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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫

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210/238

後日譚猫2 才能

危なく更新が間に合わないところでした……。

 2


「………」


 言葉もない。

 おじいちゃんが行方不明。

 それだけ聞いたら徘徊老……ごふんごふん! だけど、それがおじいちゃんだというだけで普通の感想や危惧が出てこなくなる。


 身の安全について。これは半々だ。


 一般的な危険人物に関しては心配いらない。いや、冷たいと思われるかもしれないけど、山賊はそもそも村の近くにいないし、名を上げるために挑んでくる傭兵なんかがいたとしても、問題にならないだろう。

 肉体的な衰えはあっても、未だに『風神』の名に相応しい卓越した魔法行使の実力に陰りはないのだ。

 傭兵なんて団体で来たところででっかい的。文字通り、吹っ飛ばされて終わる。

 あの『助さん、格さんのいらない黄門様』を地で行くおじいちゃんが、暴力でどうこうなるとか有り得ない。


 では、体調は平気かと言えばそうでもない。

 さすがに高齢なので心配ないとは言えなかった。どこかで倒れているのではと思うと焦りの感情も出てくる。


「リエナ?」

「ん。近くはいない」

「いないよ」

「わかんない」

「……あっち?」


 三人が断言して、末娘のステラだけが南西の方角を指している。

 うーん。基本、近く――村内にいないのは間違いないのだろう。

 では、ステラが感じ取った方角に行ってしまったのか?


「ステラが言うなら、いる」


 リエナが保証する。

 まだ三歳とはいえ、確かに三姉妹の中でステラの感知能力はずば抜けているだけに、信用に足る発言だった。

 ステラと目線を合わせて、尋ねてみよう。


「ステラ、セズおじいちゃんがいるの、わかる?」

「んー。んー。ん! あっち! たぶん! あっち! あっち?」


 ぴょんぴょん飛び跳ねてアピールしてくる。

 これは確信があるのか、ないのか。

 とはいえ、相手はあの『風神』だ。仮に気配を殺して移動中とかなら、たとえ感知の範囲内にいたとしても断言はできないだろう。


「えっと、どこかに向かってる?」

「わかんない! あっち!」


 ダメか。

 この様子だとどれぐらいの距離にいるかもわからないだろうな。


「どう思う?」

「最悪の事態って事はなさそうだな」


 ステラの様子に切迫した雰囲気はない。少なくとも現時点で体調不良とかで動けなくなっている線は薄そうか。

 その辺り、娘の感知能力は信用できる。

 ちょっと落ち着いた。


「実はよ、セズさんの馬もいなくなってて、旅装もなくなってるから、どこかに行こうとしてるんだとは思ってたんだ。最後に見たのがテナさんで、昨日の夜だ」

「ふうん」


 ラクヒエ村から南西の方角。何があるか。

 挙げていけば色々とあるだろうけど、やはり最有力候補は王都だろうか。


 最大の懸念、この突然の旅行がおじいちゃんの平静な意思によるものなのか、否かだ。

 目的があるならまあ、いい。

 だけど、もしもこれが、えっと、その、うん。ぶっちゃけ、ぼけてしまったための行動だとしたらすぐに迎えに行かないとまずいだろう。

 その点、皆に何の連絡もないというのをどう捉えるか。

 何か問題があって、誰も巻き込まないために一人で秘密裏に動きたいのか。

 それとも、そんな常識も忘れてしまったのか。

 この場では判断ができない。


「……どうしたものか」

「ん。行く?」


 迷っていると、リエナがバインダーを掲げる。

 昔だったら強化の付与魔法でダッシュして、新しい街道を生み出しつつ探しに出発しただろうけど、さすがに子供を四人もつれて無茶はできない。

 なんとなく、可能か不可能かというならイケそうな気もする。というか、この子たちならキャッキャッと楽しんでしまいそう。

 けど、後々の情操教育の為にも、自然環境の為にも、強化ダッシュは早すぎる。

 必然、移動は馬車になるのだけど。


「追いつけるかな?」


 それと、本気で隠れようとしていた場合、見つけられるかどうか。

 なんか、ここ最近のおじいちゃんさ、仙人みたいになってるんだよ。周囲の気配と一体化してるみたいな?


