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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫

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後日譚猫3 空の旅といつものこと

 3


 僕とリエナもあちこちと旅はしていたけど、思い返してみればほとんどが強化ダッシュばかりだった。

 おかげで、第一から第五の『シズ街道』ができてしまったのはご愛嬌。主要都市を結ぶ直通の街道が、少ない労力で完成したのだから結果オーライだと思いたい。

 都市間を最短距離、かつ多少の丘陵も無視した一定幅の道で繋がっているので、割と便利なのだとか。中には『第八始祖様が民草を思って造られた』などと主張する人がいるのには、正直申し訳ない気持ちになってしまう。すいません。完全に移動の副産物です。


 閑話休題。

 前世のような便利な移動手段の発達していないこの世界。乗り合いの馬車や牛車が一般的。でなければ、歩くしかない。

 とはいえ、当時はのんびりできない状況がほとんどだったので、急ぎの旅路となるとどうしても魔法に頼らざるを得なかった。


 今回もおじいちゃんの件は気がかりなのだけど、わざわざ『ゆっくり』と言っているので過剰な心配はいらないだろうか。

 元より、初めて村の外に出る子供たちがいるのだから、あまり無理はしない。


 というわけで、


「飛竜で来たわけだけど」


 一家そろって飛竜の背中の上。


「高い高い高い!」

「にゃあぁ……」

「………(ぽかーん)」


 ソレイユは無邪気に喜んでいるものの、ルナはちょっと高すぎたのか怖がっていて、ステラは口を開けたまま空の上の光景に見入っている。

 ルナは高所恐怖症なのかな? 家の屋根の上とか、高い木の上なら大丈夫みたいだけど。

 僕のお腹に頭をグイグイと押しつけてくるルナを撫でる。完全に猫耳は伏せてしまっていて、股で挟んだしっぽを命綱のように握りしめていた。


「おとさん、大丈夫? 落ちない? へいき?」

「大丈夫だよ。何があってもお父さんが守ってあげるから」


 現在高度、大体雲に届かないぐらい。

 まあ、どうにかこうにかすれば落ちても大丈夫だろう。大体の事は気合と根性と、バカ魔力でなんとかなるんだ。


 まあ、どちらにしろ次からは飛竜はやめておこう。

 馬車の幌を改造した荷台の乗り心地は悪くないのだけど、ルナの不安を払拭するには至らないらしい。

 それと強化ジャンプもだ。もう百倍では無理だけど、五十倍ならかなり高くジャンプできるからなあ。

 大ジャンプ中に腕の中で混乱して暴れたりしたら大変だ。


「タロウもあまりはしゃいじゃダメだよ」


 レギウスに抱っこされているのか、レギウスをだっこしているのか、いまいち判別のつかないタロウ。

 どうも竜の本能なのか、空の上だとテンションが上がるようだ。きゅーきゅー、元気に鳴いている。

 さすがに一歳では竜の種族特性である流体制御は使えないのか、まだ空を飛べない。レギウスを巻き込んでスカイダイビングを敢行とかされたら心臓に悪すぎる。

 まあ、そんな事になっても飛竜が必死に救出するだろう。


 最近になって判明したのだけど、竜族の眷属である飛竜は、相手が子供の竜でも絶対服従は変わらないらしい。

 うちの子竜のタロウがピィピィ鳴くと、どう考えても声は届いていないはずなのにどこからともなく文字通り飛んでくる。

 どうやらこの飛竜はタロウの為にルインが近くに控えさせているのだとか。竜族なりの付き人なり世話役みたいな感覚なのだろう。


 幸い、魔人村では飛竜ぐらいで驚く人はいないので、大した騒ぎにはならなかった。

 とはいえ、今後のことを考えてタロウには許可なく呼びつけたりしないよう、厳重に躾けておいた。主にリエナが。

 子猫特効の「たしーん」は竜族にも有効なのだ。

 そのリエナはというと、


「ん。久しぶり」


 馬用のを改造した御者台に座るリエナ。

 優しく飛竜の首を撫でれば、きゅいいいぃと悲しげな鳴き声が返ってくる。


 なんと、付き人(飛竜)に選ばれたのは、過去に二度、僕たちを乗せて飛んでくれた飛竜だったのだ。

 正直、僕には飛竜の区別はつかないのだけど、リエナが断言するのだからそうなのだろう。


 どうも、この飛竜は子竜のお付きとしか聞いていなかったのか、僕たちの前に現れた時は大変だった。




 タロウの呼び声に応えて空から急降下してきた飛竜。

 人間に舐められてたまるか、とばかりに翼を広げ、燃えるような闘志を宿した瞳で見下ろし、着地の重い音の中で咆える。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ――――……おん?」


