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魔法書を作る人  作者: いくさや
ねこねこねこ

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207/238

うまれる

以前、活動報告に書いたSSです。

既読の方はすいません。

 魔人村の中央には『愚者の学び舎』――別名『蟻塚』がある。


 かなり独特の教師陣と教育方針の一風変わった教育機関だ。

 学び舎の上層が寮として機能しており、所属する多くの生徒がそこで生活しているというのは特徴的。

 スレイア王都の学園や、ブラン国の学院ではなく、敢えて秘境とも言える立地の上に、通常の指導から外れた学び舎を選んだワケありの生徒が所属している。


 そんな学び舎の裏には一軒の家が建っている。

 学び舎の創始者であり、代表者であり、教師でもある男の家族が住んでいる。


 その出自から彼と彼女の結婚式や披露宴に参加できなかった魔人たちが、救ってもらった恩を返すために用意した家だ。

 シンプルながらも頑丈な住居。家具まで一式用意されていたという。

 今も家族増えて賑やかかつ幸せそうに過ごしている。


 そんな家屋に早い時期から付け加えられた家具がある。

 家長の男が職人に頼みこんで作ってもらった一品だ。


 一見すると足の短い机。

 だが、その天板は取り外す事ができ、机の骨組みと天板の間に毛布と布団を敷き、中に火鉢を置くことで暖房器具になるのだ。

 冬場になるとリビングの真ん中に置かれて、一家が暖を取るという。


 名を『永寝ながねコタツ』


 別名、猫ホイホイ。

 完成と同時に嫁と娘を捕えた魔家具である。




「ただいま! 帰ったよ!」


 山奥の魔人村の冬は冷える。

 寒風に凍えながらも、愛する家族の出迎えを期待した夫が帰宅するが、家から返事はない。


 留守なのか、と気落ちしながら旅装を解く。

 久しぶりに二ヶ月という長い間、家を空けていただけに妻と子供たちの歓迎を期待していただけに落胆は隠しきれない。

 もっとも、驚かせようと事前に連絡していない上に、限界一杯まで頑張って仕事を終えて、全速力で戻ってきたのがいけないのだが。


 ともあれ、一人で玄関で立ち尽くしていては不審人物でしかない。

 肉体的な疲労に加えて、精神的にも肩を落としながら夫は我が家に入り、慣れた作業で荷物を片づけた。

 外に探しに行こうかとも考えるが、娘たちは山裾の村まで遊びに行くこともある。

 妻は村のどこかにいるはずなので、彼女ならば既に夫が帰っていくことに気づいて、すぐに家に戻ってくるだろう。


「おとなしく待った方がいいか」


 なので、家族が帰った時、すぐに温まれるように暖房の用意をする。

 ナガネコタツ(なんか色んな話が混ざって変な風に覚えられてしまった。どこの名刀だよ)から火鉢を取り出そうとして眉をひそめる。

 冷えているはずの中が温かい。


 そこで気づく。

 入り口側からは見えなかったが、反対側の布団から三つの小さな頭が飛び出していた。

 三人仲良く丸くなって寝ている娘たち。

 熟睡中で父親の帰宅でも起きなかったようだ。


 三人とも猫耳を伏せさせて気持ちよさそうに眠っている。

 何故か次女と三女がおしくらまんじゅうでもするみたいに長女に抱き着いているが、寝苦しくはないのだろうか?


 さて、いつまでも猫まんじゅうを見ていたいところだが、さすがにコタツで寝ては風邪をひいてしまうかもしれない。

 かわいそうだが、起こすべきだろう。

 それぞれの肩を優しく揺すると、娘たちはすぐに目を覚ました。

 猫耳をぴくぴくさせて、寝ぼけ眼であっちを見、こっちを見、最後に父親に焦点が合った。


「お父さん!」「おとさん!」「とうちゃ!」


 いつもみたいに飛びついてくる娘たち。

 ああ。こここそが僕の理想郷などと感極まりながらも娘たちを優しく抱きかかえていく。

 疲れた体に猫耳としっぽが優しい。


 が、そこで気づく。


 なにやら長女の様子がおかしい事に。

 体調が悪いわけではなさそうだ。

 機嫌だって久しぶりにお父さんに会えてルンルンだった。


 おかしいのは、そう。

 ふんわりしたワンピース。

 そのおなかの部分。


 ふくらんでいた。

 ぷっくりと。

 服の上からでも一目でわかるほどに。


「……落ち着こうか。大丈夫。まだ慌てるところじゃない」


 自分に言い聞かせて、笑顔をひきつらせながらも、娘に尋ねる。

 不思議そうに見上げてくる長女は、妻の特徴をたくさん引き継いでいるせいで、どうにも妊娠中の妻を連想させて、混乱を加速させようとするが、彼は冷静を心掛けた。


(えっと、1・2・3・4・5・6・7……数字を数えてどうする。素数を数えるんだ)


