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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫

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213/238

後日譚猫5 集合

 5


「お二人の子供に、お姉さんって、呼んでもらいたくて、お手紙で、それとなく、年上の女の人は、お姉さんって、呼ぶんだって、少しずつ、少しずつ、教えていましたのに……。そんな小細工が通じないなんて。わたくしは、わたくしは、そんなに老けて見えているのですわね。おばさんなんですわね」


 クレアが壊れた。

 親友の胸の中でかつて見た事がないぐらい愚痴っている。ちょっと泣いてるのかもしれない。

 まさか手紙でそんな事をしているとは思いもしなかったよ。そして、僕があっさり台無しにしてしまったなんて、それこそ想像もしなかった。

 色々と繊細な年頃の女性に致命的な一撃を図らずも放ってしまった。


 だから、娘たちよ。心配だからって取り囲んではいけない。


「クレアおばさん、どうしたの?」

「クレアおばさん、ぽんぽ痛い?」

「クレアおばちゃ、げんきになれー」


 三姉妹は無垢な気遣いを放った。

 会心の一撃! クレアに1090(いきおくれ)のダメージ!

 クレアを倒した。

 三姉妹は100の経験値を手に入れた。

 三姉妹は100000ゴールドを手に入れた。


 いや、脳内実況している場合じゃない。

 僕の入れ知恵のせいでクレアがそろそろ痙攣でもしかねなかった。


 僕は抱っこしていたレギウスとタロウをクレアに渡す。

 無邪気に手を伸ばしてくるレギウスに荒んだ心が癒されたのか、ようやくクレアの顔に笑みが戻った。

 その間に素早く三人を回収して客室から脱出。

 廊下に整列させた三人に言い聞かせる。


「いいかい? クレアにおばさんはまだ早かったみたいなんだ」

「そうなの? でも、ラクヒエ村のおばさんたちと同じぐらいだったよ?」

「う……。まあ、年齢はね。でも、お姉さんに見えるよね?」

「テナおばあちゃんもおんなじ感じだけど、おばあちゃんだよ?」

「あれは例外……。とにかく、クレアはお姉さんって呼んであげよう。いいね?」

「なー。ん!」


 ようやく納得してくれたようだ。

 いずれは子供の誰かに崩壊魔法を継いでもらう事になるだろうけど、それより先に精神限定の崩壊魔法を開発されてはまずい。


 そうして再び客室に戻るとようやくクレアも復活していた。

 背筋を伸ばして優雅に微笑んでいる。見慣れた毅然とした姿にほっとした。

 リエナがしっぽを猫じゃらし代わりに揺らして、それに必死に手を伸ばしているレギウス。手の中から抜け出そうとする赤子を優しく抱き留めている。


「みっともないところをお見せしましたわ」

「いや、うん。こっちこそごめん」

「いえ、言葉なんて移ろうもの。固執して本質を見失ってはいけませんでしたわ。大事なのは外見ではなく本質ですのに」


 おお。これなら、言い聞かせなていなくても乗り越えていたかもしれない。

 クレアはぐっと拳を握り、続ける。


「つまり、どんなになじられてもこの子たちはかわいい、という事ですわ!」

「……クレア、疲れてるんだよ。少し休もう? そうだ、うちの村に行こう。空気のきれいな田舎で、のんびりと心を癒すんだ」


 ダメだ。まだ、壊れたままだ。

 それともどMに目覚めたとかじゃないよね。言葉攻め最高とか言い出したらどうすればいいんだ。

 責任の重さに耐えきれないよ。


 レギウスの猫耳を優しく撫でるクレア。

 姿だけ見れば非常に平和な光景なのに、どこか空虚なクレアの目を見ると不安に掻き立てられる。

 まさか、今のうちにレギウスを婿候補にしようとしていないよね?


 僕が戦慄している間に、猫耳の癒し効果で本当に立ち直ったのか、今度こそ光の戻った目で僕たちを見つめてくる。


「ソレイユも、ルナも、ステラも、改めていらっしゃい。自分のお家と思ってくつろいでくださいな」

「ん。ありがとうございます、クレアお姉さん」


 代表してソレイユがお礼を言って、三人が揃って頭を下げる。

 うわあ。クレア、超ニッコニコだ。


 なんだか、学生時代よりチョロくなっていそうなクレアが心配で仕方ない。悪い男に騙されやしないだろうか。

 いけない。大切な友人に酷い想像をしている。大丈夫。クレアはきっと大丈夫。いい人がすぐに見つかるよ。

 そろそろ話を真面目な路線に戻そう。


 クレアに視線を向ければ真剣な眼差しが返ってくる。

 上機嫌が伝わったのか、先程と一転して元気になったクレアに釣られて嬉しそうにしている娘たちとクレアは目線の高さを合わせた。


「三人とも、この屋敷を探検してみませんか?」

「探険? いいの!?」

「なー! するー!」


 下の二人がすぐに食いつく。年長のソレイユは遠慮しているのか心配そうに僕とリエナを見てきたので、大丈夫だと頷いてあげた。


「にゃあ! 行く! 行きます!」


 働いている人の邪魔はしない、物を壊さない、外には出ないと約束すると、三人は飛び出して行った。

 広い屋敷だけど、あの子たちが帰ってこれないという事もないだろう。

 テンションが上がりすぎて飛びださないか心配だけど、そうなってもリエナが気付くから大丈夫か。


 さて、ここからは大人の時間だ。

 未だにリエナのしっぽを追っていたレギウスをクレアから受け取る。息子よ、そんなにお父さんの膝の上がお気に召さないか?

