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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫
215/238

後日譚猫7 王様の受難

 7


「これは、想像以上に……」

「申し開きのしようもありません。始祖様」


 思わず呟いてしまう程に状況は悪くなっていた。

 深々と頭を下げてくる王様。

 しかし、責めようとは思わない。深い目の下の隈。青白い顔。事態への対処の為に色々なものを削られているのが見て取れた。

 ……僕が夜中に叩き起こしているのも原因の一端だったら、かなり申し訳ないな。


 寝起きの王様から聞き出した情報は多かった。

 先代の治世だったようだけど、当時の記録を集めたそうだ。

 この数日で起きた事件や、捕まえた人間から情報も集め、レポートにしてまとめてあるあたり、僕がこうしてやってくるのがわかっていたのかもしれない。


 まず、『日影の底』。

 かなり根の深い組織のようだ。

 それこそスレイア王国の誕生前から似たような組織はいくつかあったらしい。それらが長い時間の中で敵対し、共謀し、支配し、やがてひとつにまとまったという。

 活動は多岐にわたる。麻薬取引、殺人・暗殺、密輸、密造、恐喝、高利貸しから非合法の賭博の元締めなど。王都で起きる大半の犯罪は、突き詰めていくと最終的にその組織に辿り着くほどだとか。

 それだけ根が広いため資金はかなりの額だと予想されていて、大貴族の資産を超えているのではないかとさえ噂されている。実際、貴族の中には知らないうちに組織の関係者から金を借りている者もいるそうだ。

 後ろ暗いところのある貴族はもちろん、一般市民でさえ多かれ少なかれ関係を持っている。


 そんな組織が長く続いた理由は簡単。

 下手に手が出せないのだ。前述の通り、貴族でさえ弱みを握られているか、協力関係にあるため、排除に乗り出すと邪魔が入る。強引に押し進めて情報が洩れていて、首魁には逃げられ、潰せたとしても末端程度。僅かな成果しか得られない。


「……そんなの潰したんだ、おじいちゃん」

「かつて『風神』の活動で組織にも多大な損失があったようです」


 ああ。騎士時代に行く先々で悪党を見つけては叩きのめしていたという、あれ。知らず知らずのうちに組織に大ダメージを与えていたんだね。

 怒り狂った組織によっておじいちゃんと学長先生は罠に嵌められ、犯罪者として敵味方から狙われる状況になった。


 普通はここで詰み。巻き返せない。

 というのに、おじいちゃんたちは逃げながら組織の関係者を次々と撃破していき、構成員から上役、上役から幹部、幹部から副首領、副首領から首領。首領から裏の主導者まで辿り着いてしまったのだとか。

 これで同僚の騎士から逃げるだけで、傷ひとつつけなかったというのがらしいと思うと同時に、とんでもねえと畏怖してしまう。


「実際は逃走に協力した人間も多かったようで」

「人徳ですね……」


 最終的には裏の首魁が貴族――しかも、公爵だった事が判明し、直接対決に至るも場面は公然の場。手を下せば『公爵殺し』で極刑は免れない。

 今度こそ打つ手なしとなったけど、首魁は実の娘と相討ちになり、結果的におじいちゃんと学長先生は助かったそうだ。


「はあ、娘さん?」

「当時の王家が揉み消そうとしたのか、記録は少ないのですが、どうもその娘と『風神』は浅からぬ関係にあったとか」


 公爵令嬢と関係って。

 あれこれ想像できてしまうけど、下衆の勘繰りになってしまいそうだから考えない。


 ともあれ、おじいちゃんの活躍によって『日影の底』は主導者と中心メンバーを同時に失う結果になり、この機会に騎士団は一斉摘発を敢行。まとまりを欠いた組織は抵抗も虚しく、庇い立てする貴族も組織との繋がりが切れていたために出遅れ、組織は壊滅したそうだ。


「でも、実際は生き残っていた、と」

「恐らく組織の末端がまとまったのでしょう。中心は王都でしたが、地方にも下部組織があったようですし」


 難を逃れた地方などで細々と活動しながら、かつての伝手を修繕していき、この数年で一気に手を広げたようだ。

 そのきっかけが。


「麻薬」


 そういった薬物は現世でも存在するらしい。

 もちろん、そのままの植物ではないだろうけど、似たような性質を持つ植物があってもおかしくない。


「これまでとは比べ物にならない程、安価で出回っております。それも売り手、買い手の身分に関係なく、あらゆる場所から」

「それで急速に広まったわけですね」


 レポートの中の取引された場所を記した地図を眺める。

 これといった統一性はなく、中には大通りやそこに面した飲食店などでも売買されていた。


「でも、こんな杜撰な売り方だったらすぐに捕まえられるでしょう?」

「もちろん捕まえております」


 捕まえたからこうしてデータが集まるんだもんね。


「しかし、それ以上に数が多いのです。既に捕まえた売り手はこの数日で五十を超えていますが、出回る数は増えるばかりで」


 五十人。

 それだけの数が捕まれば組織にとって痛手ではないのか? 捕まったのは構成員ではないのか? 構成員がいくら捕まっても問題ないのか?