「まずは家を確認しよう。書き置きか、何かが見つかるかもしれないから」

「わかった。俺は村の連中に近くにはいないって伝えて来るわ」

「お願い。僕はおじいちゃん家に行くよ」


 ラクと別れて、一家そろっておじいちゃんの自宅に向かう。

 以前の長老の住まいではなく、僕の実家に近い小さな家だ。


「あら。皆も来てくれたの?」

「「「おばあちゃん!」」」

「あらあら。元気ねえ。いらっしゃい」


 そこには先客がいた。

 母さんこと『雷帝』テナだ。

 我が母ながら相変わらず若いな。こんな若いおばあちゃんがいるか! と自己紹介の度につっこまれそうな感じ。

 そして、こちらも衰えの気配はない。

 娘たちが一斉に抱き着いても、相手の速度を余裕でいなして、ふんわりと受け止めている。よじ登ろうとするお姫様たちを巧みに抱きしめて、じっとさせてしまうあたりに武人としてと、母親としての匠の業を感じた。

 というか、さりげなくゆっくりと体を揺らしていると思ったら、いつの間にか娘たちが動かなくなっていて、寝息を立てている。

 子供の扱いがうますぎる。


「おじいちゃんの事、聞いた?」

「うん。ステラが言うにはどうも王都の方に向かってるみたいなんだけど」


 猫感知の結果を伝えると、お母さんは納得したように頷いていた。

 そして、娘を三人も抱えたまま器用に一通の封筒を差し出してくる。

 一番大きいソレイユと一緒に封筒を受け取り、宛名を確かめると知っている名前だった。


「学長先生」


 王都にいる学長先生からの手紙。

 封筒を触った感じ、中身の手紙はない。視線で尋ねると首を振られて、暖炉の方を向く。


「燃やしちゃったみたいね」

「……ただの手紙じゃなさそうだ」


 手紙の内容がおじいちゃんの逆鱗に触れて、燃やされた可能性はないだろう。

 怒り狂ったおじいちゃんが武装して王都に特攻とかちょっとだけ考えたけど、あの二人の絆を思えば有り得ない事態だ。


 本当にどうしたのだろうか?


「書き置きとかは?」

「みつからないのよ。リエナちゃん、どう?」

「ん。ない」


 ざっと部屋に視線を巡らせたリエナが断言する。

 あまり大きな家ではない。探す手間もそうそう掛からないだろう。

 特に散らかってもいないし、以前と同じように見える。気になるとしたら、机の上には書き掛けのまま置かれた手紙ぐらいだろうか。


「なー。にゃ!」


 ソレイユが目を覚ました。

 ぬう。僕の抱き方がお気に召さなかったのだろうか。妹二人は未だにテナ母さんの腕の中でぐっすりと眠っている。

 もぞもぞと居心地のいい姿勢を模索していたソレイユは、不意に寝ぼけ眼をぱちくりと開いて、机の上の手紙をじっと見つめだす。


「ソレイユ?」

「ん! それ、お手紙」

「うん。そうだね。まだ書き途中みたいだけど……」

「ううん。お手紙。私にだって!」


 ソレイユ宛て?

 いや、書き掛けにしか見えないんだけど。

 僕が首を傾げている間にソレイユはするりと腕の中から抜け出して、着地するなりタタタと駆け寄り、ぴょんと椅子の上に立って、残っていた筆とインクで手紙をいじりだしてしまう。


