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魔法書を作る人  作者: いくさや
番外編

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番外編2 (実年齢的に)若かりし頃

引っ越し(自力)やらハローワークやらで書けませんでした。

明日は、私の引越しを手伝ってくれた友人の引越しを手伝いに行ってきます。

 番外編2


 スレイア王国北東部。

 通称、空白地帯。


 何が空白かと言えば色々とだが、真っ先に挙げられるのはこの二つ。


 盗賊の類が少ない。

 魔物が少ない。


 他の地方と比較して圧倒的に目撃例が少ない。

 この周囲を商圏とする行商人は旅をするのに傭兵を雇いもしないほどだった。他の地方で同じ用意で旅をしようものならば、数日の内に骸を曝す事になるだろうが、この辺りではごく当たり前となってしまっている。


 ならば、この辺りは実りが少ないのかと言えばそれも違う。

 四季のある気候に、肥沃な土地、そして増加傾向の人口を、優秀且つ善良になった・・・・領主が治めているのだ。栄える条件は十分に備えており、事実、大貴族の所領ほどの派手さはないものの、平民の生活水準は高い。


 豊かさは良くも悪くも衆目を集める。

 他領からの移住を考える者から、その実りを奪おうとたくらむ者まで。

 普通なら侵略、とまではいかずとも、政争の火種になる。

 重ねて言うが、普通なら。


 この辺りでそのような物騒な事件は数十年も起きていない。

 最初に述べた空白地帯はこの辺りも指している。


 貴族の政争がない。


 本当に平和なのだ。

 稀にどこかから迷い込んできた魔物の被害が起きる程度。

 それも領主が鍛え上げた私兵団がすぐに退治してしまうし、大物であれば何者かがいつの間にか倒してしまう。


 では、この平和が遥か昔からかといえば、それも違う。

 長くこの辺りに住む者は過去を思い返すと顔色を青くするのだ。

 そして、口をそろえて言う。


『こんな平和になったのは最近だ。昔はとんでもなく危なかったのだ』


 と。




「ひゃっはー! 男は殺せ! 女は攫え! ガキは奴隷にするんだ!」

「お頭、俺らにも分け前はあるんですよねえ?」

「ほしけりゃあ、働け! この村に最初に入った奴には好きに選ばせてやるぞ!」


 そんな野卑な声が町の外から聞こえてくる。

 実際、中の住人を脅すためでもあるのだろう。裏切ったものだけは助けるなどという声まであった。

 無論、そんな事をしたところで見逃されるはずがない。その程度の事は町の誰もが理解していた。

 しかし、このままストレスが限界を超えれば誰かが甘言に動いてしまいかねない危うさもある。外から聞こえる声は決して脅しだけではない。奴らは言った通り実行する事もまた、間違いないのだから。