 色々と疑問が湧いてくる。


「そうして後手に回るうちに麻薬の常用者が増加し、犯罪に手を染める者が出た次第です」


 実際、麻薬の影響で犯罪が起き、そこから麻薬の存在や、闇組織の復活が発覚したのだから、初手から出遅れていたのだ。

 余程、奇手にでも出ない限り、その差は詰められないんじゃないか?


 思わず溜め息を漏らしてしまう。


「本気で目的が見えませんね」

「ええ。実際、捕まえた売り手も証言はバラバラです」


 金のため、復権のため、縁故のため、なんてものから暇つぶしなんてふざけた理由まで。

 そこから組織の目的が見えてこない。

 捕まえたのは組織でもかなり末端か、雇われただけなのかも。


「普通ならお金のためでしょうが」

「それにしてはやり方があまりに稚拙ではないかと」

「安くしているのは先行投資で、依存が酷くなってから金額を跳ね上げる可能性は?」

「ありますが、それにしてもあまりにもお粗末です。こうも広く知られればいずれ手詰まりになるのは確実でしょう」


 まあね。僕も一応言ってみただけ。

 いくら今は売り手が多くても無限ではない。必ず底をつく。そうなれば先行投資の回収なんて不可能だ。


「短期でまとまったお金が欲しいなら、単価を上げるはずですし」

「復活を宣伝するにしても、こうも目立つ行動を取れば王国われわれが動くに決まっております。そうなれば瓦解は見えております」


 そう。最大勢力を誇り、闇社会で悪名を轟かせていたのは昔の話。以前ほどの協力者はいないのだ。

 王国の捜査から危険を冒してまで庇おうとする貴族なんてそうはいない。まして、ケンドレット家が取り潰されている。王室に絶対的な忠誠を誓うガンドール派が最大派閥になった今、取り込まれる貴族なんて弱小がせいぜいだ。


 こうして麻薬という武器を得て、復活したんだと声高に叫んだところで、誰も相手にはしない。

 調子よく売っていられるのは今だけ。広く危険性が知らされれば買い手が減り、資金も失われる一方になる。


「縁故は……どうなんです?」

「幹部以上は全て捕縛。その家族も厳罰に処されたようです」

「上役から下は……切りがないとして、生き残っても小悪党がせいぜいかな。で、その公爵はどうなの?」

「恥ずかしながら多くの記録が破棄されておりまして……」


 そうだろうね。

 首魁が公爵――つまり、元は王族だ。

 スレイア王国における公爵は王族の中で臣籍降下した人間に与えられる爵位である。

 そんな人間が闇組織の首魁なんて知られれば王室の傷になってしまう。


「箝口令が敷かれ、公式の記録は全て書き換えられたようで」

「で、実際のところは?」


 受け取ったレポートの中にも記述はない。

 だからといって、即位前の出来事とはいえ知らないはずがないよね?


 僕がにっこり笑いかけると、王様はじんわり脂汗を額に浮かべだした。


「……他言無用で願います」

「もちろん」


 権力闘争そういうのに興味がないのは知ってるでしょ?


「首魁はオーズベルク公爵、トリュス」


 ん?

 オーズベルク公爵? 

 どこかで聞いた事があるような? えー? どこだっけ? かなり古い記憶だぞ? そう。学園生の時代だ。たぶん。でも、公爵なんて大物と会ったりする機会なんてなかったよな。じゃあ、人じゃなくて……。


「あ、思い出した!」

「始祖様?」

「僕がケンドレット家に呼び出された貴族の屋敷だ!」


 初めて二十倍凝縮の強化の付与魔法を使ったんだよな。で、あまりの加速に気を失った結果、ロケット頭突きで屋敷を壊滅させたんだっけ。

 無人の屋敷だったけど、そういういわくつきの邸宅だったのか。

 うわあ、変なところで縁がある。


 何やら複雑な視線を向けてくる王様。

 うん。当時は知らなかったけど、裏で色々とあったんだろうな。元とはいえ公爵邸が消滅とか、ケンドレット家との対立とか、あれこれと。学長先生が矢面に立ってくれていたんだろうなあ。

