後日譚猫9 ただいまお昼寝中
切りが悪くなりそうなのでちょい短め。
9
「やっぱり、正体不明?」
調査結果の書かれた書類に目を通しながら、身動きの取れないルネに尋ねる。
「うん。手詰まりだって」
話題は例の麻薬の件。
学園で調べられているそうだけど、分析の進みは良くないらしい。
「分析はできてるんだけど……」
「ほとんどが片栗粉って……詐欺じゃん」
「だねえ」
押収した麻薬の粉末。
その九割九分九厘がただの片栗粉だったとか。とんでもない量のかさ増しだった。かさ増しどころか、偽装表示もいいところだ。そりゃあ、平民でも手が出せる値段で売れるよ。さすが、闇組織。汚い。
安価とは言っても、『非合法薬物にしては』なので、組織はかなりの資金を溜め込んだだろう。まあ、それも僕の『突撃、隣の闇組織』と迅速すぎる騎士団のコンボで押収されているのだけど。
「まあ、それはいいけどさ」
問題は残りの一厘。
そんなごく少量で通常の麻薬と同程度か、それ以上の効果を出してしまうなんて危険すぎる。
現状から少しでも量が増しただけで、一気に服用者から死者が出かねない。
困り顔のルネが溜息を吐く。
「調査しようにも、量が少ないみたい」
「まあ、一厘じゃねえ」
様々なルートから押収した麻薬とはいえ、そこまで多くを確保できたわけじゃない。
その内のごく僅かが該当薬物なので、片栗粉と分別するだけで難儀しているだろう。
そうして苦労して手に入れた薬物も、実験している内に枯渇してしまった結果、分析は手詰まりになったらしい。
「もうすぐ押収品が回るとは思うけどね」
「そうなの?」
「うん。勘だけど、絶対当たる勘」
潰した組織から回収した麻薬がある。
とはいえ、量は満足できるほどではない。早晩、枯渇するのは見えていた。
「やっぱり、ここは専門家に頼ろうよ」
「専門家?」
「麻薬の原材料って植物……でしょ?」
「うん。っと、そうだよ」
前世の感覚で決めつけていた事に気づいて、後半で確認するとルネは頷いた。
「なら、樹妖精に頼んだ方がいいでしょ」
世界最大の森林地帯である大森林の守り手。
種族特性の植物操作も使えば、麻薬に使われている正体不明の成分から、原料を特定できるかもしれない。
それが限られた地域でしか生育しない植物なら、そちらの方面から組織に迫れる。
「あ、それだったら、もう手配してあるよ」
「……そうなの?」
いや、別に名案だと提案したら肩透かしくらったなんて思ってないし。
妖精族と交流がちゃんと続いていて良かったって思ってるし。
「妖精族に使者を出してから一ヶ月になるかな? 順調ならそろそろ到着してるかも」
「片道で一ヶ月ぐらいだから、そうだね」
樹妖精の協力者。
研究の分野と考えれば、来るのはミラだろうか? 一緒にリラが来てもおかしくないな。
うーん。あの姉妹だとすれば、会うのは二年ぶりぐらいかな?
