21 魔力測定
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朝食を終えて入学式の前にリエナと合流した。
意外にリエナとルネの挨拶はあっさり平和に終わった。
マイペースなリエナにルネが柔軟に対応するのだから意外でもないのか。初対面があんまりにあんまりだっただけで、騒動を好まないリエナと穏やかなルネは息が合うのも頷けた。
リエナが何度もルネに「男の子?」って確認していた。さすがにルネも異性に脱いで見せるとは言い出せず聞かれるたびに断言していた。
信じられないのはわかるけど、リエナにしては疑い深い。どうしたんだろう?
リエナも今は学生服を着ている。
女子は紺を主体とした生地のブレザーとスカート。
僕もルネも男子の制服だ。やはり紺の生地で詰襟のような上着とスラックス。
どちらも胸に『杖と本と筆』の紋章がついている。魔法学園の校章らしい。
入学式が行われる大講堂には真新しい制服に身を包んだ少年少女が席についている。
制服は一緒でもアクセサリーなどに違いが出るので、自然と平民と貴族がわかれた。
人数は200人ぐらいだろうか。
式は学長先生のお話と教師陣の紹介であっさり終わった。全員と関わるわけでもないし、1度で覚えられるわけでもないので顔見せなのだろう。
その後、教師と先輩方の監督のもと大講堂で魔力量測定が行われる。
これが大変だった。
一定量しか魔力が入らない筆でひたすら魔力が切れるまで筆記。
魔力が尽きた順に係員が文字数を確認して終わると退室が許されるというシステム。
3人並んだ僕たちは最初にリエナが脱落、それにすぐ続けてルネが力尽きた。
それでも2人ともだいぶ好成績だった。講堂に残っている生徒は10人もいない。2人ともSクラスだと思う。正直、助かる。1人きりとか勘弁してほしい。
また1人また1人と脱落していき、最後は2人だけが残った。
僕と『蒼のエレミア』の天才児という少女だった。
筆記の合間に横目でチラリと観察する。
貴族という割には余計な装飾をつけていないな、というのが第1印象。
綺麗な顔をした人形みたいな女の子だった。
銀色のふわふわした髪は肩にかかるぐらい。
歳はひとつ上と言ったか。なるほど。少し大人びて見える。あとなんというか豊満だ。何とは言わないけど。
さすがは金のバインダーだった。魔力が切れるまで2時間もかかった。或いは学園史に残るレベルなのかも。
周りの貴族や教師たちが褒め称えていた。
だけど、僕の方はいつまで経っても終わらない。既に3時間は書いている。
待ってくれているリエナとルネに申し訳ない。様子を窺っている教師がざわめきだし、残っていた生徒も噂し始めていた。
いつもは全力で魔力を注入して終わらせているのができないので時間が掛かる。正直、このままだとどれぐらいかかるのか。最低でも6時間。その時は10歳だった。あれから成長しているから半日ぐらいかかるかも……。
12時間耐久筆記レースとか。
懐かしい。20人分の夏休みの宿題をやってこいと8月の最終週に押し付けられた時だ。自分の宿題を筆跡を変えながら写すだけの他教科と違って漢字の書き取りは地獄だった。200文字×60ページ×20人分。腱鞘炎になったよ。おかげで休み明けの抜き打ちテストは余裕だったね。終わったあと八つ当たりされたのは理不尽だと思う。
このままではあの悪夢が甦ってしまう。
いっそ、無理やりでも魔力を入れてみようか?
(ためしに少しだけ)
反応がない。ぐう。魔物が素材になっているんだろうなあ。魔力を通さないっていうなら厄介な魔物だろうなあ。でも、このままだと終わらないし……。よし。少しと言わず。
(全力でいってみよう!)
筆記の訓練相当の魔力を筆に込めた。
今度は見覚えのあるいつもの赤い閃光が筆に宿り始める。
これなら1時間ぐらいで終わるかなと上機嫌に1文字書いたところで筆が灰となって崩れ去った。砂よりも細かい粒子が辺りに散らばる。
(燃えたよ。燃え尽きたよ。まっしろにな……)
現実逃避気味に思った。
総員が瞠目して言葉を失っている。いや、リエナだけは平常運転。退屈そうに外を見てる。何かいたの?ああ、鳥。いいねえ。自由に飛べて。僕も今すぐ飛び立ちたい。
誰もが動けない中、学長先生が慎重な足取りでやってくる。
「シズ。いま君は何をしたのかな?」
「えっと、時間が掛かりそうだったからいつも練習してるぐらい魔力を使ってみました」
「君はいつもこれぐらい魔力を使っているのか?」
「はい。そうしないと訓練が終らないので」
学長先生は難しそうな顔で担当官を呼び寄せた。
「測定不能。とりあえずSクラスだ」
「よろしいのですか?」
「君は最後まで彼の試験に付き合うのかね?」
今夜は寝かさないよ?
