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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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21/238

17 入学試験

 17


「おっきい」

「うん……」


 リエナの感想に頷くしかできない。

 町から町へと乗り合い馬車で旅すること10日。

 ようやく僕たちは王都に到着した。


 人の住まう大陸――――アルトリーア。

 アルトリーアには2つの国家が存在する。

 国王と貴族によって統治される。南のスレイア。

 武王によって支配される軍事国家。北のブラン。

 ラクヒエ村の北の山脈はブランとの国境だった。

 竜たちの大陸と接しているブランは魔族との戦いに集中せねばならず、またブランが倒れれば魔族の脅威に曝されるスレイアは支援を怠ることもできず、共通の敵という存在もあるおかげか良好な関係を築いている。

 とはいえ、国民性の違いは大きい。

 徹底した実力主義のブランに対して、スレイアは貴族のような血と世襲が重視される。

 血が重視されるのにも意味はある。

 魔法使いの才能は多くの場合、血縁によって発揮するからだ。

 国家運営に魔法は欠かせない。

 単純な武力としてはもちろん。医療、運輸、通信、商売にまで多く貢献している。それらを扱う魔法使いは自然と高収入になり力をつける。力を持った人間は権力を欲しがり、貴族もまた優秀なものを抱え上げ、より優秀な才能が貴族に集約されていく。

 ラクヒエ村ほどの辺境なら権力抗争も身分差も遠い世界だけど、その中枢である王都は格差社会が待っている。不安だ。


 スレイアは所謂、城郭都市と呼ばれる都市だった。

 同心円状に広がる4つの防壁が区画わけにもなっている。

 第1区画、王城。

 第2区画、貴族街。

 第3区画、市民街。

 第4区画、農牧場。

 そして、城塞でもある外輪の城壁には軍が常駐している。馬車から都市外で訓練している軍の姿が見れた。

 ちなみに、軍は魔物などの外敵と戦う者たちで、騎士は都市内の治安活動や特殊任務に従事するという違いがある。


 外周の城塞は見上げるばかりだった。10メートルはあるのではないか。

 僕らは田舎者だと丸出しなポカンとした顔で外郭を通り過ぎた。

 馬車は外郭を過ぎ、長閑な農牧地を抜けて次の城壁を通過して、第3区画に入ってすぐの広場で止まる。

 荷物を背に下りた僕たちを待っていたのはたくさんの人波だった。

 ラクヒエ村とはさすがに違う。単純に人口からして200倍近くだ。加えて外部との流通の要でもある場所となると人も集まる。

 宿や軽食の宣伝から商売の取引、それらに伴うトラブルなどの喧騒。

 耳の良すぎるリエナには刺激が強いのか耳を伏せて僕の後ろに隠れようとする。

 全然、隠れられてないんだけどね。


 4年でリエナの方が背が高くなったからね!


 女の子の方が早熟っていうし。

 リエナって結構、女子の中でも背が高い方だし。

 僕が小さいってわけじゃないんだよ。

 まだ伸びるよね?

 成長期、これからだよね?


 高くなくてもいい。人並みが欲しいです。


 地味に凹んだ気持ちを立て直す。

 5年も待っていた魔法学園に入学するんだ。こんなことで落ち込んでいる場合じゃない。

 見れば広場の中にも同い年ぐらいの旅装が見える。中には魔法学園の入学試験を受けに来た者もいるのではないだろうか。


「リエナ、行こう」

「場所、わかる?」

「おじいちゃんに地図書いてもらったから大丈夫」


 魔法学園の位置は少し特殊だ。

 場所としては第2区画なのだけど、一部が城壁とくっついている。

 優秀な魔法使いに貴族が多いので、貴族のわがままが通っているのか学園の場所は第2区画。けれど、平民は第2区画に居住許可がない上に通行でさえも検問が必要になる。

 とはいえ、魔法学園は一般にも門戸を開いているので、平民の学生が不当な扱いを受けていて放置するわけにもいかない。単純に検問の手間がかかるというのもあるのだろうけど。

