おにごっこ
以前、活動報告に書いたSSです。
既読の方はすいません。
木々の隙間。
山林の中を黒い影が走る。
時に地を駆け。
時に枝を飛び。
時に空を舞い。
まるで鳥のように。
山の中を縦横無尽に走り回っている。
それでいながら音はほとんどしない。
足音も、枝葉が揺れる音も。
熟練の暗殺者であっても捕捉は困難を極めるだろう。
「にゃあ!」
「にゃ!」
「な!」
大中小の猫耳少女たちだった。
小さな二人を大きな少女が追いかけている。
年上なだけに二人より足の早い長女だが、二人の妹も本能的に連携して単純な走力勝負にならない様にしていた。
長女が三女に狙いを定めれば、次女がしっぽを揺らして注意を引きつけつつもつかまらない位置に逃げようとする。
それを長女が警戒するうちに三女は追手から距離を取り、長女では乗れない細い枝を伝って逃げてしまう。
けど、逃げ切るには長女の方が足が速い。
結果、拮抗する。
三人は山の奥へ、奥へと子供とは思えない速度でぶっ飛んで行ってしまった。
結末はあっけない。
やはり、体力は上の子の方が高いので、最初に三女が脱落すると、一対一になった対決は長女の勝利であっさり決着がついた。
座り込んだ三女の前に、次女の首を掴んだ長女がやってくる。
長女は捕まえた二人をその場に正座させると、腰に手を当てて立った。
しっぽは激しく左右に揺れていて、ゲキオコだった。
「にゃあ! にゃああっ! にゃ! ふにゃあっ!」
怒り過ぎて人の言葉を忘れている。
残念ながら猫語では主張は伝わらない。
涙目になっているのだから、よっぽど腹に据えかねているのだけはわかった。
優しく面倒見のいい姉が怒り心頭な姿に次女も三女も猫耳を伏せるばかりだ。
しっぽは足の間に挟んでしまっている。
「ごめんなさい」
「ごめん、しゃい」
二人が謝ると、ようやくヒートアップしていた頭が冷めたのか、長女はしっぽをだらんと垂らした。
「わたしの、お菓子……」
「ごめんなさい。余ってるって思ったの」
「ごめん、しゃいぃ!」
どうやら姉のぶんのお菓子を下の二人が間違って食べてしまったようだ。
理由は実に子供らしいのだが、結果の逃走劇は大人の足でも到底追い付けないものなのだから、将来が危ぶまれるというか、楽しみというか、判断が難しいところだった。
三人は責めたり、言い訳したり、仕舞いには三女が罪悪感が過ぎて泣き始めてしまったりと口論を重ねていった。
「いい。謝ってくれたから、許す。わたし、お姉ちゃんだもん!」
和解は成功したらしい。
決め手はおかずの焼き魚のおいしいところみたいだった。
元々は仲のいい姉妹。
ケンカはしても後には引きずらない。
仲良くおうちに帰ろうとしたところで彼女たちは気づいた。
帰り道がわからないことに。
頼りのお父さんはお出かけしていた。
お母さんはお腹がおっきくなってあまり動けない。
おばあちゃんはお母さんのお世話。
ひいおじいちゃんは最近、ぼんやりしてばかりで出かけない。
学校のお兄ちゃんやお姉ちゃんは遠くでお仕事。
誰も助けに来てくれないかもしれない。
段々と暗くなっていく山の影。
ガサガサと風に揺れる茂み。
何かの遠吠えが聞こえてくる。
少し地面が揺れた気がする。
不安が大きく膨らんで、三人の胸を押し潰しそうになった。
そんな時、彼女たちの背後から音がした。
ズン、ズン、ズン、と。
重く緩慢な足取り。
だけど、一直線に三人の所まで。
気が付けば三人は揃ってしっぽを足に挟んで座り込み、お互いにすがりつくように抱き合っていた。
ねこまんじゅう。などと言ってしまうのはかわいそうか。
「「「にゃああああああああああああああっ!!」」」
悲痛な叫びが山間に響く。
そうして、三人が脅えている間にも足音は近づいてきて、とうとう茂みが押し分けられて、足音の主が姿を現した。
「にゃあ!」
「にゃ!」
「なー!」
三人の声は悲鳴ではなく、歓声に変わった。
現れたのは鎧姿の武人像。
おうちの前にいつも立っている彫像だ。
「「「石の人!」」」
悪い人や、危険な動物や、魔物が来たりすると、動いて退治してくれる。
三人はこの彫像のことを『石の人』と呼んで大切にしていた。
毎日、きれいに拭いてあげている。
三人は迎えに来てくれた『石の人』に飛びついた。
彫像だけにごつごつして硬いけど、身じろぎひとつしない姿は頼りがいがある。
肩や頭に取りついた三人はさっきまでの不安なんて吹き飛んで、ご機嫌でしっぽを揺らしていた。
しかし、彼女たちの下に『災厄』が訪れる。
突如、空から風を切る音がしたかと思えば、彼女たちの頭上に影が差した。
続けて巨大なナニカが眼前に落下する。
地震のような重低音の着地。
突然の出来事に、三人のしっぽはピンと立ち上がったまま硬直。
猫耳も前方に警戒態勢で、目をまん丸にして、驚いて固まってしまった。
何が落ちたのかと思えば巨大な亀だった。
村の家屋を超えるほど大きな甲羅と、その重量を支える強靭な亀。
甲殻竜と呼ばれる恐ろしい魔物だ。
ただし、その甲殻竜は既に息絶えていた。
そもそも甲殻竜は空を飛べない。
よく見れば甲殻竜は一人の男によって持ち上げられていた。
どうやらこの男が甲殻竜を仕留め、巨躯を持ち上げたままどこからか飛んできたらしい。
男は着地の衝撃が収まると同時に叫んだ。
「うちの娘を泣かせたのは誰だ、ごらあっ!?」
少女たちの父親だった。
この男、どこから駆けつけたのか。
さすがは異次元から嫁の鳴き声を頼りに戻って来ただけある。
大好きなお父さんの登場に普段なら少女たちは飛びついただろう。
しかし、そのお父さんは見たこともない亀の死体を持ち上げていて、しかも全身に返り血を浴びている上に、怒り心頭なのか鬼の形相で、とどめに神さえ殺しかねない殺気を漲らせている。
いくらお父さんでも、そりゃ怖いって。
「「「ふにゃああああああああああああああああああああん!!!」」」
盛大に泣き出した娘たちを、責めることは誰にもできないだろう。
四方八方に泣いて逃げ始める少女たちと、怖がられたことにショックを受けながらも回収に走り回る父親。
『石の人』はそんな家族を気長に眺めているのだった。
「娘に嫌われた、娘に嫌われた、娘に嫌われた……」
「ん。わたしが大好きだから大丈夫」
一緒に寝るのを拒否された父親が奥さんに慰められたのは別のお話。
甲殻竜はみんなでおいしくいただきました!