担当官さんが黙ってしまった。申し訳ないなあ。
筆を壊してごめんなさいと謝ったら慌てた様子で気にするなと言われた。いいのかな?弁償って言われても困るんだけど。
教師陣が退室してようやく解放された。
あー。腕が痛い。
後ろで待っていたリエナとルネに合流しようとしたら、その前に横から声を掛けられた。
「シズ、と言いましたね」
うわあ、クレアさん来ちゃった!
後ろにお供の貴族子弟を引き連れている。
あれ?昨日の5人がいないな。どこか行ってるのかな?
「初めまして。わたくしはクレア・E・ルミネスと申しますわ」
意外とシンプルで気安い挨拶をされた。
貴族への言葉づかいなんてわからないんだって。とりあえずここは丁寧語で。
「ラクヒエ村のシズです」
作法なんて知らないので頭を下げるぐらいしかできない。
後ろの取り巻きたちが不穏な空気になったので何かしら失礼があったのかもしれないけど、わからないものはどうしようもなかった。
「あなたの魔力量は素晴らしいようですね。感心致しましたわ」
感心、ですか。
「今から同じクラスになるのがとても楽しみです」
楽しみ、ですか。
「魔力量では負けてしまったみたいですけど、わたくし他では負けませんから」
他では、ですか。
「よろしくお願いしますわ」
「……こちらこそ」
なんとか言葉を絞り出す。
艶やかな笑みを浮かべてクレアは颯爽と大講堂から出て行った。取り巻きがすぐに続いて大名行列みたい。
入れ替わりでリエナとルネがやってくる。
でも、意識は彼女の方に向けられたまま戻ってこれなかった。
やばい。やっぱり警告の主は彼女だ。しかも完全に目をつけられた。
今のを意訳すると、
「魔力量が多いからって調子にのんなよ?こんな平民と同じクラスなんて反吐が出る。魔法が魔力量だけで決まらないのは知ってるだろ?次はちゃんと察して考えろよ、駄犬が」
……に違いない。
ああ。教室では目立たないようにするつもりでいたけど早速フライングで気を悪くさせてしまったよ。
それにしても貴族ってすごいなあ。不快そうな雰囲気を微塵も表に出さないんだから。
「……シズ」
「ああ。ごめん。考え事してた」
「この警備員さんたちが学校の案内をしてくれるんだって。シズ、行こう?」
ルネが隣に老人を連れてくる。
よく見れば昨日の学長室にいた老兵さんだった。
測定の後はいくつかのグループに分かれて学内見学になっていたのだ。本当の案内員は先輩方なのだけれど、もう誰も残っていないので特別に学長が用意してくれたらしい。
クレアの方にはもう1人の老兵さんがついて行ったらしい。
「じゃあ、行くか?」
「よろしくお願いします」
スレイア魔法学園は広い。
まず城壁と一体化した校舎。ここは教室以外にも学園の運営機関が集まっている。学長室や教員室など、外部の人間に対する学園の顔という位置づけだ。レンガ造りの非常に美しい景観をしている。
続けて書記士棟と実験場。
ここでは魔造紙や魔筆の研究が行われている。どんな素材なら原書に近づけるのか。試行錯誤を繰り返しては実験場で魔法が実演される。
その奥が魔法士訓練場。
こちらは広大な空間が用意され魔法士に向けた戦闘訓練が行われていた。敷地内には廃墟や林や砂地が用意されて様々な状況下での訓練が可能になっている。
新入生の僕らは基礎訓練から始まるけれど、来月からは午後が自由だ。
そうすれば気になる魔法書を持っている教師に師事して魔法を覚えていくことになる。
生徒たちは教師たちの持つなるべく原書に近い状態の複写本を見せてもらい、何度も修練を重ねてそれを複写できるようにする。再現できるようになれば修業は終了。次の魔法を求めて魔法書を書いていく。
大体これで1年目が終了するそうだ。
2年目からは1人の教師に弟子入りして原書への復元作業に入る。
所在が確定している原書は多くない。1000年の間に行方が分からなくなってしまったらしい。
魔造紙は原書に酷似しているほど威力が高くなる。正確には原書通りの魔法になる。
書記士の業務は多岐にわたる。
インクを再現する者。
魔筆を再現する者。
魔造紙を再現する者。
術式を再現する者。
文字を再現する者。
環境を再現する者。
ゴールのないマラソンみたいな作業をこの世界の魔法使いは延々と走り続けているのだ。
対して魔法士はわかりやすい。
自分の使いやすい魔法を見つけて、実戦でも使いこなせるように鍛錬を積むだけ。
とはいえ、敵は魔族である以上、彼らの道が平坦な道であるとは言えない。魔法という超常を御するための鍛錬は過酷を極めるだろう。
魔法使いは書記士と魔法士の二人三脚で成り立っている。
僕たち3人はどんな道を行くことになるのか。
これから自分たちを鍛える場所を見つめて、その未来に思いを馳せた。
おじいちゃんの愛で守られた筆はたやすく壊れたりしません。
嘘です。現役時代にある事件を解決した報奨にもらったものです。見る人が見れば超高価。
孫がかわいいからってそんなものを……。




