は俺の弟子になれ」


 そういえばそういう話だったっけ。


「お前は俺の研究を手伝え。妖精の俺には魔力がないからな。今までは他の連中に研究成果を書かせていたが効率が悪いし、余計な金もかかる」


 妖精って魔力がないんだ。まあ、そこは人類のアドバンテージだもんね。

 よく今まで研究できてたなあ。


「お前には俺の所有する魔造紙を見せてやる。悪くない話だと思うが?」


 この何かと厄介そうな教師に弟子入りするのか。模写という新入生のステップをひとつ飛ばしてしまっている。それに確実にレグルスは学園の異端児だ。弟子になればそれに纏わる問題が出てきそうな気もする。


「折角の申し出ですが……」

「俺以外に魔造紙を見せてもらう宛てはあるのか?」


 言い切る前に潰されてしまった。

 レグルスの指摘通りだった。このままでは学園に来た意味がない。

 昼間は基礎魔法で十分なんて思っていたけど、他の魔法も覚えてみたいというのも偽らざる気持ちだった。


「……よろしく、お願いします」

「最初からそう言え。チビ」

「あの、チビじゃなくてシズなんですけど」

「今のお前はチビで十分だ。もっと成長してから言うんだな」


 取り合ってもらえない。

 確かに小さいけど!平均以下ですけど!


「まあ、色々と教えてやるよ。覚悟しとくんだな」


 うう。もう後悔し始めたんですけど……。


 数分後、先程の魔法で駆け付けた学長先生たちにレグルスが僕を弟子として受け持つと宣言し、辺りは騒然となるのだった。

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