 下手につつくと恨み言が出てきそうなので誤魔化そう。


「失礼。それで?」

「……はあ、オーズベルク公爵の血縁は公的には長女のみとされていました」


 その長女は相討ちで亡くなったという。

 でも、今の王様の口ぶりは意味深だ。


「公的じゃない血縁がいたんですか?」

「ええ。かなり好色だったようで、身ごもった母親の中に認知されなかった者、そもそも名乗り出ていなかった者までいるとすれば……」

「いても不思議じゃないのか」


 まあ、そんな不誠実な父親の後を継ごうとする子供がいるかは疑問だけど。


「どちらにしろ目的は見えないですね」

「まったくです。まるで、麻薬を広める事が目的のようで困惑するばかりです」


 手段と目的が逆転、か。

 ありえるかもな。

 それにしたところで動機が不明だけど。


「その麻薬はどんな物かわかったんですか?」

「あまり多くは。新種の麻薬というのは確かですが。学園の方で研究を進めております」


 学園で研究してるんだ。しまったな。ルネの方に聞くべきだったか。いや、まだ詳しい事は何もわかってないから言及しなかったのかも?

 ううん。でも、こういうのは専門家に聞いた方がいいと思うんだよな。学園はあくまで魔法の勉強・研究機関だし。


 ああ、もう。

 なんか今回の相手はすごいやりにくい。

 とりあえず、ぶん殴って解決しようにも、その殴るべき相手を見つけられないんだから。

 異界原書があれば色々と反則気味な種族特性を使えるから、こういう時は便利なんだ。王城に忍び込むのも簡単だし。

 いや、ない物ねだりしても始まらない。手持ちの手札で勝負しないと。

 どうしようか。おじいちゃんに倣って末端を潰しつつ情報収集して、幹部とか首領を見つけ出そうかな?


「組織の全容解明と出回っている麻薬の対処には騎士も動いております。ですが、時間が掛かれば掛かる程に被害者は増えます」

「わかってます。僕だってちょっかいかけられているんですから」

「……始祖様に、ちょっかい?」


 あ、説明してなかった。

 僕は王様にこれまでの経緯をざっと説明する。

 どうやら今日の不審人物捕縛については情報が上がっていたらしく、色々と納得がいったと頷いていた。


「しかし、始祖様と知った上で襲撃などとは」


 真っ青な顔で頭を抱える王様。

 既に始祖権限は失っているけど、僕には始祖の時と遜色ない火力がある。一個人が管理するには過ぎた力が。

 しかも、その力の担い手を一国の王であっても制御できない。

 僕が他を一切顧みない性質の持ち主だったら、家族が危険に曝された事に対して報復しようと考えたら、王都の住民などどうなってもいいと考えたら。

 統治者としてその可能性を想像しないわけにはいかないのだろう。


 もちろん、僕にはそんな気なんてない。

 王様もそれはわかっているんだろうけど、ね。


 僕はできるだけ気安く見える笑顔を浮かべた。


「まあ、『犯人には』報いを受けてもらいますよ」


 僕の言葉の意図を読み取ったのか、王様の肩から力が抜ける。

 お互い尊重し合える関係でいたいね。

 さて、聞きたい事は聞けたし、これ以上、貴重な王様の睡眠時間を削るのは忍びない。


「始祖様は如何されますか?」

「うん。普通じゃ考えられない事が起きているんだから、相手は普通じゃないんですよね」


 そういう相手に普通の対応をしていてはいつまでたっても追いつけない。

 スタートダッシュも決められているんだから猶更だ。


 だから、もらったレポートをポンポンと叩いてみせる。


「ちょっと煽ってきますね?」


 見つけられないなら、来てもらえばいいじゃない。


 構成員だって限りがあるんだ。

 削れる時に削っておいて損はないでしょ。


「ちょっ! 煽るって……まさか!? 誰か! 誰かあるか! 騎士団に出動待機を命じよ! 何かあればすぐに出れるようにするのだ!」


 何やら騒ぎ出す王様を尻目に僕は王城を抜け出し、レポートに記された場所へ向かって走り出した。

 うん。最近の騎士も捨てたものじゃないね。良く調べられている。


 『日影の底』と関係している組織の場所が記された地図を片手に、僕はかつらと仮面の具合を確かめた。

 さあ、今宵の王都に青髪さんが通るよ?




 この夜、二代目『蒼の絶望』というふたつ名持ちが生まれたのを知ったのは色々と片付いた後の事だった。


 やったー、師匠とお揃いだね!

そこのけそこのけ。




そして、今夜も眠れなかった王様。


彼は後世の歴史家から『不眠王』と呼ばれる。

魔族の脅威から解放され、変質していく世界の中で、自身の睡眠時間を削りながら治世のために尽力した名君。

王位を皇太子に譲った後も、独自の情報網から助言するなど、生涯をスレイア王国のために捧げた。

享年六十七歳。

『やっと、ゆっくり眠れる』

そう呟き、穏やかに眠りについた。




次回の更新は一日遅れるかもしれません。

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