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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫

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231/238

後日譚猫21 さよなら

後日譚猫、最終話です。

 21


「……はあ」


 吐いた息が白く散っていく。

 見上げると雲が流れていて、その隙間から見える空は高く、澄んでいた。


「シズ。ここにいたんだ」

「ああ。ルネ、今日はわざわざありがとうね」

「ううん。当然だよ」


 喪服姿のルネ。

 珍しく男物を着ていて、なんだか学生時代に戻った気分になってしまう。


 場所はラクヒエ村と山の境界。

 ほとんどの人が広場で最後の別れをしているので、辺りに人の気配はない。

 だから、一人でここにいる。


「子供たちは、どう?」

「ちょっと大変だった。ステラが『じいちゃ、燃やしちゃダメ』って騒いでね。ルナは大泣きしてたし、ソレイユは……」


 小さい体で必死に涙をこらえている姿を思い出して、あちらは素直に泣かせてあげないといけないなと思う。

 普段、下の子たちの世話をしてくれるソレイユだけど、こんな時はお姉ちゃんであろうとしなくてもいいんだ。


 僕は流れるままに任せていた涙を拭って、大きく深呼吸する。


「レギウスとタロウもやっぱり、まだちゃんと理解できてないみたいだね。ソレイユもだけど、まだ小さいから無理ないかな。今は泣き疲れて、リエナとクレアが見ててくれてる」


