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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫
225/238

後日譚猫15 戦隊

 15


 第六始祖。

 失伝の魔法使い。

 真実の始祖。


 なんて、大仰な言い方はする必要ない。つまり、喪女。

 あまり認めたくないけど、すっごい嫌なんだけど、認める事に抵抗感が半端ないんだけど、こんな事を思っているなんて知られたらうざく絡んできそうだけど、まあ、その、なんだ。


 あいつは掛け値なしの天才だった。


 万象の理に独力のみで到達。

 始祖権限の譲渡。

 構成魔法の作成。


 でも、中でも群を抜いているのが、模造魔法の創造だと僕は思う。

 そのおかげで始祖亡き後も、人間たちは魔族に対抗できたのだから。長期的視点に立てば断トツと言ってもいい。


 そう、模造の魔法だ。

 この模造魔法で僕は創造魔法も崩壊魔法も再現できた。

 万象の理に刻まれた法則なら引き出せるのだから当然と言える。


 そして、異界原書を弟子一号に任せて、色々と贅沢な環境にあったんだなと実感した時に思った。


 これ、再現できんじゃね?


 大元が万象の理と、異世界の理で違うものの本質は一緒で、今は無理なくこの世界に存在する力だ。

 なら、そこに刻まれた法則を引きだせるのが道理だろう。

 既に模造魔法という手段が確立しているのだから、難題ではあっても無理ではない。

 問題は魔造紙に書き記せるかどうかだったのだけど、その辺りもなんとかなった。

 異界原書に内在する異世界の魂について語ればいいのだ。

 管理者の双子曰く、魂ではなく、偏重した可能性だとか、積み重ねた事実とか、よくわからない事を言われたけど、まあそんな感じについて。


 何度も術式崩壊を起こしたけど、その辺り僕は学生時代に師匠と何度も経験しているプロ。

 失敗を重ねながら、少しずつ文章を書き続けて、双子とも相談して、そうして裏山にいくつものクレーターを生み出して成功させた。




 まあ、模造魔法の性質上、どうしても劣化してしまうのだけど。

 この空間跳躍にしても村から王都なんて無理。せいぜいが王都の中ぐらいまでが範囲内だ。

 でも、今はそれだけあればいい。


 何より、今まで実戦に使った事がないというのが重要だ。

 いくら僕を研究しているミシェルでは、これの対策は練れないのだから。


 放った魔造紙から直径一メートルほどの白い平面が生まれる。

 本当なら僕が現場に飛んで、解決して、次にといきたいけど、枚数の関係でそれは無理。

 だから、手を増やす。


「リエナ、来て!」


 呼びかけると、その向こう側から誰かが飛び出してきた。

 リエナからしたら、いきなり目の前に白くて四角い何かが生まれて、その向こうから僕の声がしたという状況なのによく応えてくれたな。

 さすが、リエナだ。


「ん!」

「にゃあ!」

「にゃ!」

「なあ!」

「うわあ!」


 え?


 光から飛び出してくる五人・・

 槍を片手に飛び出したリエナはいい。

 だけど、その背中には三匹の子猫がくっついていて、足元でルネが転んでいた。


「……えー」


 距離とかが劣化していたとは思っていたけど、まさかここまで適当な瞬間移動になってしまうなんて。


 しかも、猫耳組は僕と同じ仮面を装着していて、色違いのかつらをつけていた。

 リエナが赤で、ソレイユが緑の、ルナが黄色に、ステラが桃色。

 それ、ルネにお願いしていた皆のための変装道具じゃん。わざわざ色違いを用意してくれたのはいいし、かつらをつけても猫耳を隠さないのは最高だけど、そのせいでなんだか戦隊ものみたいになってる。これ、なんて猫耳戦隊? 猫耳ブルー()だけ猫耳ないんだけど。


