すきま
以前、活動報告に書いたSSです。
既読の方はすいません。
朝、起きたら体が重かった。
体調は万全。
熱っぽさも、体のだるさもない。
身重の妻がいるのだ。
自身も、娘も、病を持ち込まないよう注意している。
帰って来たら、皆で並んでうがい、手洗いしていた。
そもそもこの数年、病気など罹ってもいない。
過去に様々な経験をしているだけに、未だ純粋な武技において師や頂点には届かぬものの、もはや人外と評される域に達している。
体調管理など当然。
では、何があったか?
視線を下に向ければ一目瞭然だった。
布団が膨らんでいる。
中に人が入れるぐらいに。
というか、確実に誰かが忍びこんでいるだろう。
「んー」
しばし、考える。
容疑者の推理は容易い。
見れば娘たちのベッドが空っぽ。
「かわいそうだけど、起こそうか」
カーテンの向こう側から朝日が差している。
そろそろ起床時間だった。
「おはよう。もう起きなさーい」
布団をどかしながら、声をかけたところで硬直する父親。
布団の下。
その胸板の上に猫がいた。
子猫じゃなく、母猫が。
「ん。おはよ」
何事もなく起床の挨拶を返されて、ようやく思考が回復する。
「……なにしてるの?」
「最近、わたしにかまってくれない」
娘に嫉妬したのだろうか。
無論、本気ではないのだろう。
いたずらのつもりに違いない。
が、普段から表情のない妻の言葉に夫は言葉に窮した。
相手は妊婦。
色々と情緒不安定になっているかもしれないのだ。
既に三児の母とはいえ、出産が容易ではないことぐらい男でもわかる。
馬鹿なことをと言い捨てることなどできない。
「……ごめん。もちろん一番に愛してる」
「ん。わたしも」
しっぽは上機嫌に揺れるものの、妻は動こうとしない。
ふれあいタイムは続行のようだ。
夫としても喜びこそすれ嫌なわけはない。
久々に夫婦の時間を過ごそうと思い、そこで気づく。
「あれ? ならあの子達はどこに?」
部屋にいない娘の所在が心配になる。
「ん。部屋の中」
という妻の保証は疑う余地もない。
つまり、彼女達をここから見つける遊びなのだろう。
動かせるのは首ぐらい。
とはいえさほど広い部屋でもないから見回すのは問題なかった。
そして、すぐに見つける。
「あれは大丈夫なの?」
「ん。へいき」
タンスと壁の僅かな隙間からしっぽが出ていた。
あのしっぽは次女だ。
明らかに人が入り込めるサイズではなさそうだが、しっぽは苦しむ様子もない。
むしろ、心地良さそうに揺れている。
どうやら寝ぼけて入り込んだまま快適空間に捕らわれたのだろう。
続けて次の子を探す。
「見つけた」
首を反らして頭上を仰ぐ。
窓際。カーテンの裏から下半身が出ていた。
カーテンに写る猫耳のシルエットは長女か。
こちらはカーテンを開けようとして、日だまりの魔力に捕らわれたっぽい。
だらんと弛緩したしっぽを見るに、完全に夢の中だろう。
「暖かいと眠くなるの」
「うん。知ってる」
何せ妻も学園時代に色んな所で昼寝していた。
あれで知らない人が近づくと起きるのだから、娘もきっと似た感じなのだろう。
さて、あと一人はどこだろうか?
部屋中に視線を巡らせるが見当たらない。
タンスの上。机の下。鉢の裏。
いない。
タンスの引き出しの中辺りも怪しいが、それなら頭かお尻が出ていそうだ。
ベッドの下はこのルールではない。
どんなに首を巡らしても見れないのだから。
「参った。降参だ」
「ん。ここ」
と妻が自分のお腹を撫でる。
まさか食べたというわけでも、胎児に戻ったわけてもあるまい。
首を傾げている内に気付いた。
妻は夫の胸元を枕にしているのに、腹部にも重みを感じる。
察して妻がゆっくりと体を起こした。
おかげで下が見える。
そこにはこんもりと膨らんだ布団があった。
「灯台下暗しか」
苦笑しながら夫は布団をめくる。
下からぽっこりと膨らんだお腹が出てきた。
「……僕、孕んだ? わけないか」
妄言を自分で切り捨てる。
そっと胸元の隙間から中身を覗いてみた。
お腹の上で丸くなった末娘と目が合った。
こてんと首を傾げられて、脱力。
これは見つからないわけだ。
親の温もりを求めて潜り込んだのか。
全く起きようとしない僕も大概だけど。
服の上から思いっきり娘を抱き締めると、娘はびっくりしたのか伸びの姿勢のまま固まっていた。
それにしても娘の寝相は大丈夫なのだろうか?
 