 二十年ぶりぐらいに素数ネタを頭の中で繰り返すほどには冷静に。


「おなか、どうしたの?」

「ん。赤ちゃん!」


 世界の時が止まった。

 どうやら長女は曾祖父から極大魔法を継いだだけではなく、スタンド能力にも目覚めてしまったらしい。

 そんなことを考えながら、深呼吸を繰り返す。

 まだだ。まだ、落ち着いていれらりるれりゅ。


 必死に感情を抑えようとしている父親を尻目に、長女は優しくおなかを撫でている。


「あ、動いた」

「―――――――――――――――………………………………は」


 父親の心象風景に無数の拘束具を飛び散らせて、獣のように吼えるナニカが生まれた。

 というか、現実の父親そのものの姿だった。


「誰だ誰だ誰だ誰だうちの娘に手を出したのは誰だこんちくしょう許さん許さん絶対に許さん生徒か村人かいやまさかあいつらが僕の娘に手を出すわけがないということは子供か容疑者はラクヒエ村の子供かそういえばラクのところの次男坊が何かと声かけてきてたあんにゃろうかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!?」


 呪詛のように思考を駄々洩らしにしながら、濃厚な殺意を噴出させるOYABAKAという名のモンスター。

 溢れた魔力は赤を通り越して、鮮血のように生々しい。

 かつて魔族の世界が滅んだ時もこのような終末の景色に染まったのだろうか。


「いいい今こそ、ぼ、僕も、ああ新たな魔法を、う生み出して、む、娘に近寄る、どどど毒虫どもをおおおおお!」


 (自称)娘のために万象の理に情念だけで辿り着きかねない父、らしきナニカ。

どこぞの喪女の残留思念でも憑依したような言動は非常に危うい。


 だが、そんな彼を止めたのもまた、娘だった。

 ぺちん、と頬を叩かれる。

 父親は未だに理性の戻らぬ虚ろな目で、ふくらむおなかを大事そうに抱えた長女を眺める。


「お父さん、赤ちゃんが驚くからメッ!」


 泣き崩れた。

 膝から。

 土下座一歩手前に。

 鬼気も霧散し、残ったのは燃え尽きた灰。


(娘は、もう僕の娘じゃなくて、母親になったんだ……)