「ええー」


 僕の戸惑いを他所に、子供たちを下したリエナは辺りを一瞥。


「シズ、どうするの?」

「あー。よし。リラとミラから話は聞いているよね? その麻薬を撒こうとしている人間の場所に飛ばすから、対処してほしいんだ」

「ん」


 ぼんやりしている暇はない。

 子供たちは心配だけど、こうなれば守りながら対処するだけだ。

 考えてみればさっきまで緊急事態とはいえ切迫しすぎていた。真剣に対処する必要はあっても、精神的な余裕は残しておかないと僕はやらかしかねないじゃないか。

 いい具合に肩から力が抜けたと前向きに思っておこう。


 幸い、子供たちは近くのミシェルに猫耳としっぽの毛を逆立てて威嚇していて、勝手に動き回る様子はなかった。

 ほら、ルナ。気持ちはわかるけど、短槍でつつこうとしちゃダメだよ。そいつ、子供の教育に悪いから。


「いけ。『探枝』『潜糸千耳』」


 再び異界原書が元となった魔造紙を二枚。

 僕の足元や、指先から不可視の糸から伸びて、すぐに王都の各所で行われている凶行が脳内に伝えられてくる。

 ぐっ、管理者の双子が情報の取捨選択をしてくれていたけど、模造魔法になるとそれも僕がやらないといけないのがつらい。その辺り、劣化してくれていて助かったかもしれない。


「リエナ! 西側大通り中央! それと途中の・・・貴族街にいる五人、お願い! 終わったら北側を!」

「ん!」


 僕とリエナに余計な言葉はいらない。

 呼びかければ、その場で飛び上がるリエナ。

 僕はその足を手のひらに載せて、一気に西の空に向けて投げ飛ばした。


 リエナは途中で強化の輝きを纏い、飛翔の最中に所々で雷の属性魔法を放っていた。僕の脳内では貴族街で暴れようとしていた男が五人、次々と雷撃を受けて倒れる姿が見える。

 そして、当人は成果を確認することもせず、危なげなく王都の反対側、西区に着地。

 突然の飛来に唖然とした男の手から粉袋を叩き落とし、スパコーンと槍を一閃して吹き飛ばす。

 今の男で気配を覚えたのか、騒動の起きている音が聞こえるのか、リエナは近くの襲撃者に最短距離で向かっていった。


 これで西側から北の制圧はすぐに終わるだろう。

 僕はこの東と南側を制圧……え? ちょっと!


 子供たちが何やら赤い輝きを纏っている。やたらと見慣れた輝き方は強化の付与魔法だった。

 えっと、もしかして、ソレイユが書いたの? そのバインダーは……おじいちゃん!? でも、術式なんて教えてないのに……見て、覚えた? 覚えちゃったんだ……。

 凝縮はしてないけど、その光り具合は僕の書いた奴より強いっぽい。


「あっち、やなのいる」

「ん!」


 ステラが南側を指差し、即座にルナが走り出した。

 小さい頃のリエナを彷彿させる、滑らかな走法だ。

 集まり始めていた群衆の中をすり抜けて、僕が向かおうとしていた先にいた男に急接近。一瞬も止まることなく、すり抜け様に手首を打ち据え、顎を跳ね上げ、膝裏から掬い上げて転倒させてしまった。