 そして、採られた案が城壁の学生寮化。

 城壁の中は籠城が可能なようにできているから居住可能で特別な工事はいらない。他の区域に入れないよう一部の通路を封鎖するだけでいい。

 城門以外に城壁に入るための通用門があるので入出の管理も簡単。

 魔法学園が一部と接続しているので、学園自体が城壁という解釈で検問の必要もない。


(だいぶ都合よく解釈してるけどね)


 それでうまく回るなら申し分ない。

 僕たちは広場から中心部にまっすぐ続く大通りを通る。

 王都の造りは非常にシンプルだ。

 東西南北に城門と中央へと続く大通りが敷かれている。4つの大通りを中心に商店が並び、そこから奥に続くのが住宅地。

 戦争から離れている平和な都市の証と言えるのだそうだ。


 僕たちが来たのは北門。

 ブランとの交流が盛んな位置関係から若干、異国情緒が強い。

 物珍しい景色に目移りする。

 人ごみに流されるように歩くこと20分。

 もう昔のことのようにも感じるけど、現代日本ではこれぐらいの人波は少ないぐらいだ。今までラクヒエから出たことのなかったリエナにはカルチャーショックなのか服の背中を握って離さない。


 こうして見ていると人間以外の姿もちらりちらりと見かける。

 アルトリーアにいるのは妖精と亜人。妖精は隣の大陸から偶に渡ってくるらしい。僕はまだ見たことがない。一見したところ聞いていた特徴のようなものは見当たらなかった。

 亜人は結構いる。

 犬耳、猫耳、猫耳、うさ耳、猫耳、ねずみ耳、狼耳、狐耳、猫耳、熊耳、虎耳、猫耳、狸耳、牛耳、猫耳、羊耳……あ、エルフ耳もいる。

 猫耳の発見率が高いのに意図はない。魂の求めるところだからだ。つまり自然な流れ。自然に逆らってはいけない。

 ふ、初めてリエナの猫耳を見た時のことを思い出す。

 あの頃は若かった。

 奇声を上げて猫耳様を脅かせてしまうとは。今ではそっと穏やかな気持ちで見守ることができる。血が滾る感覚は心を温め、緊張を溶かしてくれた。


「僕も大人になったんだね」

「……違うと思う」


 ナチュラルに心を読まないでほしい。

 猫耳に思いを馳せている間に第2城門に到着した。

 幸い魔法学園は北側に位置するので目的地も近い。

 城門は通らず、城壁に沿って歩いていくとすぐに順番待ちの列が見えてきた。先を見渡せば大きな鉄製の門が解放されているのが見える。


(あそこが魔法学園の入口か)


 列はあちらに消えていき、それなりの人数が肩を落として出ていく姿が見られた。

 無論、魔法学園には入学試験がある。

 といえど、難しい筆記試験ではないし、面接もない。

 単純にして明快な試験。


 バインダーに触れて変色させられるか否か。


 バインダーというのは魔造紙を保管するための専用収納具。

 折角、完成させた魔造紙も長時間放置するとインクが消えて効果を失ってしまう。その場合は用紙も再利用できるけど、貴重なインクを無駄にすることになる。

 それを防ぐのがバインダー。

 一見すると無地の本のようだけど、50枚の魔造紙を挟めるようになっている。非常にシンプルな形状で、違うのは背表紙に赤い文字で記された6ケタのナンバーのみ。

 バインダー内なら通常の10倍は保管が可能だという。他にもインクと紙の品質や魔力量にもよって変動はあるけど、大体は1年近く保管できる。

 とはいえ、これも万全ではない。

 バインダーにはランクがある。

 ランクの低いバインダーでは高レベルの魔造紙の劣化を防げない。

 バインダーの色は持ち主の魔力量によって変化する。

 元の黒から白・銀・金の順で上昇していく。正直、金色の魔法書とか趣味が悪いとしか思えないのだけど……。残念ながらバインダーの製法は始祖から伝えられたもので改良ができないらしい。