 眠っている間に荼毘にふす形になってしまったんだよな。

 ああ。これは嫌われてしまったかもしれない。

 でも、そういうのも飲み込んで、教えていくのが親だもんね。


 よし。休憩は終了。

 張りぼてだけど、取り繕えたから戻ろう。


「喪主は父さんだけど、手伝わないとね」

「そろそろ騎士の関係の人が来るみたい。どうしてもって、人だけなんだけど」

「どうせ王様も来てるんでしょ? お忍びで。たぶんブランの方面からも来るだろうし、そういうのは僕が対応した方がいいよね」

「妖精族と竜族もかな。代表者だけみたいだけど」


 ただの村人では無理だ。

 まあ、あちらもそれを無礼だと騒ぎはしないだろうけど。


 ルネと連れ立って、村の広場へと歩く。


「その、最期のこと、聞いてもいい?」

「うん。いつもみたいに寝て、そのまま起きなかった感じかな。穏やかな顔だったよ」


 潔さがらしいというか、なんというか。病気で苦しんだりしなかったのは良かったのだろうか。


「そっか」

「遺言も残っててね。たぶん、自分でわかってたんだと思う」


 色んな人に向けて、丁寧に一通ずつ。

 僕はまだ読めていない。

 ちょっと覚悟が足りてないんだ。




 冬のある日。

 おじいちゃんは自宅のベッドで静かに息を引き取った。


 『風神』セズ。

 享年八十四歳。

 その波乱に満ちた激動の生涯に幕を下ろした。




 ラクヒエ村には様々な人が訪れている。

 老若男女。種族の区別なく。

 既に遺体は灰となってしまっているけど、せめて最後の別れを交わしたいと列をなしている。


「やっぱりね。去年、学長先生が亡くなったのが大きいと思う」

「そっか。一番の親友だったんだもんね」


 四年前の『日影の底』の事件が解決してから、同年代の仲間からの訃報が増えていた。

 そして、去年の夏に学長先生も倒れて、そのまま病床から回復する事無く亡くなった。

 最後はおじいちゃんが二人きりで看取ったのだけど、空元気を振る舞う姿は痛々しくて見ていられなかった。


「今思うとさ、おじいちゃんたちにとって、あの事件が転機だったのかなって思うんだ」


 過去を清算するまで死ねないという執念というか、決意があったんじゃないかな。

 責任感の強い人だったから。


「シズ、大丈夫?」

「うん。かなりきつい」


 親友相手に隠すのは無理なので素直に言ってしまう。


「こういうのは慣れないね」

「うん。本当に」

「だけど、いつまでも弱ってもいられないから、ふんばるよ」

「そうだね。うん、ボクもだね」


 自然と滲んでしまう涙を拭って、お互いに笑顔を取り繕う。まだまだ強張っているけど、形だけでも誤魔化していかないと。

 だから、違う話題を振ってみる。


「ルネ、あの話、受けるんだって?」

「うん。やる。もう、決めたよ」


 そっか。

 じゃあ、来年から魔法学園の学長はルネになるんだ。

 家系は歴史が深く、合成魔法の管理者を長期にわたり代行し、多くの著名人との人脈に加えて、秘密の情報網を持つルネ。

 年齢の件で反対の声もあったみたいだけど、それ以上の実績がある。

 後は、本人の意志だったのだけど、そうか、決めたんだ。


「応援するよ」

「ありがとう。でね、シズ。こんな時に話す事じゃないんだけど、ソレイユちゃんの事、決めたの?」

「早速、お仕事?」

「ごめんね。話題する事じゃないとは思うんだけど、そろそろはっきりさせないと良からぬ事を考える人がいるみたい」


 はあ。本当に頭が痛くなる話だ。

 その辺り、弁えていない人間は既に退場済みだけど、少し頭のある人間は自重して潜んだか。


「本人次第、かな」

「ソレイユちゃん、大丈夫?」


 表情を曇らせるルネ。

 そうだね。今回の事で一番ショックを受けているのはソレイユだろう。

 この四年で、誰よりおじいちゃんと一緒にいたのだから。


 僕らだってもちろん悲しいし、つらい。

 でも、それなりに生きていると死別の経験はしてしまうし、心の準備ができてしまう。

 だけど、まだ十一歳のソレイユにそれを求めるわけにはいかないだろう。

 例え、どれだけ魔法の才能に優れていようとも、今はまだ小さい女の子なんだ。


「ひと段落できたら話してみるよ」


 じゃあ、その前に覚悟を決めよう。

 僕はポケットに入れていた封筒を取り出した。


「それは?」

「おじいちゃんの遺言」


 まだ手を出せていなかったけど、ソレイユと話をするのに僕がビビっていては資格がない。

 ここでちゃんと受け止めよう。


 律儀に待ってくれるルネに一言断って、僕は目を通す。

 といっても、そんなに時間は掛からなかった。

 何せ文章が短い。

 三度読み返しても一分も掛からない。


 思わず笑ってしまった。

 張りぼてじゃない、本当の笑み。

 うん。そうだね。なら、僕がどうしないといけないのか、わかりきっている。


「あー、最後までおじいちゃんだ」

「どうしたの、シズ?」

「これ、読んでみて」


 遠慮するルネに渡す。

 きっと、これはルネも読んでいた方がいい。

 僕への遺言は本当に短かった。


『儂は歩き切った。この先の道はシズに任せる』


 でも、それだけで十分だった。


 指導者なら先達として先を歩め。

 後続が一歩でも前に行けるように。


 そう教えてくれたのはおじいちゃんだ。

 読み終えたルネの表情にも凛とした雰囲気がある。

 だよね。こんなことを言われたら弱音なんて言えないし、いつまでも落ち込んでいられるはずがない。

 僕もルネも、指導者なんだから。


 脳裏に思い浮かぶのは師匠、武王、そして、おじいちゃん。

 渡されたこの重く、大きなバトンを未来の誰かに届ける義務がある。


「シズ。ソレイユちゃんが学園に来るなら任せて」

「うん。頼りにしてるよ」


 さあて、自分の役目を果たして、ソレイユと話しに行こう。




「ソレイユ、いい?」

「ん」


 広場の端っこでポツンと一人立っているソレイユ。

 冬の早い夕暮れの中、上着も着ないまま立ち尽くしている。


 話を進める前に辺りを見回す。

 泣き疲れて寝ていた下の子たちが、広場の中央で座っていた。

 骨壺に何か感じるものがあるのか、じっと見つめているステラをルナが抱きしめて、その二人をリエナが抱きしめていた。

 隣ではクレアがレギウスとタロウを抱えている。


 ソレイユは、表情がない。

 たぶんちょっとでも感情が揺れたら泣いてしまうからだろう。

 こうしていると本当にリエナにそっくりだ。