 男が取り落とした粉袋を嫌そうに拾い上げて、近くにいた警邏騎士に渡している。


「お父さん、私たちも手伝う」

「ん。はい!」


 宣言してくる娘たち。

 止めなくてはと言葉を発する前にステラが一冊のバインダーを渡してくる。


「え? 待って! って、ええ!?」


 僕が驚いている間に、ソレイユとステラがルナの方へと走り出してしまう。

 二人ともルナほどではなくても走り方が上手い。僕が追いかけるなら群衆を吹き飛ばしながら突き進むしかないぞ。

 けど、いくらなんでも子供たちだけでは危険すぎる。


「シズ、子供たちの事はボクが見ているから、シズはシズにしかできないことをやって」


 ルネが子供たちを追って走り始める。

 気持ちはありがたいけど、書記士のルネではとても追いつけそうにない。


「大丈夫。もう追わせてあるから」

「ああ。あれ、ルネが呼んだんだ」


 王都の上空に生まれる巨大な影。

 正確には群れ。


 召喚魔法の『命名:晶鳥』をベースに強化の付与と氷の属性を加えた合成魔法『雪花鳥』。


 群体という制御の難しい魔法なのに、ルネが召喚した鳥たちは整然とルネについていく。さすが合成魔法の管理者。


 あまり時間はないけど、四人の行動を観察する。

 ステラが見つけて、ルナが打ち倒し、ソレイユが魔法でフォローとバランスの良いチームプレイを展開する子供たち。

 ルネは追いかけながら、子供たちが倒した相手の粉袋を氷漬けにしたり、駆けつけた警邏騎士に指示を出したり、後始末をしてくれている。


 大丈夫みたいだ。

 こうなったら娘たちを信じて任せよう。

 実際にできてしまっているし、ルネがいるなら万が一もないだろう。

 保護者としては娘たちの才能を喜ぶべきなのか、勝手な行動を憤るべきなのか。


「ったく、あとでお説教だぞ」


 受け取ったバインダーを開いていた後ろ腰の留め具に設置しながらぼやく。

 誰に似たのやら、と言えば自分の子供の頃を思い出してしまい、何も言えなくなってしまう。

 ああ。甲殻竜事件の後に色んな人に叱られたけど、叱る側の気持ちがわかるようになったんだな。


「始祖様の令嬢はさすがに違いますね」


 この展開には驚いたのか、立ち尽くしていたミシェルが近づいてくる。

 それでも、未だに表情からは笑みが消えない。


「ですが、よろしいので? 奥方が西と北、令嬢たちが南。この周辺はどうされるので? その探索らしい魔法も時間制限があるのでは?」


 察しのいい事で。

 既に『探枝』と『潜糸千耳』は効果を終えようとしている。

 各所ですごいスピードで敵を制圧している様子もほとんど見えない。


「潜んだ襲撃者も移動しますよ? そうなれば折角、見つけたのが無駄になってしまいます。すぐに動かなくていいので?」

「それなら、もう終わってる」


 東区に潜んでいた襲撃者は最初の一人とルナが倒したのも含めて十人。

 残りの八人は既に氷の蔦花に覆われている頃だろう。


 異界原書の『凍花』の模造魔法。

 絡め取った標的を凍結させる氷の蔦は、『探枝』を伝って届けた。

 子供たちの行動をすぐに止められなかったのは、リエナを投擲した直後にバインダー内発動させていたからだ。


「そうでしたか。でも、被害ゼロとはいきませんでしたね」

「ミラを信じるさ」


 無差別テロへの対処としては驚異的な速度だろう。

 僕たちだけじゃない。

 騎士団が不審者を制圧してくれた所もあった。

 それでも全てを救うには数が多すぎた。中には粉袋を撒かれてしまった場所もある。


 『心象賛歌』を吸ってしまった人もいる。

 メリスから情報を聞き出したミラが対処してくれると祈ろう。


「令嬢たちを追わないのですか?」

「そっちも信じると決めた。どうした? 僕がここにいるのが不都合か?」


 ミシェルの言う通り、子供たちを追わなかった理由はある。

 これという確信があるわけじゃないけど、ミシェルから目を離してはいけないと思うのだ。


 いや、そうだ。動けないように拘束しておくに越した事はない。

 戦力としては無害だから、もうその命が長くないから、捕まえても散布は止まらないから、そんな理由があって放置していたけど、泳がせるメリットもないなら捕まえておいた方がいいに決まっている。


「おっと、その目は怖いですね」

「腹に力入れといた方がいいぞ」


 ミシェルが僅かに後退した一瞬。

 武技を駆使して間合いを詰め、無防備な顎をカチ上げた。

 景気よく吹っ飛んだミシェルはもう立てないだろう。少なくとも一時間ぐらいは。


 なのに、


「いやあ、これは利きますね。ふふ。始祖様直々に殴打されるとは光栄ですよ」


 平然と体を起こすミシェル。

 戯言を流す口調にも、体の動きにも無理がない。

 ずっと持ったままの『心象賛歌』の瓶を揺らして朗らかに続ける。


「実は僕もこれを飲んでいましてね。僕が『原料』だけあって、他の人より理性は残るみたいで助かります。おかげで、体の方も無理が効きまして、痛みとかは感じません」


 後から後から情報を小出しにしやがって。

 少しは落ち着いた感情を逆なでされたみたいだ。


「……氷漬けにされても動けるか?」

「これは手厳しい。僕程度が限界を超えても、そうなっては動けないでしょうね。ですから、次の出し物といきます。思いの外、早く対処されてしまったので少し焦りました」


 言葉が終わるよりも早く。

 魔造紙を発動させようとした僕よりも先に。


 いくつもの爆発音が王都に響き渡った。

作者の想像以上にミシェルが粘る……。

テロリスト的な人間の対処を考えていると、現実に立ち向かう特殊部隊の人たちの苦労が少しわかります。

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