「ソレイユ。人の手紙に悪戯しちゃダメだよ」

「いたずらじゃないもん! セズおじいちゃんの、暗号!」


 ぷっくりと頬を膨らませるソレイユ。


「……暗号?」


 ちょっと待ってくれ。

 おじいちゃんが暗号を普段使いしているのも驚きだけど、それをさらっと見抜くソレイユはどういう事だろうか。

 僕がフリーズしている間に、ソレイユは手紙を完成させてしまった。


「ん! こっちのとんとんってして、ぎゅってして、グルンとして、一緒にするの!」


 『お絵かきできたよー』のノリで暗号解読の結果を見せつけられた僕の心境を誰か理解してくれるだろうか。

 天才の解説は僕には難しすぎる。

 齢六歳にして基礎魔法とはいえ、極大魔法を開発してのけたソレイユ。

 確かにその手の中の手紙は、ちゃんとした文章になっていた。


『皆でゆっくり王都に来なさい』


 極めて短い文面だった。

 だけど、これがソレイユが勝手に想像で描いた文章である可能性は捨てきれない。


「ん!」


 誇らしげにしっぽを立てて、むふーと胸を張るソレイユ。

 ほめて、ほめて、と目をキラキラさせる娘の言葉は疑えなかった。

 いや、少なくとも嘘ではないだろう。嘘なら背後に控えたリエナの辺りからたしーんという音が奏でられているだろうから。


「おじいちゃんとこういうお手紙の練習してるの!」

「いつの間に……」

「今日のはちょっと難しかったけど、わかったよ!」


 びゅんびゅんとしっぽを振り始める。

 とりあえず、すごい事には違いないので頭を撫でて褒めよう。暗号の用途は知れないけど、優れた才能なのは間違いないし。

 掌におでこをこすり付けてくるソレイユを好きなようにさせておきながら、大人たちで首を傾げ合う。


「どうしよっか」


 まあ、この書き置きの様子を見るに、緊急性は低くなったと見るべきか。

 高齢な老人の一人旅という点だけは、どうしても不安を拭えないけど、正直に言ってしまえばあの『風神』がどうにかなってしまうところを想像できなかった。


「うーん。大丈夫でしょう」


 それが実の娘であるテナ母さんの結論だった。

 こちらもこちらでかなりの天才なんで、僕には見えない何か根拠があるのかもしれない。

 とはいえ、それを共有できないから、不安は消えない。


「大丈夫よ。お父さんが決めた事だもの」


 ちょっと珍しい顔だった。

 僕の母親としてではなく、セズの娘としての顔。

 色んな事を見通して、それらを受け入れた透明感の強い目。


「わたしたちもちゃんと……」


 最後まで聞き取れない。

 リエナを見ても首を傾げていた。

 それは本当に僅かな間の表情で、すぐにいつもの朗らかな雰囲気に戻った。


「ところで、シズたちはどうしたの?」


 ラクから聞いて来たなら、娘たちを連れては来ないだろうからね。

 急遽、王都へ家族旅行へ行こうとしていた事を伝えると、テナ母さんは両手をポンと胸の前で叩いて微笑んだ。


「じゃあ、ちょうど良かったのね。でも、今日は家に泊まりなさい。もう日も暮れるから、ね? おじいちゃんもゆっくりって言っているんだから」


 当初の予定通りではあるけど、本当にいいのだろうか。

 迷っている間にテナ母さんは自宅へと向かってしまう。


「じゃあ、ご飯の用意するからシズは皆におじいちゃんの件は大丈夫って伝えてね?」

「ん。わたしも手伝う」

「ふふ。いいのよ、リエナちゃん。レギウスちゃん、まだ小さいんだから」


 ここにいてもどうしようもない。

 すっきりしないけど、自分はともかく子供たちに無理を強いるわけにはいかないのだ。ここは大人しく従っておこうか。

 とうとう背伸びでは足りなくなって抱き着いて来て、腕の中でぐーっと伸びの姿勢で、僕の手に頭を押しつけているソレイユを抱き直してついて行く。


「んなー」


 家を出たところでルナが起きたようだ。

 やたらと滑らかな動きでテナ母さんの抱擁から抜け出すと、じっと屋根の上を見つめだす。

 ……何もないと思うんだけど、僕に見えないナニカがいるというのだろうか?


「ルナ?」

「あれ、槍!」


 言うなり、窓を足場に跳び、屋根の縁を掴むと、くるんと体を回して、あっというまに屋根の上に登ってしまった。

 スカートでやる事じゃないからね。

 ざっと辺りを見回すと、幸い誰もいなかった。

 うん。不幸な目撃者がいなくてよかった。僕も徒に手を汚したくないんだ。


 僕が胸中で戦闘態勢を解除している間にルナが降りてくる。

 その手に棒を握っていた。

 朱塗りのそれは、おじいちゃんが最終決戦の時に使っていた短槍だった。


「なんであんな所に?」

「ん。お手紙」


 これは手紙と言うかメモだな。

 見覚えのあるおじいちゃんの字だ。


『ルナにこれをあげよう』


 いや、六歳の孫娘になんて物をプレゼントするんだ。

 けど、考えてみれば僕も魔筆をもらったのは七歳で、孫へのプレゼントは昔から変わらないともいえる。


 僕が頭を抱えている間にルナはびゅんびゅん槍を振り回している。

 大人からすれば短くても、ルナにとっては長いだろうに、まるで歴戦の武芸者のように巧みに扱っていた。


「あら。おじいちゃんからもらったの? 良かったわね」

「いやいやいや、まだルナには早いでしょ!?」

「そう? リエナちゃんが槍を持ち始めたのも同じぐらいよ?」


 そのリエナは娘の槍さばきにうんうんと満足そうに頷いている。

 どうやら反対しているのは僕だけらしい。


「後で、おばあちゃんと練習しよっか?」

「にゃ! やる!」


 また一匹、修羅の猫が生まれようとしていないか?

 ダメだ。この天才しかいない空間は一般人の僕にとってアウェー過ぎる。


 父さんなら、父さんならきっと止めてくれる!


「皆、暗くなってきたし早く行こう!」




 結局、家族会議の結果。

 ルナへの物騒なプレゼントは親の目の届く範囲内でならという条件で、許可が下りる事になるのだった。


「うちの娘たちがチートすぎる」

「だー」

「きゅう」


 抱きかかえたレギウスに頬をペシンペシンと叩かれ、肩の上に乗ったタロウに甘噛みされながら、僕は子供たちの将来が心配でならなかった。

予想はされていたでしょうが、三人娘はそれぞれ肉親の才能を継いでおります。

長女、ソレイユ……魔法。

次女、ルナ……武技。

三女、ステラ……種族特性&直感。


猫耳探偵姉妹物語が書けそう。

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