 勇ましい咆哮の途中で僕らと目が合う。


 正しくはリエナと。


 途端に背面飛びの如く身を投げ出してしまった。見えないパンチでもくらって吹っ飛んだみたいな挙動はひたすらに必死の様子。

 背面飛び仰向け土下座。そんな単語が思い浮かんだ。


 絶対服従を姿勢で示しているのか、それとも死んだふりだったのか。

 全身を震わせ、涙を流し、平伏する飛竜。

 威嚇行為は正しく伝わらなかったのか、リエナはその鼻先を撫でる。


「ん。元気?」

「きゅううううううん」


 たった今、その元気がなくなったと思う。

 完全に屈服したその姿は飛竜ではなく、愛玩動物だった。


 妻に似ている子猫たちにも強い苦手意識があるのか、初めて見る飛竜に興奮した姉妹たちに群がられても大人しくじっとしている。

 今では魔人村の楽しい遊具――もとい、仲間たちといった有様だ。




 空の覇者である竜に連なる気概は見つけられない。

 あれから何年も経っているのにトラウマを克服できていないようだ。リエナに撫でられると必死に翼を動かしている。

 あれでリエナはこの飛竜を気に入っているらしく、構いたくて仕方ないようだ。

 ……嫉妬なんてしてないよ?


「ぎゃうん!?」


 飛竜がぶんぶん首を振ってるけど、さあて、何のことやら?

 僕がにこりと微笑むと、一層力強く羽ばたくのだった。


 まあ、説得するまでもなく言う事を聞いてくれるのはありがたい。

 飛竜はこちらのオーダー通りに雲の直下の高度を保っている。これだけ高ければかなり目のいい人でもなければ見つけられないだろうし、そうそう空ばかりを見てる人も少ないはずだから。

 ここがブランなら飛竜ぐらいで驚かないだろうけど、さすがにスレイアでは無理だ。大混乱を起こしてしまう。


 町や集落も避け、街道から外れたルートを飛行。

 普段、王都との行き来をコソコソとやっているので、ルート案内にはちょっと自信があるよ?

 ぶっちゃけ、僕の走った跡があるから、それに沿って飛ぶだけなんだけどね。


 異界原書を持っていた頃は、僕が王都に行く時は空間跳躍だった。

 弟子一号に異界原書を継承してからは強化ダッシュだ。遥か眼下に刻まれた大地の傷跡はその時にできた。

 この数年で何度も往復して爆散した溝は深い。延々と続く塹壕みたいになっている。


 ……だって、さっさと仕事終わらせて家族に会いたいじゃない。ちょっと魔人村と王都を結ぶ直線道路っぽい大地の抉れは出来てしまったものの、周りには目立った街道も人里もないから大丈夫だ。

 どうしても既存の街道を跨がないといけない時はジャンプしてるし。人様に迷惑なんてかけてないよ。




 のんびりと何度か休憩を挟み、のんびり夕暮れが近くなると早めに野営をし、のんびり飛行すること三日。


 のんびり王都近郊に到着した。


 うん。通常、馬車だと十日ぐらい掛かるんだけどね。

 最短距離を空路で通ればこれぐらい短縮できる。


「どうしようか?」


 ラクヒエ村を出た時点ではおじいちゃんが一日以上も先行していたはずだけど、どう考えても僕たちの方が早く到着してしまった。

 王都から程よく離れた位置で飛竜には緩やかに旋回してもらう。特に大きくも狭くもない、どこにでもある自然林の上。近くに人の住む場所もないので、そうそう人目にはつかない絶好のポイントだ。