 知らぬ間に段階をすっ飛ばされて、手元から離れた長女に心が折れた。

 だが、彼とて多くの死線を潜り抜けた歴戦の猛者。

 だいぶ手遅れな気もするが、これ以上、娘に醜態を晒すわけにはいかない。

 結婚を前にしたラクヒエ村村長の気持ちにシンクロしながら、彼はゆっくりと、ゆっくりと起き上がる。


「……名前、決めないとな」

「ん。お父さんも一緒に考えて」


 無邪気で、残酷なお願いだ。

 だが、応えよう。


「男の子ならサズ。女の子ならスズなんてどうだい」


 傷心のくせしてちゃっかり自分の名前の系譜を捻じ込もうとしている辺り、図太いというべきか、なんというか。


「男の子? 女の子?」


 何故か娘たちが首を傾げたため、父親まで首を傾げだす。


「ん。おかえり、あなた」

「あ、ただいま。二人とも」


 赤子を抱えた母親がようやく帰宅する。

 父親の特徴を持った金の髪に茶色の猫耳が覗く男の子。

 きょろきょろと辺りを見ていた長男は頬を撫でられるとキャッキャッと喜びだす。


「……相談?」

「うん。このおなかの子の名前について……」

「あーーーーっ!」


 突如として叫びだす長女。

 驚いた家族の視線を集めた長女はぴょんぴょんと跳ねだす。

 危ないとおろおろするのは父親だけ、二人の妹は一緒になって飛び跳ねて、母親は首を傾げている。


「ああ、危ない。赤ちゃん、危ないから! 跳ねたらダメだよ!」

「赤ちゃん! 生まれる! 動いてる!」


 血の気が引く父親。

 大騒ぎし始める妹たち。

 ますます興奮して飛び跳ねる長女。

 カオスだった。


「ん。ここに出す」


 一人冷静な母親が床にタオルを敷く。


「いや、ダメでしょ!? 産婆さん! 産婆さんを呼んでこないと! 僕、呼んでくるから強化の付与魔法……これじゃない、これじゃない、あれ? どこいった?」


 未来から来た猫型ロボットみたいにバインダーから魔造紙をまき散らす父親。

 暴発すれば軽く山が吹き飛ぶ魔造紙のせいで辺りはほとんど地雷原だ。


 母親はしばし考え込み、無拍子で旦那の懐に飛び込むと、首筋をぺろりと舐めた。


「うひゃあっ!」

「ん。落ち着いて」

「いや、うん。えっと、ありがとう?」

「どういたしまして?」


 夫婦そろって平和でいいですね! けっ!

 ……失礼。


 二人がイチャイチャしている間に長女がワンピースをまくると、ごろんとタオルの上に大きな塊が転がった。


 これには疲れや、ショックや、照れから頭がおかしくなりかけていた父親も驚く。


「生まれたの!?」

「まだ」

「え?」


 示されたそれを見て呆ける父親。

 タオルに包まれた白い大きな卵。


 父親、本日、二度目のダウン。


 ようやく少し考えればわかることに追いついたらしい。

 六歳(もうすぐ七歳)児がほんの二ヶ月で妊娠するわけがないだろう。


 よろよろと再起動しながら、では、娘が抱えていた卵は何かと観察する。


「……もしかして、竜の卵?」

「ん」


 結婚祝いに渡された竜族の卵だ。

 一般の生物とは色々と規格が違う竜族だけあって、六年以上も卵が孵らなかったのだ。

 最初は手のひらサイズだったのが、少しずつ勝手に大きくなって今では子供が抱えるほどになっている。

 あの種族、精神状態で性別が逆転したり、色々と生物の常識が欠落している。

 元々はコタツも卵を温めるために用意した装置だった。

 今では完全に猫ホイホイだが。


 どうやら父親が留守にしている間に時々、揺れたりし始めたらしい。

 母親から卵の説明を受けた長女が何を思ったのか、温めると主張しておなかに入れていたのだとか。

 微笑ましい話が父親の暴走で世界の終焉に至るところだったのだから笑えない。


 親バカ……いや、バカ親はさておき。

 とうとう、竜が生まれる。

 人と竜の絆を象徴するためにも託された竜の子。


 一家の注目を浴びる中、卵の殻にひびが入った。

 最初は小さかったそれが、少しずつ、少しずつ、中から叩かれて割れていく。

一時間ほど緊迫した時間が流れる。

 卵は既に三分の一が割られているが、残りが竜の子に覆い被さっていて見えない。

 どかしてしまいたい衝動に駆られる三人の娘を父親がしっかりとホールドして手を出さない様に見守っている。

 そして、さらに一時間が過ぎたところで、残りの殻が払いのけられた。


 出てきたのは青い竜の子だった。

 まだ薄い皮膜の翼を広げて、大きく身震いして、残った殻を体から払って、かわいらしいお尻を振り振りと揺らしている。

 ぴぃぴぃと鳴きながら、目も開けないままきょろきょろと首を巡らせていた。


 無言のまま見守っていると、不意にぱちりと目を開く。

 目が合ったのは最年少の赤ん坊だった。

 ヒヨコのように刷り込みでもされたのか、子竜はしきりにぴぃぴぃ鳴きながら赤ん坊に首を伸ばしているが、まだうまく歩けないのか近づけない。


「ん」

「いいの?」

「大丈夫。たぶん」


 母親が抱いていた赤ん坊を隣に寝かせると、赤ん坊もキャッキャッと手を伸ばして、子竜もその手に顔をこすり付けていた。

 どうやら危害を加えたりはないようだ。


 家族は顔を見合わせると、ほっと一息ついた。


「……まあ、色々と考えたりすることはあるだろうけど」


 親元に連絡して、飼育方法とか教えてもらわないといけないし、子供たちに教えないといけない。

 だが、既に窓の外は暗い。

 何を始めるにしても明日からだろう。


「コタツで相談しようか」

「「「「ん」」」」

「だー」

「ぴぃ」


 そうして家族は色々あるけれど、今日も平和にコタツで丸くなるのだった。

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