23 基礎魔法
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「では、さっそく参りましょうか」
クラスメイト達も僕たちの勝負に注目して距離を置いている。教師まで離れていて口を出さないのは買収でもされているのか。
止めるどころか審判役を買って出るとは……。
「勝負は3本。制御・持続・威力の3点ですわ。よろしいわね?」
「はい」
先延ばししても仕方ない。溜息混じりの深呼吸をこぼして前に出る。
無人の訓練場には木の板が立てられていた。あれが的だ。まずはどれだけ速く正確に当てるかを競う。
1度目線を合わせてタイミングを計る。
まだスカスカのバインダーから最初の1枚を開き、借り物の杖で触れる。
「いくよ。『力・進弾』」
杖の先から赤い球体が飛び出した。
大きさはピンポン玉ぐらい。それがビリヤード程度の速度で飛んで行って的に当たった。
同時に発動していたクレアの魔法は野球のボールが剛腕投手のストレート並みの速度で的の中央を撃ち抜いていた。
結果は明白だ。
あー、負けた。
「シズくんは筆記全体のバランスがよくなかったな。クレアさんは申し分ないですね。バランスは完璧です」
教師の評価で確定する。
ドヤ顔のクレアに適当に笑っておいた。
続けて持続。
こちらは『力・浮漂』の魔法。ちょっと明るいかなという程度の球が杖の先に浮くだけの地味な魔法。急場の照明としては使えるかもしれない。
結果は僕が1分で。クレアは5分が過ぎても続いていた。
「魔法陣の構成は練習量でしか改善されません。シズくんはもっと頑張らないといけませんね。クレアさんはこちらも完璧です」
いや、フリーハンドで真円を描くのって難しいと思うんだけど、どうよ?
クレアさん、ドヤ顔はどうしましたか。不満そうな顔しないで下さいよ。ご注文通りなんだから文句ないでしょ?
ともかくこれで2連敗。勝敗は決してしまった。
背後でリエナとルネが意気消沈しているのが気配でわかる。期待を裏切ってしまったのは申し訳ない。
クレアが失望のまなざしを向けてきた。
「正直、あなたには期待していたのですが、がっかりですわ」
「魔法初心者に過大な期待しないで下さいよ」
これは正直な感想。
僕が魔造紙を完成させたのは今日が初めてだ。今まで村では絶対におじいちゃんはバインダーの中身を見せてくれなかった。写本の写本を写本と重ねていくと当然、劣化していく。それが癖になってしまうと成長を妨げるからという話だった。
まあ、言い訳しても仕方ない。人間誰だってその時にできる限りをやるしかないのだ。
「最後は威力でしたね?」
「まだ続けますの?今までの魔造紙も拝見しましたけどあまり奇麗な術式ではなかったと思いましたが?」
魔法の威力は術式の正しさで決まる。
不器用な僕はあまり字が奇麗ではないし、手本に似せるのも得意じゃない。
だからといって勝負を投げ出すわけにもいかないだろう?
「なら、僕の不戦勝でいいですか?」
「勝負を投げないのは立派ですわね。今日は敗北の味を教えて差し上げますわ。そこから這い上がることを期待しましょう」
クレアが魔造紙を杖で叩いた。
最後の魔法は『力・烈砲』。仰々しい名前だけど成人男性の体当たりぐらいの威力の力場が発生するだけ。
クレアの魔法で最初に使った的が根元から吹っ飛んで転がった。
どうぞ、とばかりに場所を空けてくれる。
僕はそこから更に数歩前に出ておいた。全員が不審の目が背中に刺さってくるのを感じたけど気づかないふりをする。
いや、事故は怖いからね?
