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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
22/238

18 過去の影

 18


 僕を囲むのは重厚な雰囲気を纏った老人と教師たち。

 『好々爺』という言葉に真っ向からケンカを売っているような厳格さに胃が痛い。

 思い出すなあ。お母さんのお説教。あれ?この人たちがなんだか怖くなくなったよ?

 さすがお母さん。いつだって僕を見守ってくれているね!


 ちょっとだけ気を取り直して周囲を観察する。

 ここは学長室。

 つまり正面に座っている老人とは思えない鍛え抜かれた筋肉の装甲を纏った老人が学長なんだろう。左目を通過している獣の爪痕が凄みを増している。教育機関の住人とは思えないんですけど。鬼軍曹とかの肩書きの方がよほど似合う。

 左右には鋭い目つきの白髪と笑顔だけど笑っていない金髪の教師がいる。

 そして、唯一の入り口を左右で塞ぐ偉丈夫。学長にも勝るとも劣らない老兵。いや、だって2人とも武装してるんだもん。教師じゃないでしょ。兵隊でしょ?

 昼間なのにカーテンは閉め切られて、ろうそくの僅かな灯りしかない薄暗い部屋。

 長い沈黙を破ったのは学長だった。


「金まで上がってから黒か」


 もう何度も同じことを説明しているので僕は黙って頷いた。

 学長の机の上に問題のバインダーがある。やはり色は漆黒のままだ。

 一旦持ち上げてから落とすとか。バインダーまで僕に厳しい。世界の法則になっているの?シズは痛めつけとけって。


「前例はないのだな?」

「ありませんな。創立500年。前代未聞です」


 偽笑顔が保証する。

 やったー!ギネス登録間違いなしだね!