「どうしてこんな事に……」


 小さな町が数十人の盗賊が囲まれていた。


「でけえ盗賊団が隣の領から来るかもって噂、本当だったのかよ」

「なんで、どうして……」


 幸い、盗賊の発見が早かったため、避難は完了しており、門を閉める事もできている。しかし、所詮は町の防壁だ。高さは精々が三メートル程度で、岩と木板を合わせた物。

 近づかれるたびに上から石を投げ、矢を射って、破壊されないようにしているが、夜になって視界が悪くなれば、或いは物資が尽きれば、容易く乗り越えられてしまう。


「愚痴るな。おい、そっちに行きやがったぞ!」

「北だ! 北に――ひいっ! あいつら矢までもってやがる!」


 櫓の上で声を張る青年たち。

 盾代わりの戸板に突き立った矢に悲鳴を上げる。


 盗賊の襲撃から既に半日。

 領主の私兵が常駐する町からここまで二日は掛かる。

 それまでの間、町の自警団と住人だけで耐えられるか、難しいラインだ。


 住人だけでなく、自警団の中にも絶望しかけている者も出始めていた。

 無理もない。目立つ特産もない普通の町なのだ。規模も大きな村程度で、人口は五百人を超えるが、自警団は数十人の素人に過ぎない。

 襲撃を生業とする盗賊団が相手では分が悪かった。


「くそう! 俺、やだよ! 来月には結婚するのに!」

「だったら戦え! 自分の女は自分で守れ!」


 泣き言を言い出す若者を中年の狩人が怒鳴り、矢を射返した。

 腕のいい狩人なのだろう。その矢は射手の肩に命中するが、他の盗賊から一斉に矢を射られてしまう。

 慌てて戸板をに隠れるが、貫いた矢を二の腕に受けてしまい、矢を取り落とした。


「デンさん!」

「っくそ! いってえな! おい、そっち持ってくれ!」


 青い顔の青年を手伝わせて応急処置を行う。

 しかし、その間にも矢の数は増え、怒鳴り声が兵の近くまで近づいてくる。

 このままでは一時間もしない内に破られる。


「こっのやろう! やらせねえぞ! 俺の育った町だぞ!」


 デンと呼ばれた中年狩人が傷ついた腕で矢を射る。

 攻め寄せていた盗賊が僅かに下がるが、それも一時的なもの。

 傷ついたデンでは続けて矢を射れず、狙いも定まらない。それに気づいた盗賊は一気呵成に攻めたてようとする。


「デンさん!」


 遂に矢を握れなくなり、デンは膝をついた。


「くそったれ!……若造、お前弓は使えるか?」

「えっ!? ガキの頃に少しだけ」

「十分だ。適当でも上から矢が降ってくれば奴らも引く」


 青年は農家の次男だ。

 家の畑を手伝うだけで、荒事に慣れていない。子供の頃に狩人の家の子供と遊びで狩りをしたことがあるだけ。その時も獲物に当たりもしなかった。

 命のやり取りももちろんない。

 この櫓にいるのも声が大きいから、指示を伝えるためというだけ。


 ぐっと突き出された弓矢を茫然と握り、何度も荒い呼吸を繰り返し、黙って自分を見る狩人と、外から押し寄せてくる怒鳴り声に震えて、自棄になったように吼えた。


「ああ! やってやる! 俺は! 守るぞ! 守るんだ!」


 青年が放った矢は見当はずれで、盗賊は嘲笑うだけで、効果なんてほとんどなかった。

 それでも何度も、何度も、矢を放ち続ける。

 戸板に倍の数の矢が刺さっても、我が身を掠めても、泣きながら矢を撃ち続けた。


 そして、遂に矢が尽きてしまった。


 見れば盗賊はじわじわと塀に寄せており、一番頑丈な門こそ無事なものの、板を重ねただけ塀は、何ヶ所か今にも破られそうになっている。


「……おい。お前、嫁連れて逃げろ」

「デンさん!?」

「年寄りが少しでも時間稼ぐ。若いのは死ぬな」

「そんなの!」

「できねえとか言うなよ? やるんだ。いいな? 若造……いや、シェルト」

「デンさん……」


 感極まったように涙を流す青年――シェルト。

 物見やぐらの上で狩人が決意を固めた時、変化は起きた。


「あれは、人か?」


 町の北側。

 攻め続ける盗賊からすると右側面。

 街道も何もないただの平原。

 そこに何者かが現れていたのだ。


 白いローブのようなマントを羽織った誰か。

 細長い棒は槍だろうか。

 マントのせいで姿の詳細は知れないが、狩人の目にはその体格が子供のそれに見えた。

 場違いな登場人物に危機も忘れて茫然と仕掛けて、青年も遅れてその人物に気が付いた時。


 光が、貫いた。


 いや、光ではない。

 青年と狩人は魔法か何かと錯覚したが、それは事実ではなく、物理的な実態を持った存在であり、実際は直線ではなく複雑な軌道で動いていた。

 だが、誤認したのも無理はない。


 速い。

 その存在を構成する全てが速い。

 単純な速度だけでなく、身のこなしも、判断も決断も。

 身長ほどもある槍を自在に振い、まるで既定の演武を、高速で舞っているようだった。


「な、んだ、あれ」

「ひええええええぇぇ。雷が、雷が、踊ってる……」