 僕も王都に来るときはここまで強化ダッシュ。後は普通に歩いている。


 飛竜の上で腕を組む。


「にぃー」


 すっかり僕の腕の中が定位置になってしまったルナが無理やり腕組みの内側に入り込んでくる。

 今は高度もずいぶんと下がって、森のちょっと上ぐらいまで降りているのだけど、まだ駄目か。僕とかリエナなら普通に着地できそうな高さなんだけどな。

 なんか上機嫌でしがみついているようにしか見えるけど、きっと気のせいだ。


 甘え坊の猫、略して甘猫をしっかりホールドしつつ、思考を真面目に戻す。


「待つべきか、否か」


 僕以上に旅慣れているおじいちゃんなら旅程を大幅に短縮しそうなものだけど、さすがに飛竜よりは早くないだろう。

 色々と手段を選ばなければ、その限りでもないだろうけど。


 とにかく、おじいちゃんの意図が読めなかった。

 その辺りがはっきりしない事には方針が決まらないか。

 となると、ここは元学長先生にコンタクトを取るべきだろう。おじいちゃんが焼却処分してしまった手紙が気になるし。


 意味もなくここでキャンプしても仕方ない。

 それはそれで楽しめるかもしれないけど、そういう自然と親しむイベントは魔人村の日常と同じだしね。


「じゃあ、ここからは歩いて行こうか。皆、下りる準備を……」

「ん!」


 僕が伝えている途中、鞍の方からリエナの声がする。

 見れば槍を片手にリエナは空中へと身を躍らせているところだった。


「リエナ!?」

「そっち、お願い」


 慌てて飛び出せば、リエナは器用に空中で身を回す。

 間を置かずに鮮紅の強化の輝きを全身に纏い、横一線に槍を振るった。発生した豪風が飛来していた細長い何かを吹き飛ばす。


 矢? 

 どこから……は、いい。

 射手にはリエナが向かった。ものすごい勢いで赤い輝きが森の中を通過しているから、すぐに撃退してくれるだろう。


 問題はこの襲撃の本質だ。

 相手が僕たちの事をどこまで知って襲ってきているのか。

 地元のはぐれ猟師が飛竜を見かけて射掛けたとは考えられないのだ。そもそもただの矢で飛竜は傷つけられない。


 僕を知っていて襲ってきたのなら。


「いけ。『常世の猛毒』」


 魔造紙をバインダーから抜き出し、周辺を赤い領域で覆い尽くす。

 直後に辺り一帯から矢が飛んできた。まさに四方八方。次々と射撃が繰り返される。

 もちろん、ただの矢が崩壊魔法を超えられるわけがない。全てが霞んで、魔力に還元されていく。


 計画的な襲撃だ。

 最初の矢はリエナを釣り出すためか。

 どうもリエナの感知範囲をそれなりに把握しているらしい。ギリギリ範囲外に待機していて、リエナが飛び出したのに合わせてこちらに仕掛けている。


 放っておいても襲撃者はリエナが撃退する。

 もう彼女の感知の内に入ったのだ。逃げられるわけはないし、まともに打ち合える人間なんていない。


「なんて、許すわけないだろ?」


 うちの子が怪我したらどうすんだ。


「お父さん?」

「大丈夫だよ。すぐにすむから」


 手の中に抱きしめた子供たち。ソレイユは緊張した面持ちでレギウスとタロウを抱きしめて、ルナはステラの手を握りしめている。ステラは……何か苦い物でも舐めたみたいな顔だ。

