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魔法書を作る人  作者: いくさや
ねこねこねこ
206/238

しれん

以前、活動報告に書いたSSです。

既読の方はすいません。

 山間の夕暮れの中。

 四人の人影が交錯する。


 構図は一対三。

 三つの小さな影を大人が追いかけている。

 数の利はあれど、大人と子供では歩幅も違えば、経験も体力も違う。

 本来ならば勝負にすらならないはずが、小さな影の歳に見合わぬ俊敏な動きと連携によって、なかなか捕捉ができずにいた。


 捕まえようと手を伸ばせば、残り二人が大人の足元を走り込んで邪魔をして、その二人に気が向けば、囮になった二名は示し合わせたように反対方向に逃げて的を絞らせない。

 囮となった内の一方に狙いを定めて追いかけても、最初と同じ図式に戻ってしまう。

 ならば、囮には目も向けずに当初の標的を追おうとしても既に間合いの外。


 しかも、三人は地面を走るだけでなく、木を駆け上るわ。枝から枝へと飛び移るわ。屋根の上どころか、壁を蹴って跳ぶわ。生身で立体機動を用いるのだから普通に追っていては届くわけもない。

 数度目の捕獲を失敗し、危うく顔面から地面にダイブしかけた青年は膝に手を置き、呼吸を整える。


 視線を巡らせれば三人はバラバラに身を隠していた。

 一人は木の上。

 一人は屋根の影。

 一人はあきれた様子で見物している少年の後ろ。


「って、見てないで捕まえてくれよ、弟子一号!」

「いや、人んちの問題に手え出せねえよ。娘の世話だろ、師匠?」


 弟子一号と呼ばれた魔人の少年は肩をすくめて、ぐぬぬと歯ぎしりする三人の娘の父親。

 そもそも弟子を見上げて、「え? 捕まえるの? ひどいことするの?」とばかりにポカンとしている幼女を捕まえろというのはハードルが高すぎる。


「で、これ捕縛対策の訓練か何か?」

「そんな大層なものじゃないよ」


 弟子一号から視線を切った青年は、呼吸の落ち着いてきたのを見計らって、腰に手を当てて三人の娘に告げる。


「いい加減、逃げるのをやめてお風呂に入りなさい!」

「にゃあ!」「にゃ!」「やー!」


 しっぽがぶんぶん振られた。

 青年は溜息をついて、弟子一号に語りかける。


「というわけだよ」

「……苦労するんだな、父親って」


 ともかく、このままでは捕まえられないと追いかけっこを諦めて、弟子一号と合流する父親。

 弟子一号の背中から末娘が猛ダッシュで走り去っていった。


 しばらくすると止まって振りかえり、追いかけてこないの? とばかりに首としっぽと猫耳を傾げている。

 どうもお風呂から逃げるのと同じぐらい、追いかけっこが楽しくなっていたっぽい。

 父親が追いかけてこないので、ウロウロと辺りを歩き始める。

 少し歩くと父親をちらりと見やり、再び歩いてはチラチラ。ちょっと寂しそうに体を揺らしている。


「……なんか、無性に罪悪感が刺激されるんだけど」

「頑張れ、父親」

「はあ。まさかここまでお風呂嫌いとはなあ」


 普段は濡れタオルで体をぬぐう程度なのだが、去年、この魔人の村で温泉が見つかったのだ。

 共同浴場として施設が建てられたのだが、サイズや管理の関係上、住人でも週に一度ほどしか使えない。

 それでもとても人気があった。


 ちなみに、青年の運営する学び舎の男子生徒たちが、女子生徒の風呂を覗く事件もあったのだが、その時は女生徒達の容赦ない魔法や種族特性や投石投剣などによって、危うく村の地形が変わるところだった。