 ワンピースのスカートをぎゅっと握って、遠くをじっと見つめている。

 さて、どうやって話そうか。

 話さないといけない事は多い。


「お別れは、できた?」

「……ん」


 唇にぐっと力を入れている。

 あー、場所がいけないな。ここじゃ、ソレイユは素直になれないか。

 まず、お姉ちゃんじゃなくて、ただの女の子にしてあげないと。


「ソレイユ、ちょっと飛ぶよ?」


 強引に手を握り、魔造紙をバインダー内発動。

 ソレイユが驚いている間に移動してしまおう。


「いけ。『空間跳躍』」


 異界原書の模造魔法。

 一瞬で僕とソレイユは村と魔人村の山間に移動した。

 この辺りは山林が薄くて、ここからだと村の様子が見れる。


「……どうして?」

「ここには妹も弟もいないから、素直になっていいんだよ」


 途端にソレイユの瞳から大粒の涙が零れて、僕の胸に額を押し付けてきた。


「泣いて、ないもん」

「いいんだよ、我慢しなくて」

「だって、おじいちゃん、私、教えてもらって、合格って、もう大丈夫って、一人前って、なのに、だから、私は、泣いたり、なんか、しなくて!」


 段々と声が大きくなって、僕にしがみ付いた手に力が込められていって、それでも泣かないと言い張るソレイユ。

 年長として、認められた者として、どれだけ自分を律していたのだろう。

 本当に優しくて、強い子に育った。

 その頭を優しく撫でて、ゆっくりと教え諭す。


「大丈夫。大人でも、お姉ちゃんでも、一人前でも、人は悲しい時は泣いていいんだ」

「…………ほんとう?」

「本当。お父さんもさっき泣いちゃったよ」


 まだ、赤くなっているだろう目尻を見せる。

 それがきっかけになったのか、ソレイユはポロポロと涙を流し始める。

 ぐっと泣き声だけは堪えて、でも、声にならないだけで何度も僕の胸を叩いて、押し寄せてくる悲しみに耐えていた。


「今は、いっぱい泣こう。泣いて、涙が出なくなったら、また歩き出そう」


 その先にきっとおじいちゃんがいるから。

 僕はソレイユが落ち着くまで、その長い髪を梳き続けた。




 一時間は経っただろうか。

 ソレイユは泣き止んだみたいだけど、泣き顔を見せるのが恥ずかしいのか、僕の胸から顔を上げてくれない。

 そのままソレイユが話しかけてくる。


「……お父さん」

「なんだい?」

「私ね、頑張りたい」


 曖昧な言葉だ。

 でも、これは気持ちを形にするのに苦労しているだけだろう。

 だから、続きを待とう。


「おじいちゃんから教えてもらった魔法。もっと勉強して、もっと増やして、もっともっと、ルナとステラとレギウスとタロウを守ってあげられるようになって……ううん。お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんなみんな、守れるようになりたいの」


 拙い言葉で、精一杯想いを言葉にするソレイユ。

 僕も守りたい、か。嬉しい事を言ってくれるな。


「だからね、魔法学園、行きたい」


 ソレイユは外の世界を望むか。

 僕は頑なに顔を上げないソレイユの耳元に顔を寄せる。


「外は危ないよ。嫌な思いをするかもしれない」

「ん」

「うまくいかない事も多いよ。味方がいないかもしれない」

「ん」

「それでも、行く?」

「ん! 行く!」


 よし。なら、止めない。

 全力でフォローするし、いつでも帰れるようにするけど、そこからはソレイユが考えて、悩んで、歩いていかないといけない。


「わかった。後でルネにお願いしに行こう」

「ん。あとね、お願いがあるの」

「いいよ。いってごらん」




 日の暮れた広場。

 辺りには厳かな空気があった。

 参列者は誰一人として声を出さず、時折静けさにしゃくりあげるような声が零れるだけ。


 皓々と焚かれた篝火の中心にソレイユがいる。


 もう涙の痕を隠さずに、凛とした姿勢で目の前の骨壺を見つめていた。

 その手にはおじいちゃんからもらった杖と、特別に用意してもらった漆黒のバインダー。


「ん。『風麗・雪花・舞踊・散華・相乗式=翠眼狼×輝天天球』」


 ふたつの合成魔法による極大魔法――相乗魔法。

 世界でソレイユしか使えない秘儀中の秘儀。

 一部の関係者にしか知られていなかったそれを、ソレイユは初めて多くの人の前で使うと決めた。


 呟くように唱えた声は、不思議と広場に響いた。


「相乗魔法、『風神セズ』」


 初めておじいちゃんが完成させた新合成魔法『翠眼狼』が吼え、烈風となって天上へと飛び上がった。

 翡翠の輝きがまるで空へのきざはしみたいだ。

 夜空を流れていた雲が綺麗に晴れて、満月が明るく大地を照らし出す。


 そして、ふわりと骨壺から灰が舞い上がっていく。

 同時に薄い光の花弁も浮かんで、灰が空の彼方へと旅立つのを見送る。


 おじいちゃんから母さんへの遺言にあったのだ。

 遺灰は空に流してほしい、と。

 その役目をソレイユが志願した。

 ちゃんとお別れをしたいから、と。


「大好き、おじいちゃん。バイバイ」


 ソレイユの囁き声が風に流れて届く。

 こうして僕たちは愛しい人と別れて、泣いて、受け取って、未来へと歩いていくんだ。






 ラクヒエ村のセズ。


 模造魔法を最も精緻に使用した天才。

 風の属性魔法を得意としたことから『風神』と呼ばれた。

 多くの武勲を持つが、それ以上に、多くの後進に影響を与えた人物でもあり、晩年まで先駆者として走り抜けた。

 孫にあたる第八始祖シズもまた、彼を尊敬していたという。

 生前は身分のために準騎士となったが、その死後、『自由騎士』の称号を受け、この称号は彼以外に贈られる事はないだろうと言われている。

これにて後日譚猫、最終話となります。


『風神』セズは最期まで描かなくてはならないと思っており、そして、その生涯は『生き切った』ものだろうなと考えておりました。

家族を愛し、人々を愛し、そのために戦い続けた男の生涯です。

そして、その想いは後世へと続いていくのでしょうね。


同時に再び設定のほうを『完結』に戻します。

何か思いついたら番外編を投稿すると思います。あんまり短くなりそうなら活動報告の方に投稿しますが、気が向いたときにでもご覧ください。

蛇足なのは百も承知で書いておりましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

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