19 お出迎え
19
男子寮の前で知らない男子がお出迎え。
あ、これ知ってる。
なんか、中学3年間でよくあったし。この後はね、お持ち帰りされちゃうの。やだ。怖い。乱暴しないで!
本当、乱暴にしないでください。顔はやばいからってボディならいいわけじゃないんですよ?
「聞こえないのか、平民」
相手は5人。歳はいくつか僕よりも上に見える。僕の背が低いだけかもしれないけど。
村では見たこともない高そうな服と今の言動。5人とも貴族みたいだ。
どうしよう。貴族に対する礼儀作法なんて知らないよ。
選択肢。
1、無言。
普通に失礼。
2、逃げる。
次回のご来店がとてもタノシミなことになる。
3、戦う。
不敬罪とか勘弁して。いや、学内ということで穏便に処理されるか?いやいや、普通に別の圧力がくるよね。
4、誤魔化す。
……いけるか?
「すいません、どなたかと勘違いされているのでは?僕は……」
「うるせえ、いいから黙ってついてこい」
強制連行ですか。そうですか。
寮に入ってすぐの用具室らしき場所に押し込まれた。掃除用具や不用品が置かれた1室。唯一の扉がすぐに塞がれて監禁完了。受付の管理人さんとか超見ないふりしてた。お勤めご苦労様です。
ああ。前世では数えきれないほど体験したけど、現世では初めてだなあ。郷愁?ないよ。嫌悪感だけだから。
「お前、Sクラスに入るんだってな」
魔法学園の1年目では魔力量に合わせてクラス分けが行われる。
上からS・A・B・C・Dで分けられる。これはバインダーによる計測ではなくて筆記によって詳細に量られた数値でクラス分けが行われる。
計測は明日の予定だけど、金ランクだけは確実にSクラスなので僕は確定している。金じゃないけどね。
「平民が調子に乗るなよ?」
やっぱりそういう用件だよね。
調子になんか乗ってませんから。さっきまで合格も定かじゃなくて怯えてましたから。
「調子になんか」
ドン!
言葉は打撃音で途切れた。
黙っていた内の1人が前触れもなく僕の前に出てきて、無言のまま壁を蹴りつけたのだ。僕の顔の真横辺りを。壁ドンって。
「黙れって言っただろ。お前はそこで俺の話が終るまで突っ立ってりゃあいいんだ」
この世界の貴族はヤクザなのでしょうか?
ダメでしょ。権力持たせちゃ1番ダメでしょ?
あの。足、そろそろ下ろされたらどうでせうか?お疲れでは?あ、大丈夫ですか。左様で。
最初の男がさらに一歩近づいてくる。睨んでいたのが急ににこやかな笑顔になられても物騒にしかならない。
「勘違いするなよ?別にこれは脅しなんかじゃない。俺たちは平民にも慈悲深いからな。事故がないように忠告してやってるんだ」
「忠告、ですか?」
「ああ。田舎者の平民は知らないだろうが昔からこの学園じゃあ残念な事故が多くてな。魔力が多いだけの平民が貴族と同格なんて勘違いすると事故が起きる」
それ事故ちゃう。事件や。
なんて指摘したら壁ドンですよね?
って言ってないのに壁ドン2回目入りましたー!やだー!
3人目が参戦してきて左右が足に挟まれ、正面には自称慈悲深い貴族さん。
「ほら。黙れっつうのにしゃべるから事故が起きた。次はどこに事故が起きるかなあ?」
さすがに空気を読んで沈黙を選んだ。
それに満足したように貴族さんは2人を下がらせる。
途端、みぞおちに重い拳が叩き込まれた。うずくまって咽る僕の頭上から言葉が落ちてきた。
「もう事故が起きないといいな?」
貴族たちが僕を残して用具室から出ていく。
さすがに念押しの念押しはこなかった。
用具室の壁に背中を預けて一息つく。
「よかった。いじめじゃなかったよ」
いじめなら無言で先制に1発。倒れたところを蹴って寝かしつけてからが本番。
体育用具室ならネットが辛かったなあ。障害物走とかで使うあれを頭から被せられて、立ち上がるとネットを引っ張られて転ばされ、転ぶとポールで叩かれ、起きると転ばされるのエンドレス。あと、石灰の袋に顔を突っ込まれた時もつらかった。
それと比べたらこんなのでいじめって(笑)。
あれはお互いに不干渉で行こうじゃないかって提案でしょ?