 閑話休題、今日は青年の家族たちの順番なのだが、いざ浴場に行こうとしたところで肝心の娘たちが逃げ出してしまったわけだ。


「普段はどうしてるんだ?」

「いや、お母さんの言いつけは守るみたいなんだ」


 母は偉大だなと呟く青年に、弟子一号は違うんじゃねと思ったものの黙っておいた。


「そろそろ出産の時期だから、家事とか子供の世話は僕が引き受けたんだけどね」

「ふうん。大変だな」

「というわけで弟子一号。師匠命令。手伝って」

「いいけどよ。どうすんだよ、あれ?」


 視線を戻せば末娘に上の二人も混ざって、物陰からじーっとこちらを観察している。


 先程の攻防を見る限り、幼い娘と甘く見ては翻弄される未来しかない。

 かといって全力で襲いかかれば怪我をさせてしまうかもしれない。

 父親はともかく、弟子の方はまだ加減の点に確信を持てなかった。

 そもそも子供相手に大人が全力を出すのはまさに大人気がなさすぎる。

 援軍を頼んでいる段階で、既に大人気も何もあったものじゃないのだが。


「うん。あっちから……」

「うえ。いいけどさあ。いいのか? それ。反則じゃん」

「大丈夫」

「あー、はいよ。じゃあ、行ってくるわ」


 嫌な顔をしつつも弟子は四人から離れていった。




 たしーん。


 そんな音が響いた。

 屋根の上に登って、父親を警戒していた子供たちがびくんと反応する。

 猫耳がせわしなく動き、しっぽはぴーんと立ち上がって動かない。


 そろそろと音のした方を振り返る。

 そこには彼女たちの母親がいた。

 なんとなく違う気がするけど、姿は家で待っているはずの母親と寸分狂いない。

 三人が不思議そうにしている間に再び音が鳴る。


 たしーん。


 反射的に整列していた。

 屋根の上で三人並んで直立姿勢。


 母親はとても優しくて、強くて、綺麗だ。

 だけど、怒ると怖い。

 すごく、怖い。

 だって、世界で一番強いって皆に言われているお父さんが、叱られるとしょぼんとしてしまうのだから。


 しっぽが勝手に足の間に隠れてしまう。

 たしーんが三回鳴るまでに謝らないと大変だ。

 その事を三人はよく知っていた。


「……やっぱ、これダメだろ」


 不意に母親の姿が変化する。

 粘土細工みたいに顔のディティールが徐々に変化していき、気が付けばどこか父親と同じ面影を持つ少年の姿に。

 弟子一号だった。


 三人が驚いている間に勝負は決していた。


「つーかまーえた!」


 ぐわし、といつの間にか屋根に上っていた父親が三人をまとめて捕獲する。

 父親と弟子一号を何度も見比べて、それから足としっぽをパタパタさせるがもう遅い。


「ほら。お風呂入るよ」

「わりい。師匠命令だったからよ。親父さんに綺麗にしてもらえよな」

「「「んー! んー! んー!」」」


 娘たちがイヤイヤしても父親の戒めは解けず、とうとう諦めたのか腕の中でのべーっと脱力し始める。


「ありがとう。助かった」

「いいよ。けど、仕事の報告は明日な」

『相変わらずメチャクチャしてやがるな。あ、ところで妹よ。後で一緒にお風呂『やー!』ですよねえー』


 時折、妙な声が頭に届いてきたが、父親も弟子も無視した。

 弟子一号は仲間たちの住んでいる学び舎に帰って行く。

 その腰には異界原書と呼ばれる一冊の本が揺れていた。




 娘三人はお父さんにみゃあみゃあ鳴いて懇願したが、結局猫耳の裏側まで綺麗に洗われてしまうのだった。


 ちなみに、どうやら娘たちは体を水で洗われるのが苦手なだけで、温泉に浸かるのは嫌いじゃないみたいだ。

 お湯にぷかぷかと浮かびながら百数えている娘たちを眺め、父親は子育てって大変なんだなとしみじみ呟いた。

ちなみに、

長女……黒髪、ロング、ふたつ分けおさげ。

次女……黒髪、セミロング、髪飾り。

三女……ちょっと濃度薄めの黒髪、ショート、そのまま。

というイメージ。

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