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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫
222/238

後日譚猫12 ミシェル

本日、書籍版3巻発売という事で更新しました。

いや、昨日秋葉原に行きましたらすでに平積みされていましたけどね。公式発売日、という事で。

 12


 とんでもない発言と、自己紹介をした青年――ミシェルはニコニコと変わらず微笑み続けている。

 別段、悪趣味な感情は見当たらず、寧ろ純粋な喜びで満ちていた。とても闇組織の首魁には見えない。

 かといって、嘘を言っているようにも見えない。いや、そう見せないのが詐欺師なんだろうけど、僕たちが虚実を確かめるのは難しくない。

 ちらりとリラを見れば、小さい頷きが返ってきた。


「嘘はついてない」


 人の嘘を見分けられるリラが言うなら間違いない。

 ミシェルは『日影の底』の首魁だ。少なくとも本人は本気でそう主張している。


 けど、言ったようにミシェルから強者の気配はない。

 それは武力という意味だけでなく、カリスマみたいな主導者的な意味でもだ。

 田舎町の住人と言われれば納得できただろう。少なくとも、見た目はただの人。僕と同じぐらいの歳の普通の人。


 そのはずなのに、空から二人を睨んでいるルインの目から嫌悪は消えていない。

 僕も感じた異質な気配は相変わらず。


 それにどうして僕の正体を知っているのか。

 第八始祖シズは大戦で命を落としたというのが、世間での常識なのに。

 事実を知っている友人たちが漏らしたとは思わない。皆、この情報の重大さは心得ているはずだ。若干、不安の残る面子がいないとは言わないけど、そちらには近くにフォローできる人間がいるし。

 もちろん、僕の変装がずれているとか、そんな落ちじゃない。


 ともかく、いくら考えても答えは出ないだろう。

 正直に名乗り出てくるぐらいなのだ。こちらも正面から聞いてやろう。


「……お前が、元凶だって?」

「はい。正しくは『僕たちが』ですけど」


 隣の陰気な樹妖精の男を示しつつ、ミシェルが頷く。


「はん。貴様ら人間と同格に見られるとは、不愉快だな」


 どうもメリスは人間嫌い、或いは妖精族至上主義のようだ。

 僕たちはおろか、同族の姉妹も、あろうことか仲間のはずのミシェルにさえも不快そうな目を向けている。


「メリスさんは、他種族との共存を選んだ妖精族が嫌で大陸を出たんです」

「当たり前だ。短命で、愚かで、貧弱な動物などと同じレベルなど、怖気が走る」


 うん。

 こいつは実にわかりやすい。

 動機も目的も方法も出揃っているというか、なんというか。


「じゃあ、とりあえず……」


 所作と歩法と気配、それぞれで同時にフェイント。

 何を見たのか、或いは見えなかったのか。この場の全員が驚きで硬直した。

 きっと皆は僕の姿を見失っている。これはそういう技術だ。

 その瞬間を逃さない。


「制圧、と」


 僕は死角からメリスの懐へと踏み込み、そのまま最小の動作で拳打を放つ。移動のエネルギーと、身を沈めて生み出した落下エネルギーを合わせて放つ打撃。

 メリスは、まるで反応できずに直撃を受けて、派手に吹っ飛んだ。

 ゴロゴロと転げ回った上に、しばらく地面を滑って、ぐったりと倒れて動かない。


「いけ。『縛鎖界――歩測圏』」


 更に二十倍凝縮の結界魔法を発動。

 メリスは真紅の結界に包まれ、これで例え意識を取り戻しても脱出は不可能だろう。


 ここまで終えたところで、皆の視線が僕に戻ってくる。


「……あなた、容赦ないわね」

「そう? ふざけた研究する奴って言うのは間違いないんだし、のこのこ表に出てくれたんだし、余計な事をされる前に捕縛しておくべきでしょ」


 どこか呆れたような顔のリラに返す。

 ミラは……なんか脱力しているな。ちょっとレアな雰囲気だ。


 いや、これは僕は悪くないでしょ?

 樹妖精は基本的に人間より強い。

 身体能力然り、種族特性然り、油断なんてできない。

 なら、相手の隙を突いて、先制圧倒しておくに越した事はないだろう。だって、本人も、仲間も、ミラも間違いなく敵だと保証してくれたのだから。


「で、残るのはお前だけだけど、どうする?」


 首魁の片割れが瞬殺されたというのに、未だにニコニコと笑っているミシェル。

 これは余裕なのか?