それも彼らより上からの指令なんだろうなあ。こういう実行部隊は大体、大貴族の下っ端って相場が決まっているし。
最有力候補は金ランクの新入生かなあ。上級生はまだ僕のこと知らないだろうし。えっと、名前は知らないや。確か『蒼のエレミア』とか呼ばれてたっけ。なんだろ、それ?
服の汚れを払って荷物を拾う。
ダメージなんて最初からほとんどない。
やだなあ。リエナさんとの組手で何度苦汁をなめていると思ってるんですか?あっちは一撃で意識奪いに来ますから。それを必死になって中途半端に避けるから激痛になるんだよ。
ともかく基本方針は決定。
貴族には近づかない。クラスでは背景に溶け込む。
クラスというのはあくまで1年次のグループ分け。
午前中の座学や基礎訓練ぐらいしか団体行動にならない。
肝心の午後から始まる各教師による個別指導は別行動だ。
「あー、でも、気を引き締めないとな」
思い出してみれば僕は現在12歳で今年で13になる。つまり、前世でいう中学生だ。
前世でのいじめはこの時期がきっかけだった。オタばれから始まった悪夢の3年間。学校のある日は1日たりとも心安らぐ時がなかった。
奇しくも場所まで学校と同期している。
前世で最大の過ち。
僕は同じ地点に立っているんだ。
2度と同じ過ちは繰り返さない。
決意を新たに僕は用具室を後にした。
「さて、僕の部屋は……」
廊下に戻って入口の受付に行く。
係員のおじさんはあからさまに迷惑顔で僕に部屋の鍵と名札を渡して、無言でどこかに行けと顎を振った。
まあ、貴族様に絡まれているの余裕でスルーしてましたもんね。
曖昧な笑みで場を濁して部屋に向かう。3階の1番奥か。
元城塞ではあるけどそのままでは不便なので階段の位置などは調整されている。一本道を延々と歩かされることはなく、すぐに指定された部屋に着いた。
寮は全て2人部屋。
まずは自分の名札を所定位置に掛けた。扉の横には木製の名札が引っかけられており、これが表なら在室。裏なら外出中を意味している。もうひとつの札は表。
名札の名前はルネウス・E・グランドーラ。
(いるんだ)
自然、鼓動が早くなる。
クラスと違って寮は余程の事情がなければ在学中は変えられない。嫌なら第3区画で宿をとるなり、自宅でも用意しないといけなくなる。
つまり、ルームメイトは僕にとって学園生活を左右する重要なファクターだ。
天に祈る。
神様、僕に友達をください!
3度の深呼吸で気を落ち着けて、それでも震える手でノックする。
中からハーイと明るい声が返ってきて、バタバタと音がして中から戸が開けられた。
「もしかして君がルームメイトのシズくん?」
耳に心地よいソプラノボイス。
向こうも緊張しているのか少し焦りながら懸命に自己紹介を始める。
「えっと、は、初めまして。ボクはルネウス・E・グランドーラって言います。今日から同じ部屋だね。よろしくお願いします。ルネって呼んでくれたら嬉しいな」
丁寧にペコってお辞儀すると柔らかな笑顔を向けてくれる。
サラサラの髪からほのかに石鹸の香りがして、不覚にも鼓動が高くなった。
僕は開いたドアを静かに閉じた。
昔とは違う。
迂闊なことはしない。
5回深呼吸する。
目を瞑って天を仰ぐことしばし熟考する。
そして、結論は出た。
ダメ。限界。
「なんで女の子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
我慢しきれずに絶叫してしまいました。
この気持ち、叫ばずにはいられない。
はじめてルビを使ってみました。使い方を教えてくださった方、ありがとうございます。
 