 猫耳としっぽも元気がない。

 それだけで万死に値する。

 折角の家族旅行に泥を塗るとは、絶対に許さん。


 バインダーから十枚の魔造紙を取り出し、次々と発動させる。


「いけ。『業失剣――拾』」


 手の内に生じた紅い大剣を全力投擲。

 狙いは矢の射出地点。

 超巨大な手裏剣とでも言えばイメージしやすいか、猛スピードで回転する大剣が森の中に突っ込んでいく。

 十本全て投擲し終わる頃には矢は尽きていた。


 殺してはいない。

 森の木々にも、苔むした大地も傷つかない。

 ただ、装備が全て失われただけ。矢も弓も、その他の武装も、服さえも。

 自然林の中で裸一貫。酷い目に遭えばいい。すぐに騎士に連絡するから、脱出できてもすぐに捕縛されるだろう。


 ゆっくりと『常世の猛毒』が時間切れで消えていく。

 正常に戻りつつある視界の中、森の中にいるリエナを探す。


「リエナも終わったかな?」

「とうちゃ!」


 ステラが唐突に叫び、半秒ほど遅れて僕も気づく。


 矢の距離よりもさらに遠く。

 王都側の草原で何かが煌いた。


 理屈ではなく、本能に従って対処。

 子供たちを背中側に庇い、手にしていた小妖精謹製の杖を打ち払う。


「――ここ、だあ!」


 光が砕け散った。

 火花のように細かい光の粒が舞う。

 完全に勘だけど、射撃手が驚愕しているだろう。

 普通、魔法を武器だけでは砕けない。まあ、武王ならやれても不思議じゃないから特別なわけじゃないね。

 そう、魔法だ。


 光の属性魔法による遠距離射撃。


 模造魔法の利点は弾数がある限り、連発できる事。放置すれば速射で押し込まれかねない。

 今は僕の対処に驚いているみたいだけど、すぐに次弾が放たれるはず。

 その辺り、あまり心配いらないけど。


 雷光が森の中から、草原へと貫いた。

 派手な雷光が着弾点の周囲を舐める。


 リエナだな。

 あれは『雷・閃穿・竜墜槍』あたりか? 射撃手の生存が危ぶまれるけど、さすがにこちらの命を狙った相手の心配はしづらい。


 いつでも魔造紙を放てるよう心構えしつつ、しばらく待っても再度の襲撃はなかった。

 ステラもううんと首を振っているから安心していいのかな? でも、王都の方向を意味ありげにじっと見つめているのはどうしたものか。


「ん」


 リエナが大ジャンプで飛竜の上へと帰還する。


「おかえり。どうだった?」

「盗賊、みたいなの」


 盗賊が僕らを襲った?

 わけないな。金で雇われたとかだろ。

 となると、最後の魔法使いが本命か、本命に繋がっていると考えるべきか。


「今度こそ降りよう。何があるかわからないから、慎重にね」


 はーいと元気に返事をする姉妹たち。いきなりの襲撃だったけど、この子たちもメンタルが強い。見たところもう気にしていないようだった。戦いの緊迫した空気にビックリしただけ、みたいな?

 この辺り、リエナの強心臓が遺伝している。

 飛竜の上で追いかけっこを始めるぐらい余裕があった。うん。まあ、元気なのはいいことだ。

 やっと目的地についてテンションが急上昇なのだろう。


 そんな中でも姉たちの猫耳を触ろうと必死に手を伸ばしているレギウス。お前もぶれないな。君が大きくなったらいいお酒が飲めそうだ。

 とりあえず、レギウスと子竜をソレイユから預かっておく。


 しかし、失踪したおじいちゃんに、最近は何かと不穏な王都。そして、この狙い定めたかのような襲撃。


「何が起きてるんだか」


 楽しい家族旅行のはずなのに、どうやらお仕事の時間のようだ。

 子供たちの約束を破って仕事に走る父親とか、溜息しか出ない。

 ふと降下を始めた飛竜の首を撫でるリエナが上機嫌なのに気づく。


「リエナ、どうしたの?」

「ん。この子が墜落しないの、初めて」


 ……過去の飛行を思い出す。

 いつもリエナが首をグイッとして強引に着陸していたっけ。

 どこぞのジョセフさんじゃあるまいし、空を飛ぶたびに落ちるなんて、ねえ?


「にゃあ」「にゃ」「なー」


 三姉妹がじゃれ合い、一塊になって転がりながら横を通過して行く。


 そして、勢い余ってそのまま落ちた。


「……って、おい!」


 飛び出そうとして、手の中のレギウスとタロウに判断を迷う。

 リエナは迷わなかった。


「ん」


 過去にも見た光景。

 飛竜さんの首をね、ぐいっとね。

 真下に。


「きゅうううううううぅぅぅぅぅぅぅ」


 飛竜の悲哀が空に響いた。

 二度あることは三度ある。三度目の正直であってほしかったな。

子猫たちは自力で着地しました。

そして、たしーんたしーんたしーん。

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