 リエナと距離が開いてしょんぼりするレギウス。

 タロウがそのほっぺを頻りに舐めている。


「今回は早く戻られましたわね」


 クレアの指摘に苦笑する。

 前回、王都で秘密のバイトを終えてからまだ一週間も経っていない。


「家族旅行なのは本当だけど、ちょっと気になってたからね」


 最近の王都は何かときな臭い。

 王様から聞かされる愚痴の数が増えて、内容も凶悪さが増していた。

 特に『青髪さん』として活動していると、不吉な話題の多さを実感できた。

 中でもよく耳に入ってきたのは、


「何十年前かに壊滅した闇組織が復活したって本当なの?」


 そんな噂話。


「ええ。『日影の底』ですわ。わたくしも調べたのですが、どうも王族の血筋が事件に絡んでいたせいか記録が改変されているようですわ。当時を知る人に尋ねようにも正確な情報か検証するのも難儀していますの」


 その辺りは王様から聞くか。僕相手に知らないとは言わないだろう。

 ルミネス家でも調べきれないとなると、その王族は事件の中心人物だったのかもしれない。


「ただ、ひとつ。別方面で有名な話が」

「別方面?」

「『風神』伝説」


 おじいちゃんか。

 若かりし頃のおじいちゃんは多くの人に感謝されていて人気が高い。多くのふたつ名と共に、今でも伝説として語り継がれている。

 それこそ意図的に記録を消されても残るぐらいに。


「なんでも、『日影の底』を壊滅させたのは『風神』だとか」

「……まあ、それぐらいしていそうだよね。おじいちゃんなら」


 旅の先々で事件に巻き込まれては解決するおじいちゃんなのだ。そういう組織と敵対していてもおかしくないし、やるなら徹底的に叩き潰すだろう。

 うーん、このタイミングでおじいちゃんが失踪。無関係じゃないんだろうな。


「つまり、僕とも因縁がある、と?」

「感謝が多いのと同じぐらい、逆恨みもされるものですわ」


 ふうん。となると、先程の襲撃もその組織が仕掛けてきたと考えるべきだろうか?

 まあ、まだ決めつけるのは早い。

 おじいちゃんの関係者として狙ってきたのなら、僕の正体も知っている事になるのだ。

 そうなると二つの点で疑問がある。


 僕が死んだはずの第八始祖と知っている点。

 世界を救った始祖と知った上で敵対する点。


 『青髪さん』の変装が完璧だとは言わないけど、もう十年前に死んだと思われる人間と疑ってかかる人間もそうそういないだろう。

 基本、人目のある場所では抑え気味に行動しているし、魔法だって常識の範囲内。

 僕の帰還を知っている人間は絞っていて、その人たちから漏れたとは思えない。


 そして、始祖への敵対と言うのは二重の意味で難しい。

 心情として始祖への畏敬が根底にあるし、現実問題として始祖の火力を知った上で敵対するなんて馬鹿としか思えない。


「まあ、ここまで明確にやってくれたんだから、相応にお礼しないと、ね?」

「何かありましたの?」


 ああ、そういえば襲撃の事を話していない。

 簡単に説明すると、クレアの表情も比例して険しくなっていく。


「良くない兆候ですわね。当家を頼ったのは正解でしたわ」


 腕を組んで考え込んでいるのを邪魔してしまわないようレギウスに構う。

 レギウス。今度はクレアに手を伸ばしてどうしたんだ。猫耳・しっぽマニアからおっぱいマニアに鞍替えしたのか?