最後に会ったのはリエナのお腹にレギウスがいた頃だったし。
「……大丈夫だよね?」
「なにが?」
「いや、こっちの事。こっちの事だけど、レギウスはリエナとクレアと一緒だよね?」
「え、うん。テラスにいるはずだよ」
レギウスの貞操は僕が守る。絶対だ。
まあ、それはそれとして。
彼女たちが来るまで一ヶ月かかるなら、それまでに組織の方は叩き潰しておきたい。
昨日の捕まえた連中から得た情報で、知られていなかった組織の拠点が判明しているので、今晩にもごあいさつに伺わなくては。
「シズ、あまり無理しちゃダメだよ?」
「無理というほどではないけどね」
そう答えはしたけど、今朝寝過ごしているので説得力がないな。
「この子たちも心配しちゃうよ?」
そう言って辺りを見回そうとして、断念するルネ。
ルネは身動きが取れないように押さえ込まれていた。
猫玉によって。
「そろそろ足が痛くなってきちゃった」
現在、ルネの太ももの上にはソレイユがぐでーっと寝転がっていた。
理想の女性像と尊敬しているルネの隣に座って、一挙一動をチラチラと見ては真似していたのだけど、おつかいで疲れたのか途中で眠ってしまった。
最初は頭をルネの体に預ける程度だったのが、段々とずり落ちていって膝の上に軟着陸。
起きるかと思ったけど、元から寝相がファンタスティックな子供たちなので、そのまま気持ちよさそうに寝息を立て始めてしまった。
これだけならまだ良かった。
問題は残りの二人。
僕たちの周りで追いかけっこしたり、お互いにじゃれ合ったり、僕やルネの頭頂部を目指して登ったりして遊んでいたのだけど、こちらも力尽きてしまった。
ルネの肩の上と、頭上で。
まるで風呂上りにタオルをかけたように、ルナが肩に。
お供え物のお饅頭みたいに丸まったステラが頭上に。
奇跡的なバランスで就寝中だった。
軽い子供とはいえ、書記士のルネはそろそろきついだろう。
すぐに起こそうとしたんだけど、ルネが疲れているみたいだからというのに甘えてしまった。
結果、『美女。猫玉を添えて』が完成した。
とても目に優しい光景だった。
「ごめんね。重いでしょ」
「ううん。ボク、力がないから」
しかし、うちの子たちがここまで心を許すとは。
わりと人懐っこい性格をしているけど、家族以外に本気の寝姿をさらすのはなかなかレアじゃないかな。
微睡むぐらいならよくあるけど。
三人ともめちゃくちゃ和んだ顔をしている。
何かルネからは匂いというか、フェロモンでも出ているのだろうか?
……嗅がないよ?
「でも、この姿勢だと寝づらいよね」
「いや、どんな姿勢でも大丈夫みたい」
ごめん寝のまま朝を迎えても普通に起きてたし。
とはいえ、ルネの優しさに甘え続けるわけにもいかない。
上から順番にステラとルナを回収するが、ソレイユだけはルネのスカートに爪を立てて離れなかった。強引に持ち上げればルネのあられもない姿を曝してしまいそうだ。
起きてるんじゃないの? とも思うけど、ルネの腰にしがみつく顔は実に幸せそう。
「今夜は一緒に寝るとか言い出しそうだなあ」
「うーん。いくら子供でも女の子が異性と一緒はまずいんじゃないかな?」
ルネを異性と知らないから説得が難しいんだけど。
今日こそ伝える時が来たのかと腕を組んでいたけど、そんな心配している余裕はなくなった。
「だ、誰か! 誰か、軍に! 軍に報せを!」
「いやあっ! なんなの!? なんなのよ、ここは!? 伯爵家の女中なんて勝ち組だって思ったのに!」
「騒ぐな! 戦えぬ者から避難だ。兵は二名先導しろ。残りは私に続け!」
「マジかよ! くそっ! 聞いてねえぞ、こんなの!」
外が騒がしい。
しかも、聞こえてくる声がかなり物騒だった。
嫌な予感がしてかつらと仮面を確認していると、ノックの後にすぐ戸が開かれた。ルミネス家に仕える執事さんだ。
焦りを押し殺した様子が隠しきれていない。
「お客様、緊急時とはいえ失礼いたします」
「大丈夫です。それより、緊急時というのは?」
苦渋に耐えるように執事さんは顔をしかめる。客人に不快な思いをさせるのがプライドに障るのだろうか。
というのも一瞬、すぐに鉄面皮に戻し、端的に告げてくる。
「現在、王都の上空で二匹の竜が戦っております」
近いうちに書籍版三巻の宣伝しますね。