バインダーから魔造紙を取り出す。
煌々と輝く深紅を帯びた1枚。
太陽の下でありながら赤を振り撒く鮮烈な文字。
僕の全力を込めた1枚だ。
初心者が精一杯書いただけの術式。
僕は魔法陣も、バランスも、術式もクレアに勝てない。
きっと才能もない。僕の不器用さは折り紙つきだ。人並み以下の腕にしかならないだろう。
なら、後は勝っているもので補うしかない。
前の2枚は人並みの魔力。
これには普段の訓練時よりも更に20倍の魔力を込めた。
それを投げあげて、落ちてきたところを杖で突く。
「いくよ。『力・烈砲』!」
想うのはただひとつ。
(猫耳をくれてやるつもりなんて毛頭ないんだ!)
僕は百合系の趣味はないからね!
緊張を馬鹿みたいなことで笑い飛ばす。
一瞬の空白の後、魔造紙から赤い閃光が放たれた。
誰もが目を鮮紅に塗り潰されて目を閉ざす。
続けて爆発が起きたような轟音。
間をおかずに地震みたいな衝撃と振動。
押しのけられた空気が砂塵を払い、何人もが噎せ返った。
最後は耳が痛くなるような静寂が訪れた。
視界が回復した者から息を飲んでいく気配。
僕はそれを背中感じ取りながら前を見据えているのみ。
すぐ後ろで誰かが座り込んだ。
振り返るとクレアが呆然としている。
結果を手で指し示し、再び視線を前へ。
「僕の勝ちです」
訓練場が抉れていた。
僕から前方に300メートル。幅にして5メートル。
まるで削り取られたように幅の広い溝が出来上がっている。
溝は平地を縦断して雑木林まで続き、林の半ばで唐突に終点を迎えていた。その範囲内には何も残っていない。土も草も木も押し退けられ、吹き払われていた。力場が通過した跡には切断されたような断面のみ。
勝敗など決まりきっていた。
僕は苦い笑いを浮かべて見せた。
そして心の中で叫ぶ。
(なにこれえええええええええっ!?)
もう完全に強がりだよ。
内心ではガクブル震えていた。
この光景を90年代マンガ読者に伝えるなら一言で済む。
メド〇ーアだ。あれの通過した跡と酷似している。さすがに範囲内が消滅まではしていないものの結果だけなら全く同じ。
完全に基礎魔法の領域を超越してしまっていた。
とりあえず訓練場に誰もいなくて本当に良かった。
こんなのに巻き込まれたらシャレにならない。レーシングカーで轢き逃げされるより酷い結果になっていただろう。
ともあれ、今は勝負のことだ。
「1勝2敗。負けました。さすがはクレアさんですね」
「わたくしの、勝ち?」
クレアはようやく驚愕から復帰したけどまだ頭が働いていないようだった。
「でも、こんなダメな僕にはリエナが必要なんですよ」
「え?ええ?ダメって、どこが……」
説得力ないよね。僕もそう思う。
まあ、流してください。立ち直る前に押し切るんだ。
「だから、リエナと離れたくないんです」
「ええ。恋人と離れたくないのは当然でしょう?」
あれえ?
一矢を報いたから賭けはなかったことにしてくれって交渉しようと思っていたのにあっさり認められちゃったよ。
恋人とか勘違いしてるけど。僕たちは幼馴染だ。勝手に勘違いしたらリエナに悪いじゃないか。
まあ僕がわかっていればそれでいいんだけど。
「では、これからもよいクラスメイトでいましょう」
一方的に言い置いてリエナ達の所へ戻る。
リエナさん、なんか嬉しそうですね。耳としっぽがびんびんですよ。なにかいいことでもありましたか?
ルネ、そんな輝いた目で見ないで。ときめいちゃう。目覚めちゃいけない何かが鼓動を始めちゃうから。
さあ、今度は2人の番だねと言おうとしたところでガシリと肩を掴まれた。
振り返れば顔面を蒼白にした学長先生がいた。
え、いつからいたの?
「シズ、ちょっと来なさい」
有無を言わさずに学長室にお持ち帰りされてしまった。
この時はまだ、僕は自分のしでかした現象の重大さを理解していなかった。
それを知ることになるのは3週間後。
基礎魔法を終えて、午後の師事期間が始まってからだった。