 腕の中から出ようともがき続ける息子の将来が心配だ。


「威力偵察、かもしれませんわ?」


 クレアの呟きに思考を子守から切り替える。


「というと?」

「まず、相手の正体は置いておきますが、シズの正体が露見していると仮定しましょう」


 そうだね。不明の事態なんだ。楽観視するのは危険だろう。


「シズたちの戦力を把握するために仕掛けたのではないかしら」


 ふむ。軍を管轄するようになったルミネス家の令嬢らしい分析だ。

 失っても痛くない程度の戦力で襲撃をしかけ、僕の魔法についてだったり、リエナの戦闘能力だったりを計るのが目的。

 そう考えると知られた情報は、


 リエナは『感知範囲』と『武技』辺りか。

 僕は『崩壊魔法』と『武技』だな。しまった。崩壊魔法なんて使わないで、普通に結界の法則魔法にしとくんだった。


 まあ、僕もリエナも全力ではない。

 あれが上限と勘違いしてくれたら好都合だ。とはいえ、こんな手の込んだ事をしてくるんだからそう単純ではないだろうけど。


「どうしますの? しばらくは王都から離れるというのも選択のひとつですわ」

「それだと魔人村にまで押しかけてくるかもしれない」


 あちらならホームグラウンドで勝負できるので有利なのだけど、大元を叩かないといつまで経っても襲撃が終わらない。

 こうなると弟子一号を置いてきたのは正解だったな。あいつなら多少の襲撃ぐらい対処できるし、ラクヒエ村には『雷帝』がいる。人質とかの心配をしないでいいのはありがたい。


「それに王都の状況を放置ってのもね。事件、起きてるんでしょ?」

「……傭兵の起こした暴行や窃盗、恐喝。それから子供を狙った人攫い。わたくしが知る限りでも一週間で十件を超えていますわ」


 そりゃあ酷い。

 この王都には掛け替えのない思い出があるし、大切な人たちがいる。そうでなくても『青髪さん』として触れ合った人を見ないふりなんてしたくない。


「騎士や軍が動いていますけど」

「闇組織に通じる人間が口を割るわけないか」


 潜入捜査とかするような機関の設立はまだまだ先か。

 それまでは自由に動ける人間がやるしかないよね。


「じゃあ、リエナは基本的に子供たちの護衛をお願い。ここにいる限りは正面から仕掛けてくる事はないと思うけど、油断はしたくないから」

「ん。任せて」

「クレアも何か情報が入ったら教えて」

「ええ。シズも気を付けてくださいな」

「僕は特殊な情報筋(王様)をあたるとして、後はおじいちゃんの方面だよな」


 王都に来るだろうおじいちゃんとは早く合流しておきたい。因縁のあるおじいちゃんはまっさきに狙われるだろうし、当事者の情報も重要だ。

 それから元学長先生にも話を聞かないと。おじいちゃんにどんな手紙を送ったのか、差支えなければ話してもらいたいし。


 僕が考え込んでいると屋敷に誰かの悲鳴が上がった。

 若い女性の声だけど、娘たちじゃない。


「今のは!?」

「おそらく、雇っている女中の声ですわ」


 リエナにレギウスとタロウを預けて、クレアと揃って廊下に出る。今の声はそう遠くからではなかった。

 見れば廊下の端で座り込んでいる女性がいる。

 必死に這ってきたようで服が汚れていた。


「どうしたの? なにがあったの?」

「え? あの……え?」


 肩に手を置いて尋ねるけど、反応が鈍い。僕に代わってクレアが背中に手を当てて助け起こす。


「落ち着いて、見た事を話しなさい」

「あ、お嬢様……えっと、お、お客様が、突然、影が、影が上から、落ちてきて!」


 指差す先は夕暮れで薄暗い廊下。

 その真ん中に誰かが倒れていて、その上には暗い影が蠢いていた。

 お客様って……娘たちか!? リエナの感知を潜り抜けて襲撃しただと!?


 混乱しそうな思考を振り払う。為すべきは襲撃者の撃退だ。


「動くなあああああっ!!」


 気迫を込めて大音声を放った。

 廊下という限定空間を音が響き渡り、同時に放った殺気が相手を射竦める。

 そして、


「にゃあ!」「にゃ!」「なー!」


 なんかよく知った声が返ってきた。


 倒れた誰かの上から。


 僕の気迫を受けてビクーンと硬直して、ころんと床に転がる娘たち。

 一気に脱力してしまう。

 娘が襲われていたんじゃない。娘が襲っていたのだ。


「「「………」」」


 僕が本気で怒っていると思ったのか、全力で『動くな』という指示に従って、見事に置物と化していた。

 ためしにステラを持ち上げてみてもピクリともしない。このまま部屋に飾ったら作り物と勘違いされそうだ。

 注意事項に『人を襲っちゃいけません』も付け加えるべきだったか。


 内心で反省しつつ、倒れていた人に手を差し伸べる。

 いや、もう相手が誰かなんて想像できていた。

 王都にいて、娘たちが喜んで飛びつく相手なんて多くない。


「みんな元気で安心したよ、シズ」


 襲われたというのに怒ったそぶりも見せない。

 可憐な少女に見える親友。


「久しぶり。ルネ」

「ふふ。一週間ぶりだけどね」


 そう言って微笑むルネはやはりドレス姿だった。

 もしかして、女装が趣味になっちゃったのだろうか?

今回は男装で登場させるつもりだったのに、気が付けばドレス姿。

ルネに何があったんだ……。

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