2 長老
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シズの家は5人暮らし。
お父さんのロイドは狩人。
お母さんのテナは家事と実家の果樹園のお手伝い。
八つ上のお兄ちゃんのラグは狩人の見習いと家のお手伝い。
三つ上のお姉ちゃんのネネは家のお手伝い。
僕は子供だから何にもしてない。たまにお手伝いぐらいすることもあるけど。
7歳児の精神では問題なかったけど中年の意識では『穀潰し』という単語が思い浮かんでしまう。
働きもしないで食べるご飯はとてものどに詰まるものだった。
まあ、子供だからできることなんて高が知れているんだけどね。
様々な転生ものを思い返すに現代日本の知識を使えば色々と便利になるとは思う。
だけど、僕が勉強を離れて10年以上経過してるんだ。理科の実験とか覚えてないよ。
それに子供のやることだから説得力がないし。
うまくいったとしても大商人とか貴族とか王様とかに目をつけられたくないし。
丁寧語はともかく上流階級に通用するような敬語すらできない。接客なら余裕だけどね!
とにかく、僕は魔法を堪能したいだけだから。
現代知識は使わない。
正直、ご飯とかもっとおいしくしたいけど。
ないものねだりはしても仕方ないからね。
朝食を終えると最初にお父さんとお兄ちゃんが出かけていく。
狩人のお仕事だ。村の裏は大きな山脈になっていてそこで鹿や猪を狩るそうだ。中には狼や熊もいるので危険な生物が村に近づかないようにする役割も担っている。
準備をして二人は出発した。
それを見送ると女性陣は家事を始める。
僕は自由時間だ。日が沈むまでに帰れば大丈夫。やっぱり申し訳ないなあ。
ちなみにお昼ご飯はない。1日2食がこの村では普通。
今までの僕は年の近い子供に呼ばれてついていっていた。
騎士ごっこや魔法使いごっこが最近のブームらしい。
僕の役は魔王、ではなく。魔族、ではなく。魔物、ではなく。
木、だった。
木って!学芸会でもないのに木って!
おままごとで家族に入れないどころかペットにもなれないで冷蔵庫とかやるみたいなもんだよ!?人の姿で冷蔵庫を表現するなんてどんだけ演技派なんだよ!ガラス製の仮面でも被ってるの!?
せめて村人とかにしてくれ!や、演じるまでもなく村人なんだけど。
くそう。機会があったら木は木でも世界樹になって、威厳たっぷりな予言とかしてやる。
あ、これいじめではありません。
変な役を押しつけられる程度でいじめなんて認識できないなんて悲しい価値観じゃないよ?いじめっていうのは教科書が裏庭の汚れきった池に捨てられて拾ってる間に上履きがトイレに放り込まれてて洗ってる間に学生鞄にゴミが詰められてるとかだから、なんて思ってないんだからね!
閑話休題。落ち着け、僕。配役についてだ。
どうも僕の不器用さは演技にも適用されるらしく重要な役をやると話が進めなくなるレベルで失敗するからだ。
それなら放っておいてほしいところだけど子供の輪の中に入れないのではと大人たちが心配するので子供たちも誘ってくれるようだ。
ご迷惑かけて申し訳ない。
しかし、今日からは目的がある。木の演技は封印だ。
これからは魔法だよ。魔法。
村でちゃんと魔法を使えるのは一人だけ。長老。
村の子供たちに勉強を教えたり、村長の相談に乗ったりする知識人。
いつも村唯一の学校にいて、普通の子供なら3日に1度の勉強の日以外に会う機会はない。
だけど、幸いなことに今の長老はお母さん側のおじいちゃんだ。
かわいい孫の頼みなら聞いてくれるに違いない。
早速、学校に行こう。
「お母さん、おじいちゃんの所に行ってくるね」
「あら。おじいちゃんに?」
「うん。お話ししたいんだけど、ダメ?」
いきなりすぎたかな。
小首を傾げたお母さんだけどすぐに笑顔で頷いた。
「お仕事してたら邪魔しちゃダメよ?」
「はーい」
元気に挨拶して家を出る。
学校まで歩いて20分ぐらい。
はやる気持ちを我慢できずに小走りになってしまう。
息を切らせて走ること10分。僕は学校の前にいた。
木造の大きめの建物と小さな家。
大きい方が教室で家の方が長老の住まい、兼、資料室だ。
今日は学校がないから長老は家の方にいるだろう。出かけているなら誰かに呼ばれて相談を受けているはず。
その時は仕方ない。出直そう。今日の所は木になりきるのも仕方ない。
とにかく、まずは。
「おじいちゃーん」
家の前で呼びかける。
ノックして入るなんて文化はこの村にない。一声かけて勝手に入るのはいい方。昼間なら無断で入ってくる人も珍しくもない。
長閑な田舎なのだ。
村人の数は500人ほどらしいが、その全てが顔見知り。
「ほーい。ん、誰かと思えばシズかい。儂に会いに来てくれたのか。もう体の調子はいいのか?けど、急にどうした?今日は勉強の日じゃないぞ?」
のんびりした言葉と態度で出てきたのは齢60を超えた老人だった。
日本では還暦過ぎぐらいでもこちらでは十分年寄りの範疇といえる。
とはいえ、背中はピンと伸びており細い手足も衰えは感じない。
「おじいちゃん、お勉強教えて?」
「おう。急にどうした?そんなに勉強好きだったか?」
「うん。魔法が知りたい!」
おじいちゃんは魔法かあと頷きながらも諾としない。
まあ、そうだよね。子供が剣と魔法に憧れるのは当たり前。それに付き合って魔法をホイホイと教えていてはとんでもない事故を起こすかもしれない。
実際、学校で魔法について教えてもらえるのは10歳からだけど、それまでは読み書きばかりと決まっている。
「魔法かあ。どうして魔法が知りたいんだい?」
趣味にしたいからなんて言えない。
「あのね?お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもお仕事してるけど、僕だけ何もしてないの。でも、小っちゃいからお手伝いできなくて。でも、魔法が使えたらお手伝いできると思ったんだ。だから」
必殺、孫の上目づかい&小首を傾げてのお願い攻撃!
「教えて、おじいちゃん?」
「おー!仕方ないのう!シズはいい子だから特別にちょっとだけ教えてあげよう。皆には秘密だぞう?」
ごめん、おじいちゃん。
でも、ちょろい。
いや、違うな。
孫のお願いがすごすぎるんだ。
これこそ僕が手に入れた最初の魔法ではなかろうか。