 打ち倒すだけなら簡単だ。小細工抜きで、真正面から殴りかかればすぐ終わる。こうして問答するまでもなく、メリスと同じように制圧するのが正解とわかっている。

 だけど、どうしても踏み切れない。


 異質な気配。

 謎の多い言動。


 それのせいだろうか? 僕が迷うのを計算して演出しているというなら脱帽だ。


「どうぞ、始祖様の御随意に。ここには僕しかいません。伏兵なんて無粋な真似もしていませんし、もちろん偽者でもありません。『日影の底』を壊滅させるには、僕の身柄を捕らえるのが最も効果的でしょう」


 再びリラに視線を送る。頷くリラも理解できないとばかりに眉を顰めていた。

 そう、理解できない。

 制圧に迷うのはそのせいだ。

 この状況で出てくる理由がわからない。

 闇組織というのは言葉の通り、闇に潜むから脅威なのだ。どんなに力を蓄えたところで、表に出てしまえば周囲に圧殺される。少しずつ、削り取られていくように。

 それが僕たちの前ともなれば瞬殺は必至。


「なんで、出てきた」

「始祖様にお会いするためです」

「リラ、嘘をついている時だけ教えて」


 こうして会話を続けるのが間違いとはわかっているけど、どうしても嫌な予感が拭えない。

 ミシェルの思惑に乗っているのか、反らしているのか、それすら判断がつかない。


「僕に会いたい? どうして?」

「そんなのただただお会いしたかったからに決まっているじゃないですか」

「……そもそもどうしてお前は僕の事を知っているんだ」


 この期に及んで白を切っても無駄だろう。

 その質問を待っていたとばかりにミシェルはスラスラと語り始めた。


「僕が『日影の底』を継承して、ここ数年。正体不明の何者かに組織の関係者が次々と襲われ始めました。狙われたのは顧客だったり、隠れ蓑だったり、濡れ衣だったりと色々でしたが、共通点は襲撃者の正体が一切不明だった事です。国家の中枢やその関係者ともご縁のある僕たちが、まるで襲撃者について掴めないんです。正体どころか、どのような手段でやられたのかすらわかりませんでした。不思議でしょう?」


 あ、それは僕だ。

 王様のお悩み相談をした後に、悩みの種がなくなるという例のあれ。

 なるほど。別に『日影の底』を狙い撃ちしたつもりはないけど、王国中に根を張る闇組織にも痛撃を与えていたわけか。


「そんな謎の襲撃にされるがまま数年が過ぎたある日、唐突に情報が増えました。

 敵は魔造紙を使う。魔法士だ。

 杖を武器にしていた。妖精族に伝わる稀少な金属のようだった。

 とんでもない武技だった。ブラン兵よりも上かもしれない。

 複数犯ではない。一人。

 青い髪をしていた。仮面をつけていた。

 そんな感じの情報がちょっとずつちょっとずつ集まり始めました」


 ……弟子一号に異界原書を継承したせいか。

 それまでは異界原書で痕跡を隠したり、瞬殺していたけど、それができなくなった。

 以来、仮面とかつらを装着し、武技と魔法で対処していたんだけど、完璧な偽装とはいかなかったか。


「僕たちはそういった情報を集めました。しかし、情報を集める程に困惑もしました。こんな強者は世界にも数えるほどしかなく、その全てが著名人。襲撃時のアリバイが簡単に証明されてしまうのです。そして、彼らの中に襲撃が可能だった者はいませんでした」