 ほんの数呼吸の間。

 それだけの時間で、数十人もいた盗賊の集団を横断してのけたのだ。

 その際、擦れ違っただろう盗賊たちが次々と崩れ落ちていった。

 離れていた彼らには視認できないだろうが、盗賊たちの額と喉には石突で打たれた跡がある。


 荒事に慣れた盗賊を、圧倒的なまでの数の不利でありながら、殺さずに無力化。


 目の前で起きた現実に遅れて気づき始めた盗賊団。

 自分たちの仲間が十数人も一気に倒され、しかも、それが手加減されているという事実。

 それらが示す現状は、町という餌に襲い掛かっていたはずの盗賊団が、いつの間にか狩られる側に回った事を意味していた。


 横断を終えたマントの人物は、しばし盗賊団を眺めていたが、彼らが投降する様子がないと判断したのか、黙したまま再び突撃を決行する。


「てめえら! 囲め! 相手は一人でゅえら!?」


 必死に配下へと指示を出していたリーダーが吹き飛ばされる。


 文字通り、吹き飛ばされた。

 配下を巻き込んで数メートルも地面と平行移動して、壊れた人形みたいに手足を躍らせて、ゴロゴロと転がり、ぐったりと弛緩する。

 その額と、喉と、胸と、両肩が僅かに凹んでいた。

 瞬時に五発も槍を突いた事に気付けた者はこの場にいない。


「……は? ふふぇっ!?」

「けひょ?」

「くおおおおおおっ! けりゃっ!?」


 愚かにもリーダーの末路を眺めていた盗賊たち。

 彼らも次々とマントの人物の餌食となっていった。


 抵抗の有無は関係ない。

 槍が振るわれるたびに、盗賊が打ち倒されていく。

 横断はただの三度。

 それだけで数十といたはずの盗賊が沈んでしまった。

 逃げようとしても無駄。

 まるで瞬間移動のように移動した人物が一撃で意識を断っていく。


「い、いいのか!? 俺たちの後ろ盾はあの大盗賊げぐっ!」

「他の町にいった連中がお前をべごっ!?」


 不穏な台詞も途中で斬られた。


 そして、槍使いの登場から三分としないで、町を襲った盗賊は全滅した。

 町の外には死屍累々といった有様の盗賊たちと、一人だけ立っているマントの人物だけ。


 その時になって目撃者は気づく。

 この人物は盗賊を全滅させたというのに、その白いマントに汚れひとつ受けていなかったどころか、フードを外しもしなかったという事実に。

 指一本触れさせない、を言葉通りに体現したという事に。


「……おい、シェルト。こりゃあ、夢か?」

「……まさか、あれ『風神』?」


 櫓の上で全てを見ていた二人は茫然と呟く。

 そして、シェルトの予想に狩人は首を傾げた。

 確かに伝説の『風神』ならば、この一方的なまでの戦いも納得するが、かの人物は引退したのではないか?


「『風神』セズと言えば剣を好むと聞いたが……」

「でも、この辺りにあんな、あの、あんなの! できる人なんていないでしょ?」

「あのー、すいません」


 二人が議論していたのは数秒の事。

 狭い櫓の中に新たな人物が現れていた。


 あの槍使いの人物だ。

 どんな体さばきをしているのか。

 二人に気付かれる事なく、塀を越え、櫓を上り、声を掛けたらしい。

 あんな高速で走りながら、まったく息が乱れていないのも凄まじく、もうどこに驚けばいいのかもわからない。

 そして、聞こえた声は若い――いや、幼いと言ってもいい少女のそれと知り、ますます驚きを深める二人。


「ちょっと教えてもらってもいいですか?」


 愕然として反応のない二人に首を傾げて、槍使いはあっと小さく声を上げた。

 いそいそとフードを外して、丁寧にお辞儀する。

 金色の長い髪を背中に流して、微笑む姿は思わず見入るほどに美しい。


「こんにちは。テナです」


 歳の頃、十の半ばぐらいだろうか。

 外見は美少女にしか見えず、僅かに服から覗く手足も細く、あれ程の蹂躙劇を実現した人間と同一人物とは認識できない。

 しかし、その少女――テナが握る槍を振るっていたのは彼女だ。


 テナの美しさから我に返ったのは狩人の方が先だった。


「あ、ああ。危ないところをありがとう、お嬢ちゃん。それで、なんだ? 何が聞きたいんだ?」


 救援の報酬なら町長と相談しないとならないが、わけもわからず窮地から解放された仲間たちは使い物になりそうにない。

 だからこそ、テナもわざわざ櫓の上まで上ってきたのだろうが。

 どの道、奪われるはずの資産だったのだ。命の恩人である彼女に全て差し出す、とはいかなくてもできる限りを払おう。自警団でも古参の自分が証言すれば、あの信じられない光景も少しは信じられるはずだ。

 彼はそこまで考えて、テナの答えを聞いた。


「その、領主様の町におつかいに行くんですけど、このままあっちであってますか?」


 狩人は混乱した。

 というか、頭の中で兎とか猪を追いかける妄想をして、現実逃避しそうになった。


 この状況で道を尋ねられるとは思っていなかった。

 それに、おつかいと言ったのか?