 始祖って派手好きだったんだね。


 というわけで、入学試験。

 王国は広く魔法使いを求めている。


 貴賤を問わない。魔力の赤は血のように誰もが同じだから。

 学を問わない。それを学ぶための学園なのだから。

 才を問わない。才とは有無ではなく磨くものだから。


 初代学長の言葉らしい。

 実際は貴族が幅を利かせていたりするのだろうけどね。


 とはいえ、入学試験の合格基準は白になった段階でクリアだ。

 合格者はそのバインダーを受け取り、奥の部屋で教科書などを渡され、平民は学生寮へ。貴族は第2区画の自宅へ戻るという流れだ。

 試験の進みは早い。どんどん人が流れていく。

 30分ほどで僕たちは門を潜った。

 ロビーみたいなところだった。

 形は広く背の高い通路。

 左右には大きな扉があり、あの奥が城壁の中に通じているのだろう。

 通路の向こう側。明るくなっている方が魔法学園の敷地か。

 学園側から続いている列がある。

 向こうは身なりのいい男女の列だった。あれが貴族たちか。

 さすがに資質の高い子供が多く不合格者がいない。対して平民側は3人に1人は落ちていた。色彩も向こうの方が1ランクは上。ほとんどが銀色。

 白ばかりのこちらを完全に見下している。

 残念、初代学長先生。理想は死んだ。歴とした差はある。違いはある。人はそれを差別と呼ぶ。

 気取ったことを考えていると周りが騒がしくなっているのに気付いた。


「おお!金だ!」

「さすがは!」

「あれが蒼のエレミアの天才児か……」


 向こうで金ランクがいたらしい。受験者も教師も大騒ぎになっている。

 金ランクと言えば超エリート。文字通りの金の卵だ。教師陣も弟子にしようと水面下の戦いが始まっているようだ。

 騒ぎの間に僕たちの番になった。

 緊張した僕が深呼吸している間にリエナが淡々と前に出る。昔からこういう時、強心臓だよね?

 リエナがバインダーに手を触れると黒から白、そして銀色へと変わる。

 おお、銀だ。試験官たちの間で軽い驚きの声が上がる。貴族ならともかく平民から銀クラスが出るのは珍しいみたいだ。

 平然とした顔のリエナもしっぽはピンとしているので喜んでいるようだ。


「シズ、待ってる」


 案内を断って留まるリエナ。マイペースっすね。

 あまり待たせては悪い。僕も後に続こう。

 はっきり言って落ちるわけがない。銀クラスのリエナより僕は数倍の魔力量だ。確実に銀。高確率で金クラス。

 用意されたバインダーに右手を当てる。


 黒が白へ。

 白が銀へ。

 銀が金へ。

 あっという間の変化に試験官が息を飲んでいる。

 平民から金クラスが出るというのは異例の出来事だろう。驚くのも無理はない。

 だけど、そんな僕の余裕は次の瞬間、吹き飛んでしまった。金色の輝きがどんどん強くなって止まらなくなっていたのだ。

 脳裏に浮かんだのは4年前の光景。術式崩壊の文字。


(ちょ、待って!こんなところであんなのが起きたら!)


 城壁が吹っ飛ぶ。

 どんなテロ行為だ!

 そんな不安は杞憂に終わった。輝きが徐々に収まっていく。それに呼応するようにバインダーの色が金から水銀みたいに7色のマーブル模様へ変化していき、やがて色味が深く濃厚に染まっていく。

 最後は光を飲み込むような漆黒になった。

 艶を帯びた光沢を湛えた表紙。背表紙の赤いナンバー。


 誰も動けなかった。言葉もない。

 門の向こうの町のざわめきがとても遠くに感じた。

 水を打ったかのような静けさが耳に痛い。


「これ?どうなるの?」


 僕の疑問に答えるものは1人もいない。

 バインダーの結果は黒。

 もしかして、不合格?


 夢への扉がバタンと閉じる音が聞こえた。

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