「それこそ、複数犯だったんじゃ?」

「そこまで大規模に動くのなら、小出しの襲撃ではなく一斉に攻めるものでしょう? じわじわと追い詰めて愉しむ方々ではありませんし」


 僕も言っておいて説得力がないなとは思った。


「どうやら、王都に現れる『青髪さん』が襲撃者のようですが、彼もなかなかに正体不明です。そこで組織の捜査は行き詰りましたが、僕だけはどうしても諦めきれなかった」


 目を輝かせてにこやかにミシェルが続ける。

 自分の組織を壊滅に追い込もうとした人間の話題なのに。表情は歓喜で満ちている。


「心当たりがあったのです。そう、魔族の壊滅と共に命を落とした大英雄。第八始祖、シズ様に似ているな、と」


 いや、それはどうだろう。

 確かに似た特徴だ。だって、僕だし。そりゃあ、どうしても似る。

 だけど、特定するほどの情報ではない。


「ええ。だから、もっと情報を得ようと徹底的に調べさせました。わざと組織の一部を餌にしてまでね」


 ……泳がされていたのか。

 観察されていたと思うと、僕の不手際が出てくるぞ。何度か合成魔法や崩壊魔法も使ったのだけど、それは失敗だった。

 前者はまだ一部に伝わっているので特定には至らない。でも、崩壊魔法は僕だけの魔法だ。弟子一号が偽者騒動の際に使おうとした、見よう見まねの超劣化版ですら、ほんの一握りなのだ。


「おかげで『青髪さん』と始祖様が繋がりました」


 我ながら迂闊だった。


「それでも、僕だって思うかな? 死んだはずの人間だよ」

「思いますよ。そもそも僕は始祖様が亡くなったなんて、微塵も信じていませんでしたし」


 勝ち誇るわけでもなく、純朴に笑い続けるミシェル。

 なんだ? 気持ち悪さが増した気がする。


「始祖様ほどの方が、魔族など相手に命を落とすわけないでしょう?」

「……なんで言い切れる」


 実際、最終決戦を目撃した人間なんて一人もいないけど、あの時は一歩間違えれば僕だって魂を引き抜かれて死んでいたんだぞ。

 ……思い返してみれば、あそこで魂を抜かれて、僕の肉体に魔族の魂を入れられたら洒落にならん事になっていたな。始祖の魔人化とか考えたくもない。検証のしようがないからわからないけど、魔人になっても始祖権限を持っていたとしたら、それこそ人間も妖精も竜も全滅していてだろう。

 まあ、つまり、それぐらいには追い詰められていた。


「だって、始祖様こそが至高ですから」

「……は?」

「いや、至高なんて言葉じゃ全然足りません。最高? 究極? 至極? 極致? 極点? 無上? ああ、どうやって言葉にしても語れない。ふさわしくないですね。始祖様の素晴らしいお力を伝えるには言葉は無力すぎます」


 ミシェルは熱狂するわけでもなく、日常会話のように語り出す。

 狂信的な内容を口にしながらも、高揚する様子がないのが不気味だ。


「僕は『日影の底』を継ぐ前からずっと憧れていました。あなたの噂を聞くたびに感動で身を震わせました。魔の森を壊滅させ、王都では魔神を滅ぼし、ブランでは武王を倒し、竜王さえも屈服させ、妖精は配下に収め、遂には魔族を駆逐する。このような偉業、あなた以外の誰にもできやしない」


 何を言い出すかと思えば。

 確かに事実と符合する点はあるけど、僕は結局武王に勝てたなんて思っていないし、ルインを屈服――はちょっと違う、はずだし、妖精族を支配したわけでもない。

 世間からはそう見えたかもしれないけど、事実と違うのはすぐにわかるはずだ。

 少なくとも今こうして、僕がリラとミラとルインを相手に見下していないのは一目瞭然だろう。


 率直に思う。

 聞くに堪えない。


「つまり?」

「僕は始祖様をお慕い申し上げております」


 畜生。

 どこぞの変態王子がかわいく見えてきたぞ。

 これと比べたら、まだあっちの方が正気だ。


「言いたい事はそれだけ?」

「ええ。僕の目的は『始祖様の中に残りたい』だけです。ですから、後は始祖様の意のままになさっていただければ幸いでございます」


 貴方の手で倒されたい。


 そんな言葉を紡ぐミシェル。


 ああ。気持ち悪い。

 できれば、リラから嘘をついているという指摘が飛んできてほしいところだけど、そんな様子もない。

 どうやら、心底――言葉の通り、心の底から『第八始祖』に心酔しているようだ。

 けど、そんな人間はいない。僕はお前の想像するような人間じゃない。


 付き合いきれないな。

 僕にやられるのが望みというなら、ここで叶えてやるよ。

 メリスと一緒だ。麻薬の事や、組織の事なんかは、殴って制圧した後に聞き出せばいい。

 握り込んだ拳を放とうとして、


「でも、それだけだと、ただの始祖様に成敗された一人になってしまいますね」


 寸前で止めた。

 これが命乞いの言葉だったり、他の人間が口にしたのなら振り抜いていた。

 だけど、ミシェルは一向に変わらない口調で続けている。その口ぶりに、嫌な予感がして仕方がない。


「欲を言えば、始祖様の中でも特別になりたいです」

「だから?」

「あなたに『傷』をつけたい」


 勘弁してくれ。

 いや、本当に。

 やっぱり、ここは殴って終わらせよう。


「だから、人質を取りました」


 人質?