 しかも、少女は方角を口にするでもなく、町の南側を指差している。

 そちらは鬱蒼と茂った森があるだけで、もちろん街道もない。

 何より、領主のいる都市はこの町から見て北西方向。見当違いも甚だしい。このまま進めば隣の領に入ってしまう。


 自分がどれだけ的外れなことを言っているのか理解していないだろうテナ。

 狩人はかつてない精神力で脱力から持ち直し、何度も眉間を揉みほぐしながら、それでも命の恩人に誠意を尽くそうと教える。


「あ、あー。そりゃあ、逆だ。この街道あるだろ? そう、こっちの道だ。これをずっとまっすぐ行くと大きめの町があるから、そこから西の街道にいきゃあ領主様のいらっしゃる都市に出れるぞ」


 口元に手を当ててのんびりと首を傾げるテナ。

 道に迷っていた事を理解しているのか、していないのか。


「あら? 急いで報せないといけないのに、大丈夫かしら……」

「つかいって伝言か?」

「はい。大きい盗賊が来るから、気を付けてって。お父さんから伝言なんです」


 狩人は再び目頭を押さえた。


 ……いや、それって君がついさっき蹂躙した盗賊じゃないのか?


 別に身の危険があるわけではないが、どうしても尋ねる事ができなかった。

 懊悩する狩人と、未だに自らに見蕩れたまま硬直している二人を尻目に、テナはのんびりと、でもそこはかとなくやる気に満ちた様子で両手をグッと握り締めた。


「変な感じがこっちからしたから来ちゃったんですけど、寄り道になっちゃったみたいです。初めて村の外のおつかいだから、がんばらないと」

「あ、ああ。頑張れ、よ?」

「はい」


 再び丁寧にお辞儀をして、櫓から無造作に飛び降りるテナ。

 四メートル以上の高みから、音もなく着地してのけた少女はそのまま走り出そうとした。


「お嬢ちゃん、逆! そっちじゃねえよ!?」


 東の街道へ向けていきそうになったところを慌てて止める。

 再び首を傾げたテナは、背後の道を眺めて納得したように頷いた。


「って、そうじゃねえよ! 謝礼! 嬢ちゃん、待ってくれ!」

「ご丁寧に、ありがとうございますー」


 聞いていない。幸せそうな笑顔で手を振っている。


 このまま謝礼も渡さずに行かせては町の恥だ。

 少なくとも町の住人の常識としてあり得ない。

 しかし、テナは止まる気配もなく、そのまま街道へと走り出してしまう。

 戦時程の圧倒的な速度ではないが、まるで早馬のような速さで、狩人が櫓から下りる間もなく視界から消えてしまった。


「……なんだったんだ?」

「あ!」


 ようやく正気に返った青年。

 テナに見蕩れていた事を婚約者に告げ口するとからかおうと心に決めながら、何かに気付いたらしい青年に尋ねる。


「なんだよ、いきなり」

「『風神』セズに子供がいるって噂があったような」


 十年以上前、スレイア王国の各地を巡り、巨悪と戦い続けた天才騎士。

 引退したという『風神』の子供が生まれたという噂を聞いた事がある。

 噂を聞いた時期と、彼女の年頃を思い出し、何より超絶的な技量に納得してしまう。


「……かもな。『風神』の子、テナか」


 数十の盗賊を槍だけで、殺さずに制圧し、それでいて尚、底を見せていない少女。

 その戦う様を思い出し、なんとはなしに呟く。


「さしずめ『雷帝』ってとこか、ありゃあ」

「あ、うまいですね。それ」


 ようやく生き残ったと理解が追いついた町の人々が歓声を上げる中、狩人と青年は見えなくなった少女に一礼し、櫓を下りていくのだった。




 一ヶ月後、大盗賊団が『風神』とその娘によって全滅したという話が広まった頃には、その娘に『雷帝』の二つ名がついていて、狩人と青年は大いに笑いあうのだった。

『雷帝』のデビュー。

テナさん、じゅうにさい。

お父さん(風神)に模擬戦で勝っちゃうぐらいの実力なの。


引き続き下のURLで人気投票を開催しております。

よろしければご協力ください。


http://enq-maker.com/e2MHNZH

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