 ……嬉しくない。おうち、帰りたい。

 学長は反対の鋭角目に尋ねる。


「魔力の有無は?」

「魔導筆で確認しました。金ランク相当の魔力量なのは間違いありません」

「はっきりしない物言いだな」

「金ランクの文字数を書いても魔力が切れません。この方法で総量を調べるには時間が掛かるでしょう」


 ここに来る前に向こうが用意した道具で延々と筆記をやらされた。2時間が過ぎたところでストップがかかって、もう十分だと言われてしまった。

 まだ成長中なのは黙っておいた。


「バインダーは?」

「問題ありません。機能も正常に果たされています」


 教師が用意した魔造紙を挟んでみたけど、バインダーの保存機能は正しく作用していた。

 室内に重い空気と誰の物ともしれない溜息が漏れた。


「また、このバインダーの色は黒ではありますが、元の物よりだいぶ濃度が濃くなっております」


 鋭角目が無添加のバインダーと並べてみせる。

 元が暗い灰色なのに対して、僕のバインダーは完全な黒。

 合格基準の『バインダーを変色させる』という要綱は満たしているともいえる。


「シズと言ったな?」

「はい!」


 もともと起立していたけど背筋を伸ばす。

 いや、鉄球みたいな拳を組んで睨まれれば姿勢も正すよ。本人は睨んでるつもりはないかもしれないけど。

 でも、なんだろう。何か複雑なものを抱えているような表情だなあ。


「はっきり言おう。君のバインダーについて我々にも事態が把握できん」


 潔い発言だった。おかげで「はあ」としか返せない。


「バインダーは始祖の技術そのままだ。製作者も秘伝通りに作っているだけでな。詳しい解析も成功しておらん」


 ブラックボックス。

 この世界の魔法がいかに始祖の技術の上に成り立っているかがよくわかる。なにせ魔法の名前からして模造魔法なのだから納得だ。


「だが、君の素質に不足ないこともわかっている。儂の権限で入学を認めよう」


 左右の教師2名は若干、不満そうではあったものの異論は出なかった。

 ほっとした。

 こんなに焦ったのは甲殻竜以来かもしれない。

 もう少しで5年間の努力が水泡に帰すところだった。


「時間を取らせて悪かった。教本や手引きを用意させよう」


 学長が視線を送ると偽笑顔がのんびりと退室していった。

 扉が開いた時、外が騒がしかったけど何かあったのだろうか。僕が原因でなければいいんだけど。

 ともあれ、結論が出て場の空気も少し和らいだ。


「しかし、君みたいな生徒は初めてだ」

「すいません。ご面倒おかけします」

「構わん。生徒の苦労を背負えんで教師は名乗れん」


 かっけえ。

 怖い人だと思ったけど立派な教育者みたいだ。

 なんだかこれからの学園生活が楽しみになってきた。


「まだ個人調査票を書いてないな。準備ができるまでに書くかね?」


 合格者が記入する個人情報の書類だ。

 騒ぎのせいで僕だけ未記入だった。他の人は既にまとめられて学長の机の上にある。

 僕は急いで用紙に記入していく。場所がないので学長の机を借りる形になって恐縮だった。というか見られていてなんか書きづらい。


「ふむ。シズ。12歳か。その歳で凄まじい魔力だな。出身は……ラクヒエ村?」


 ラクヒエ村の名前が出た途端に学長の顔が歪む。

 何その顔、笑っているの?怒っているの?感情が読めないんですけど。


「セズという名前に覚えは?」


 覚えも何も。


「セズは僕の祖父ですけど」


 長老とばかり呼ばれるけどおじいちゃんはセズという。

 途端、鋭角目が驚愕に目を見開いた。


「ラクヒエのセズだと!?あの、『風神』セズか!?」


 えー?

 おじいちゃん。『風神』とか呼ばれてたの?

 というか想像以上に有名人なんですけど。

 ただの準騎士だって言ってたよね?

 後ろの老兵2名も「あの魔の森の撤退戦の英雄?」とか「まじか」とか言ってる。

 おじいちゃん?現役時代に何をしたの?

 呆然としている僕を置き去りにして鋭角目改め驚愕目はぶつぶつと何事か呟いている。そして不意に搾り出すような声で尋ねてきた。


「待て。なら、貴様の母親は……まさか」


 貴様ってあんた。いや、罵詈雑言は慣れてるからいいけど。


「テナですけど」

『『雷帝』か!!』


 全員が一斉に揃えて声を上げた。

 もしかして訓練でもしてます?息ぴったりで仲がいいですね!

 というか『雷帝』ですか。まあ、甲殻竜を倒した時も雷を使ってましたね。

 うちの家系にふたつ名持ちがいたとは。

 反応できない間にも周りは色々と騒いでいる。端々で聞こえる単語が耳に入った。


「盗賊狩り」「ラクヒエの悪魔」「魔王殺し」「殺戮の微笑み」「彷徨う悪夢」


 拝啓。おかあさん?ふたつ名どころじゃないってどういうことでしょう?


 なんか伝説になっているっぽい。

 すごい人だとは思っていたけど、僕の想像を色々と超えてすごかったみたいだ。気のせいか物騒な呼び名が多い気がするんだけど。


「あの2人の血縁なら何が起きても不思議ではないかもしれんな」


 500年の歴史を覆した実績が納得される我が一族。

 本当に何をしたんだ。

 聞いてみたいけど、知ってしまうのも怖くて聞けない。

 なんか、驚愕目がすごい睨んでくるし。うわあ。因縁あるんだ。どっちだろ。本当に勘弁してください。

 黙っていた学長が静かな目で見てくる。


「セズには昔助けられた。奴は息災か?」

「ええ。今は村の長老をやってます」

「そうか」


 万感の思いが籠った一言だった。こちらにも色々とドラマがあるのだろう。

 思わぬところで家族の過去を覗いてしまった。

 間もなく、偽笑顔が用意を終えて戻ってきて解放された。

 ちなみに偽笑顔もおじいちゃんとお母さんの名前を聞いて驚き、凄惨な笑みで僕に「頑張りなさい」と言ってきた。

 それ絶対に本心じゃないですよね?言葉の裏に針が潜んでますよね?


 憂鬱な気持ちを飲み込んで僕は説明された寮への道を歩いた。


 もう疲れた。休みたい。そんな僕の願いは儚く散ることになった。

 学生寮の前に知らない男子たちが僕を待ち構えていた。


「おい。ちょっとこっち来いよ」

シズ君の学園生活、前途多難。

ちなみにご家族の方々は自身のネームバリューに自覚がありません。

田舎村まで王都のいざこざは届きませんから。

寝ている獅子を起こしたくないだけかもしれませんがね? 

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