 誰を?


「リエナも子供たちも手を出せないだろ」

「もちろん。かの『聖槍』様たちに危害を加えられるなどと驕ってはおりませんよ」

「じゃあ、ラクヒエ村? それとも僕らの村?」

「それこそ、まさか。『雷帝』の守る村に手出しするなど無謀に過ぎます。あなたの村は……どうなっているのでしょうか? 近寄る事も叶わないとは思いもよりませんでした」


 異界原書の存在を知らなければどうしようもないだろうね。

 特に弟子一号は変身のスペシャリスト。動物にだろうが、魔物だろうが、人間だろうが、好きに変身できる。

 それらを巧みに扱えば、侵入者を撃退するどころか、接近すら許さない。


 っていうか、魔人村のことも把握しているのか。実態はともかく、僕が滞在する秘境がある、っていう程度だろうけど。


 じゃあ、他の人質はどうか?

 こういってはなんだけど、僕の知人友人というのは少ない。

 ……いや、僕の交友関係に問題がないとは言わないけど、言えないけど、最大の原因として『始祖』の肩書があるせいだ。

 そんな少ない人たちの中で、闇組織が狙える人物はどれだけいるだろうか?


 ルネ? クレア?

 普段からそれなりの警備がついているし、今はリエナたちと一緒だ。無理だろう。


 王様?

 もっと無理だ。今の騎士団は以前と違う。


 ブラン方面?

 あの脳筋集団の守りを突破できるわけないだろ。


 妖精?

 わざわざソプラウトに出向いて? しかも、あちらには妖精族の防人がいるし、樹妖精の警備がある。闇組織程度じゃ手は出せまい。


 竜族。

 論外。竜の島の所在地を知っているのはごく一部で、そもそも竜を相手に喧嘩を売れる程の戦力などあるまい。


 気になると言えば、このフォールという金竜の存在だけど、そんな大物なんてなかなかいないだろう。

 いたとして、この程度なら前に名前を出した面々はどうとでも対処できる。ルインが手間取ったのは、あくまで条件が悪かったからに過ぎない。


「はったりのつもり?」

「いいえ。人質はいますよ。すぐそちらに」


 ミシェルは王都のほうを片手で示し、もう一方の手でポケットから小さなガラス瓶を出す。

 中には何かの粉末が入っていた。


「新型麻薬『心象賛歌』。最高純度の粉末です」


 『心象命果』ではなく、『心象賛歌』か。

 ミラが言っていた通り、何かしらかの進化、と呼ぶには抵抗があるな。変化があったのか。


 それにしても最高純度ね。

 出回っていた麻薬では一厘しか入っていなかったというけど、これは千倍の濃度を持っているという意味になる。

 恐ろしい事実だけど、今は確たる脅威ではない。ばら撒こうとしても、それより先に対処できる。


「我々は『日影の底』が所有するほとんどの粉末――そうですね。大体、酒樽に百個ほどの量を、即座に王都中に散布する準備があります、と言ったらどうしますか?」


 それは……。


 想像したところで絶句する。

 今までの聞いた話に、前身である『心象命果』の情報を加えて、対策まで考えて止まる。

 散布方法を特定しないと何とも言えないけど、高確率で僕では対処できない。


 僕の考えがその事実に及ぶのを待ったように、ミシェルは一層柔らかく微笑んだ。

 邪気のない、まるで子供が親に褒めてもらった時のような喜色に満ちた、それ故におぞましい微笑みだった。


「そうです。人質は王都の人間すべてです」

最近、急激にお気に入り登録が増えていてビックリしております。

日間ランキングはたまにありましたけど、週間ランキングにまで名前が上がるのは久しぶりです。

やはり、書籍発売の影響でしょうか?

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